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21.停滞を望む者(アルト視点)



 「殿下。奴隷商人全員の身柄を拘束しました」

 「騎士団の方にも連絡を入れたっすよ。すぐにやつらを連行するための人員が来ます」

 「捉えられていた子供たち全員が両親と再会したことを確認しました」

 

 数週間前、自分の近衛騎士となった愉快な3人の騎士の報告に僕はうなずく。


 「そうか。よくやった。下がれ」

 「「「ハッ!」」」





 再会を果たした親子たちは自身の村へと帰り、数十分後捕縛していた奴隷商人を王都の騎士団が引き取りに来た。成すべきことはすべて済ませた。あとは帰館するだけ、となったところで気がついた。

 

 「あ……リディアの幻覚が、いつのまにか消えてる」


 いつからいなくなっていたのか。辺りを見回しても太陽のような少女の姿はどこにもなかった。リディアの幻覚が消えたことに落胆しそんな自分に失笑する。リディアの幻覚を見るくらい、リディアの幻覚が消えたことを悲しむほどに、僕は彼女を愛し求めているのだ。


 ソラ以外に大切な人ができるなんて、昔の僕は思いもしなかっただろう。あのころはソラ以外のすべての人間が敵だったから。城の中にも外にもソラのほかに守りたいものはなかった。

 でも今はどうだろう。城の中にも信頼できる人間が新たに3人増えた。近衛騎士の彼らとはまだ数週間の付き合いだが、彼らが信頼に値する人物だということは、初めて会った日から今日までの中で十分わかった。

 リディアと出会ったことが、彼女に恋をしたことが僕の人生の分岐点だったのかもしれない。


 僕の近衛騎士となった者たちは明るくて人懐こい。これまで出会ってきた感情の欠如した人形のような城の騎士たちとは違う。

 だからこそ彼らの信じる、彼らが剣をささげる春の国という虚像を壊したくない。彼らに春の国の闇を見せたくはない。そう思ったんだ。




 今回僕たちが王に命じられたのは、疫病が蔓延する村の視察・援助。そして我が国の国民を攫い売る奴隷商人の捕縛であった。

 奴隷商人の捕縛は本来僕たちの仕事ではなかったのだが、偶然にも疫病の危険区域であったこの村の子供たちが奴隷商人たちの次のターゲットであるという情報を王宮の秘密組織の方で得たために今回の王命が下された。偶然と偶然が重なり合った命令であった。


 だがそれは僕の近衛騎士3人を納得させるための表向きの真実。


 その実はもっと単純で恐ろしいものだ。偶然などひとかけらもない、ここにあるのは必然だけ。




 彼らは知らない。

 この村の子供たちを攫うよう奴隷商人に依頼したことから、王子である僕が子供たちを救い奴隷商人を捕縛するという一連の出来事すべてを、自身が剣をささげた我が国の王が計画したということを。


 彼らは知らない。

 この村の子供たち――今回奴隷商人によって攫われた子供たちが、反乱軍を親に持つ子供であるということを。僕が7歳のときに返り討ちにした反乱軍の残党たちはこの村で息をひそめており、王はそれを知ったうえで放置し、そして今手を下した。すべては王の手の上で転がされていたことなのだ。


 彼らは知らない。

 今回自分たちが行ったのは弱者を守ることではなく、反乱軍という名の弱者を脅したということを。

 この場にいる者の中でこの真実に気づいているのは、僕と子供たちの親――反乱軍の残党たちくらいだろう。王は暗に彼らを脅したのだ。お前たちが敵対している者はいつでもお前たちの大切なものを殺すことができる、家族の命が惜しければこのまま一生身を潜めていろ、と。

 反乱軍は王が国の闇すらも彼の手の内にあること身をもって知った。牙を折られた獣は躍起になって反抗をする。が、心を折られた獣はどのような行動を起こすか。怯えて隠れるしかない。


 彼らは知らない。

 王子である僕が子供たちを救ったことで、反乱軍を親に持つ彼らの王族に対するこれまでの考えを覆させたということを。

 攫われた子供たちは今や僕に心酔している。だがそれは僕が彼らを救ったからではなく、非道だと思っていた王子が反乱軍を親に持つ自分たちを救ったからだ。

 彼らは自分たちの親に僕の偽りの正義の姿を嬉々として話すだろう。まるでヒーローのように称え、しかし親はそれを否定する。そこで不破が生じるのだ。そうして近い将来、反乱軍は内部から崩壊する。今思えばこの種を撒くことこそが今回の王の目的だったのかもしれない。


 だから僕はエミルたちが当初の計画通りにアジトに到着する前に。子供たちに僕が王子だとばれる前に。すべてを終わらせたかった。すべてが王のもくろみ通りに終わることは阻止したかったというのに現実はうまくいかない。



 ため息をつきそうになった、そのときだ。

 「僭越ながら殿下、よろしいでしょうか」エミルが耳元でささやいた。


 「なんだ?」


 顔をあげればエミルはめずらしく困惑した様子で眉を下げていた。


 「殿下、私の記憶違いでなければ捕らえられていた子供たちの親は……」

 「エミル。黙れ」


 言わんとしていることに気づき、すぐさま沈黙を命じる。

 彼は以前、騎士団長を務めていた。春の国の犯罪者リストすべてを暗記していてもおかしくはない。


 なぜこのような優秀な男を僕の配下にしたのか。

 裏があるとしか思えない王の采配に、燻っていた不安・疑念が芽を出そうとする。

 まさかエミルは春の王の手先……


 だけれども芽が出るよりも先にリディアの顔が思い浮かんだ。まっすぐな太陽のような彼女はきっとこう言うだろう。疑心暗鬼になってどうするのよ、自分の直感を信じなさい!孤児院時代のあんたはどこに行ったの?思い込みの暴走はアルトの十八番でしょ!と。


 ……僕の脳内だけど、最後のほうはリディアがなにを言っているのか理解できなかった。


 「殿下?」


 知らないうちに笑みがこぼれていたらしい。エミルが怪訝に僕を見ている。

 わかったよ、リディア。僕は自分の近衛騎士を信頼に値する、そう思った。だから彼は疑わない。


 「エミル。命が惜しければ詮索をするな。無知でいろ。おれはお前を殺したくない」

 「しかし…」

 「僕がこの国を変える」

 「えっ」


 瞠目するエミルに対し僕は静かにうなずく。

 今のままではリディアをこの国に呼べない。

 リディアと一緒に生きるために僕はこの国を変える。王を殺してみせる。殺さなければならない。


 「僕は大切な人のためにこの国を変える。絶対に。だからそのときまで待て」


 これから僕の近衛騎士として生きるにあたり、理不尽に思うことや腑に落ちないことが数多く出てくるだろう。だけれども、僕を信じて待っていてほしい。そんな気持ちを込めて言葉を紡いだ。

 エミルは少しの間瞠目していたが、すぐに地に片膝を立て僕に対し深く頭を下げた。


 「っはい。不肖ながらもこのエミル、アルト様に命を捧げます」

 

 今度はこちらが瞠目する番であった。まさか命まで捧げられるとは思いもしなかった。王になれない、なるつもりもない、下手をすれば王に仇成す者として殺されるであろうこの僕に、命を捧げる価値などないのに。

 咄嗟に言葉が出なかった。


 「それでは失礼いたします。お時間を取らせてしまい申し訳ございません、殿下」


 そうしてエミルはやさしい笑みを浮かべてこの場を去って行ってしまった。



 本当に僕は命を捧げるに値する人間などではないというのに。

 

 国を変える、王を殺す。それには相応の理由が必要だ。民から嫌われる暴君は、殺しても民に受け入れられる。民から愛される賢王は、殺せば民から批難される。

 そのため謀反を企てる人間はたいてい殺す理由を探す。誰もが納得する理由を。しかし我が国の王は容易に尻尾を出さない。王を殺す理由を見つけるには、王の内側に入り込み彼の意のままに共に破滅の道を歩む必要がある。だから僕は王の従順な部下だ。

 僕はすでに闇に染まりこの手は数多くの血に濡れている。命を捧げられる理由がないのだ。


 それに僕は反乱軍の真実も知ってしまった。

 

 反乱軍の人間はかつて城で働いていた人間であった。しかし彼らはこの国の異常さに呪いに飲み込まれず、この国を変えようと救おうと立ち上がった正義のヒーローだった。さながらこの国の闇を知る王族や一部の貴族――僕らは、倒されるべき悪役なのだろう。いや彼らにとっては、国を変えるという同じ目的を持っているにもかかわらず、国を変えるための踏み台として自分たちを苦しめる僕こそが最大の悪か。


 裏を知るということはその分自分がこの国の裏側に足を踏み込むということ。目には見えない底のない闇が僕を呑み込む。王を殺しこの国を変えるために行動しているのに、僕の手はどんどん血にまみれていく。汚れ役が必要なことくらいわかっている。こんな役絶対にソラにはさせない。自分が闇に落ちる、王を道ずれにしてでも殺す、そう決めたのは自分だ。


 だけれどもやはり苦しい。以前の僕であればどれだけ人を殺そうが血に染まろうが闇に落ちようが、ソラのためならば気にしなかっただろう。しかし僕は光を知ってしまった。まっすぐであたたかい、そんな太陽の隣に立ちたいと思ってしまった。肩を並べて共に生きたいと願ってしまった。


 しかし(ボク)(リディア)と共に生きることなど許されない。

 これまでに犯してきた罪が、奪ってきた命が、僕の手足を掴んで離さない。闇に引きずり込もうとしてくる。『理由が何であれ他者の命を奪ってきた人間が、自分だけ幸せになれるなど思ってるわけがないよな』もう一人の自分がそう言うのだ。


 「僕がこの国を変える」だなんてどの口が言う。汚れた手。罪にまみれた自分。こんな自分は彼女にふさわしくない。こんな手で彼女に触れることなどできやしない。彼女に触れてしまえば最後、太陽のような彼女を穢してしまうだろう。

 幻覚だから触れることができた。本物の彼女に触れることは恐ろしい。彼女の目に穢れた自分を映したくない。彼女に僕が悪人であることを知られたくない。




 最近思う。もう何も知りたくない。何もしたくない。これ以上闇に飲み込まれたくない、と。




 僕はただリディアと一緒に生きたいだけだというのに。停滞を望むのに彼女と共にある未来のためには僕は行動しなければならない。しかし行動すれば僕は闇に呑まれていく。彼女にふさわしい人間ではなくなっていく。悪循環だ。孤児院で過ごしていたのあの穏やかな日々に戻りたい。

 もしくはこのまま時が止まってしまえばいいのにと思う。


 フラっと視界がゆがんだ。リディアの幻覚と初めて出会ったときの夜とはなにかが違う、意識の喪失感。


 「アルト様!?」

 「……大丈夫、だ」


 傾いた体をエミルが支えたところで視界のゆがみは治まった。

 最近意識を失うことが多い。数時間気を失うのはさながら、3日後に意識が戻ったこともあった。医者にも診てもらったが特に問題はないらしい。僕の体はどうしてしまったのか。


 首元でドクンとなにかが脈打った気がした。怪訝に思い首に触れてその正体に気が付いた。

 それは3年前から春の王に身につけておくよう言われた闇色の石がついたチョーカーであった。これが脈打った気がしたのだ。

 

 「色がまた濃くなった気がする。気色悪い…」

 

 チョーカーについている雫型の石を指ではじき舌打ちをする。

 ローブのポケットには今回はじめて持っていくように言われた懐中時計もあるのだが、これもまた時計の中に闇色の石が埋め込まれており、渡されたときより色が濃くなっているから不気味だ。


 僕は常時懐に忍ばせているうさぎの人形をにぎりしめる。この人形はリディアが孤児院でのお別れの時僕のために作ってくれた世界で一つだけの宝物。

 ソラがそばにいない今、リディアが行方不明の今、唯一心の安寧を保ってくれるものはこの人形だけだ。




 はやく会いたいよ、リディア。

 だけれども会いたいのと同じくらいに、君に会うのが怖いんだ。














 そういえば、と思い出す。

 王に「迎えが来ない子供がいれば城に連れ帰れ」と言われていたが、そんな子供はいなかった。王の予言じみた命令はほぼ当たるというのに今回は当たらなかった。そのことに僕は少し安堵した。




 アルトたちの当初の計画は奴隷商人にわざとアルトだけが奴隷商人に捕まり、内部と外部からアジトを制圧するというものでした。ですが騎士3人が疫病に感染したり、アルトがガチで奴隷商人に拐われたりと不足の事態が多々ありまして計画は全く意味がないものに。結局なにが言いたいのかというと、不測の事態に陥りつつも無事任務を成功させた4人は優秀ですね、ということです。


 アルトの身につけているチョーカーは9話にもでてきました。

 春の国の逃亡少年編は次回がラストです。

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