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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
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始まりの始まり

~特異鬼制校教導機関~







鬼の伝承が色濃く残る。

そして何時しかそれは目に見えないものとなって人の生に寄り添うようになってしまっていた。

この国に存在するありとあらゆる術。

魔術、法術、占術、呪術、陰陽道、等々。

どれも初めからあったものではなく、何者かの手によって生み出されたそれら術式は、千差万別。

がしかし、相殺したり相乗したり、そうやって関与することがしばしば存在するとされていた。

魔術によって作られた火と、陰陽道によって生み出された火は、合わせれば等しく燃え続ける。

幻惑系の魔術によって生み出された呪いは、等しく呪術と同じ効果を発揮する。

占術の未来予知は、陰陽道の先読みと同じ効果しか発揮することができない、など。

その他ありとあらゆる相互作用にて、ある意味ではその存在を保ち続けているといっても過言でない術式。

ただ、その中でも唯一、他とは一閃を駕した効力を発揮する(すべ)が存在していた。

それが伝承の通り、名を『追儺(ついな)』と呼ばれている。

日本古来に存在したとされている彼ら『鬼』は、この世界でより古来から存在している『魔術』に対抗するため、それを編み出したと言われている。

あくまで伝承にしか過ぎず、その真実は語り継がれることでしか現代に存在していないが、他の術式とは確実に違う(すべ)であることだけは確かであった。

真意は魔力を必要としない点にある。

この世界は魔力に満ちていて、それを主に扱うものを魔術と呼び、行使するものの総称を魔術士(まじゅつし)と呼んでいる。

彼らは一般人とされているものから約10%ほどの割合で誕生し、生まれた瞬間から術士になれるかどうかが決まる、いわゆる才能という括りの中で生きていた。

引き換えそれ以外の術式では、確かに才能は必要だが、一般人でも精通していて極めれば術士としての人格を手にすることができるほど、万人が習得可能な力とされていた。

分かりやすく言えば呪術はオカルト、占術は占い、陰陽道は修行、というところ。

才能、そしてその他すべての(しがらみ)を省けば、限られた天才が扱う魔術と、誰でも扱える他の術式といった感じに部類されている。

ただ、追儺(ついな)を扱う方相氏(ほうそうし)というのはそんな才能を持ち合わせた魔術士(まじゅつし)に対し、およそ1%にも満たないほどの割合しか存在しない。

限られた天才とは違う、元より決められたレールの上でのみ存在する鬼才といったところだ。

そう、元より決めれられたレールの上でのみ存在する、それはそのまま先祖返りということを意味している。

過去に存在したとされている『鬼』、その伝承は何時しか人の生に寄り添うようになってしまった。

といったそれこそが色濃く、生まれ変わりという形で姿を顕しているのだ。

そうして生まれた追儺(ついな)を扱うことができるものを、世の中の伝承をなぞって方相氏(ほうそうし)と呼んでいた。

その呼び名は後ほど付けられた新しいモノではあるのだが、追儺(ついな)そのものには遥かなる歴史と謎が今でも多く眠っている。

一つ例を挙げれば、追儺(ついな)そのものがどうしてこれほどまでに優遇された(すべ)であるのかという疑問だ。

今わかっているところでは先程紹介した通り、他の術式に対し一方的に干渉することができるが故、相乗することはあれど相殺されることは決してないという点。

簡潔に説明すれば最強の術式であるという事。

追儺(ついな)にのみ存在する呪いは他術では相殺されることはなく、追儺(ついな)で起こした火は他術の火をも呑み込んでしまう。

もちろんあくまで大雑把な例であるが故、魔術士(まじゅつし)に対し絶対に敗北しないという保証はどこにも存在しない。

だが、同程度の魔術であれば追儺(ついな)が勝るのは歴然。

そして全てが同程度の魔術士(まじゅつし)であれば方相氏(ほうそうし)が負けることは限りなくゼロに近いとまでされている。

追儺(ついな)の根源が魔術に対抗したもの、であればこうなることは(おおよ)そ理解できるのだが、さらに言えばそこがミソであった。

魔術というものが存在しているのにも関わらず、どのようにして追儺(ついな)という上位互換の術式を生み出すことができたのか。

また魔術士(まじゅつし)追儺(ついな)を、逆に方相氏(ほうそうし)が魔術を扱うことができないのはなぜなのか。

そして、なぜその力が生まれ変わりという不確かなものでのみ受け継がれ、今世まで残り続けているのか。

その謎こそが、方相氏(ほうそうし)がこの世に未だ生を宿している理由で、恐らくこれからも続いていくであろう生きる意味となっているのだ。



「君たちも今一度、しっかりと考えてほしい。

 本当に実在したのであれば、『鬼』はどうして魔術を見捨て追儺(ついな)を作り上げたのか。

 そして未だ自身の体に力強く根付いている追儺(ついな)を以て、生まれ変わった子孫に何を伝えたかったのか。

 ...と、いった感じかな。」



暗い部屋に一人、印象的な声が鳴り響く。

長い黒髪を地として所々に白髪(はくはつ)が目立つスラっとした体躯の優男。

そのサラサラとした髪の毛は後ろで一つに括られつつも立ち上がった彼の膝下辺りまで伸びていて、かき分けた前髪から覗く黒い相貌が静かな部屋で静かに灯る。

美しい瞳、美しい髪、美しい鼻筋、美しい口元、そんななんとも整った顔立ちの中で、唇だけをにやりと歪ませ誰もいないただ一人のこの場で微笑んでみせた。

その弓なりになった笑顔からこぼれる吐息は、女性かと見紛うほど美しい外見とは対照的で、男らしい低音を周囲に反響させる。

それがまたどことなく違和感を含み、不気味さすらも醸し出してしまっていた。

垂れる前髪をくるくると指に巻き付け、しばらくすると今度は大胆にかきあげて、また垂れてくる前髪を耳にそっと掛ける。

そんなことを数度繰り返しながら、目の前に用意した数枚の紙を眺め、再度「ふぅ」と深呼吸を一つ。

そして今度は先程の不気味さを前面に放ったニヤケ面ではなく、純粋な笑みを浮かべゆっくりと口を開き何かを口にした。



「『限定(げんてい) ・ 各辜(かっこ) (ちょう)』」



その瞬間、彼の姿は謎の呪文を発動させた声と共にその部屋から掻き消えていく。

それは一瞬の出来事にして、まるで瞬間移動のような様子であった。

机の上に置かれた紙が一切揺れ動くことの無い光景は、まさしく彼がその場から『移動』したのではなく『消滅』したのだと言えるだろう。

これが彼の口にしていた追儺(ついな)なるものなのだろうか。

それともこの世界に存在する他の術によるものなのだろうか。

その真意はいずれ分かる事だ。

そう先程まで彼が見ていた紙の表紙に書かれている、『津匹(つびき)教専機関』という場所にて―――――



「おっと、忘れ物...」



と、物語が始まろうとしていたところに笑いながら再度、彼が戻ってきた。

しかし時間は取らせない。

すぐに「忘れ物」と口にしていた通り、本来この場にあってはならない紙を手に取り、証拠隠滅のためまた一言。



「『限定(げんてい) ・ 各辜(かっこ) (おう)』」



そう口にした瞬間、何の前触れもなく目の前の紙が燃え盛り、先程の彼の『消滅』とは違う、本当の意味での『消滅』を遂げていった。

その灰がヒラヒラと宙を舞い、床に落ちていく。

しかしその間にも、またもや彼の姿はその場から消え失せていた。

それは先程同様、瞬間的な消滅にしてわかりやすく名付ければ瞬間移動と言えよう術だった。

そして、本当の意味で何もなくなった、その部屋にはまた静寂が戻っていった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




ミーンミンミンミンミー―――――



夏の風物詩である蝉が泣き声をあげている。

向こうまで続く田んぼの稲穂や、何処までも広がる山の木々たちが、風に揺すられ掠れた音を放っていた。

照り付ける太陽、反射し下から照り上げるアスファルト、そして熱風。

全てが全ての相乗効果を招き、流れる汗が留まることを知らない。

幸いにもカラッとした湿度のおかげで気持ちのいい汗はかけている。

ここ一ヶ月ほど、とんと雨が降っていないおかげだ。

走り回る子供も元気なことこの上なく、それを見る年配者は一生懸命に洗濯物を干している光景が目に映った。

こういった側面では万々歳な気候だろう。

ただ、先程も言った通り稲作を生業としている者からしたらとんでもない大事件であった。

どうにかして雨が降らないものか、そんなことを考え日夜躍起になって働いている。

灌漑(かんがい)によって川の流れを変えてみたり、ため池を利用してその日を凌いでみたり、とにかく雨乞いをしてみたりなど。

ただ、これはどうしようもない事でもあった。

なんせここはド田舎。

少しの物事であっても、対処しようものなら数えきれないほどの限界が発掘されるのだから。

周りを山々に囲まれ、各学校は一つずつ、コンビニなるものは一切なくおばちゃん達が営んでいる駄菓子屋や商店にて情報共有が行われる。

湖や池、用水路の水はとにかく綺麗なのだが、それはまぁド田舎たるいい例であろう。

そして大型スーパーや病院などは車を走らせて20分以上かかり、その際も必ずどこかしらの山を越えなければならないため、徒歩や自転車では行き来するのが困難。

そんな状況だからこそ、都会の最先端の技術を取り入れるための工事も、その最先端の技術に対する知識すら入ってこないのだ。

隔離された場所とはこうも苦労するところなのだろうか、などと何度考えたことだろうか。

ただ、そうは言っても生き辛いというわけでは更々ない。

クーラーやテレビなど電化製品は入ってくるし、そのための電力も供給されている。

虫や風は心地のいいBGMを運んできてくれるし、暑さでやられてしまいそうな時はそこら辺の水に飛び込めば万事解決。

そして昔ながらの生きる知恵もたくさん存在しているし、そんな知識を教えてくれる住民たち皆が仲良しときたら、生き辛さを感じるわけがないだろう。

都会に憬れると言えば憬れるが、都会では感じることのできない事も多く存在しているこの田舎が、この上なく好きだという気持ちの方が大きく胸に残っていた。



(ほら今も、子供たちが綺麗な池ではしゃぎ回っているだろ。)



そんなことを考えながら、池に沿った道を歩いている男、鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)は長い前髪を伝い流れてくる汗を、掛けていた眼鏡を外しながらぬぐった。

彼が通っている美作(みまさか)教育学校指定の制服が、その汗でびちゃびちゃになっていくのを気持ち悪さとして感じ取る。

そして今度はその不快感をぬぐるため、手で押している自転車のかごに入っていた水筒を手に取って、中に入っている飲料水を体全体に振りまいてやった。



「ふぅ...生き返るー。」



心底気持ちのよさそうな顔をした、そんな彼の様子を先程池で遊んでいた子供たちの親が池畔(ちはん)からにこやかそうに見つめてきていた。

遠くからでも彼女らの『考え』ていることは手に取るようにわかる。

その証拠に母親たちの格好は薄着もいいところで、服が肌に張り付いた様子を見ると軽く水浴びでもしていたのだろう。

大人から子供まで暑いと思えば、人目を気にすることなく水遊びをする事ができる空間がここにはあった。

そういった者たちに、一言挨拶すれは手持ちのクーラーボックスから冷たい飲み物が出てくるのは必然。

そして公道に打ち水をする年配の方が「水はいるかい?」と手に持ったホースをこちらに向け、無料で快感を提供してくれるのも必然。

そんなことが平然と行われるこの状況は、田舎ならではのものではないか?

なら尚更、そんな光景が好きで好きでたまらない裏人(うらひと)は、都会への興味関心を薄れさせ、目の前の山から入道雲がデカデカと構える大空へと視線をあげ、口元に笑みを浮かべ帰路に就いた。

彼の家はこの道をずっとまっすぐ行ったところ。

赤い一の鳥居をくぐり、100段近くある階段を上り終え、赤い二の鳥居をくぐった先、にある本殿のさらに後ろへと続く道の先にある。

つまり、鈴鹿(すずか)家は神社を代々世襲する社家なのであった。

1年を通して人々の往来があり、祭りごとではその街のみならず、山を越えた向こう街からもたくさんの人が押し寄せる人気スポット。

裏人(うらひと)も、その際のお手伝いや、普段から参拝客との会話をこなしている故、それなりに顔が利く立場の人間であった。

周辺住民の皆が顔馴染みと言った感じ。

先程こちらを見てにこやかにしていたあの母親たちも、当然裏人(うらひと)のことを知っている。

ゆえにあの時の『考え』とは、分かりやすく「暑いから気を付けてね。」との親しみによるものであった。

それを受け取った裏人(うらひと)は、もちろん返事をするために手を振り返し、すぐに自転車に乗り直すとここまでの道を漕ぎ進めてきた。

すでに池を通り過ぎ、住宅地の小道を進んで森の中へ入っていく。

爛々と照り付ける太陽から、何とか逃れることができたその空間は、驚くほどに涼しさが充満しており、まるで一歩動くだけで別世界と化しているよう。

また空気は美味しいし、より濃く聞こえる虫の鳴き声や葉の掠れる音なども、相乗効果により爽快感があっていい。

濡れた身体には心地の良い風が熱さましの役割をこなしてくれて、頭から流れてくる水滴は、すでに汗ではなく先程かぶった飲料水の残りに変化している気がする。

ただ、そんな嬉しい場面でも目の前に見えるいつも通りの坂は、手加減することなく裏人(うらひと)の前に立ちはだかっていた。

家が山の上にある故、そして自転車を押しているから直通である階段を登れない故の遠回り。

これさえなければここの暮らしが完璧になるのにな、と再度汗をかくことを決意し、自転車から降りた裏人(うらひと)は、それを押して登り始めた。

地面を(えぐ)る自身の足に力を入れ、ただひたすらに無心で、一歩ずつ確実に登っていく。

次第に汗が垂れ始め、肩で息をし、姿勢もどんどん悪くなり、前傾した頭から汗が宙を舞い地面に吸い込まれていく。

この光景は何度も見たことがあった。

なんせいつも通りの光景なのだから。

そろそろ嫌気がさそうにも、これと言って別に解決方法などが見つかるわけもない。

まず自転車に乗らなければいいなんて話は最初から考えたこともなかった。

先程も言った通り、学校は小中高と一つずつしか存在しておらず、裏人(うらひと)の家からは3kmほど離れた位置にあるからだ。

もしかすると、その学校に通っている中で裏人(うらひと)が一番遠い場所に住んでいるのかもしれない。

それゆえ誰かに手伝いを頼むこともできないし、一応学校ではそれほど目立つ立ち位置にいるわけでもないので、自分から誰かを誘うなんてことできそうにもなかった。

また別ルートの開拓や、自転車を山のふもとに放置したりなどもしたことがあるのだが、神社の神主であるおばあちゃんに、これでもかと叱られた過去があるのだ。

この山は当たり前だが獣道ばかりで、場所によってはすぐ横が崖であるところも平気で何か所も存在するため、前者の方は危ないと。

そして後者の方は単純に、盗まれたらどうするんだと叱られた。

自分には両親がいない。

ゆえに親代わりである祖母の言うことは絶対だと信じているし、2度とするなと言われれば、同じ過ちなど繰り返そうとも思わない。

そのため仕方ないと割り切って、何度も繰り返し登り続けていた裏人(うらひと)

だが、今日ばかりは神が使わしたのか、そんな裏人(うらひと)に別の出来事が起こったのだった。



鈴鹿(すずか)くん。」



不意に聞こえてきたその声に、両手でしっかりと自転車のブレーキを握った裏人(うらひと)は、後ろを振り返った。

するとそこに立っていたのは、自身が通う美作(みまさか)学校のマドンナ、百咲(ももさき) 愛悠(あゆ)その人であった。

黒くストレートな髪の毛を腰辺りまで伸ばし、学校指定の制服を堅苦しくない範囲で着崩しているのだが、そのオーラと本質は清楚そのもの。

学年を問わず男女ともに人気で、それでも裏人(うらひと)のように特に取り柄のない人間に対してもこれ以上ないほどやさしい。

そして頭も運動神経もいい、いわば完璧超人というべき女性であった。

そんな彼女が今、まるで不釣り合いとも思えるこんな場所で、裏人(うらひと)のことをしっかりと見つめ立っていたのだ。

驚きを露わにした裏人(うらひと)は、それでもいつも通り感情が乏しいながらも自然に見える笑みを浮かべ、彼女にその真意を尋ねていった。



百咲(ももさき)さん、どうしてこんなところに?」


「えっと、私の家、ここから近くて。」


「そうなんだ、まるで気付かなかった。」


「やっぱ、気づいてなかった、よね。」



最後の言葉はうまく聞き取れなかった。

だが、聞こえた範囲の内容で、彼女の家が近くにあるというのはさすがの裏人(うらひと)も驚いた。

もちろん周囲一帯には住宅地が存在している。

それは先程親子達が水浴びをしていたあそこよりこっち側の所にあり、自転車で小道を通った時に見えていたものだ。

だが、基本はその池の奥、学校側から言うと池の手前にある住宅地で、帰路についていた学生は姿を消す事が多い。

どちらかというと、そっちの住宅地の方が世帯数が多いから必然的ではあるのだが。

でも、学校に通い始めてかなりの年月が経つが、池からこちら側に来る学生を裏人(うらひと)が見た試しは、一度もなかった。

それも、学校のマドンナともなれば、覚えていないはずがない。

なんというか、驚き半面、嬉しさの混じる感情で、いつの間にか裏人(うらひと)の顔は作ったものではなく、自然な笑みに変わっていた。

そしてそれは彼女にも伝わったのだろう。

暑さゆえ、少しだけおでこに張り付いた前髪を整えながら、裏人(うらひと)の笑みに微笑みを返してくれた。

右手に持つタオルで首筋に伝う艶めかしい汗を拭う彼女は、恥ずかしそうに頬を赤らめると、そのタオルで顔を仰ぐようにユラユラと動かした。

完璧超人、ゆえにどこか抜けたところがあれば、そのギャップに見惚れてしまうのは必然か。

その光景に、ちょっとだけ人間らしさのようなものを感じ、心なしがドキッとした裏人(うらひと)はかき消すように首を横に振ると、彼女との会話に花を咲かせた。



「神社に行くの?

 なら表の階段の方が近道だけど。」


「ううん、あなたの姿が見えたから。

 大変でしょ、だからお手伝いに。」


「自転車の事?

 別に良いのに。」


「嬉しそうな顔、伝わってるよ。

 手伝ってあげる。」


「...それはどうも。」



悪いと思った裏人(うらひと)の、その言葉をもしかしたら強がりと取られてしまったのか。

内容の噛み合わせがうまくいかなかったことに、少し恥ずかしさを感じた裏人(うらひと)は、もう失言しないようにこの話題を区切り、別の会話を展開していった。

その間彼女は、自転車の傍まで寄ると後ろからゆっくり助力してくれている。



「お祭りにはよく来るの?」


「え、それも見てなかった?」


「あ、いや。

 手伝いが忙しくてね。」


鈴鹿(すずか)くんが切り盛りしてた屋台、買いに行ったのに。」


「え、そうだったの?

 それはごめん、けどなんか珍しいね。」


「何が?」


「お祭りとか、行くんだね。」



何となく、今している会話に照れくささを感じるのは気のせいか。

彼女が手伝ってくれているおかげで、他のことまで考える余裕ができた思考力に、変な感情が横槍を入れてくる。

ただ、その感情に悪い気はせず、彼女の行動力と共に心の中で感謝を伝えると、この時間を楽しんでやる方へ思考をシフトチェンジした裏人(うらひと)は、さらに言葉を続けた。

その様子に嬉しそうな表情をした百咲(ももさき)には気が付かないまま。



「行くよ。

 そういう雰囲気、好きなの。」


「そうなんだ。

 ごめんね、頭いいとか勉強ばっかりしているイメージがあって。」


「ふふ、よく言われる。

 でもそんなことないんだよ?

 一に遊び、二に学習みたいな感じ。」


「じゃあ、ここじゃない祭りとかにも行くの?」


「ううん。

 ここのお祭り以外は行ったことない。

 けど、行く気も湧かないよ、ここのお祭り()好きだから。」


「嬉しいな、そういうの。」


「だから鈴鹿(すずか)君も頑張って続けてね。」


「えっと...善処します。」



なんだか普通に会話できている。

その感動に、裏人(うらひと)は喜びを感じていた。

コミュニケーション能力的には問題ない方だと思っている。

それは学校でも当たり障りのないポジションにいることから、自負しているところでもあった。

しかし今二人っきりで話している彼女は、学校のマドンナだ。

それもこれまで2,3回しか話したこともなかった、皆の憬れで注目の的だ。

そう思ってみても緊張しない自分に、変な自信すら湧き始めた裏人(うらひと)は、さらなる言葉を重ねていく。

それでも後ろにいるため、彼女がもっと嬉しそうな顔をしてしまっていることには、裏人(うらひと)愚か、本人すら気が付かないままで。



「僕は結構行ってみたいって思うんだ、他のお祭り。」


「どうして?」


「楽しそうじゃない?

 こことは違う場所がどんな風に賑わって、どんな人が来て、どんな屋台があるのか。」


「...じゃあ、さ。

 一緒に行きたいって言ったら、連れて行ってくれる?」


「別にいいけど、その時は自転車になるよ?」


「...ふふッ。

 山くらい越えられるよ、私体力ある方だから。」


その時、彼女がどんな顔をしていたのか、裏人(うらひと)にはわからない。

もしかしたら、ただの口約束かもしれない。

だが、その言葉が嬉しかった裏人(うらひと)は、彼女にバレないよう口元に笑みを浮かべた。

100%愉悦からくる笑みに。

そしてそれは、後ろにいる彼女も同じことだとは、何度も言おう、また気が付かないのであった。

2人して、一つの自転車を押す男女の雰囲気は完璧。

ただ、その念はハッキリさせないよう濁したまま、お互いが気付かないようしっかりと自制をしていた。

片や学校の中心人物、片や何の取り柄もないクラスメイト。

そして何より、学校の連絡事項以外で、真剣に話し合ったのなんて今日この時が始めてだ。

だからこそ、さらに自制の念を強めて意識しないよう、無意識に自転車を押す筋力に集中力を持っていった。

それでも、溢れ出てしまったムードは続いてしまう。

ここで会話が途切れたことに、お互いが吐く息の量を強めたことで、疲れを所為(せい)に中断の理由作りを行う。

何ともわかりやすい行動。

そんな雰囲気のまま、二人は汗を流しながら平坦な道に戻る中腹を目指し、歩みを進めるのだった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ほらみろ、あれが温羅(うら)の生まれ変わりに見えるかって。」



下の獣道で自転車を押す制服を着た男女を、白黒の長い髪の毛を後ろで結った男が見下ろしていた。

スラっとした佇まい、女性と見紛うほど美しい外見に、綺麗な髪質。

そのどれをとっても美しいとの一言で表現できるような、そんな優男は何一つの支えもなく片手で軽く折れてしまうほどの細い枝に立っていた。

しっかりと響く男らしい声は外見とは対照的に見え、万人に言いようもない違和感を込み上がらせることだろう。

そんな声音でまた一つ、彼ら二人には聞こえない程度の音量で、声を放った。



「青春だねぇ...素晴らしい。

 それじゃあ、邪魔しないうちに。

 『限定(げんてい) ・ 各辜(かっこ) (ちょう)』」



呑気なテンションで呑気な事を呟き、弓なりに唇を歪ませた彼はポケットに入れていた手を移動させた。

左手の人差し指、中指、薬指だけをピンと伸ばし口元の近くへ。

そして呟いた、謎の呪文によって、忽然とその場から姿を消した。

まるで元から何もいなかったかのように。

先程まで彼が立っていた、木の枝は未だ依然、太い幹に繋がったままだった。

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