お猫様、お留守番をする
さて、霧子が職場へと出かけてしまった後、お猫様はどうなったのか?
お猫様は、『宅配ネコサービス』が、簡易ネコ用異空間作成システム『ネコの国は近づいた』を作動させたことによって作られた異空間の中にいる。
お猫様に異空間から出られると、大人の事情的に、もっとハッキリ記せば、ペット禁止の賃貸物件であるところの霧子の部屋にお猫様が存在しているとなると、いろいろ不都合が生じるため、お猫様には、閉じ込められていただく必要があるのだ。
お猫様は、霧子の部屋の床にマスキングテープで造られた転送装置に、転送されてきた。
そして、そのまま、異空間へと導かれたため、外の世界を知らない。
お猫様の知る世界は、霧子の部屋と、その収納スペースの扉で繋がった異空間のみなのだ。
少なくとも、今、この時代においては。
お猫様は、2150年春に誕生したとされている。
その後、今まで、どういう経緯で『宅配ネコサービス』の下に預けられたのか、そして、霧子の部屋に転送されてくるまでの間、どのように過ごしてきたのかは謎である。
もちろん『宅配ネコサービス』のデータ管理部門には、お猫様のデータもあるのだが、その内容は、霧子には明かされていないし、お猫様自身が霧子に伝えようもないのである。
とにもかくにも、霧子は出勤前に、収納スペースの扉と異空間を切り離した。
お猫様は1匹、異空間に残されてしまったのである。
異空間の中には、ネコ用トイレ、ネコ用ベッド、爪研ぎ、給水器、キャットタワーが設置されており、さらに朝、霧子が用意したカリカリの残りが、少しばかりフードボウルに入っている。そして、一時的にお猫様が入られた土鍋が1つ置かれてあった。
お猫様は、ふんふんと異空間の中を嗅いで、異変がないことを確認した。
お猫様の、好奇心は普通の猫並みであった。
異空間の中に、お猫様の好奇心を惹くものは、無かった。
いや、お猫様自身に繋がるもの以外には、そそられなかったのだ。
お猫様のしっぽは長かった。
お猫様はしっぽも含めて、艶やかな黒一色であった。
黒く長く、ゆらゆらと揺れるしっぽは、その持ち主であるお猫様自身を誘惑した。
その先端をなんとか捕まえようと、お猫様は、飛びついた。
が、お猫様の前足が届く寸前に、しっぽは逃げてしまった。
そして、逃げたしっぽは、お猫様の目に、極めて魅力的に映った。
再び、お猫様は、しっぽを捉えるべく、タイミングを測る。
しかし、やはり、お猫様の両の前足から、するりとしっぽはすり抜けていったのだった。
お猫様は、ぐるぐると、自身のしっぽと追い駆けっこを何周か続けたが、ついに、しっぽが捕まることはなかった。
そして、お猫様は、飽きた。
お猫様は、土鍋に入り込み、静かに丸まったのだった。
しばらくの時が過ぎた。
「にゃ~ん。」
お猫様は、異空間に響く自らの声を聞いた。
そして、それ以外には何の音も聞こえてこないことに、少しばかり不安になった。
「みゃ~ん。」
お猫様は、もう一度声を出した。
そして、しばらく待っても何の反応も返ってこなかったため、土鍋の中で、ふて寝をした。