第4話
なんだか春野の様子がおかしい。
どうしたんだろう? 確か朝は普段通りの腹立つ態度をしていたが、今はなんだかおろおろしている。
……まあ僕には知ったこっちゃないんだけど。
春野の様子がおかしくなりはじめたのはいつからだろう。
一時間目の国語では確か普通だった。
二時間目の数学も問題なかったな。
となると、三時間目の体育からか?
あいつ体育でなにやらかしたんだ……
今日の体育では体育館でバスケをやっていた。その授業は何も問題なく終了していたはずだが……
四時間目が終わり、昼になる。
僕の中学校は弁当なんてものはない。給食である。
給食も食べ終わり昼休みになったので、僕は読書をしようとすると、春野が話しかけてきた。
「ね、ねぇ」
なんだか随分緊張してるな。
「何?」
「あのさ、手伝って欲しいことがあるんだけど……」
そういって、ひきつった笑顔を浮かべる。
「やだ」
僕は即答した。
「えぇ! ひどい! なんで?!」
「なんで僕が手伝わないといけないんだ」
逆になんで毎日のように言い争いをしている相手が手伝ってもらえると思った。
「だってぇ……こんなの、伊吹くんにしか頼めないし……」
そういって泣きそうな顔になる。
……それはずるいだろ。
周りの視線が痛いので、とりあえず春野を連れて教室を出た。
「で、何をやらかしたんだ」
「別にやらかしてなんかないよ……ただちょっと失敗しちゃっただけで……」
春野の失敗はやらかしだろ。
「三時間目に体育があったじゃん? それで、私用具の片付けやってたんだけど……」
「用具の片付けって体育委員の仕事じゃなかった?」
「そうなんだけど……その子怪我しちゃって、それで私が片付けを引き受けたの。」
そういえば一人けが人がいたような……
「それで、ボールの入った箱を棚にあげるとき、バランスを崩して、体育倉庫の中のものを盛大にちらかしちゃって……」
うわぁ……
「自分が引き受けたんだから、自分で責任もって片付けなよ」
「結構一人ではどうにかなんないようなちらかし方をしちゃって……」
やっぱりやらかしてんじゃねーか。
「四時間目に体育館使うクラスあったらどうするつもりだったんだ……」
「そのときはそのとき! とにかく手伝ってよ」
「え、やだ」
「えぇ?!」
「さっきもいったけど、自分で引き受けたんなら自分でなおしなよ。僕が手伝う義理はないね。」
「……この前、筆箱かしてあげたじゃん……」
「それに関しては君が見返りは求めないって言ってたじゃないか。」
「そうだけどぉ……うぅ……」
「だいたい、なんで僕なんだ? 君には友達たくさんいるでしょ」
「だって私のこんなところ知ってるの伊吹くんだけだし……」
それで、僕にしか頼めないねぇ……
まったく、こいつは自分が困ってないときは
調子がいいくせになんかやらかしたらすぐしょんぼりする。
春野はすがるような顔でこちらをみている。
しょうがないなぁ。筆箱貸してもらったしね。
僕の親切心とかじゃなくて、筆箱のお礼として手伝おう。
断じてこいつの頼みを断れなかったわけじゃない。断じて。
「……すぐ終わらせるぞ」
春野の顔がパァッと明るくなる。
「ありがとう!」
僕と春野は体育倉庫に急いだ。扉をあけると、思わずため息がでた。予想の三倍はちらかっていた。
どうしてそんなことになったんだよ……
僕は棚から落ちたものを棚にもどし、春野はそこらへんに散らかっているボールとかを拾った。そしてマットや跳び箱などをきれいにしまった。
「よし、これで最後か……」
午後の授業までに終わらせなければならなかったから急いで片付けた。そのせいで大分疲れた。
僕は脚立の上にのり、春野から最後のかごを受け取る。それを棚の一番上においた。
おそらく、かごをおいたことで片付けが終わったと気が抜けたんだろう。
僕は脚立から足を滑らした。
「わ」
運悪く僕の倒れる方向に春野がいて、僕が押し倒すような形になって床にころがる。
所謂、床ドンという体勢になった。
僕は数秒間思考停止した。
春野の顔は真っ赤に染まっていた。
僕も顔が赤くなってただろう。
春野の顔が近い。
髪からも少しいい匂いが漂ってくる。
僕はハッとしてすぐに春野から離れる。
「わ、悪い……」
「……」
非常に気まずい。春野は顔を赤くしてずっと目を合わせないようにしている。
……今回の件に関しては僕が悪いな、うん。
あんな不安定なとこで気をぬいたからだ。
とりあえず僕はこの気まずい空間から抜け出そうと、春野に教室に戻るよう促す。
「も、もうそろそろ午後の授業も始まっちゃうし、教室戻ろうか……」
「……」
春野は顔を赤くしたままうなずいた。
「いや、ほら、今回に関しては僕が全面的に悪いから、謝るよ……ごめん……」
すると春野は二、三回深呼吸をして返事をした。
「うん!それじゃあ教室戻ろうか!」
……切り替えの早い奴だ。
春野はそのまま教室に戻っていった。僕もその後を追った。
結局その日は春野とそれ以上会話することなく帰宅した。
僕は寝るまでずっとドキドキしっぱなしだった。