お猫様は、未来からやってきた
霧子は途方に暮れた。
ただ、ネタ写真を撮影するつもりだったのに、黒猫が1匹転送されてきたのだから。
完全に、想定外である。
しかも、霧子の部屋はペット禁止の賃貸物件。
どうしたらよいのか?
「誰か、猫を貰ってくれそうな人いないかな?」
しかし、ジミ子である霧子に、親しい友人など僅かしかいない。
そして、急遽、猫を貰ってくれそうな、余裕のある友人など、心当たりはなかった。
「にゃ~ん。」
お猫様が、目を覚ました。
香箱を上手に組み、こちらを窺っている。
「何か、食べさせないと。あぁ、うちに、お猫様に食べてもらえそうなものなんて、あったかなぁ?」
霧子は、台所の棚や引き出しを探してみる。かろうじて、煮干しが見つかった。
「今どきのお猫様は、煮干しなんて食べてくださるかしら?」
恐る恐る、霧子は、煮干しを、お猫様の足元に転がしてみる。
「にゃっ!」
と、お猫様は、急にスイッチが入った様子で、立ち上がり、狩りを始めてしまったのだ。
「な~う。にゃっ、にゃっ!」
煮干しにパンチを食らわせ、そして、床を滑っていく煮干しの進路に先回り。たたっと、煮干しを中心に左右に反復横跳びのような動きまで見せた。
「お、お猫様。どうか、どうかお静まりくださいませ。」
霧子は、荒ぶるお猫様を前に、頭を抱えた。
「あぁ、引っ越し先を探さなきゃ。」
すると、突然、昨日、お猫様が現れた床の上の転送装置、というか、マスキングテープを貼り付けて造った円形の囲みから音声が聞こえてきた。
「お客様。大変申し訳ないのですが、当社、宅配ネコサービスのご利用に関して、重大なミスが判明いたしました。」
霧子は、その瞬間、神の助けに違いないと感じ、床の囲みの近くへと這い寄った。
「ミスだったのですね。お猫様には帰っていただけるのですね。」
霧子の声は、喜びで満ち溢れた。
しかし、音声の続きは無情にも、その希望を打ち砕いたのだった。
「それが、大変申し訳ないのですが、一旦、お届けさせていただいたネコは返却ができない決まりなのです。」
霧子は、床の囲みの音声に激怒した。必ず、かの理不尽な届け物を返却しなければならぬと決意した。
「そちらのミスなんですよね。責任を取って、お猫様を迎えに来てください。私の部屋はペット禁止なんです。」
すると、床の囲みからの音声は、言い訳を始めた。
「それが、当社のミスとは言えませんので……。実は、時間管理システムのエラーによる影響なんです。」
霧子には、意味が分からなかった。霧子は文系女子である。会社では事務職を担当し、部屋に帰ればSNSに“映える”写真を投稿し、その承認欲求を満たすことで、日々の憂いを紛らわせていた。
しかし、当世のジミ子としては、自らに降りかかる理不尽さに対しては、人一倍に敏感であった。
「おっしゃる意味が分かりません。私は、そちらのサービスなど利用していないのです。」
霧子の怒りを帯びた言葉に、床の囲みの音声は、仕方なく説明を始めたのだった。
「えぇ、実は、お客様のもとへお届けしたネコは2150年春に誕生したネコなのです。」
『宅配ネコサービス』の説明によると、そもそも、その会社の設立は2148年。そして、宅配は、利用者が床に“転送装置”を設置することで可能になるのだという。
「利用者様の登録に合わせて、色や模様の組み合わせが決定されるのです。その組み合わせに沿って、床に“転送装置”を設置していただきます。」
“転送装置”設置が成功すると、『宅配ネコサービス』から、利用者と相性ピッタリなネコが選択されて転送されてくる。
「今回、どうしたわけか、時間管理システムにエラーが生じ、本来あり得ないことなのですが、過去の時間へとネコが届けられてしまったのです。」