霧子、インサイダーな情報を知る
お猫様との生活に、少しばかり慣れてきた霧子。
朝、早く起こされるのには閉口しているが、お猫様の甘え上手に、結局は敵わないのであった。
「ふん、ふん、ふふ~ん。まぁ! 今日も良いモノをお出しになって……。」
……、意外にチョロかったのかもしれない。
すると、またまた、突然、霧子の部屋の床の囲いが光を放ち、音声が聞こえてきた。
「お、お客様。またしても、大変申し訳ございません。『宅配ネコサービス』でございます。」
今度は何が起こったのか?
「先日は、A動物病院へ受診していただき、誠にありがとうございました。」
受診したらカルテの記録がデータとして残り、130年後でも確認できるという話だった。『宅配ネコサービス』は、データを確認できたのだろう。
「え~と、その、お猫様さまが、きちんと動物病院で定期健診を受けることができた、という事実は確認できたのでございますが、具体的な診療内容と検査結果を閲覧することができなかったのでございます。」
また、意味不明なことを言っている。
「そもそもA動物病院を指定させていただいたのは、A動物病院が、お客様の暮らしている時代に既に存在していて、その後も引き継がれ、2151年にまで続いている施設だからです。」
あの獣医師はなかなか手際が良かった。行きのタクシーでも運転手が褒めていたし、評判は良いのだろう。
A動物病院は130年後まで安泰というわけだ。
「そして、早くから電子カルテを導入しており、データもクラウド上に保存されていることが確認されていました。」
ならば、なぜ、診療記録を閲覧できないのか?
「2151年現在のA動物病院の病院長に確認しましたところ、カルテ開示には当事者の同意書が必要ということで……。」
つまり、お猫様の飼い主である霧子の同意書がないと、カルテの内容を第三者が見ることはできないというのだ。
「学術的、医学的に有用、例えば疾患の統計や研究にデータを用いる場合の断りは、個人が特定できないように配慮することを条件に、認められるようなのですが、お猫様さまに関しては、むしろ、個体を特定しているわけでありますから……。」
どうして、やることなすこと後手後手なのだろうか?
こちらの方から、130年後に物質を転送することはできないのだから、同意書だって送れない。
詰んでしまった、ということか。
「2151年現在のA動物病院院長と相談の上、何らかの方法で、お客様の同意の意志が確認できればよい、というところにまで、合意できました。」
何らかの方法とは何ぞや?
「え~、“お猫様のカルテ内容の開示に同意します”という文面で書面を作っていただき、自筆のサインを入れてください。それを写真撮影していただき、こちらから指定するSNSに鍵付きでアップしていただきたいのです。鍵を開けられるフォロアーをA動物病院と『宅配ネコサービス』のみとしていただければ、他に同意内容が漏れることはありません。」
霧子は、その提案がおかしいことに気付いていた。
「待って。フォロワー申請はどうやってするつもりなの? 130年後から、今まだ作成されていない、つまり存在しないアカウントで申請するなんて無理でしょ?」
すると床の囲みの音声は、事もなげに答えた。
「時間管理システムの協力を得ることも可能になりましたので、問題ありません。」
そもそものトラブルは、時間管理システムのメンテナンス時に生じたエラーが関係している。
そして、数字の調整や訂正で、影響を受けた事物はほぼ解決したが、生きているネコを過去の世界に転送してしまった、というトラブルだけはどうすることもできなかった。
その点に関して、時間管理システムは『宅配ネコサービス』に負い目があり、結果、“最大限の便宜を図る”という文言を引き出されていたのだった。
写真投稿も可能な某SNSが、130年後の未来で、時間管理システムの管理業務をも行う会社となっている、ということを、霧子は知ってしまったのだった。




