最初の転送装置
異空間の方にも新しく転送装置ができた。
と、すれば、本来の霧子の部屋側のマスキングテープ製の転送装置は撤去しても大丈夫なのではないか?
霧子はそう思った。
異空間と収納スペースの扉との接続を外してしまえば、都合の悪い時に、転送装置から音声が聞こえてくることもないはずだ。
いずれは、水際女史がお猫様に逢いに、この部屋にやってくるだろう。
その際、異空間等の、いろいろと、ややこしいものは、水際女史の目に触れないようにしておかなければ危険である。
「お客様。どうやら、新しい転送装置も正常に作動するようです。しかし、くれぐれも、最初に設置していただいた転送装置を撤去したりはなさらないよう、ご注意ください。」
霧子の期待を打ち砕く音声が聞こえてきた。
「お客様の部屋に設置した異空間の制御、定期メンテナンスは、最初に設置していただいた転送装置を通じて、簡易ネコ用異空間作成システム『ネコの国は近づいた』で行っております。つまり、最初に設置していただいた転送装置に問題が起きると、異空間が消滅してしまう恐れがございます。」
霧子は慌てた。マスキングテープ製の転送装置など、掃除などを繰り返せば、容易に劣化、破損するだろう。
一応注意はしながら床掃除はしているが、どうにかして補強しなければならない。
異空間が消滅したら、中にいるお猫様はどうなってしまうのか?
霧子はぞっとした。
「最初の転送装置を守るために、マスキングテープの上から、何か補強をしたいのですが……。」
すると、異空間側の転送装置からの音声が、困ったように告げた。
「大変申し訳ないのですが、お客様の事例は、前例がございませんので……。マスキングテープ製の転送装置の補強……。」
音声の方も困っているようであるが、霧子も困る。
「お猫様の安全に関わります。マスキングテープが破損したら、異空間は消えちゃうんですよね? 中にいるお猫様はどうなるのですか?」
すると、霧子から名前を呼ばれたと思ったのか、
「にゃ~ん。」
お猫様が、返事をした。
音声も、事の重大さに気が付いた様子で、
「お客様、今しばらくお待ちくださいませ。係の者に問い合わせ中です。」
と、返してきたのだった。
お猫様は、あのネズミのおもちゃを咥えて、霧子に近付いてきた。霧子が遊んでくれるのだと期待している。
「あぁ、お猫様。ちょっと待って下さいね。」
霧子は、異空間の奥の方へ、ネズミのおもちゃを放り投げた。そして、お猫様が、おもちゃへ向かって奥へと走っている隙に、扉を閉めに行った。
本来の霧子の部屋の方へ、お猫様が出ていき、マスキングテープにいたずらでもされたら、大変である。
したっ。
したたたたたたたたたたたたたたっ。
お猫様は、霧子が遊びに付き合ってくれているのが嬉しい様子で、ネズミのおもちゃを咥えて戻ってきた。
係の者への問い合わせは、まだ終わっていない様子で、転送装置からは音声が聞こえない。
霧子は、気が気ではない。
ぽとっ。
したたたたたたたたたたたたたっ。
したっ。
したたたたたたたたたたたたたっ。
ぽとっ。
しばらくの間、異空間の中は、ネズミのおもちゃが落とされる音とお猫様の駆ける足音だけが響き渡っていたのであった。




