お猫様、起きて朝食を催促する
週末のドタバタによって、なし崩し的に、霧子の部屋での、お猫様の新生活がスタートしてしまった。
正確にいえば、霧子の部屋の収納スペースの扉と繋がったネコ用異空間の中で、なのだが。
「にゃ~ん。」
お猫様の朝は早い。
午前5時には目を覚ますのだ。もちろん、目覚まし時計などというインチキは必要としていない。
あくまで、お猫様の優れて正確な体内時計によって目を覚ます。
そして、朝の運動をする。
異空間の10畳ほどのスペースを走り回り、キャットタワーを駆け上がったり、駆け下りたり。
なかなかにして、激しい運動である。
異空間の中での物音は、他の住人の部屋へは伝わらないようだったが、霧子の部屋に繋がっている収納スペースの扉を通じて、霧子の耳には聞こえるのだった。
どすん。ばたん。かしかしかしかし。
とん。だだだだだだだだだ。
心臓に悪いこと、この上ない。
頭では、ノックさえしてしまえば、異空間は切り離されると分かっているのだが、まったく無音となれば、かえって気になるというもの。
結局、霧子は、まだ眠い早朝から、ベッドの中で、お猫様の鳴き声と動き回る様子に、耳をそばだて続けていたのだった。
「にゃ~ん。」
お猫様は、朝の運動に飽きると、かわいらしい声で催促をする。
朝食を持って参れ、という催促である。
霧子は、まだベッドから出ていない。
まだ午前6時にもなっていないのだ。
しかし、お猫様も諦めない。お猫様は、マイルールにこだわりを持っているのだ。
「みゃ~ん。」
お猫様の声は、先に発したものより幾分か小さく、弱弱しさをアピールするものとなった。
お腹が空いて動けない、もう1秒たりとも待てない、のアピールである。
演技派なのだ。
お猫様による、霧子の良心に訴えかける作戦は、奏功した。
霧子は、がばっと布団を跳ね除け、ベッドから出る。
そして、『宅配ネコサービス』がサービスとして提供したネコ用フードボウルにカリカリを入れて、異空間への扉から中に運んだ。
ネコ用給水器の水に汚れがないことを確認し、トイレの方もチェックする。
お猫様は、ネコ用フードボウルの前に行儀よく座ると、カリカリを食した。
勢いよくカサカサ音を立てながら。
そして、勢いが付きすぎて、見ようによっては変顔になったりしながら、あむあむと、カリカリを片付けていく。
さっきまでの、もう動けません、のアピールは何だったのだろうか?
霧子は呆れながらも、お猫様が元気であることに安心し、自分の朝食の準備のために台所へ戻った。
月曜日は、いつも、憂鬱である。大都会とは、ほど遠い地方都市ではあるが、朝の通勤電車は混んでいて、仕事前から体力と気力が削られる。
霧子は、トーストとサラダ、コーヒーの簡単な朝食を済ませ、洗顔と歯磨き、最低限の化粧をし、髪を纏めて、通勤用の服に着替えた。
お猫様に、異空間から出てもらうわけにはいかなかった。
中の様子を目で確認してから、観音扉をきちんと閉めると、3回ノックした。
「にゃんにゃんにゃん。」
この間抜けな詠唱は、本当に必要なのか? 霧子は疑問に思ったが、朝の忙しい時間に検証を行う余裕は無い。
ただの収納スペースに戻ったことを確認すると、霧子は鞄を掴んで、仕事へと出かけた。
お猫様にとって、はじめてのお留守番である。




