表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
11/37

奪還作戦 後篇

~特異鬼制教導機関~






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




伝槙(つたまき)と電話口で話していた仕事、それはただ合図をもらって花火を打ち上げるという事。

そんな大役は様々な資格を持ち、花火の扱いにも精通している玄藤重(くろふじえ)だからこそできるものだ。

そう、人使いの荒い伝槙(つたまき)は信頼という名の指令を武器に、彼を(てい)よく扱っているのであった。

まぁそもそも、こんな大事(おおごと)は経験者以外ができるようなものではなく、必然的に選ばれただけの話だったのだが。

それを終えた後でも、気を抜くことなく尚且つ迅速にこの場へと足を運んでくれたというのは、生徒想いの彼の良いところが出たといえよう。

その証拠に、今をもって巻き起こったとある事象に対し大声を投げかけ、守った生徒二人には目立った外傷が見られることはなかった。



「大丈夫か、魅明逆(みあけさか)上甘(かむらあまい)。」


「はい、俺は。」


「私も...大丈夫です。」


「そうか、良かった。

 なら早く立て...マズいことになった。」



緊張感が舞い戻る。

それは顔を上げて確認した視界内の情報と、玄藤重(くろふじえ)の声音から、ヒシヒシと伝わってくる焦りによって。

自身が身を置く森の中。

その周囲に数多(あまた)存在している木々が、木端微塵(こっぱみじん)に弾け飛んでいた光景が目に映る。

そして頭から流れる、一筋の血液の感触に顔を強張らせた(ゆう)は、姫奈(ひめな)が心配の念を寄せる中、自身を責めるような声を放つのだった。



「すみません。」


「いいや、奴の狙いは鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)だ。

 あの男児がそうなんだろ?

 ならお前が手放したおかげで、二人とも助かったんだ。

 誰もお前を責めやしない。」


「...はい―――――」


(ゆう)、大丈夫ッ?」



一呼吸落ち着いて、(ゆう)の止血を先行する姫奈(ひめな)が彼のそばに寄っていく。

とその様子を尻目に、自責(じせき)の念が含まれる勘違いを訂正した玄藤重(くろふじえ)は、それでも先に述べた通り「マズった」状況へと、歯を食いしばる様子を見せる。

そんな彼らの視線の先、そこにはいつの間にかこの場にいる百咲(ももさき)が、これまたいつの間にか取り返した裏人(うらひと)を大事そうに抱えて座り込む光景が映っているのだった。

ただ少しだけ、彼女の様子に拭えない違和感だけを残しながら。



「彼女が、百咲(ももさき) 愛悠(あゆ)なのか?」


「...多分そうだと思います。」


「その口ぶりからだと、やっぱり様子が変わっているようだな。

 お面、じゃないよな、あれ。」



そう言って彼らが意識を向ける先。

裏人(うらひと)へと声掛けを行いながら抱きしめる腕に力を入れ直す、とそんな行動を取っている彼女の(ひたい)には、仰々しくこれでもかと目立つ二本の(つの)が姿を見せていたのだった。

彼女を鬼と言ったなら、本性(・・)を露わにしたというべきであろう、不気味で不相応(ふそうおう)な印象を感じさせられるそれ。

さらに、その口元にも物々しく光る四本の牙を(たずさ)えては、同時に輝きを増す(こんじき)の双眸がなぜか(こぼ)れている涙に反射して月明りの中、印象深く()(かがや)かされていた。

可愛らしい面影は存分に残しながら、そうやって人外にも見える部分はこれ以上ないほどの鬼気(きき)狂気(きょうき)を孕んでいる。

それがまた、こんな状況(・・・・・)で涙を流せる、彼女の精神の不安定さと相まって、動けないほどの威圧感となり押し寄せてくるかのようだった。

そう内心を浮かべる三人は、奇妙な畏怖の念に身体が発熱していき、焦がされるほどの息苦しさを感じたまま、固唾を飲んで現況を見守るしかないのであった。



「やれやれ、不覚を取った。

 大丈夫かい、君たち。」



と、次の瞬間。

突如として何者かの声が真後ろで響き渡ったかと思うと、それにより身体の拘束から解かれた三人は次第に安堵の念を表情へと浮かべ始め、後ろを振り返る運びとなった。

聞こえてきた声に、他とは比べ物にならない聞き覚えと頼りがいを感じ、思った通りの人物を確認したいがため。

そして間もなく思い通りの姿を視界に捉えると、そんな狂気の展開される状況において、忘れかけていた伝槙(つたまき)存在を今一度(いまいちど)大きく感じては、代表して玄藤重(くろふじえ)が言葉を返すのであった。



「良かった、天道(・・)さん。

 無事だったんすね。」


「君もよくやってくれたよ、執朗(とろう)君。

 それで、(ゆう)

 血は大丈夫かい?」


「はい、何とか。」


「君の影も消えてしまったようだね。

 ちょっと、手に負えないか。」


「何かあったんですか?」


「いいや、逆に何もなかった(・・・・・・)

 口を割らないというか、本当に何も知らないようなんだよね、彼女。」


「戦闘中に事情聴取とか、そんなことしてるから逃げられるんですよ。」


「とは言ってもねぇ、それを探るのが彼の保護と共に必要事項だから。」



その存在が姿を見せる、とそれだけのことで言いようもない恐ろしさを孕む現況が、一気に好転し始めるような心地が味わえる。

ゆえに三人とも落ち着きを取り戻したかのような面持ちや雰囲気へと戻ると、そうやって軽い会話を交わしながら、状況の確認を迅速に行っていくのだった。

姫奈(ひめな)はあくまで(ゆう)の手当てが先決。

して玄藤重(くろふじえ)は、二人の間にしかわからない仕事の話を伝槙(つたまき)と繰り返し、(ゆう)はその様子を落ち着いた雰囲気で見守っている。

いくら状況が好転したとは言え、かなりマズい事には変わりない。

そう、未だ視線の先で捉えている百咲(ももさき)の一挙一動にまで全員で過敏な反応をみせ、それでも取れるうちに休憩は取っておこうとの内心を共有しながら、現時点でのできることを最優先に行っていく面子。

そうしてその会話の時間も含めて十数秒(じゅうすうびょう)が経過し、これからの流れを色々考えているのであろう伝槙(つたまき)がそれ相応の気配を見せている中。

急遽、玄藤重(くろふじえ)が話の続きとして軽々しくも平然とした、驚きの言葉を彼へと投げ掛ける光景がその場に映し出されることとなるのだった。

驚きと言っても、当の本人は可笑しそうに微笑みを浮かべながら、その場にいる全員を引かせるような、そんな冗談ではない馬鹿話を一つ―――――。



「それで、いつまでそのふざけた格好(・・・・・・)してるんですか、天道(・・)さん。」


「えッ...あ、だから動きにくかったのか。

 これは失敬。」


「...えー。

 ちょっと、勘弁してくださいよ、そういうの。

 どっちが人外なんすか...マジ、引きますよ。」


「あっはっは―――――」


「あっはっはじゃなくて―――――

 さっさと戻ってください。」



乾いた笑いも常日頃から伝槙(つたまき)が浮かべているモノと同じ。

ゆえにこの瞬間でさえも彼からすれば『普段』の延長線上でしかないのだとの、そんな想いを実感させられる他三人は、ジトッとした目を彼に向けてはため息をつくことになるのだった。

ただ、それらあり得ない事実に驚きやある意味では恐怖すらしていると、とある言葉と共に伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)という男の凄さも再認識できてしまう。

そう、続く彼の言葉と並行して取り行われる行為の終わりを待っていく彼らの頭には、「私がいることを忘れないでよ。」とのセリフが流れ、すぐに頼もし気な微笑みを浮かべる事になっていった。

一体それは何のことなのか、そしてこれら全てがなんの話なのかというと、すぐに彼の姿が物語ってくれることだろう。

皆の後ろから聞こえてきた声に、彼らが言うところの追儺(ついな)の気配を感じては、同時に展開されるその術をもってして、伝槙(つたまき)の雰囲気そのものが変わった心地を感じる一同は、一斉に後ろを振り返るのだった。

あの時同様、自分たちが心の底から落ち着きを取り戻したいがため、様々な意味で心の拠り所となる、伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)の本当の姿を見つめて。



「それじゃ、話も通じそうにないし。

 終わらせようか。」



膝下まで伸びる(くろ)(なが)い髪の毛に、所々で銀の線がキラリと光る。

その光景が、世闇の中で月の明りに照らされて、垂れる一筋の糸のようにも見えてしまうのは、例の話通り希望が心に生まれた証拠なのだろう。

そう、ゆっくりと歩き出しては三人の間をするりと抜けて前へ出る伝槙(つたまき)の後姿へ、一同はもう何度目ともなる頼もしさを感じさせられていた。

(こんじき)の双眸が光線を成し、所々に控える銀髪と相まって輝かしい景色を彩っていく。

また、普段は黒い両の眼が、追儺(ついな)を扱う際の方相氏(ほうそうし)らしく色を変えるところから、戦闘態勢(・・・・)の整った強気な印象まで与えてくれる。

とそれら短かった髪の毛が次第に伸びていき、同時に動きにくそうだった正装から着衣そのものを変えていく光景に伴い、見覚えのある彼本来の姿を確認できて皆が安心の念を浮かべていくことになった。

そしてその変装(・・)が最後の最後まで消えゆくと、間もなくして現場(げんじょう)には本当に人間かと疑えるほどの、美しい外見をした『優男』が姿を見せるのであった。

誰もが見つめる視線の先で、またもやどこからか取り出した金棒(かなぼう)をその手に、(つや)やかな髪の毛を風でなびかせながら。



執朗(とろう)君、二人を任せるよ。」


「はい。

 気を付けてください。」


「心配しなくても大丈夫。

 もう聞くこともないし、殺すだけなら容易(たやす)いから。」


「本意で心配したりなんかしません。

 それよりも、周囲の地形を変えたりしないよう、気を付けてください(・・・・・・・・・)ね。」


「はいはい。

 それじゃあ君の方も、変に(つまず)いたりして余計な手間を取らせない、よう...

 気を付けて...あー、正気...なのか?」



調子よく、快調に進むであっただろう状況へ意気込んでは、余裕の表れとしてまた小言を言いかけた伝槙(つたまき)は、次いで頭を掻くような仕草を見せることになった。

それは思い通りに行きかけた物事に、魔が差したかのような状況を体感してのもの。

または思いがけない出来事へ、理解しがたいような違和感を感じさせられてのこと。

そんな風に呆気にとられた彼らの目前では、突如として鼻っ柱をへし折られるかのような、驚きの光景が展開されることとなったのであった。

流れの早すぎる出来事の渋滞に、珍しく伝槙(つたまき)まで苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて。

同様に、それを見届ける玄藤重(くろふじえ)も、なぜか言いようもない気味悪さに身震いをしながら、その真意が理解できず助けを求めるかのように伝槙(つたまき)の横顔をチラッと眺めてしまっている。

そうした彼ら二人を同時に意気消沈させた事象とは、百咲(ももさき)が先に流していた嬉し(・・)涙の通り、裏人(うらひと)を取り戻したという事実に心の底からの喜びを体現した景色が、視界に映ってしまったのだった。

そう、つまりは―――――



執朗(とろう)君。

 君、あの状況で口づけを交わすような女の子を好きになれるかい?」


「...状況が掴めてないので、何とも。」


「彼女が裏人(うらひと)君の首を噛み千切った張本人だ。

 そして彼を死に追い込んでは、なぜかずっと“大丈夫だよ”と声を掛け続けていた張本人でもある。

 んで、答えは?」


「イカれてますね。」


「そうだよね。」



軽いリップ音から、濃厚で生々しい(みだ)らな音が周囲の状況へと木霊する。

あろうことか百咲(ももさき)は、この場この瞬間に裏人(うらひと)へと口づけを施したのであった。

そんな様子へ、先に大きな反応を見せるのは喋っていなかった他二人の方。

何とも言えない表情をする姫奈(ひめな)と、無意識のうちに顔を背ける(ゆう)は、状況が状況なだけ咳ばらいを一つついた。

恥ずかしさや気まずさを隠すためか、ちょっと羨ましがっている自分を(おさ)えるためなのか、はたまたそれが他人の、それもかなり激しめなキスシーンを目撃してしまった人間が、必然的にとってしまう行動なのかはわからない。

だが、それにしても場違いが過ぎるのでは、とそんなことを思う二人の横で、その一挙一動が何かの意味を成すのか身構える玄藤重(くろふじえ)伝槙(つたまき)は、視線を外すことなく声を掛け合っていった。



「あれ、放っておいていいんですか?

 もし、何かの儀式なのだとしたら。」


「いや、その可能性は無いと思う。

 儀式にはそれなりの場所が必要になってくる場合がほとんどだから。

 運よくこの場所が、ってわけにも思えないし。」


「じゃあ、この場で愛情表現...。

 死を(さと)って?」


「わからないな。

 だけどまとも(・・・)、じゃないことだけは確かだ。

 ...本当に、自分がしたことを覚えていないのか。

 多重人格、いや...何かの追儺(ついな)の可能性か...。」



様々な思考を巡らせる。

そんな中、響く水音がなんとも不快で仕方ないと、すぐに行動へと移せない状況に焦りを募らせる二人。

普段であればこんな必要はないのだが、回想(かいそう)の一コマに巡る、あの言葉が思うように気の抜けない現状を作り上げていた。


「(餓鬼(ガキ)でも妖怪でもない、正真正銘の『鬼』。)」


先の戦闘より、その事実が偽りではないことを伝槙(つたまき)が、そんな彼を通して玄藤重(くろふじえ)が理解してしまっている中。

視線の先では、未だ嬉し涙を流しながら一生懸命に裏人(うらひと)を抱き、息も絶え絶えに呼吸を繰り返すその口を、塞ぐかのような勢いで唇を重ねる少女の姿が見えている。

(ゆう)姫奈(ひめな)もそんな状況に言葉を発することなく、すでに手当てを終えた状態でも動けずに肩身を寄せ合っていた。

そうやって、誰一人動かない静寂が森の中に広がっていき、空虚に時間だけが流れると、その場に長く続きそうな静けさだけが訪れていく。

互いが互いに気配を全身で感じつつ、唯一裏人(うらひと)の命だけを最優先に守りたいと、一瞬の、そのまた一瞬の様子までもを伺いながら。



ピッ―――ジジッ―――――



だがその瞬間、長らく続くかと思っていた静寂の中に、突如として気付けるかどうかの音量で機械音が鳴り響くのを皆が認識していくこととなった。

伝槙(つたまき)の右耳に着けていた、例の受話器が通信を受け取った際になる音である。

と、それを受け取った彼が、急にその表情から焦りの念を取り払うと、片手で金棒(かなぼう)を扱いながら、もう片方の手で小型の機器を取り外し、玄藤重(くろふじえ)に向かって投げ渡す仕草が展開された。

そして続き、時間を掛けさせることなく伝槙(つたまき)が周囲の状況を確認すると、決まったこれからの流れに「一度しか言わない」との意識をもって声を放っていく運びになった。



執朗(とろう)君、今すぐ二人を連れて逃げて。」


「...わかりました。

 それじゃ、本当に気を付けて。」



手短な意思疎通は、伝槙(つたまき)の顔が物語っている内心によって、作り上げられたもの。

そのため、もう他には何も言うことがないとの判断を下す他三人は、終わっている(ゆう)の手当ての痕跡を尻目に、早速行動に移すよう立ち上がるのだった。

何度も繰り返し浮かべた思考通り、これ以上の心配は逆に無意味だと、誰もが伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)への危惧の念を捨て去って。

そうしてほんの数秒の間に消え去る三人の姿を後ろ手に、百咲(ももさき)を捉える彼は今一度その(こんじき)の瞳に輝きを増し、この場での最後の声を放っていくのだった。

たった一瞬の時間もかけさせることなく、非情で凍りつくほどに冷たい声によって。



「『限定(げんてい) ・ 各辜(かっこ) (りょく)』」



辺りに、夜の暗闇ではない闇が広がっていく。

伝槙(つたまき)を中心に、百咲(ももさき)裏人(うらひと)を包みこむ程度の距離感の、黒い靄のような暗闇が。

そしてそれが次第に全員の視覚や聴覚までもを奪っていくと、響く伝槙(つたまき)の声を最後に、その場には誰の姿も存在しない光景が展開されていくこととなった。

耳に響く程の風の音すらも、聞こえないままに。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




裏人(うらひと)君、聞こえる?

 裏人(うらひと)君...。」


「...んッ―――――」


「よかった、生きてるんだね。

 もうダメだよ、私が守ってあげるって言ったじゃん。

 私から離れないで。

 全部任せていいから。」


「―――――スゥ...―――――スゥ...。」


「ふふ、かわいい寝顔。

 そのままゆっくりしてて。

 すぐに全部終わらせるから。

 さぁ、私に身をゆだねて。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ