α恒星系での闘い
母艦から緊急離脱を促すアラームが大音量で鳴り響いている。
戦闘船団の後方に配置され、戦いから距離を置き安全であったはずの貨物船団は、惑星上陸用資材を満載した状態で、突然発生したワームホールから現れた敵戦闘部隊に強襲されている。
船団の目標であった惑星も敵戦闘集団からの核融合弾による攻撃で惑星全体で核の炎に包まれ、死の惑星になっている。
戦略的価値を失った船団は、味方の支援も受けられず、徐々に瓦解しつつあった。
「ちくしょう、緊急離脱だ、通常シーケンスの1から30までは飛ばし、最短で離脱する」
「了解しました、マスター」
大型揚陸艦のAI、雪が淡々と答える。
「急げ、このままだと、母艦と共に沈むぞ」
俺の緊迫する声を諌めるかのように雪の冷静な声が響く。
「緊急離脱シークエンスは継続中。離脱まで後20秒」
母艦とリンクされた三次元モニターには、火を吐き、今にも誘爆しそう母船の第一&第二エンジンと、その為制御不能となった母艦がワームホールの縁にひきつけられるように突き進んでゆく姿が映し出されている。
最悪な事には、そのワームホールから敵の新たな船団が飛び出てくる姿も映し出されている。
「緊急離脱」
雪のアナウンスとともに衝撃が発生する。
重力中和装置の限界をこえ7Gの重力が俺を椅子に押し付ける。
モニターには小さくなる母艦が見える。
母艦には俺の船と同型の大型揚陸艦がまだ数隻係留されている
あいつらは助からないな
自分が助かった安心感からか、俺は仲間の心配をする
しかし、止まったはずのアラームが再び鳴り響く
俺はバカだ、まだ安心には程遠いのに
「どうした、雪」
「マスター、船がワームホールの縁に引き寄せられています」
「船が予定外の回転運動で制御不能です
それに、ワームホールから現れた船団から母船に攻撃が行われています
後、10秒で母艦が爆発すると思われます
この距離では本船にも影響がでる可能性があります
マスターのシートを念のため脱出艇に移動させ、対G充填剤を注入します」
雪の言葉とともにシートが降下し暗闇に閉ざされる。
その直後充填剤に満たされたこと思った瞬間、大きなショックと共に前後不覚に陥る。
「ビービービービー」
「また、警告音か」
俺の意識がゆっくりともどってくる
暗闇の中、対G充填剤の中にいたはずが、視界には元の操縦席が映る
「雪、どうなっている」
雪が答える
「はい、マスター、損害を報告します
第一メインエンジンと第三から第六のスラスターが破損していますが残りのエンジンで航行に支障はありません
また、船内は第一貨物区画に破損があり、同区画の気密が失われていますが、他の区画は正常です
貨物は第一貨物区画の30%が失われていますが、他は正常です」
船の健在が確認でき安心したところに雪の言葉が被る
「本船を中心とした光学測定範囲の宙域は凪いでいます
敵味方を含め、他の航宙艦は見当たりません
また、本船の上陸目標の第三惑星までは約2億キロです」
そんなばかな、他の船が無いなんて
仮に互いの艦隊が全滅したとしても多量の残骸があるはずだ
それに、我々の輸送船団は第三惑星から6億キロの位置にいたはずだ
一気に、4億キロもの移動ができるはずが無い
「雪、それはどういうことだ。お前のセンサーがすべて壊れたということか?」
「いえ。マスター。センサーは正常です
センサーにはいかなる航宙艦も戦争の残骸も、敵が奇襲に使ったワームホールさえも見当たりません
第三惑星も2億万キロ彼方で健在で、核融合弾による攻撃を受けた形跡はありません」
「雪、センサーの情報が正しいと仮定した場合、俺たちの経験と乖離しているセンサーの情報をどう理解すべきなんだ?」
「はい、両者の差異を検証する上で重要となる情報として船内時計の異常が挙げられます
実は、船長の航海日誌に記載された今日の日付と艦内時間に245か月の乖離があります
船内時間が正しければ本船は20年と5か月の過去に存在していることになります」
雪の言葉が理解できない
「なにをいっているんだ。航海日誌に記載された日付は、船内時計から読み込まれたものだろう」
「はい、マスターの理解の通りです。航海日誌の日付は日誌を記載した際の日付が自動的に取り込まれます」
雪の言葉を噛み締める
今日の航海日誌は戦闘前に艦隊の規定に従い記載している(遺言状でもある)
その後に時間がずれたということか
「マスター、ログを確認しました
母船の爆発からワームホールの縁への接触までは、それ以前と連続した時間軸が記録されています
縁への接触後、時間軸が過去にずれたようです
現宙域の状況はこの記録に適合します
現宙域に危険はないことが肯定されます」
危険が無い
過去に飛ばされたのが事実であれば確かに今は危険が無い。
だからどうだという話だ
友軍が現れるのは20年先だ
そこまで、この船の酸素が持つわけがない
幸い、第三惑星までは近い
この船での降下も可能だ
だが、一度降りてしまえば、この船では再度の宇宙圏への離脱はできない
第三惑星で、ひとり、時の囚人として生きるか
それも、20年後には死刑執行が確定ときている
しかし、この船に留まれば六か月後には酸欠で死亡だ
「雪、本船を第三惑星の周回軌道に乗せろ
周回軌道に入るまで必要日数を教えろ」
「了解しました」
10秒の沈黙の後、雪が答える
「周回軌道に入るまで20日必要です」
「判った。では、本船の資源の節約のため、俺は救命ポッドで低温スリープに入る周回軌道に入ったら起こしてくれ
それと、目覚めたら、俺の生存プランを聞くぞ
俺は、この船で酸欠で死にたくはないし、20年後にガス惑星で焼け死にたくもない
俺が、寿命をまっとうする計画を策定しろ」
俺は、雪に指示を行うと回答も待たず、シートを究明ポッドに移動させ低温スリープ
に入った。