霧子、インフルエンサーとなる
霧子は、お猫様の秘密を誰にも打ち明けられず、悶々とした日々を送っていた。
とりあえず、水際女史には写真を見てもらうことができるので、それだけのために、日々、写真を撮り続けていた。
もちろん、そのほとんどは、謎の生物写真なのであるが。
そして、写真のデータ整理のために、霧子は、あの特別アカウントを使って、誰も見ることのないであろうSNSアップを続けてもいた。
特別アカウントは、『宅配ネコサービス』と130年後のA動物病院からしかフォローされていない。
アップしている写真は、当然、お猫様の可愛らしい姿を収めたものがメインである。
が、お猫様の変顔や、特に身づくろいをされている時に披露なさる奇妙な姿勢といった、ちょっと変わり種な写真も分類してアップしていたし、猫のような、もしくは、ひょっとしたら猫だったかもしれない何かに変貌してしまった謎写真も、そこには残しておいた。
タグは“#猫の写真だったはずのモノ”である。
130年後のA動物病院は、例のカルテ開示の同意書のためのフォローなので、きっと、これらの写真データなど、見てはいないだろう。
しかし、ひょっとしたら、130年後の『宅配ネコサービス』のスタッフは、お猫様の写真データに気が付いてくれているのではないか?
霧子は、手応えはないが、しかし、ある種の希望は残されているというだけで、今日も、お猫様の写真をアップしたのだった。
「お客様、少しお時間よろしいでしょうか? 『宅配ネコサービス』でございます。」
霧子は、わずかばかりの希望は託していたが、期待はそれほどしていなかったので、本日のアップから10分も経たないうちに、『宅配ネコサービス』の方から連絡がよこされたことに驚いた。
そして、ちょっぴり嫌な予感がよぎった。
何か、また、面倒事が起きたのでは?
経験上、面倒事が起きた、という可能性の方が圧倒的に高いことは、霧子にも身に染みて分かっていた。
「今度は、何が起きたのですか?」
霧子の声は、やや不機嫌であった。
「え~と、何が起きたかというとですね。本日、何と、フォロワーが50万人を突破いたしました。おめでとうございます。」
え? フォロワー? 50万人突破?
霧子は、お猫様と出会った日以降、もともとの日課であったSNSをすっかり放置している。
なぜ、今頃になって?
わけが分からないのであった。
「実はですね。特別アカウントでアップしていただいたお猫様さまのお写真が、非常に好評でして、それ以上にですね、#猫の写真だったはずのモノのシリーズが、非常になんというか、その、流行となってしまいまして……。」
『宅配ネコサービス』が、130年過去の個人宅に、推定1歳の黒猫1匹を転送させてしまった、というトラブルは、2151年の日本国内で、大きく報道され、その結果『宅配ネコサービス』にはその責任を問う声が数多く寄せられた、という事情は霧子も知っている。
どうにかして世間からの非難を回避し、『宅配ネコサービス』が良心的かつ優良な企業であることを示すために、130年過去に転送されたお猫様が幸せな猫生をおくることができた、という証明をしようとしていることも。
そのために、130年後にも確認できる電子カルテを有するA動物病院を受診し、カルテ開示の同意も行ったのだ。
「お客様がアップされたお猫様さまのお写真が、当『宅配ネコサービス』の担当スタッフの間で、可愛らしいと評判になりまして、せっかくなので、報道を通じて、お猫様さまを心配されている皆様にも見ていただこうと……。」
つまり、『宅配ネコサービス』は、世間の声に応えて、問題になった誤転送の被害者たる黒猫の転送後の写真を公表した、ということなのだった。
そして、その猫写真にめろめろになった多くの未来猫派たちの要望で、霧子のアップする“本日のお猫様”は、『宅配ネコサービス』ホームページにそのまま載せられているという。
しかも、成功写真のみならず、失敗写真まで載せたらしい。
「愛猫家の方々はもちろん、そうでない方々の間でも、#猫の写真だったはずのモノのシリーズは受けてしまいまして……。」
#猫の写真だったはずのモノ以外にも、#犬の写真だったはずのモノ、更には、鉄道愛好家たちによる#特急列車の写真だったはずのモノ、#超特急列車の写真だったはずのモノ、といった派生シリーズとのコラボまで誕生しているという。
「既にお亡くなりになった、あ、いえ、その、130年前の方の投稿という点も評判になっておりまして……。」
霧子は知らないうちに、インフルエンサーとなっていたらしい。
「で、ですね。できましたら、その、動くお猫様さまを見たい、という要望がたくさん寄せられておりまして……。」
霧子は、お猫様の動画を撮影することとなった。




