教導機関について
~特異鬼制教導機関~
ワイワイ―――――ガヤガヤ―――――
見渡す限りの眩しい景色。
その輝かしさで目が眩んでしまうのは、朝でも点っている電光看板や厖大な大型ビジョンと、そこに映し出されるカッコよく可愛いらしいデザインの広告のせいであろう。
どこにどんな店舗があるのか知らせると、そんな些細な一つをとっても田舎の四分の一ほどの電力を持っていきそうな迫力が、間近に見受けられていた。
また集落の農業と並行しつつ異なる『命を削った商売』という心意気もなんとなく感じられ、そこに人々の生命力を見出せれば都会という場所自体を現実のものとして脳内へと知らせてくれている。
その光景を、その景色を、その情景を、夢ではなくリアルなのだという事実とともに。
そうして感じられる全ての状況を、最後に鳴り響く公共交通機関の騒音が引き締める。
と、そんな情報処理しきれないほどのあれこれで溢れかえっている場所が、色彩との意味合いとは違った色とりどりにカラフルな心情を、今この瞬間に運んできてくれていた。
多種多様な表情が見れる街中の大通り、色鮮やかでお洒落な人々が行き交う雑多な声に染められる広小路。
田舎では味わうことの出来なかった大多数の往来と熱気が漂い、煩かった虫の鳴き声は楽し気な人の話し声へと変貌を遂げている。
するとそれだけで目が回り、息が詰まりそうになるほどの変化が感じられ、途端に対応できない重苦しさが波のように押し寄せてくるかのような心地が体感できた。
だがそういった劣悪な環境の中、なぜか不思議とワクワクもしている。
慣れない環境だと言ったものの、これまで過ごしていた場所とは完全に真逆の雰囲気へと身を投じてみれば、不安や焦りよりもいっそ楽しんでやろうと吹っ切れた感情の方が先に顔を覗かせるものだ。
また今回...というよりもこれからは一人で居るというわけではなく、なんとも心強い案内人までいるときた。
ならば断然、焦燥感など感じる必要がないと辺りの騒がしい喧噪に喜びの感情を体現する裏人は、前を進む優に合わせて一歩一歩とその足を踏み出していくよう行動に移していった。
都会の足並みを習得するよう心掛けつつ、スルスルと人の合間を縫って前へ出る彼の後ろ姿を一生懸命に追いかけて。
そうやって次々と先行する優に感動を覚えながら、ようやくその素早さに慣れた頃合いを見計らっては、周囲の環境から人々までを観察している...という状況なのであった。
「...ふぅ、はぁ...。」
「大丈夫?」
「ん、平気、平気―――――」
集落での自分は、体力に自信がある方だった。
特に自慢することではないが、体育の教科で困ったこともないし、平均以上の動きは見ればすぐに要領がつかめる。
さらに神社の手伝いとしてあれこれ駆り出されていた身ゆえ、ほとんど普段から適度以上の運動をこなす日々を送っていたのだ。
学校から帰れば遅くまで境内の掃除をこなし、宿題を終えれば床に就き、また翌日がやってくるといったギチギチに詰まったサイクルで。
だからこそ今この場で漏れ出るため息は、体力面の疲れから出たものではなく、人の波によって感じさせられる精神的な疲労感を体現したものなのであろう。
別段疲れを感じていないのに、無意識に出たというところが何よりの証拠である。
と、優から掛かった声掛けに取り繕う様子を見せる裏人は、その返答へ「何とか素早く対応を」との心意気を見せ、そんな内心を浮かべた。
ただそんな風に言ってもすべてが心の疲れから続いているものではなく、ここへ訪れる前の数週間もの間田舎でもまともに外へと出ていないということから来る、『衰え』という要素も少なからずは原因になっていそうな気もしている。
なんせ外へ出ないだけではなく、部屋からも、そして布団からも出ていなかったのだ。
運動どころか歩くこともしておらず、動くことといえば寝返りを打つときか部屋の前まで運ばれてきたご飯を食べる時くらい。
ゆえに悪い意味で効率のいい衰え方は、完璧を為していたということになるのであろうと、今振り返ってもそう思える。
しかし、若さもさることながら体力の衰退とは無縁の健康状態であるがゆえ、やはりこれはあくまでごく僅かな要因であり、都会の人の波に圧倒されている、というのがここで出たため息の真意であるらしい。
そういう面では、自分はまだまだ子供だと言わざるを得ないのだろう、少し悔しい気持ちもする。
そう先の深呼吸に際し、ある意味ではそんな自身への情けなさを実感して、未熟さを自覚したというところからくるモノにもなっていたのだと感じ取った裏人は、再度同行人にバレないようそっとため息を吐き直したのだった。
そして優にはこれ以上の心配をさせないよう、というよりかは変なところに感付かれて自分自身が恥ずかしさを感じてしまわないよう取り繕うといった具合での、先の返答となったのだった。
田舎から来たという事実と、制服に着られているような気がしている今の自分を俯瞰して、田舎人らしく気張っているという部分が、突かれると一瞬で今以上の情けなさを感じさせてくることになるであろうから。
ただし、ここでの内心とその返答が、彼からの心配を取り繕うという意味が含まれていないというわけではなかった。
それは偏に優の言動に関して思うところがあったからだ。
あの件から、人の内面を覗くスキルなど無くとも彼は、何か脆く壊れやすいものに接するかのような心持で、こちらの様子を伺っていた節が度々見受けられていた。
それは正直仕方のないことだとも思えているし、ある種ありがたいとも思っているのだが、当の本人である自身が別段気にしていないようなことであれこれ気を遣われるのは、どうも引っ掛かりを覚えてしまう。
あんな光景を見せられて、まともで居られる方がおかしいとの意見には非常に同感である。
自分が十数年を過ごしていた場所が幻だったと、そしてその中ですべてを共にしていた家族すらも幻影であったと。
そんな事実に、誰もが思い描く通りの一般人であれば気は狂い、現実を受け止められず塞ぎこんでしまう、というのが正しい反応となるだろう所。
しかし鈴鹿 裏人...つまり自分はというと、翌日の朝にはすっかり目を覚まし、尚且つケロッとしたテンションを保ちながらこの状況を楽しんでいるときた。
さすれば恐らく、感情の欠落が振り切ってしまい逆におかしくなったのか、とでも思われているのかもしれない。
自分が逆の立場であっても、間違いなくそう思うであろう...完全にイカれてしまったのだと。
だがしかし、今の自分が正常なのは自分自身が一番よく理解しているし、精神的に追い詰められているという気すらしないのなら、心に受けるべきだったダメージも幻とともに消え去ったというのが真実なのだろう。
一々説明することでもなければ、正しいかどうかの判断も曖昧なため、納得のいく説明は出来っこないが。
ただ、現状においてはそれがなんとも筋の通った想像であり、尚且つ正しいような気のする状況のため、変に気を遣われ過ぎるとかえって気まずさが増すであろうことは言わずもがな、というわけなのであった。
「...ふふッ...ほんと、大丈夫だよ。」
現状で自身が感じているのは、『不快感』を孕ませた心情よりかは、『達成感』を伴った気持ちのいい疲労感。
さすれば、心配させてしまうだけ取り越し苦労なのは当然、気を遣わせたくないというより気を遣ってもらう方がこっちとしてもやりにくい、というものだ。
そのため、遺憾なく満足だよとの一心で首肯した裏人は、また同様に困り眉へと表情を歪ませる優に向け、カラッとした微笑みを浮かべると心配ないとの合図を送ってやるのだった。
こちらの様子をその一挙一動まで感付いてくれる彼のこと、軽く行うアイコンタクトでも当然自身の思考を読み取ってくれるだろうと短い...というよりほとんど初対面ながらも固い信頼を寄せながら。
そうしてそんな様子を眺め、案の定すぐさま内情を理解してくれたらしい優が微笑みをもって返事をしてくれると、また先行してくれる彼の後ろ姿を眺めるまでに至るのであった。
遅れないようついていくことに変わりない、自身の足を進める裏人も、そんなことを思いつつ等間隔でこちらの様子を確認する優を観察していく。
優しさの塊のような男である、それは外見もさることながら本当に『人が良い』とはこういう人のことを言うのだろうなと、漠然とした思考を持たされるほどに。
また気遣い過ぎてくれると、そんなある意味では『余計なお世話』に思われそうなほどの頻度の思いやりでも、彼から受けるものはなんとも気持ちが良い他なかった。
そんな風に先の疲労感と同様、清々しいものを感じ取っていた裏人は優の後ろ姿を目に、先の続きと言わんばかりで『都会の喧騒』から『人々の内情』にまで及ぶ多種多様の情景へと、次第に視線を移していくのだった。
何より心躍る自身の内情を制御することが出来ないかのように、なぜか嬉しくも楽しそうにしている先導者と同様に目を輝かせながら―――――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「―――――...だよねだよね、めんどくさいよねぇ」
「―――――はぁ...」
「―――――すぐ向かいます...はい、はい...失礼します」
「―――――...の後?...あんたの家でええやろ―――――」
「...。」
口を噤む裏人から漏れ出る感嘆の言葉は、吐息程度の薄っすらとしたものだけに留まった。
所在を変え、駅近くの通りからさらに奥へ進んだ、一切人の往来が減らない繁華街のような場所。
そこに身を置く二人は体感で慣れたのか、はたまた実際に速度を落としたのか分からずとも、ゆったりとした足取りに変わった現状にて同じ立ち位置のまま歩みを進めていた。
周囲には似通った制服に身を包む者の数が増えていて、天道の話にある通り、目的地である教導機関?とやらが近くなってきたのだと察しの付く街並みが、情景とともに広がっている。
すると当然、そんな歩幅や変貌を遂げた周りの都市景観から観察という行為自体の時間も伸びていき、田舎では絶対に見ることのできなかったであろう建物から一風変わった同世代の者たちの様子へ現を抜かすこと、手抜きをしない裏人は続きの情景を眺めていくのであった。
いい意味での喧しさを見せては様々に鳴り響く、田舎の時とは違う声の数々を耳にして。
いや、違う声音の数々といった方が正しいか。
ここで暮らす、またはここにいる人々が皆、そもそも別人だからという当たり前な話しではなく、主にそこへ含まれている感情の方に変化が見受けられると、そんな雰囲気を裏人は感じ取っていたのだ。
ものの些細なことにはなるのだが、誰も彼もが負のオーラを纏い、それを口から放出しているかのように悪態をつきながら、それでも歩みを進めるといった姿を見せている。
田舎の生活では目にすることのなかった真逆の感性だ。
ゆえに『新鮮味』という三文字に当てはめた高揚感を感じる彼は、微妙なニュアンスの違いから来るその感受性へ楽し気に表情をコロコロを変えてみせるのだった。
ここで浮かべられる周囲の者たちが体現していた負の感情とは、ひとえにわかりやすく通勤・通学に際して当人から漏れる不平不満である様子。
だが集落では、学び舎という唯一の遊び場へ赴く者たちからそういった不満が漏れることはなく、大人たちも何かに縛られることなく案外自由が利く農業にて生計を立てているものが多数といった感じであった。
勉強をすることは大前提でそれ以上に友人と顔を合わす機会が嬉しく、遊びといっても授業中にワイワイするのではなくメリハリのある青春を送っているという意味での、遊び場と不満のない学生生活。
さらに農業の方も生業を怠けているというわけではなく、休憩のタイミングや麦わら帽子にタオルを頭に巻くなど気ままな服装で職務を行えるという意味での、自由の利く農業というものだ。
自作の麦茶を飲む時間も、伴侶や母から受け取った弁当を食べる時間も、トイレや小休憩、世間話に業の教えなど、上司もいなければ父親・息子の関係ゆえ何より気が楽。
もっと言えば作業着が必ず汚れるがゆえ、都会の人たちみたいに人の目を気にすることなく頭にタオルというスタイルを貫けるし、冷たい水を全身に被ることも、それが終われば景観を活かした水場で裸になることも出来る。
そんな暮らしに、『都会』や『賑わい』などの言葉どころか、要素にすら触れてこなかった者たちが窮屈さを感じることなど、きっとなかったであろう。
またママさんたち、小さな公民館や市役所などのかっちりとした職場に勤めている者も、良く見知った顔ぶれが訪れるとくれば誰もが苦痛になることなく、世間話を主な業務として行っているような緩さが売りとなっていた。
ならば尚更、出勤・通学を苦に思う感情など、誰一人として持ち合わせていない廃された想いとなっていたのである。
そのため、今この場で裏人が周囲の人たちから受け取った感性には、内心が(もっと、楽しめばいいのに...)とのなんとも田舎人らしいコメントを無意識のうちに返す準備を行っていた。
それは裏人がこの瞬間に、先の『都会』の雰囲気から本来の『賑わい』という美しさを、目にしてしまったから湧き上がった感想だ。
これからここに暮らすのだと、想像しただけで良い意味の吐き気を催し、緊張感から人付き合い、環境音から交通機関の利用など、多種多様の問題が顔を覗かせるこの場。
そんな全てが、優や昨日会った姫奈と名の先輩など、気を許せて尚且つ同年代の案内人がいるとなれば、唯一心配であった要素が改善されたまるで楽園のような場所へと早変わりしていた。
(...いや、楽園はさすがに言い過ぎか?)
ただ、お祭りや新年の初詣に行った際のあのワクワクとする心地は軽々と越えている...ならば案外言い過ぎでもないのかもしれない。
と、祭りの情景とは丸ッと一周異なった、苦しみや悲しみに怒りと気だるさが入り混じるこの場で一人、祭りの情景と、まったく同じ感性を身に宿した裏人は、そんな内心を大事そうに心の中へ抱え込んだ。
そしてもう戻ることがないのではといった程に顔を緩ませては、先を歩く優に連れられ、また同様に足を進めていった。
死にかけのサラリーマンや遠い目をした学生、あくびをして歩くオフィスレディに掃除や買い物などの朝一の業務に追われ気怠げにしているおば様たちから、少しだけ好奇な視線を向けられながら。
「裏人、あんまり気にすることでもないよ。」
「...えッ、何の話?」
「視線のこと。
確かに今の裏人はちょっと目立っちゃうかもだけど。」
「そう...かな。
やっぱ田舎人っぽかった?」
「あー...えッ?
いや、そういうこと、では...ないんだけど。」
「ふ、ふーん...?」
突如こちらの様子を見ずに話しを掛けてくる優の声が耳に届いてきた。
その中に含まれた『視線』という単語の正体とは、観察している現状で受け取れる、周囲からの好奇な目のことについてであろう。
辺りを意識している素振りがなかった優がそこまで感付いていたとは思わなかったが、なんだかんだ人のことをよく見ている彼のこと、そういう感覚には自分以上に敏感なのかもしれない。
そうイメージを膨らませた裏人の返答だったのだが、何やらその会話の内容には食い違いがある様子だった。
自身の返答を受け取ったそばから、急いでこちらを振り返った彼の鳩が豆鉄砲を食ったような顔には、短期間の付き合いながら「なんとも珍しいな」との想いが漏れ、表情豊かなその外見が現状では突拍子もない感想になるが嬉しくも思えてくる。
そして、美しく格好いい彼の見た目から少し滑稽さも感じ取れるようになった表情に、先の違和感も含めて微笑ましそうに笑みを浮かべ小首を傾げる裏人は、その言動を間近で優に見せつけてやるのだった。
すると、別段関係ないとばかりの雰囲気を見せる優は返答を口にし、それでも照れ隠しかすぐに前を向き直すと同様に歩みを進めていく様子を見せてくる。
その情景へまたなにか別の引っ掛かりを覚える裏人は、それでも早々にこの疑問へ区切りをつけようと、彼の言葉通りまだ周囲からの視線があることを確認しつつも、気にしないと別の話題を彼に問いかけていくよう流していった。
この場で話すこととは、当然世間話などではなくこれから赴く教導機関とやらについてのことだ。
天道 修二から大まかな説明はもらっているのだが、情報は多いに越したことなどないのだから、と。
それに仲良くなるためには会話を効率よく行った方がいい。
すでに名前を呼び捨てにしている関係であってもほぼ初対面な事実に、これら馴れ馴れしく呼び合っている現状も優からの提案だった。
そんな距離を詰めてくれようとしている彼からの厚意を無下にする必要など皆無であり、自分としても願ったり叶ったりということ。
そう、改めて表情筋を落ち着かせた裏人はここに来るまでの間、色々聞こうと心の中で整理していた話を後の登校時間でしっかりと詰めるため、周囲の喧騒に紛れるよう口を開いていくのだった。
優しい彼のこと、すべての質問にきっちりと答えてくれるだろうと、随分便利になった言葉として『信頼』という二文字を括り付けたままの状態で。
「優。」
「ん、どうした?」
「教導機関って、どういう場所なの?」」
「あー、どこから話そうか?
昨日天道さんが言ってたことも、復唱した方がいいかな?」
「できれば、そっちの方が助かる。」
「おっけい。
じゃあまず、ここら辺の教育機関の話からしようか。」
そこまで言うと優はすっかり歩みを緩め、先行していた立ち位置から並進するよう隣へやってくると、こちらの顔を覗き込み会話をする際の姿勢と雰囲気を見せてくれた。
そこには田舎という場所を見下ろすような意図はなく、あくまで集落以外の地域に対して裏人がどこまでの知識を持っているのか探る、といった佇まいが伺える。
そしてそのまま二言三言会話をしその具合について把握すると、既知のことに絡めつつなんとも分かりやすい説明口調でそれら詳細についてを話し始めてくれるのだった。
一歩一歩、裏人が理解しているのを目や雰囲気で感じ取りながら、彼らしい優し気な雰囲気と聞き取りやすい声音によって。
「ここには大きく分けて三種類の教育機関があってね。
裏人が通ってた自由人専用の場所が一般校。
主に魔術士が通う学び舎が魔術学校。
そして今向かっている教導機関、この計三つ。
割合的には一般校が7割ほどで、残り3割は2対1で魔術学校と教導機関みたいな感じ。
一番少ないのが教導機関ってわけだね。
それでその教導機関についてだけど...自由人学校って意味では一般校と同じで、魔術の才を持つ者は必然的に入れないようになってる。
で、一般校との違いは学年別で分かれているか、初等部から中等部、高等部を経て大学院まで続く全学年の一貫校になっているか、ってところ。
中高一貫とか、聞いたことある?」
「ある。」
「そのエスカレーター式の最長版、みたいなものだね。
厳密には少し違いがあるんだけど、あくまでわかりやすく言うとって話で、これは天道さんが説明していたところの内容と同じ個所になるかな。」
「うん...けど、やっぱ。
なんか、想像し辛いね...色々と。」
「だと思うよ。
俺も中等部の途中から教導機関に編入したんだけど、初めは慣れなかったから。
人の多さも、土地鑑も。
だから詳細ってわけじゃないけど、説明に関しては聞くより見た方が早いと思う。
これは経験談ね。
敷地内には、小さな子から俺たちよりも遥かに年上の人まで見かけるし、学生全員と様々な形で交流もあるって、流石に中高一貫校でも有り得ない話だから。」
「それって、勉強がって話?」
「いいや。
基本的に教育系の仕事に就くものが多いって話を聞いたことがあってね。
多分、それ関係で初等部の子たちの面倒を見てるって意味合いが強いんだと思う。
幼い子たちのそばには大学院の人がいるって光景をよく見かけるし、実際教導機関の規則には『率先して下級生を手助けすること』って記述があるくらいだから。
つまり勉強もそれ以外もってことになる。」
「でも流石に中等部や高等部になれば、面倒を見てもらうわけにもいかないし、交流も減るんだよね?」
「半分正解かな。
付きっきりで面倒を見てあげることはなくなるらしいけど、それでも基本一緒になることが多いから。
部活動で年齢の区切りはあれど体育館は共同で使うし、そも体育の教科では同学年がクラス別に分かれてても、なぜか同じ場所に他学年の子がいるっていうのが当たり前なんだ。
まぁ俺はさっき言った通り中等部の途中で転校してきてるから、初等部がどういう学校生活を送ってるのか知らないし、その他にも詳しいことは分からないんだけどね。
ただ、中等部後半から高等部に至っては、大学院の人たちとの関係はすれ違いざまに挨拶するくらいに落ち着いてる。
裏人の言った通り、こんな年になっても面倒見てもらうのもあれだし、見る方もね。」
「あー、納得。
でもそれじゃあ、同じ学校にすごい生徒の数がいるんじゃない?」
恙なく進む会話にもう心の中の整理などどうでもいいと、気になったことを質問する裏人は、なにより嬉しそうに答えてくれる優に触発され、次から次へと会話が弾んでいく。
未だ辺りの喧騒に紛れているはずの二人。
だが、次第にヒートアップしていく会話は、その音量も含め両者を二人だけの世界へ閉じ込めたかのように、熱中していく様子を見せ始めた。
これには優が話上手だという事実もあるが、それ以上に裏人が聞き上手であるという要素もかなりの割合を占めているようだった。
質問をする際、楽し気に目を輝かせているところが頼りにされ、無条件になんでも答えてあげたいと思わせてくると、そんな印象を受け取ってしまうのだ。
面倒を見たくなる、言いようもない人懐っこさ。
さすれば、こんなに純粋な質問をする者が自分の授業に居れば恐らく教える方も楽しいのであろうな、とこれから向かう学び舎に掛けて柄にもないような小言を浮かべる優は、そっと笑みをこぼして見せた。
そしてそんな彼が脳内で計画した通り、次の一コマでは驚いた裏人の顔が見れるだろうとの内心でとある事実を突きつけては、その内容に案の定食い気味な返答を返す裏人をさらに楽し気な雰囲気で見守ることになっていった。
度肝を抜かれてしまった、全く嫌な感じのしないオーバーリアクションを披露する裏人を間近に捉えて。
「そうだね、在校生だけで六千人くらいはいるらしい―――――」
「へッ...マ、マジ?
都会の学校って、そんなレベルなの?」
「ふふッ...いや、ここが特殊なんだよ。
『銀葉歓教導機関』
今俺たちが向かってるところの正式名称。
ほぼ全都道府県にそれぞれ一校ずつある教導機関の中でも、随一の生徒数を誇ってる。
その分金回りが良くて、目に見えてわかる清潔感のある広い敷地と、おかげで生徒の人数を感じさせないくらい物理的なゆとりが用意されてるって...だから全国屈指の人気校らしいんだ。」
「まぁ、流石にだよね。」
「うん...だけど。
さっき俺が土地鑑って言ったの覚えてる?」
「言ってたけど、それが?」
「驚きついでにもう一つ。
気付いていなさそうだから、話しちゃうけど...。
ここ、もうすでに銀葉歓の敷地内だから。」
「―――――はッ?...え?」
田舎での学校の様子は一学年一クラスであり、生徒数も25人前後しかいないと、そんな空間で過ごすのが当たり前であった。
それに引きかけ、ここの学校はクラスだけでも数倍もの人数差を誇り、それ以上に多い学年数から合計で六千人もの生徒数が在籍していると、有り得ない事実を聞いた時は自分でも驚くほど声が出たものだった。
やはり都会という場所...なんて田舎人らしく当たり前な思考でも常軌を逸しているであろうことくらい予想がつき、同時に田舎との雲泥の差に自制と一瞬の警戒心が生じるほど、言葉にならない驚愕を体感する。
しかしその後すぐ、それら衝撃の度をさらに超えた事実が知らされることになり、あまりの現実味の無さからついに声すらも出なくなってしまった裏人は、意図せず感嘆の吐息を漏らすまでで固まる運びとなってしまった。
先ほどから目にしていた、行き交う生徒たちや車道を走る車を通して見る光景。
文具店や書店、百円均一の店からスーパーマーケット、雑貨、服屋にドラッグストア。
さらに視覚や嗅覚に届く、多種多様のメニューを構えた飲食店の数々も、同様に存在を示すかのように主張を行っていた。
お洒落なカフェに落ち着きと味のある外見を携えモーニングを用意した喫茶店、ガッツリとした中華料理屋に新旧深みを増したラーメン屋、イタリアンからファストフード店までととにかく幅広く。
そして極めつけは少し遠くに見えている、大型ショッピングモールにデパートから映画館やフィットネスジムなど、とても勉強をする学び舎の敷地内にあるとは思えない、完全な娯楽施設までが見受けられていた。
一般道だと信じて疑わなかったこの道が、駅前の通りと何一つ変わっていないように見えるこの場所の全てが...
「全部、教導機関の敷地内―――――?」
「驚いたでしょ、俺も最初は目を疑ったよ。
それに、今でもどこからどこまでが銀葉歓の敷地内なのか把握しきれていない。」
「え、ちょっと待って。
これが敷地内なの?」
狂った知育玩具かのように同じセリフを口にする裏人は、ほぼ無意識下で動かしている足に気が付かず、立ち止まっているかのような心地のまま目を点にして周囲を見渡した。
どうやら、たった一言をもって突如知らない土地にでも立たされたかのような感覚を味わっているらしい今の自分には、この口から洩れる文言を止める術は無い様子。
それほど、一瞬で姿を変えたかのような周囲の景色と優のセリフから伝わる事実とやらに、信憑性が感じられなかったのだ。
確かに駅前の様子に比べて空気感が変わったような心地を体感できた、教導機関の敷地内外を区切る境界線みたいな場所は通過した覚えがある。
そこを通ると、気が付けば辺り一帯は同じ制服に身を包んだ者たちで溢れかえっている、といった印象を受け取れたとある地点のことを。
しかし正直それも「思い返してみれば」といった感じの単なる結果論であることに違いなく、つまりは現状を何も理解していないのだということと同義であった。
それによってあの瞬間に気が付いていればよかったと心にもない後悔の念を沸かせ、同時にノーガードの箇所へフルスイングをもらったかのような衝撃を受け取る運びとなってしまう。
この感情は何と表現するのがいいのだろうか。
田舎という場所を悪く思うつもりのなければ、都会という場所を悪く言うつもりもない。
だがそれでも今までの十数年を文字通り無駄にしていた、そんなある種人生を棒に振ってしまっていたのだという気が、言葉にできない苦の感情として内心へ浮かび始めていくのだ。
こんな景色を知っていれば、こんな愉快さを知っていれば、もっと楽しい学生生活...延いてはもっと楽しい人生が送れていたのであろうなと、ほとんど嫉妬に近いような悲しい怒りとともに―――――。
「...。」
「ちなみに、ここにいるスーツの人は皆、先生か非常勤講師の人だよ。
んで、当然残りの人達は俺たちと同じ学生。
つまり、この場にはもう銀葉歓教導機関の関係者しかいないってこと。
ねッ、すごくない??」
「いやもう何にも入ってこないって。」
人のことをよく見ている優のこと、自身が衝撃を受けているのが分かっている現状でその言葉を口にしたということは―――――
そう、彼の想いが手に取るようにわかる裏人は、殆ど半開きの目でまた追い打ちとなる事実としてのダメージを食わらされる羽目になった。
そして同時に、今までに比べてより喜ばしいとの微笑みを見せる彼の様子から、自身の中でまた一つガッチリとハマった合点にため息を吐き出すのだった。
優がこれまで嬉しそうにあれこれ教えてくれていたのは、優しさや思いやりからではなく仲間が欲しかったからなのだろう、と。
過去、己が体感した驚きで押しつぶされそうになるほどの衝撃を、この場が未だに何度でも心躍るようなシチュエーションに感じてしまう内心を、ただただ共有したかった。
それはある意味では良好な関係を築きたいと思っている相手にしか同意を求めない厚意ゆえ、ありがたいことでもあるのだが、果たして。
田舎から出てきた自分にとっては、これら事実が驚きを通り越して信じられないとの内情まで来てしまっていることに、都会近郊から来た彼が気付けているのか、そこまでを汲み取ってほしかったと一つ。
それだけこの場とその事実には、愉快な心地とともに衝撃を運び、あり得ないと思わせてくれる非現実的な感情のすべてが相当量含まれているのだった。
そのため、もう何一つ聞こえてこないとの裏人の言葉は、これ以上の情報を受け取ったら脳がパンクしてしまうかもしれないからとの自衛行為として、正しい判断であるのだとも気付いてほしいと裏人。
しかし、当然嬉しさ全開の優には珍しいのか或いはよくあることなのか、その事実を察してくれるような気配は最後まで感じられないのであった。
...というより全て察した上で、思いやりをもって振舞うつもりなど無かった、という方向でこの追い打ちをしでかしたのかもしれない。
そんな風に思えてしまう彼の笑顔にまた裏人は一つため息を吐き出し、それでも十分楽しむ準備はできているとの内心に違う意味で深呼吸を吐き出しては、ついに歩みを早め始めた優の後を、しっかりつけてくよう行動に移していくのだった。
辺りから注目を浴びる、少し煩くもこれ以上ないほどの楽し気な会話に、辺りを巻き込んで笑顔にしながら。
そうやって仲良し間で行われる楽し気な言い合いの情景を周囲に振り撒きつつ、二人は教導機関の本施設までの道のりを飽きることなく歩みを進めていくのであった。
そんな二人にむけ、先のモノとは別の感情が込められた視線が色気づいた女性たちたち飛び交っているのに、良くも悪くも全く気が付く様子もなく。