宅配ネコサービス
秋の桜子 様より、お猫様の絵をいただきました。
きっかけは、SNS。
世間的には往時ほどの盛り上がりはなくなったものの、霧子は、所謂“映える”写真をSNSに投稿し、あちこちからの賞賛を得るのを日々の密やかな楽しみとしている。
しかし、今日。
ついに、尽きてしまったのだ。
投稿できそうな写真が無い。
「う~ん、どうしよう。もう、何かいいアイデア降りてこないかな?」
今からでは、お洒落なお店に行っている時間もないし、公園の桜は散ってしまっている。
もう、それこそ、ネタもの写真でも投稿するしかない!
この部屋で撮影できるようなネタもの……。
霧子の目は、机の上に乗ったマスキングテープを捉えた。
最近はカラフルでお洒落なマスキングテープがたくさん出まわっていて、ついつい買ってしまったものなのだ。
「これで何か作れないかな? カラフルだし、組み合わせで“映え”も演出できそうじゃん!」
白とブルーのストライプ、ピンクを基調とした花模様、オレンジに黄色のドット模様、ブラウンのグラデーション、ペパーミントグリーンのギンガムチェック柄……。
ふと、思いついたのが、猫ホイホイ。
床にテープを貼って円に近い囲みを作ると、猫がそこに入るというものだ。
一時、動画サイトにも出ていた。
霧子の部屋に、猫はいない。
ペット禁止の賃貸なのだ。
だから、床にマスキングテープで囲みを作るだけ。
タイトルは、『猫転送装置、未だに作動せず!』である。
霧子は、フローリングの床を綺麗に拭き取り、そこに複数のマスキングテープで派手な囲みを造り上げた。
そしてスマホのシャッターを押す。
ところが、フラッシュが光ったと同時に、その床の囲み自体が光を発し始めたのだ。
やがて、まばゆい光がゆっくりと消えると、そこには……。
「にゃ~ん。」
1匹の黒猫が鎮座していたのだった。
「へ?」
霧子は焦る。なにせ、この部屋は、ペット禁止の条件付きの賃貸物件なのだ。
「宅配ネコサービスを、ご利用いただきまして、ありがとうございます。」
床の囲みから、機械音声が聞こえてきた。
「い、いえ、そんなサービス利用してませんけど。」
霧子は、床の囲みに向かって、否定した。
「お客様がご利用になったサービスは、現在、取り消しができません。お届けいたしましたネコは、お客様の方で、責任を持って、お取り扱いいただけますよう、お願いいたします。またのご利用お待ちしております。」
床の囲みからの機械音声は、そう一方的に告げると、切れてしまった。
「ちょ、ちょっと~。」
霧子は、床の囲みに向かって、再度会話を試みようとしたが、それ以上はまったく反応を見せなかった。
「にゃ~ん。」
黒猫は、その長いしっぽを動かしながら、またも声を発した。
「えっと、お猫様。ここでは、お静かにお願いいたします。」
霧子は、床に這いつくばるような恰好のまま、転送されてきた黒猫に、頼むこととなったのであった。
もはや、SNSどころではない。
大家に見つかったら、部屋を追い出されるかもしれないのだ。
そもそも、宅配ネコサービスとは何なのだ?
霧子だって、ネコのマークの宅配サービスならば知っている。
しかし、猫を宅配しては、いないはず……。
スマホで検索をかけてみた。
しかし、残念なことに、検索で上がってきたのは、ネコのマークの宅配サービスの方ばかりだった。
猫が宅配されてくる、などというふざけたサービスは、見つけることができなかった。
「これ、クーリングオフできるのかしら?」
しかし、そもそも、利用した覚えのないサービスである。領収書もない。ネットでサービス自体が見つからない。そして、床の囲みは、もはや、まったく反応しない。
消費者センターに相談するとしても、どう説明したらよいのであろうか?
「にゃ~ん。」
お猫様は、あくびをし、ぐっと伸びをしてみせたと思ったら、そのまま床で丸くなってしまった。
「しまった。動画で撮影しておくんだった。」
霧子は、後悔したが、後の祭りであった。
絵:秋の桜子 様