第8話
…休憩した公園を出て二、三分のことだった。
ポツンと鼻に水滴が落ちてきたと思ったら、ポツポツと雨が降ってきた。
その雨はすぐに勢いを増し、土砂降りになった。
僕と春野は、慌ててすぐそこのシャッターが閉じている商店の軒下に避難した。
もうずぶ濡れだ。
「参ったな……天気予報はこんなん言ってなかったぞ」
天気予報への文句を一人でブツブツ言ってると、横でドサッと音がした。
僕が横を見ると、春野がへたりと座り込んでいた。
「春野、大丈夫か?」
「……うん、だい……じょうぶ」
そういって春野は後ろのシャッターに背を預けた。
……どう見ても大丈夫じゃないだろ。
「おい、ほんとに大丈夫か?」
そういって僕は春野の顔を覗き込んだ。
その瞬間、僕は息を呑んだ。
春野が顔をほんの赤くさせ、荒い呼吸をしている。とても苦しそうな顔をしている。
「春野……! 熱……あるのか?」
僕は慌てて春野のおでこに手をおく。
……熱い……すごく熱い……!
「春野……まさか、今日ずっと熱あったのか?」
春野は弱々しく頷いた。
「なんで言わなかったんだよ!」
「だって……私から……誘ったのに……」
「いやだからって……」
とにかく、今の状況を何とかしよう。
雨はしばらく上がらなそうだ。
「春野、スマホを貸してくれ。春野の家に連絡して迎えにきてもらおう」
そういって春野はかばんをのぞく。
「……あれ? スマホがない……」
「え?」
「どうしよう……スマホ……落としちゃったかも……」
春野はそういって泣きはじめてしまった。
とりあえず、春野を家にかえそう。
「春野、僕が春野を家までおぶっていく。つかまって」
そういって僕は春野をおぶる。春野の上に、僕の上着をかぶせ、雨があたらないようにした。
僕は春野が揺れないように気をつけながら走った。
ーーーーーーーーーーーーーー
やっと春野の家についた。僕はインターホンを鳴らす。
待っている時間に苛立ちを感じる。頼むから早くでてくれ……!
『は~い』
「伊吹碧斗です!今ちょっといいですか!春野が熱あるみたいで」
『わかったわ、すぐいくからちょっと待ってて』
そういってから約10秒後、ドアが開いた。
「すみません、春野、熱あるまま来てたみたいで……」
「ごめんなさいね、玄関に上がって待ってて」
僕は春野を春野のお母さんに預けると、ほっと息をついた。
ふぅ……さすがに疲れたな……
しばらくすると、春野のお母さんはタオルを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
僕はタオルを受け取りお礼を言う。
「いえ、こちらこそありがとう。鈴香を助けてくれて。」
僕はタオルで髪をふく。
「それでは、僕は帰りますので」
「あ、タオルもらうよ」
洗って返すつもりだったが、そういわれたのでタオルを渡す。
「雨、すごいでしょ? 傘かすよ?」
春野のお母さんがありがたい提案をしてくれる。
「いえ、大丈夫です。走ったらすぐなんで」
ただ、傘はやっぱり走るのに邪魔だ。
「そうは言っても……」
「それと、春野の体調がよくなったら、春野にバカって伝えてください」
「ふふ、わかったわ」
それだけ言って僕は春野の家を飛び出した。
僕にはまだやらなきゃならないことがある。
春野のスマホ探しだ。
僕は走った。まず、ショッピングモールに。
ショッピングモールで僕らが入った店にいき、片っ端からスマホの落とし物がないか聞いた。
どこにもない。やばい。どうしよう。
僕はだんだん焦ってきた。
フードコードにも見当たらない。
思い出せ……春野は最後どこでスマホを使っていた……?
『あと15分くらい、ちょうど半分くらい歩いたね』
休憩したときスマホをもちながらこのセリフを言った春野の姿が頭に浮かび上がった。
……そうだ、春野は公園で、スマホを使っていた……!
となると、あの公園か!
僕は土砂降りの中とにかく走った。
あのベンチには上に屋根があるとはいえ、この雨だ。防水でもついていないと、スマホが危険だ。
ちくしょう! なんで僕があいつのためにこんな濡れないといけないんだ!
だいたい、あいつが強がって熱あるのを隠すからだ……!
…………いや、今思い出してみると春野の様子は明らかにおかしかった。
なんか元気ないし、いくら女子でも昼食くらい食べるだろう。そしてなにより、今日、僕と春野は一回も言い争わなかった。
今日何回か感じた違和感の正体はこれだったんだ……!
くそっ! 何が『僕は察しのいい方だと自負している』だ!
全然気づけてないじゃないか!
僕は自分が嫌になる。
今日、春野がずっと無理していたのにも気付かず、春野をあたふたさせようとか、そんなバカなことを考えていた自分に腹が立つ。
あぁもう! イライラする!
過去にいって自分を殴り飛ばしたい。
僕はひたすらイライラしながらがむしゃらに走った。
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「あった……」
僕は荒い呼吸をしながらかわいらしいケースをしているスマホを手にとった。
「よし……大丈夫だ」
僕はスマホの画面がついたことに安堵する。
「春野の、ばかやろう……」
僕は力なく春野への文句をいい、ベンチで休んだ。
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しばらくすると、雨がやんだ。
さっきの土砂降りが嘘のように晴れて、空が雨に洗い流されたかのように澄んだ青色をしていた。
僕はゆっくりと立ち上がり、家に帰った。
そのまま風呂場に直行し、シャワーを浴びて、ベッドにダイブした。
僕は自分の観察力には自信があった。
昔から他人の変化にはすぐ気づけたし、病気を隠しているとなればなおさらだ。
だけど今日、気付けなかった。
なんでだろう。
きまってる。
うわついてたんだ。春野と出かけられるのが嬉しくて。楽しみで。
自分のことしか考えてなかった。
だから、春野が苦しんでいるのにに気付けなかった。
――好きな人が苦しんでいるのに気付けなかった。
その事実に、悔しくて、悔しくて、涙を流した。
スマホは、明日かえそう。
今日はちょっと……つかれた……
僕は夜まで熟睡した。
ついに伊吹くんが認めましたね!
とはいえ、伊吹くんのツンデレ度はそんな変わらないでしょう。
伊吹くんが素直になれる日はくるんでしょうか。