お猫様、怒る
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~。」
お猫様の、怨念が籠められた呪いの叫びが響き渡った。
体の奥底から湧き立ってくる、深い深い、怒りであった。
どうにか逃れようと、お猫様は、その体をくねくねと左右にくねらせたが、無駄であった。
「はぁ~い。よく頑張りました。では、結果が出たらお呼びします。キャリーバッグに入ってね。」
なぜか、獣医師とスタッフは可笑しそうに笑っている。
お猫様は、腹が立った。
許さぁ~んっ!
しかし、またもや、首の後ろを掴まれて、洗濯ネットまで被せられると、お猫様は、戦意を消失させられてしまったのだった。
お猫様と霧子とは、待合室に戻って結果が出るのを待つ。
お猫様は、もう、疲れがピークに達しており、不本意ながら、薄暗いキャリーバッグの中で眠気に誘われ始めたのだった。
再び、呼び出しがかかり、霧子はキャリーバッグを抱えて診察室へと入った。
「検査値に問題はありません。お猫様ちゃんの健康状態は、すこぶる良好です。」
獣医師は、太鼓判を押してくれた。
「ワクチン接種はどうしましょうか? 一応、1年に1回行うのが標準です。ただ、3年に1回でも大丈夫という説もあります。お猫様ちゃんは、基本、外に出ることはないようですが……。」
霧子は、標準通りにしてもらうことにした。
そして、お猫様は、また、痛い思いをしたのだった。
「では、特に問題がなければ、1年後に定期健診とワクチン接種。何かあれば、受診をしてくださいね。」
会計を済ませて、受付のスタッフから受診用のカードを受け取った霧子は、タクシーを待つ間、お猫様の眉間を撫でていた。
眉間を撫でられると落ち着くようだ、と獣医師が言っていたからだ。
「帰ったら、おやつにするからね。」
霧子は、寝落ちしかけているお猫様に、声をかけたのだった。
帰りのタクシーは、A動物病院と契約しているらしく、ペット同乗OKのステッカーが貼られていた。
通院の他、ペットホテルなどにも送迎してくれるらしい。
しかし、分かりやすく、ペット同乗OKのステッカーが貼られているタクシーは、お猫様と霧子には、むしろ、不都合であった。
知り合いに見つかったら、大変なことになる。
特に、大家や同じ賃貸の住人には。
そんなわけで、タクシーには、霧子の部屋から結構離れた場所で停まってもらった。
「お猫様、どうか、どうかお静かに。」
霧子は、周りの様子をきょろきょろと窺いながら、部屋の扉を開け、素早く入った。
部屋の中に入ってしまえば、異空間の住人、いや住猫となるが、健診と病気のための受診、という最もストレスのかかる時に、見つからないよう行動せねばならないのは、お猫様にとっても、霧子にとっても、しんどいのであった。
霧子は、異空間までお猫様のキャリーバッグを運び入れると、ホッと息をついた。
そして、『宅配ネコサービス』イチオシのおやつ、『ハローちゅ〇ちゅる』をお猫様に差し出した。
お猫様は、不幸続きだった1日の後半に、やっとのことで、僥倖にめぐりあうことができたのだ。
「にゃぁ~あん。」
お猫様は、夢中になって『ハローちゅ〇ちゅる』を平らげ、とろけそうな声で、霧子に満足を示すのだった。
『ハローちゅ〇ちゅる』は、確かに、全ネコ垂涎の的、ネコの友、ネコ一直線のおやつの名に恥じぬ商品であった。




