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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
12/37

静まり返った森の中

~特異鬼制教導機関~







ザッザッザッ―――――


鈴虫が五月蠅いほどに声を上げ、それでも心地いいと思える空間に涼し気な風と、草を踏み()足音(あしおと)が鳴り響いていく。

すっかりと夜も更け、人工的な明かりが一切届かなくなった森の中。

そんな暗闇の広がる周囲一帯を、これまでの人生で見た試しも無いような(つき)(ほし)などの自然な明かりが輝かしく彩ってくれていた。

それにより受け取るのは一切の尖りない暖かみと安心感。

ライトがない森の中を、こんなに危うげなく歩けるとは、田舎の星影(ほしかげ)がすごいのか、都会の電灯が(わずら)わしすぎるのか、といった具合に。

なんせここは、大通りでもなければ住宅地でもなく、天井までキッチリと葉で覆われた山なのだ、有難くも思えればなぜと疑問が尽きないのは月並みな感想であろう。

と、そんなこんなで何不自由なくその場を歩いていく三つの影は、これまで続く数十分(すうじゅっぷん)にも及ぶ長い道のりへ、(みな)一様に楽し気な雰囲気を醸し出すのであった。

登山家と言われている者たちの気持ちが少しわかったような気もする。

おこがましいと思われるかもしれないがこれまた月並みな感想で、夜の森すらこんなに綺麗なら明るい森はどのくらい透き通ったものなのだろう、という知的探求心をもって。

そして木々の合い間に、木漏(こも)()ならぬ木漏れ月光(げっこう)にて生じるユラユラとした三つの影を伸ばしながら、続く足音を辺りへ響かせどこまで行くのかわからない道のりを歩いていくのだった。

これまでの雑多な声や祭囃子さえ届かない、情趣(じょうしゅ)溢れた静けさがシンッと心に哀愁を漂わせる、田舎の匂いが絶えない獣道。

そんな人気(ひとけ)のない酷道(こくどう)に、(ざつ)(ほど)(ひと)()を漂わせながら。



「何処までいくんですか。

 ちょっと、休憩―――――」


「ダメよ、(ゆう)。」


天道(てんどう)さん、交代、してくれませんか。」


「ほら頑張りたまえ、若人(わこうど)。」


「ちょっと僕、疲れてるんですけど。」



いつも通り変化のない姫奈(ひめな)の声と、少し小ばかにしたかのような教員の声が届いてくる。

そんな中、それら存在感のある声を差し置いて、肩と胸の両方を使って息をしている(ゆう)の呼吸が、暗闇の中へと広がっていった。

先の件よりおおよそ一時間弱が経過しただろうかという頃合い。

山の中腹を歩いている彼ら三人の(もと)には、()いで(かす)かにしか聞こえない寝息を放つ、四人目の所在で言い争いが繰り広げられているのだった。

その人物とは言わずもがな、自分たちがここを訪れた目的や理由である、鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)の事だ。



「ずっと僕なんですけど、担いでるの。」


「これも修行の一環ってやつだね。」


天道(てんどう)さんの方が、適任だと思うんですけどね。」


「残念、私はこの上なく非力なのでね。」


「...どこが。」



あれからずっと背中に背負われ続けている裏人(うらひと)

もちろんそんな彼の存在、(もとい)重量感を一番に感じているのは、下敷きになっている(ゆう)であった。

また、山という不安定な足場から先の分身体を作り上げる術までをも用いた、精神的にも肉体的にも追いやられている状況の中。

そのため感じる、二倍にも三倍にも膨れ上がったかのような彼の重みによって、『明るく』『気持ちのいい』と今の優れた環境下でなければ、現状そのモノを投げ出したいとすら思えてしまう心理状況に陥っていた。

呼吸の音は誰よりも響き、足音や身体の軋む音は比べ物にならないほど大きい、と。

だがしかし、そんな状況であっても誰からの手も差し伸べられることはなく、至ってシンプルに面倒くさいという理由の下、雑に押し付けられた仕事をこなすまでに至ったのだ。



「せめてゆっくり歩くよ。

 時間がないからね、君たちは明日も学校があるんだから。」


「そうですけど、ちょっと労わってくれても、良いと思うんですけど。」


「がんばれがんばれ。」


「...くッ、そ。」



先に述べた人気(ひとけ)のなさは、そのまま寂しいような雰囲気にまで直結する。

そして聞こえてくる虫の()も、これまで蒸し暑かった気温(きおん)と共に、随分(ずいぶん)と夜らしい情緒(じょうちょ)(すず)しさを運んできてくれるようになっている。

そう、絞りだしたかのような(ゆう)の吐息すら、(さみ)しさを孕む夏の()にスッと呑み込まれていき、引き換えにそれら風情(ふぜい)という多種多様な感覚が、自分たちの元へと響いてくることになるのだった。

(あと)には誰の言葉も残らない、人気(ひとけ)の無さまでをぶり返していくような、循環する情景が流れ始めていく。

ただし都会の静粛(せいしゅく)とは違い、変に居心地の悪さや気まずさなどを感じることがないというところは、皆が等しく『情緒』というものを堪能しているからなのであろう。

心が洗われる自然あふれる場所、建物や人の往来に目を奪われて向けることの無かった緑あふれる場所、そして都会で感じることのないおいしい空気あふれる場所、という三拍子揃った情緒を。

そんな風に、いっそのこと清々しいくらいにそれら立派な環境を充実していた三人は、余すことなく視界に映った生い茂る葉の(あいだ)より覗く、満点の夜空をこれでもかと堪能し目に焼き付けていくのだった。



「んッ...んん―――――」



すると間もなくして、突如...いやようやく目を覚ました第三者の声が、彼らの情緒を無視してその場に響いていく運びとなった。

本当に突然の、他者からの声。

ゆえに少し身体をビクつかせた(ゆう)姫奈(ひめな)は言葉を発することなく、変わりにニヤケ面を取り戻していた男性教員が次に声を返していくことになった。

あの時と比べ、姿こそ違えど全く同じ声音(こわね)をもってして。



「こ、こは?」


「やぁ、裏人(うらひと)君。

 目が覚めたようだね。」



未だぼやけた思考を浮かべているのだろう。

喉の機能が鈍っている、寝起きのような声を出すことがやっとといった雰囲気の裏人(うらひと)は、それでも詰まり詰まりに言葉を発してくれた。

そんな彼が(ゆう)の背中で身動きを取る様子から、先の怪我をしていたはずの首を、気にしている素振りは感じられないでいた。

またあの時の、死にかけていた際の微かに見えた『口から()を放つこと』すらままならないといった様子も。

ゆえにその場で皆が受け取る彼の言動からの印象とは、一様(いちよう)に任務完遂による達成感と、ようやく帰れるというこれ以上言葉の出ようもないほどの安心感であった。

優しく「動かないほうがいいよ。」と声を掛ける(ゆう)の言葉には、それを体現するかのように安堵の念が感じられている。

そして前を歩く教員も、顔を見合わせてはまずまずとの様子で頷き、対する姫奈(ひめな)は「はぁ」と大きなため息を吐き、それでも同様に好印象の内包された心情を浮かべるのだった。

そんな風に良好に進んでいく物事を眺め、一通り周囲の者たちの喜びを共感した裏人(うらひと)は、すぐに助かったのだとの思いを内に、ホッと胸をなでおろすかのように一息ついて見せる。

ほとんど上辺だけの喜びを醸し出す周囲にとっては、唯一心の底からの安堵の念と言ってもよいだろう、全ての苦悩と全ての苦痛が表現されている印象を受け取れる。

そのためそれを後ろ手に感じた教員は一人、そっとニヤケ面を元に戻しながらも、優し気な印象へと変貌する表情を浮かべるに至った。

一連の流れに、改めて一歩出遅(でおく)れた裏人(うらひと)の救護の任務が、良い形で終われたのだという事実を実感して。

そうしてそんな二人の気配を後ろ手にではなく、()いで正面から見つめるように向き直したその教員は、目前に控える裏人(うらひと)から掛けられる言葉に対し、すぐさま返答を行う素振りを見せていくのだった。

「無理して理解しないでいいからね。」と前置きをしつつ、これまで起きた事件から、恐らく裏人(うらひと)自身が一番欲しているであろう内容の隅々までを、包み隠すことなく。



伝槙(つたまき)...先生?」


「いいや、それは偽名だ。

 私の本名は天道(てんどう) 修二(しゅうじ)という、覚えておいてくれ。

 して、君の名前は鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)、であっているよね。」


「...はい。」


「単刀直入にどうだろう、助かった感想は。」


「...やっぱり、夢じゃなかったんですね。」


「残念ながら。」


「...実感が、ないです。」


「だろうね、首は大丈夫かい?」


「首...あ、はいなんとも。

 直ったんですか?」


「うん、特殊な技法でね。

 さて、それじゃあ色々と含め話をしていきたいんだけど、体調も平気そうかな?」


「はい。」


「よし。」



少しずつ意識の覚醒が訪れる裏人(うらひと)は、目に見えて身体の調子を取り戻していった。

それはただ純粋に快眠から起床し、気持ちの良い目覚めを迎えたかのような心持によって。

つまるところ、夢でないとの天道(てんどう)からの言葉を借りるとすれば、全てが何事もなかったかのように元に戻ったのだということを意味していた。

自身の首の傷や百咲(ももさき)という少女によって殺されそうになった事、そしてそれら奇怪(かいき)事象(じしょう)が嘘偽りない現実(げんじつ)だったという事実までを。

到底、呑み込むことなど出来そうにもない。

...はずなのだが、先も言った通り自身の頭は一切の不自由なく、いつも通りを機能(きのう)し続けていた。

そのため、最後の最後までぼやけていてくれれば理解しなくて済んだような事実をも、完璧に理解させられてしまう羽目になっているのだった。

一切の捏造(ねつぞう)誇張(こちょう)などを抜きにして、頭の中に展開される思い出は、全て現実(げんじつ)に巻き起こったモノだったのだということを―――――

そんな、目が覚めて自我をハッキリと取り戻したような裏人(うらひと)の様子を一瞬だけ目にした天道(てんどう)は、次の瞬間には言葉に出さずとも手に取るように彼の心情を読み切って見せた。

今から会話をしようとしていることについて、大怪我の後だとか、病人だから手短にだとか、そういった気遣いをするかしないかの判断を下しつつ。

そうして決まった心情通り、一つの手抜きもすることなく、何より全てを知りたいと思っている裏人(うらひと)のためを思って、真実を伝えていくように口を開いていくのだった。

これまで起こった出来事から、これから起こるであろう出来事までを、恐らく完璧に理解してくれるはずだとの信頼をもってして、包み隠すことなく一般人には可笑しく聞こえてしまうような、そんな全容を。



「改めて自己紹介から始めようか。

 彼女が上甘(かむらあまい) 姫奈(ひめな)

 君から見れば一つ上の先輩に当たる。

 そして今君を背負っているのが魅明逆(みあけさか) (ゆう)

 同級生だよ、仲良くしてやってくれ。」


「よろしくね。」


「―――――ごめん、まだ歩けそうには。」


「あぁいいよ、気にしないで。

 これも仕事だから。」



先ずはで始まった自己紹介にて、返事はいらないとの想いを込めた姫奈(ひめな)からの挨拶に、首だけを縦に振って返答を送る裏人(うらひと)

対して、しっかりと迷惑を掛けまくっている(ゆう)に関しては、心の底から申し訳ないとの思いをもって謝罪を入れた。

その言葉に別段(べつだん)苦労も迷惑も掛かっていない、とのような声音で返答してくれる彼から、甘いマスクの見た目通りにそれ相応の甘い匂いを感じ取っていく。

あの時の、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)からもらった数珠を身に着けた時の、微かに見えた明るい印象の青年とは恐らく彼だったのだろう。

また、意識を失っていた時も、ずっと温かみで包み込んでくれた優しさの正体とは彼だったのだろう。

そんな風に脳内へと薄っすら姿を見せる記憶を頼りに、改めて救われたという事実を思い返し、同時に数珠(じゅず)所在(しょざい)から今一度自身の無事を確かめるため、裏人(うらひと)は感覚だけで身体を探っていくことにした。

当然(ゆう)の背中に背負われているがゆえ、皆の時間を取らせたり、変に彼へと迷惑を掛けたりなどはしないよう気を付けながら。

そうしてすぐに自力での徒歩が無理であることを悟ると心の中だけで(ゆう)へともう一度謝罪を入れ、全てを任せるように身を委ねるのであった。

身体の向きを正し先導する天道(てんどう)の後姿を目前に控え、この歳になってまで長々と誰かに背負われている状況に少しの気恥しさを感じつつ、ただひたすらに申し訳なさを前面に押し出して。



「それじゃあ裏人(うらひと)君、先に聞きたいことがあれば答えておくけど、何かある?」


「えッ...いやぁ、特に。」


「本当かい?

 なんでもいいんだよ?」


「いえ、本当に。」


「そっか。

 話が早くて助かるよ。

 じゃあ、現状のことについて、一方的に話を始めるから、理解できるところはしておいて。」



と、(ゆう)とのやり取りを後ろ手に感じたらしき天道(てんどう)は、また頃合いを見計らって裏人(うらひと)へと言葉を続けていくのだった。

あくまで裏人(こちら)側を優先に、との気遣いをもってして。

そんな雰囲気を送ってくれる三人の、現状では何とも有難みを感じる対応に裏人(うらひと)は、その流れの通りに邪魔しない方向へと尽力していくことにした。

何より、現状を知りたいを思っているのは自分自身の本心でもあるのだから、いちいち口を出して邪魔することもないだろう、との思いで。

そして、またもやそんな自身の判断を読み取ったのか「助かるよ」との声を返してくる天道(てんどう)が、チラッと横を向くついでに自身と目を合わせてくるような仕草を浮かべてきた。

改めて見ても、思った以上に違和感のある姿のまま。

ただその外見から、今まで少し浮いていたような声音との相性がしっくりくるなと思えるところは、言わずもがな「なるほど」との言葉も自然の胸の内に湧いてくる。

と、そんな謎めいた感情を何度でも体感させられつつ、またあの時と同じようにニヤリと口元だけに微笑みを浮かべた彼から伝わる、無言の謝意に裏人(うらひと)も笑顔をもって返答するのだった。

すでにその間には、これまでのような畏怖や恐怖の印象は一切交わることなく、いつの間にここにあったのか信頼の二文字に()()わっていたという、互いの好印象だけが存在していた。



「まず、君がどれくらいこの世界のことを知っているのか、教えてほしい。

 魔法、というものの存在を知っているかい?」


「...はい、テレビとかでよくあるやつですよね?

 実際目にしたことはないですけど、僕が住んでいた集落にも電波は通っていたので。」


「そうか、やはり地方では現物を見る機会はなかなかないか。

 でも知っているなら尚更(なおさら)都合がいい。

 私たちは、その魔術を扱う魔術士(まじゅつし)と近しい存在でね。

 方相氏(ほうそうし)といって、その語源は『鬼』を(はら)う役職から。

 そして魔術士(まじゅつし)が扱う魔法や魔術とのモノは、私たちからすれば追儺(ついな)と、そう呼ばれている。

 どうだろう、ついてこれそうかな?」


「はい、大丈夫です。」



ハッキリとそう答える、裏人(うらひと)の声音と雰囲気に強気なものを感じ、「(やはり心配は杞憂だったか)」との結論付ける天道(てんどう)は満足そうに頷き、さらに言葉を進めていった。

その間一同は当然、山の(いただき)を目指し、歩みを進めたままの状態である。



「ただ、生憎その魔術士(まじゅつし)たちにも、鬼という存在は一般常識ではなくてね。

 我々方相氏(ほうそうし)だからこそ、知っている事象というものなんだ。

 ...して裏人(うらひと)君、君はこの世界の人間が、どれくらいの人種で分かれているか知っているかな?」


「人種、ですか?」


「うん、そう。

 生まれた時から才能で決められた人生を歩む魔術士(まじゅつし)と、それ以外の自由に人生を謳歌する自由人(じゆうじん)との割合について。」


「確か、魔術士(まじゅつし)が3割で自由人(じゆうじん)が7割だったような。」


「正解。

 生まれ持った才と言われ優遇される魔術士(まじゅつし)はやはり数が少なく―――――

 対して、劣等種などと馬鹿げたことを言う輩の処遇(しょぐう)明文化(めいぶんか)するため、『自由』という二文字に全ての想いを(たく)した一般人の割合はかなり多くなっている。

 そしてそんな両者がそれぞれが無くてはならない存在としてこの世界に生を成し、いつの時代もそうやってうまい具合に世の中を成り立たせてきた。

 自由人(じゆうじん)が作る食物や生み出すアイディアを頂き、逆に効率性や安全性といった面を魔術士(まじゅつし)が提供する、といった感じでね。」


「それも習いました。」


「そうだね、あくまでこれは一般常識だ。

 学識の範囲で習うのは、自由人(じゆうじん)魔術士(まじゅつし)も関係なく、そこまでの知識。

 ゆえに、そういう常識の範疇に、我々方相氏(ほうそうし)との名前も、追儺(ついな)という技術も、鬼という存在すら出てくることはない。

 でしょ?」


「そう、ですね。」


「それはひとえに、私たち方相氏(ほうそうし)が公に姿を見せられないほど、少数しかいないから、というのが大きな理由になってるんだ。

 正確に割合をいうと、魔術士(まじゅつし)が30%、自由人(じゆうじん)が69%、そして方相氏(ほうそうし)が1%といった具合に。」



一つ一つきちんとこちらへの問いかけをもってして、分かりやすく伝えてくれる天道(てんどう)の喋り方は、何ともありがたいモノであった。

教師、というところまでを演じていたのかどうかは定かでないが、そのイメージが間近にある裏人(うらひと)にとっては、それが本職なのだろうか、といった感じに思えるほど。

そしてその通り、敢えてそういう喋り方をしていた天道(てんどう)はというと、一問ずつに即答してくれる裏人(うらひと)の様子に、今一度脳の異常などが無いかを確かめつつ話している節も見受けられていた。

そのため裏人(うらひと)も何かと考え込むような素振りは見せることなく、これと言ってわからないならわからないとの想いをはっきり伝え、質疑応答を繰り返しているのだった。

正直ワクワクしているような内面を、天道(てんどう)含め(ゆう)姫奈(ひめな)に勘付かれることがないよう気を付けながら。



「それでね、先にこの世界に存在する勢力図みたいなものを君に伝えておこうと思う。

 都会に出ればこれが常識になるだろうから、前段階の準備としてね。」


「はぁ。」


「まず、この世界には魔術(まじゅつ)法術(ほうじゅつ)占術(せんじゅつ)呪術(じゅじゅつ)陰陽道(おんみょうどう)等々(などなど)、多種多様の力が均衡を保ち存在している。

 中でも、一般的になっているのが先に話した魔術であり、他の術を扱う者たちも一概に魔術士(まじゅつし)と呼ばれることがあるほどに普及している。

 そして彼らの操る術式は、ありとあらゆる形で相殺(そうさい)相乗(そうじょう)を繰り返し、関与することが確認されて来た。

 例えば魔術(まじゅつ)によって生み出された火と、陰陽道(おんみょうどう)によって生み出された火は、合わせれば等しく燃え続けたり―――――

 幻惑の魔術(まじゅつ)によって生み出された呪いは、呪術(じゅじゅつ)と同じ効果を発揮したり―――――

 占術(せんじゅつ)の未来予知は、陰陽道(おんみょうどう)の先読みと同じ効果しか発揮することが出来なかったり、ね。

 そんな多種多様の力は、これが面白いことに術式を展開する前段階に至っては、皆が別の手法を用いているんだけど、結果が変わることはほとんどないんだ。

 仰々しく唱えた陰陽道の炎が、瞬く間にありふれた水の魔術で消火されることも多々あるし、その逆も然りといった感じに。

 だけど私たちが扱う追儺(ついな)という技術には、その枠組みが一切適応されない。

 追儺(ついな)にのみ存在する呪いは他術では相殺されることはなく、逆に呪いが掛かっていた場合は全てを追儺(ついな)に上書きされる。

 また追儺(ついな)によって起こした炎は魔術や陰陽道の炎すらも呑み込んでしまい、場合によっては他術の水ですら消化できないこともある。

 要はこの力が、唯一絶対的(ぜったいてき)に上位互換として存在している、ということだね。

 そのため、自由人(じゆうじん)魔術士(まじゅつし)の割合を考慮すれば理解できる通り、方相氏(ほうそうし)の数はかなり少ないんだ。

 一歩間違えれば、この世の全ての術を呑み込むことすらできる力が(ひと)一人の中にある、そう考えると恐ろしくないかい。

 公にすることがどれほどリスクを伴うのか、また軽率に扱えばどれほどの命を奪うことができるのか、誰がどう考えてもすぐに答えが浮かぶ問いだ。

 ゆえに我々は教科書や常識的な勉学(べんがく)の場で名前すらも出さないし、国の上層部でもごく一部の人間しか方相氏(ほうそうし)という名前自体を知らないくらいの存在になっている。

 どうかな、ここまでの話は理解できたかい?」


「何となく、ですけど。

 魔術士(まじゅつし)よりも、才能のある者たちってことですよね。」


「ハッキリ言うとね。

 ただ、そこはやはりうまくできていて、単純な話だけではないんだ

 非力な魔術士(まじゅつし)と肉体派の自由人(じゆうじん)が喧嘩した場合、君はどっちが勝つと思う?」


「それは...分かりません。」


「そうか、魔術を見たことがないからね。

 これは意地悪な質問だった、すまない。

 答えは肉体派の自由人(じゆうじん)の方なんだ。

 単純に魔術士(まじゅつし)は殴れば痛みも感じるし、大本(おおもと)の人間という部分に変化はないから失神すら簡単にする。

 だからこそ、自由人(じゆうじん)のパンチ一つでノックアウト、というわけ。

 それで一体、何が言いたかったかというと、才能ってのは努力もしなければならないということ。

 一流の魔術士(まじゅつし)とそこそこの方相氏(ほうそうし)が術比べをしたところで、恐らく瞬殺されるくらいには一応の均衡は保てているんだ。

 方相氏(ほうそうし)という立場の人間のね。

 つまり、才能はあるかもしれないけど、同じように訓練もするし、人間社会に溶け込むべきだと判断すれば、思うように追儺(ついな)そのものを捨てる事だってできる。

 そういったところは、魔術士(まじゅつし)とも、自由人(じゆうじん)とも一切の違いが無いといえよう。

 人間らしく生きるための土台は、皆平等にあるのだから。」


「...なるほど。」


「けどね、一応方相氏(ほうそうし)にしかない特徴ってのも、顕著に存在している。

 切っても切り離せない、呪いのような特徴が。

 それが恐らく、裏人(うらひと)君の中で一番に引っかかっている『鬼』というものの存在だ。」



そこまで言われた段階で、裏人(うらひと)の頭の中にある一つの笑顔が思い浮かんでくる。

すると、自分でも思ってもないほどに声のトーンが落ち、改めて色々と悲しみや苦悩といった感情が顔を覗かせ始めるまでに至った。

そしてその調子のまま、無意識のうちに出た言葉が、その場の雰囲気を一瞬だけ別のモノに変え、話題が切り替わるほどに鋭い印象の空気感へと変わっていくことになるのだった。

誓って意識的に(こぼ)したものではなく、裏人(うらひと)の本心の部分がハッキリさせたい事実として尋ねたのであろう、そんな疑問の言葉が。



「鬼...彼女も、そうだったんですか。」


「...うん、察しがいいね。

 そう、百咲(ももさき) 愛悠(あゆ)、彼女は明確に鬼と呼ばれる存在だった。

 けど一つ、話の続きを先にすれば、私たち方相氏(ほうそうし)は鬼の生まれ変わり(・・・・・・)と言われているんだ。

 だから、彼女がいつどうやって生まれたのか、そこまでは私たちに知る術はない。

 私も、(ゆう)も、姫奈(ひめな)も、皆が鬼の子孫ではあるけど、それそのモノではないからね。」


「あまり...理解していいのかどうかわからない話...ですね。」


「そうだね、今この瞬間で一通り理解するのは不可能だと思ってもらった方がいい。

 (ゆう)姫奈(ひめな)も、学び舎の部活動と銘打った場所で今勉強している最中だから。

 それくらい時間のかかるものだし、話半分で聞いてもらうくらいが丁度いいと思う。

 けど、君にはきちんと話しておかなければならない責任みたいなものがあるからね、頑張って理解してみてくれ。」


「はい、善処します。」



一気に流れ込んでくる新しい情報。

その量の多さに、目まぐるしいほどの新単語まで登場してきて、耳から情報を取り入れるだけでは限界がありそうなほど難しい内容へと昇華している気がする。

そう心の中で思いを浮かべる裏人(うらひと)は、それでも何とか理解すべくわからないところは小言で(ゆう)へと確認を取ったりして話を聞いていた。

そんな(ゆう)も優しく復唱してくれたり、別の把握の仕方などを教えてくれたりして、良い関係値が気付けているような印象が持てている。

これが都会の者たちのコミュニケーション能力なのか、それとも彼が単純にいい人過ぎるのだろうか。

といった感じに話も歩みも続いていく中、もうすでにかなり高い位置まで来ているのか、頭上を生い茂っていたはずの葉っぱも少なくなり始め、ゆっくりと満天の星空が辺りを更に照らしてくれるようになっていた。

その情景に、何度も見た試しがある裏人(うらひと)は一人、実際に生還することができたのだという事実を真に取り戻し始め、グッと噛み締めるかのように心の中で涙を流すのだった。

誰にも気付かれることなく、また気付かれたところで別に困りもしない、良い(・・)意味での雫を(あふ)れさせながら。

そうして続く話に、改めてしっかりと意識を向け直し、聞く姿勢を保ってみせた。



「君は鬼という存在を、どういう風に認識しているかな?」


「えッ...と。」


「あぁいや、試しているんじゃないんだ。 

 別に祖先のことを悪く言われたからどうとか、逆に良く言われたどうとかいった思いは一切ない。

 だから安心して答えてくれ。」


「...悪い、存在、ですかね。」


「うん、大方(おおかた)正解だ。

 伝説上の生き物とされているけどね、その本質は実際に存在していた過去の異物。

 当時も伝承(でんしょう)通り好き勝手やって生きてたって話なんだけど、生まれ変わりという言葉と共に、それが事実なのかは誰にもわかっていない。

 ただ、追儺(ついな)という術だけは、間違いなく存在している。

 そして私たち方相氏(ほうそうし)は、鬼の子孫なだけあってその追儺(ついな)を扱う際、人の負の感情を原動力として必要としているんだ。

 不安、悲しみ、憎悪、恐怖、焦り、絶望、怒り。

 それらは魔術士(まじゅつし)で言うところの魔力、というものだと思ってくれれば理解しやすいと思う。

 そんな感情がその場にあるというだけで、追儺(ついな)の効力が思う存分に発揮されるようになる、といった感じに子孫らしい関係の仕方が、事実この身とその術には埋め込まれている。

 だから単純な話、戦闘が起きた際に一番に欲するのがそれら負の念という事。

 あの場では裏人(うらひと)君がいてくれたから、うまく立ち回ることができたといった具合にね。」


「...それって。」


「そう、君が異常なくらいに感じていた、謎の恐怖の正体は、私が敢えて送ったものだったんだ。

 ごめんね。」



そういってあっけらかんと謝罪を入れる姿は、何とも理解しがたいモノであった。

それはもしかすると、様々な情報を取り入れ過ぎて、すでにパンクしそうな脳がこれ以上の情報を受け付けないようにしただけなのかもしれないが。

それでもあの時感じた、塞ぎこんでしまうほどに追い詰められていた状況というのが、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)によって人為的に造られたものなのであれば、素直に納得できるはずもなかった。

ゆえに裏人(うらひと)は少しだけ彼への懐疑の念を強め、そっと睨みを利かせるよう目を細めていく。

するとその様子を後ろ手に勘付いたのか、振り返った天道(てんどう)がしっかりと自身の目を見つめ、次のような言葉を口にするのだった。

もっと理解しがたいような、ある意味では可笑しな事実を。



「私の言葉遊びは、案外楽しめたのではないかな?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



(いま) (すぐ) (もも) 左記(さき) () () 加羅(から) 87(はな) () ()―――――」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「言葉、遊び?」



告げられた言葉に、一つだけ思い浮かぶ内容を頭の中に張り付けた裏人(うらひと)は、その天道(てんどう)の物言いにかなりの違和感を感じ、次の瞬間にはまたワントーン落とした声音で質問を行っていた。

別段怒っているというわけではない。

だが、キッチリと怖い思いはしたのだぞと、ある意味では高圧的にも思えるような印象を孕ませた、口の聞き方によって。



「あれ、楽しめなかったのかい?

 結構...いや、少し。

 いやぁ...テレビで見て面白そうだと思ったんだけどな、あれ。」



しかし物怖じすることはない、天道(てんどう)の改まって軽々しい口調とその事実に、段々と馬鹿らしくなってきた裏人(うらひと)はすぐに態度を改めるよう気持ちを作り替えていった。

怒るようなものでもない、というより怒ったところでこの人の前では無駄な苦労になりそうな気がして、それら全てにほとんどどうでもよくなったかのような感性を抱きつつ。

そして続く言葉に、もう怒ったり感情を乱されたりなどはしないよう気を付けながら、質問されれば答えての、今まで通りの会話を繰り返していくように尽力していくのだった。

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