霧子、天の助けに、また助けられる
霧子は、再度、経理部の部屋に行くことになってしまった。
「失礼いたします。大変申し訳ございません。副部長が、提出ぎりぎりになったと謝罪しておりました。」
霧子は、水際女史に、副部長の領収書を差し出した。
「あぁ、またですか。」
水際女史の言葉の響きが冷たい。
「あなたも大変ね。まぁ、あなたのところで止まっていたわけではないのは分かっているわ。」
霧子は、黙って頭を下げた。
「そんなに怖がられるようなこと、わたくし言ったかしら? あなたのことは、信用しているのよ。集めた領収書はすぐに持ってきてくれているし、書類関係のミスもほとんど無いし。」
水際女史の眼鏡がキラんと光った。
「何より、あなた、ちゃんと定時退社を守っているもの。時間内にするべき仕事をきちんと済ませているのは、評価に値するわ。お知り合いの方が、あなたになら、大切な猫ちゃんを預けられると判断したのも納得よ。」
霧子は、水際女史の言葉に感激した。いい人だ。
「あぁ、あなたの預かっている猫ちゃん。ひょっとして人見知りするのかしら? もし、そうなら、お写真だけでもいいのよ。わたくしも、猫ちゃんのストレスになるようなことは避けたいの。よろしくて?」
霧子は、涙が出そうになった。本当にいい人だ。
「ありがとうございます。私もまだ、預かったばかりで慣れていないのです。もう少し待っていただけないでしょうか? 写真は、頑張ってみます。」
霧子は、水際女史に礼を言って、部屋を辞した。
そして、自分の部署に戻り、副部長を捕まえた。
「領収書、経理部に提出してきました。副部長、水際女史に覚えられてますよ。『あぁ、またですか。』と言われました。」
副部長の顔色がサッと変わったのが分かった。
「わっ、分かった。本当に、本当に、これからは気を付ける。うん。み、水際女史を怒らせたら大変なことになるからな。いや、そうか。水際女史に覚えられてしまったか。まずいな。」
副部長は、ぶつぶつ独り言を言いながら、引き出しを確認し始めた。まさか、他にも領収書が出てくるんじゃないだろうな? 霧子は警戒した。
そして気が付くと、霧子と副部長のやり取りが耳に入ったらしい周辺でも、同僚たちが、引き出しやら、鞄の中身やらを確認し始めたのだった。
結果、霧子は、本日3回目の経理部行きを果たす羽目になったのだった。
水際女史は、霧子に、小さな箱を手渡し、集められた領収書を1枚1枚チェックし始めた。
「頂き物で悪いのだけれど、良かったら食べてくださらない? 今日中に、これだけ領収書のチェックが進められるのはありがたいわ。あなた、優秀よ。」
霧子は、むしろ仕事を増やしてしまって申し訳ない気分ではあったが、箱はありがたく頂戴することにした。
小さな箱は、紙製ではあったが、しっかりとした作りで、ブルーの美しいリボンで巻かれてあった。
そして、箱の中身は、何やら高そうなチョコレートだった。美味しかった。
霧子は、本日も何とか定時退社を死守した。
そして、CDショップに立ち寄り、店員に教えられた猫のための曲が入ったCDを購入し、部屋へと帰った。
お猫様と霧子のそれぞれの夕食を終え、霧子がお風呂から上がった後、お猫様の異空間にて、CDの曲を流してみると、それは、ゆったりとした静かなクラシック調の音楽に猫のゴロゴロ音が入ったものだった。
お猫様は、一度大きく伸びをして、その後、体を丸めて寝息を立て始めた。
霧子は、スマホを取り出し、お猫様の寝姿を数枚、写真に収めた。
お猫様の寝姿は、水際女史に気に入ってもらえるだろうか?
霧子は、明日の出社が、少しだけ楽しみになった気がした。




