疲労困憊
このところ、なぜかスマホの充電の減りが早い。
朝100%充電で出かけるのに、昼休みには35%になり、授業終了となる夕方4時には15%になっているのだ。
「このスマホも機種変してもう三年か…買い替え時かなあ。」
充電が切れるとまずいので、モバイルバッテリーを急遽購入し毎日持参するようになった。くそう、地味に不便だ、なんてこった。
そんなある日、授業中に不審な音を聞いた。…なんだろう?
授業中の先生の声に紛れてしまって、微妙に音の出どころがわからない。
一番後ろの席の、端っこで授業を受ける私にしか聞こえていないようだ。
…どこだ?ラジオ?
休み時間に、音の出どころを探った。
しかし、休み時間になると、音は消えてしまい手がかりが見つからない。
どういうことだ、何があった。
かばんをごそごそ調べると、スマホが…あれ、光ってる?
私は授業中スマホの電源を落とさず、マナーモードに設定している。年老いた家族がいるので、緊急事態に備えているのだ。
着信があったなら、バイブが知らせてくれるはずなんだけど、なんだろう。
スマホカバーをめくると、スマホアシスタントが起動していた。画面には、……パスというものの使い方にはいろいろありまして、、、これは、さっきの授業内容!!!
瞬間、私の頭の中でひよひよと漂っていた謎パーツがピタピタとピースを繋げ始めた。
謎の充電急速消費現象、謎の音声、よく通る先生の声、優秀な音声認識システム、集中して机に向かう私、どこか抜けている部分のある私。
私はいつも、スマホをマナーモードにし、メディア音量を無しにして授業に出ている。ところが、今日はマナーモードにするのを忘れていたのだ。メディア音量を無しに設定した時に、前の席のクラスメイトに声をかけられてそのまま授業に突入してしまった為と思われる。メディア音量のタブを無しの位置まで下げたと思っていたのだが、実はミリの単位で無しにできていなかった。授業中、電話や通知が来ることはなく、マナーモードになっていない事実に気が付かない。私語のない教室に、やけに通る先生の声は、私のスマホアシスタントが忠実に確実に聞き取り、それに随時答えていたと。…思えば、学校に通い始めたあたりから、スマホの充電が早く減り始めていた。
…私の声、先生と似てるのかなあ…。女性にしては低めの声は、まあ似てると言えば似てるような。今まで、他人の声に反応したことがなかったからびっくりだ。
私はスマホアシスタント機能をオフにした。
するとどうでしょう、充電の減りはなくなったじゃありませんか。一時間目の終わりに75%だった充電は、昼休みになった時73%…完全ビンゴだ!!電力消費は働き過ぎたスマホアシスタントの疲労困憊の様子を的確に表していたのである。
私の知らぬところで、スマホはずいぶん頑張り続けていたようだ。
必要とされないアシスタントをして、し続けて、まったく気づかれることなく電力を消費して。
挙句の果てに機種変更されてしまうところだったのだ。…いやはや、知らないという事は恐ろしい。
疲労困憊してなお、ただただ一途に働き続けた私のスマホ。
先生の言葉に反応し、ただ甲斐甲斐しく返答し続けたスマホに…お疲れ様ですと労う気持ちと、馬鹿正直さにあきれる気持ちが交差する。…このスマホ、健気で要領悪くて真面目で…めっちゃ可愛いじゃないの!!!
「では、4時間目、始めます。」
よく通る先生の声が、教室内に響き渡る。スマホの画面は反応していない。
反応すべきことのみに反応するようになったスマホは、ただ忠実にスマホとしての任務を全うし続けるのだ。
私はスマホをカバンの中に入れ、自分の課した任務である勉学に励むため…真面目に直向に、先生の声を必死になりながら耳に捕らえ、メモを取り始めた。