霧子、先達を求める
職場へと出かけた霧子の方は、どうなったであろうか?
霧子の部屋から最寄りの駅までは、およそ15分。
それほど遠くはないが、さりとて近くもない。
霧子は、出勤途中の道のりで、時々、散歩途中の人とすれ違う。
時に、その人は犬を連れていたりする。
霧子は、ペットを飼ったことがない。
犬も猫も、それどころかハムスターも、文鳥も、金魚も、飼ったことがない。
動物が嫌いというわけではない。
大型犬は、ちょっと怖いと思わなくもないが、チワワやトイプードル、あの短足なウェルシュ・コーギー・ペンブロークなどは、見かければ、微笑ましくさえ思える。
しかし、霧子は、動物を家族として迎えた経験が、まったく無いのであった。
1つには、霧子の母が忙しい人であったからかもしれない。
霧子の母は、働いていた。
父も働いていたが、母はパート勤務などではなく、正社員として働いていた。
時折、出張などもあった。
そうした中、霧子とその弟の世話だけでも大変だったろう母が、さらに動物の世話など引き受けられなかったのも、仕方がなかったのだろう。
子供というものは、動物に興味を持つが、いざ、飼うとなれば、その世話を子供だけですることには限界がある。
そうした場合、サポートといえば聞こえは良いが、尻拭いをする破目になるのは親である。
霧子の父は、普通の会社員だった。
普通に出勤し、時に、同僚と飲みに出かけ、帰宅する時間が遅くなることもあった。
日曜となれば、家族サービスもしないではなかったが、付き合いと称して早朝からゴルフに出かけてしまうことも、少なくなかった。
やはり、動物の世話などに、時間を割くタイプではなかった。
霧子は、考える。
「犬と違って、散歩は要らないよね。」
向こうの方から、また、犬の散歩途中の男性が歩いてきた。
「いったい、この時間に犬の散歩ができる人って、何の仕事をしているんだろう?」
霧子が、この時間に散歩などしていたら、当然のように遅刻となる。決してリタイア後の年齢には見えないが、個人の商売だとしても、この時間に散歩ができる余裕がある人物とすれ違いながら、霧子は、不思議でならなかった。
「誰か、家の中で、猫を飼っている人に、いろいろ教えてもらえないかな?」
必要そうなものは、『宅配ネコサービス』がいろいろ設置したり、無料で転送してくれたりしたが、何か足りていないものがあるか、あるいは、今後必要になってくるか、まったく分からないのだった。
少しのことにも、先達はあらまほしき事、なのである。
最寄り駅が見えてきた。
「あぁ、今日も、また、あの込み合った電車に乗るのか。」
霧子は、月曜の憂鬱を抱えつつ、先を急いだ。
「そうだ。うちの子がどうした、こうしたって、スマホの写真を見せ合ってる人たちがいたじゃない!」
霧子の所属する部署には、猫派と称する人物が複数存在している。
休憩時間などに、お互いのスマホを見せ合って『うちの子がしゃべった!』とか『うちの子は新しいおもちゃを気に入ってくれた!』などとやっているのだ。
最初、本当の子供の話をしているのかと思っていたが、そうではないと、すぐに分かった。
霧子のところにも、スマホ写真を見せにきたからだ。
霧子が、猫派にとって、望むような反応を見せなかったため、すぐに解放されたのであるが、猫派と認定された者、もしくは猫派になる素質を見出された者たちは、たびたび、囲まれて洗脳活動を受けている。
「あんまり、深入りしたくはないけど、近くから話だけ聞いたり、ちょっとだけ質問するくらいなら、大丈夫だよね。」
霧子は、まだ電車にも乗っていないのに、早くも昼休みに思いを馳せていた。