霧子、秘密がつらくなる
霧子は、お猫様との生活に慣れるにしたがって、お猫様の存在を誰にも知られないようにしている現状がつらくなってきた。
正確には、診察を受けたA動物病院の獣医師とスタッフ、行き帰りに利用したタクシーの運転手、そして水際女史には、知られているので、誰にも知られていない、というわけではないのだが。
あぁ、お猫様の可愛らしさを、誰にも知らせずにおくなんて……。
霧子は、お猫様と出会った日以降、すっかり放置しているが、もともとSNSに所謂“映える”写真を投稿していたのだ。
どちらかといえば、承認欲求は高い方なのであった。
ただ、今となっては、自身の承認欲求よりも、お猫様、お猫様の可愛らしさを知らしめたい、という欲求に変質してきているのだが。
しかし、それは非常に危険である。
何せ、現状、霧子の部屋はペット禁止の賃貸である。
いずれ、あの水際女史が大家になることがほぼ決定事項となっているとはいえ、今は、まずい。
今、大家や他の住民にばれるのは、非常にまずいのだ。
霧子としても、その点に関しては十分気を付けている、つもりである。
まず、お猫様は、今日に至るまで、動物病院受診を除いて、外出したことがない。
それどころか、基本、お猫様の居場所は、異空間限定である。
そう、基本では。
というのも、お猫様としては、猫並みに好奇心が強いため、霧子の本来の部屋へと繋がる扉の向こうにも、興味津々であり、どうにか、霧子を出し抜こうと、常に虎視眈々だったりする。
そのため、霧子のちょっとした隙をついて、お猫様が、霧子の本来の部屋の方へ飛び出したことは、ある。
たぶん、3回、いや4~5回くらいあったかもしれぬ。
気を付けているつもりであっても、人はミスをする。
おそらく、霧子が、十二分に気を付けた上で、お猫様の写真や動画をSNSにアップしたとして、絶対の安全は保障されないのである。
霧子としても、お猫様を危険にさらすような真似はしたくない。
お猫様の安全と、お猫様を見せびらかしたい欲求とは、霧子の中で、戦い続けているのだ。
今のところは、お猫様の安全、が絶対勝利である。
しかし、日に日に、お猫様の可愛らしさを独り占めしていることに、罪悪感すら感じるようになってきてもいるのだ。
もはや、完全に、病気である。
霧子が所属する部署の入る部屋にて不定期に、しかし、かなり頻回に行われている猫派集会に、霧子は勝手にオブザーバー参加をするようになっていた。
分かりやすく説明すると、猫派集会が開催されそうな雰囲気をいち早くキャッチし、そして、霧子なりのさりげなさを装って近くに陣取り、会話の内容に耳をそばだてている、のだ。
第三者の目には、霧子もすっかり猫派と同類だった。
むしろ、会話には加わらないくせに、常に張り付いているその様子は、不審者に近かった。
霧子は、「うちのお猫様の方が、断然、可愛い!」を無理やり押し殺しているのだが、猫派の会話にいちいち反応してしまっていた。
どうにかなってしまいそうだった。
霧子の中の理髪師は、どこに向かって叫べばいいのか?
秘密というものは、どんな内容であれ、それを守り通すのは、非常に難しいものなのであった。




