お猫様、遊びを要求する
霧子は善良なる市民であった。
130年後の未来の社会において、少なからぬ力を有する存在『時間管理システム』の源流を、同時代に見つけてしまった、というより、知らされてしまったわけであるが、その情報を利用しようとは考えなかった。
面倒ごとに巻き込まれたくなかったのである。
そういう意味においては、お猫様を引き受けた時点で、十分に面倒ごとに巻き込まれてしまったわけであるが、そこは、お猫様の可愛らしさで、お釣りがきたのであった。
霧子は、お猫様のいない生活など、もう、思い描けなくなってしまっていたのだ。
『宅配ネコサービス』の依頼に関しては、自身に大きな影響が出ない範囲でなら、協力しようと思う。
何よりも、お猫様の健康に関わる内容が絡んでいる。
考えようによっては、未来の最新医療を提供してくれる動物病院のサポートを約束されているようなものだ。
カルテの記述を、未来の獣医師の目でチェックしてもらえるチャンスなのだ。
霧子は、指示に従い、既に持っていたアカウントとは別の特別アカウントを作った。
この別アカは、未来の『時間管理システム』により、どういった技術でか、霧子の暮らす時代のSNSユーザーには接触できないように細工されるらしい。
その辺に関しては、深入りするつもりはない。
霧子は、お猫様の健康と、無料で提供される様々なお猫様のための商品と、自身のプライバシーおよび今の部屋での生活が保障されれば、それで良いのだった。
そして、カルテ開示に同意する文書を作成し、サインした。写真を撮りアップする。
後は、『宅配ネコサービス』がうまく進めてくれるはずだ。
「にゃ~ん。」
お猫様がお呼びになった。
霧子は、異空間側へと入る。
すると、お猫様は、霧子の足元に滑るように駆け寄ってきた。
ネズミの形をしたおもちゃを、ぽとりと落とす。
「にゃ~ん。」
霧子が何やら、自分をほったらかしにして、ノートパソコンの画面とにらめっこをしている様子が気に入らなかったのだ。
われと来て、遊べや、下僕、今すぐに! なのだ。
霧子はネズミのおもちゃを掴むと、お猫様に見えるようにゆっくりと振ってみた。そして、素早く異空間の奥の方へと放る。
したたたたたたたたたたたっ。
お猫様は方向転換し、華麗なステップで異空間を駆けていく。そして、ネズミのおもちゃに追いつくと、口に咥え、霧子の方へと戻ってきた。
褒めよ!
ネズミのおもちゃを、ぽとりと落としてから、霧子を見上げるお猫様。
「お猫様、いきますよ~っ!」
霧子は、再びネズミのおもちゃを掴んで、お猫様の目の前に近付ける。
おもちゃをゆっくりと動かしてみせると、お猫様の緑のまん丸な目がその動きを追って動く。
緩急を付けるように、霧子の手元がさっと動いたかと思うと、ネズミのおもちゃは宙を飛んだ。向かうは異空間の奥側。
お猫様の視線は、それを素早く察知。
したたたたたたたたたたたっ。
したっ。
したたたたたたたたたたたたたたっ。
お猫様は、またしても、ネズミのおもちゃを咥え帰ってきた。そして、落とす。
霧子の関心が、自分との遊びに集中していることを感じ取り、すっかり満足したお猫様は、さらに遊びを要求したのだった。
その後も、お猫様と霧子はネズミのおもちゃで遊び、お猫様が疲れてしまうまで、何往復も繰り返されたのであった。




