20.ただいまと言える場所
ミーナちゃんを人質にし檻に戻れと言ってきた奴隷商人の男たち。逃げることができたと喜色にあふれていた子供たちの顔はいまや絶望に変わっていた。
そんな中で一人の少年が男たちに向かって駆け出す。ミーナちゃんが人質にとられた今の状況で飛び出す子なんて一人しかいない。
「ミーナを離せっ!」
「ちょ、待ってカイル君!」
飛び出す彼を止めようと手を伸ばすが、私の手はむなしくも空を切る。
カイル君は駆け出した勢いのままミーナちゃんを助け出そうと男たちに殴りかかった。だけれども小さな男の子が大人十数人にかなうわけがない。突き出した拳は容易にかわされ、逆に殴り飛ばされてしまう。
「ハッ。おとなしくしてロって言ったのに。ほんとガキだなぁ」
「いやぁあああ!カイル君っ!」
ボロボロの姿で転がるカイル君を見てミーナちゃんが泣き叫ぶ。子供たちの顔はいっそう恐怖に染まった。そんな様子を見て男たちはなにがおかしいのかゲラゲラと笑う。
「好きな女の子にかっこいいところを見せようとしたんだろうけど。残念だったな~」
「おらガキども!いつまで突っ立ってる!このバカと同じ目に遭いたくなければ檻に戻れ」
震える子供たちと笑い続ける男たち。私の中でプツンと何かがキレた。
「ちょっと!バカみたいに笑って何がそんなにおかしいのよ!いい加減にしなさいよこのゲス野郎ども!」
「おいリディアっ!?」
「待ってくださいリディアっ!」
エルとアースの静止する声を背後に私の体は勝手に飛び出していた。さきほどのカイル君と同様に自分たちの元へ駆けだした私を見て男たちはさらに笑っている。またバカが一匹やってきたぞ、と。
フンッ。笑止である。笑っていられるのも今のうちだ。カイル君はただの男の子だが、私は「いつ君」の天才美少女ヒロイン、リディアちゃんだ。つまりヒロインチートならぬ、ヒロインラッキーを持ち合わせているのだ。
「そうやってでっかい口をあけて笑っていたらいいわ!そのほうがこっちとしては助かるから!」
私は煙玉と眠り薬を懐から取り出す。もちろん男たちに向かって投げつけるためにだ。
さきほどいちごジャムと共にこの子たちを懐に常備させていたことに気づけてよかった。
男たちは口を開けて今も笑い続けている。私の作る眠り薬は強力だ。少しでも口に含んだだけで速攻で効く。私が眠り薬を投げたら最後、やつらは気絶するように眠るだろう。
「いい夢みなさい…じゃなくて、あんたたちみたいなやつは悪夢を見れぇええええ!」
私は男たちに煙玉と眠り薬を投げつけようと手を振りあげた。が、結局のところ投げることはできなかった。
なぜって?いざ投げようとしたところで私の手は第三者の手によって捕まれ、止められてしまったのだ。
一瞬、敵かと警戒するが自身に触れるひんやりとした手の温度で悟った。この手は……
「時間稼ぎありがと、リディアの幻覚。あとは僕にまかせて」
「アルト!?」
耳元で声が聞こえた直後、真横を銀色が駆けた。
「なんだこのガキ、突然…ゴハァっ!?」
「グアッ」
アルトは流星のごとき速さでミーナちゃんを捕えている男2人を蹴散らし、ミーナちゃんとボロボロで倒れているカイル君を回収し男たちから距離をとる。ちょ、流れ星もびっくりな速さなんですけど!
「ここは僕がなんとかするから子供たちのところに戻って。そしてできるだけこの場から遠ざかって」
「ま、待てよ。お前どうして俺達のことを助けて…」
「一人でこんな大勢の相手、死んじゃいますよっ」
男たちから2人を守るように背に隠して立ちまわるアルトはめんどくさげにため息をつく。
「別に。春の国の民を守るのは僕の責務だから助けただけだし。あとそこの君、一人でこの人数相手じゃ死ぬって言ったけど死なないから。リディアに会うまで死ぬわけにはいかないし、ていうかあんなザコ相手に死ぬわけがない…じゃなくて。君たちを守りながらじゃ戦いづらいの。だからさっさと逃げてくれない?」
アルトの言葉にカイル君とミーナちゃんは、唖然として口をパクパクさせるのみ。ようするに動かない。そんな2人を見てアルトは「予定だともうすぐ3人が来るんだけど。あー最悪」と眉間にしわを寄せている。
そんなアルトの様子を見て、気が緩んでいると男たちは勘違いしたらしい。
「クソガキが!さっきやられたのはまぐれだ!」
「今がチャンスだ!お前らいっせいにかかれ!」
「囲んで逃げ道を作らせるなよ!」
男たちがいっせいにアルトたちを囲むようにして殴りかかってきた。が、それらは直後にアルトのそばにかけつけた3つの灰色によってはじきとばされた。
ほんと漫画のワンシーンのようにキレイに男たち全員が円状にとばされたのだ!
「殿下!」
「到着が早すぎる」
「ハッ。遅くなってしまい申し訳…早い?」
もちろんアルトのもとに駆け付けたのは、疫病からすっかり回復したらしい隊長さん率いる騎士3人。その様子を間近で見ていたカイル君とミーナちゃんはわなわなと震えだす。
「おまっ…殿下!?え、お前この国の王子だったのか!?」
驚愕するカイル君やミーナちゃんを横目にアルトは頭を抱える。
「……やっぱりこうなった。エミル、お前の声がでかいせいだ」
「すみません」
謝罪する隊長さんとは反対に、ポニーテールさんとパンダさんがにこにこ笑いながらアルトの肩に手を置く。
「殿下ぁ。隊長のこと許してやってくださいよ~。俺達3人とも殿下のことが心配だったんっすから」
「なかでも隊長が一番心配していましてね。隊長ってば殿下のご無事な姿を見て安心して声がでかくなっちゃったんですよ」
「お前たち。俺にその口をえぐり取られたいか」
そんないつもの3人にアルトは軽く蹴りを入れる。
「お前たちが回復したのはわかった。だが職務を忘れるな。和気あいあいと話している暇はない。逃げた奴隷商人どもを捕まえろ」
「ハッ!」
さすが春の国の騎士さんである。切り替えが早い。さきほどのなごやかな雰囲気は霧散し、奴隷商人たちを次々と捕えていく。
一方でカイル君率いる子供たちはアルトのことを困惑した様子で見ていた。
「お前…なんで。お前ら王族のことを悪く言った俺たちを助けたんだ」
カイル君の言葉に同感だと言わんばかりに子供たちはうなずく。アルトは心底めんどくさげにため息をついた。
「同じことを何度も言わせないでくれる?民を守るのは王族の責務だ。だから助けた。それだけのこと。だいいち、一人の人間として目の前で苦しんでいる人を見捨てるなんてできるわけがないって彼女なら言うだろうし……」
言いかけている途中で、カイル君がアルトの手をがっしりと取った。「え、なに」と困惑するアルトが見えていないのか、カイル君は力強くアルトの手を握り締める。
「っおれ、あんたのこと…王族のこと勘違いしてた」
「おれも!」
「私も!」
「おれ、あんたが王様になったらいや、王様にならなくても、おれが大人になったらあなたに仕えます。仕えさせてくださいっ」
お願いします!と子供たち全員がアルトに頭を下げる。真剣な子供たちの様子にアルトはたじろぐ。いつもの王子様演技中のアルトであればうまいことを言えるのだろうが、彼は素で子供たちと接してきたからこの状態でなんと言えばいいのか見当もつかないのだろう。
少しの間の後でアルトはようやく口を開いた。
「……成長して、そのときもまだ気持ちが変わらないなら……勝手にすれば」
「はいっ!」
//////☆
それから数分後、奴隷商人たちはアジトに隠れていたものも逃げかけていたものも含めて、もれなく全員が騎士さんたちの手によって捕らえられた。今は拘束されておとなしく地面に座っている。
そして……
「カイル!」
「父ちゃん!」
カイル君たち子供たちは無事、お父さんお母さんと再会することができた。騎士さんたちが村にいた親たちをここまでつれてきてくれたのだ。
そんな感動シーンを私とエルとアースは遠くで見ていた。
そう、遠くで見ていたのだ。
だって私はリディアの幻覚だ。ここにはいない存在。そんな私がアルトたちやカイル君たち子供たちのそばにいつまでもいれるわけがないではないか。かなり名残惜しいけれどことのなりゆきを森の茂みの中で見てから私たちはこの場を去ることにしたのだ。
そのときツンツンとエルが私の肩をつついた。
「リディア。拘束されてる奴隷商人どもの中に土下座野郎がいるぞ」
「あ!ほんとうだ!」
エルの言った通り、捕まっている奴隷商人たちの中にお兄さんがいた。仲間の人と同様に拘束されたお兄さんは虚ろな瞳でその場に座り込んでいる。檻の中で出会ったときのような怯えはないが、どこかあきらめたような脱力したお兄さんの様子が気になった。
お兄さんは――捕まった奴隷商人たちは、これからどうなるのだろうか。子供たちを攫い売ってきた罪は重い。攫われ売られてきた人たちやその家族は今も苦しんでいるに違いない。きちんと法によって裁かれ罪を償うべきだ。人によっては彼らを死刑にしろと言う人もいるだろう。
だけれども奴隷商人の中には、お兄さんのように自分の罪に苦しんでいる人もいるということを私は知ってしまった。償いたいと願っても自分の犯してきた罪に呑まれて身動きが取れない人もいるのだと知っている。
それと同時に、一緒に捕まったカイル君たち子供たちのような被害者にとって加害者は敵であり、恐怖であり、憎しみの対象でしかないことも理解できる。
お兄さんを助けるなんて口では簡単に言えるが、現実は厳しいのだ。
光魔法でお兄さんの中の闇を祓えばいいなんて単純な話ではないのだ。
だから私は祈る。私にできることをする。
お兄さんが闇に負けないように。お兄さんが罪を償いたいと思ったとき未来に絶望せず明日に希望をもてるように。何年、何十年とかかってもいい。お兄さんの贖罪を周囲の人が認めてくれるように。
そう願っていたら金色の光をまとった白い蝶が私の心から飛び出した。
「これは…光の蝶か?」
「きれいですね」
光の蝶はヒラヒラと舞いながらお兄さんの元へ飛んでいき、スゥと体の中に入った。
すると光の蝶がお兄さんの体に入った影響なのか、代わりに黒い蝶が1匹お兄さんの体から出て行った。
「エ、エル!?これって!」
「リディアやれ!」
エルと顔を見合わせお互いにうなずく。
お兄さんだけじゃない。闇に負けたくないって思っている人の力に慣れるように願いを込めて、
『光の蝶』
言葉にすれば捕まっている人の分だけ光の蝶が出現した。ヒラヒラと光蝶たちは舞いながら奴隷商人たちの体の中へと入って行く。
お兄さんのように体から黒い蝶が出て行く人もいれば、出てこない人もいる。なかには体の中に入ろうとしたけれど見えない壁のようなものにはじきとばされて私の元へ帰ってきた蝶もいた。帰ってきた蝶はしょんぼりとした様子で私の手にとまりスゥと溶けるように消えた。
「これっていったい……」
少し不安になってきた私の頭をエルが乱暴になでる。
「この光の蝶がなんなのかはわからない。でもこれだけは言える。お前はちゃんとあいつらのために自分にできることをした。土下座野郎を見てみろ」
エルにうながされるままお兄さんを見れば、彼は拘束されながらもなにかを決心したような力強い顔をしていた。虚ろだった瞳には光が宿っていた。ぐっと胸が熱くなる。なにが起こったのかはわからない。でもお兄さんの中で変化が起きたことはわかった。
「ありがとうエル。もぅなんでいっつもムカツク兄弟子なのにこういうときだけかっこいいこと言うのよ、バカぁ」
「お・ま・え・は、一言余計なんだよっ!おら、帰るぞ!」
「いだだだ。頭ぐりぐりしないでよ!?帰るから!頭ぐりぐりやめて!」
エルが私への攻撃を止めたところで、私たちは師匠の元へ帰ろうと回れ右をした。
そこでアースの存在を思い出した。振り返ればアースは一人ポツンとその場に立っていた。彼の視線の先にあるのは親と再会を果たした子供たちや捕まった奴隷商人の人たち。
無気力そうなその表情からはアースが今何を考えているのかわからない。けれども、なんとなくアースが不安そうにしているのは伝わった。
「ねぇ。アースは迎えの人来ないの?」
声をかければアースはハッとした様子で私の存在に気づく。少しの間のあとで彼は口を開いた。
「来ません。俺は物心ついたときから一人で生きてきていて。奴隷商人に捕まる以前も以後も、俺を探す人に出会ったことはありません」
「じゃあこれからどうするの?」
「俺を攫おうとしていた人たちは今、目の前でちょうど捕まったので……そうですね。どうしましょう。今までなにも考えずに生きてきました。俺はこれからどうしたらいいのでしょう」
顔は相変わらず無気力そうなままだが、やはり私の直観は間違っていなかった。今のアースから感じるのは不安な感情。そりゃそうだ。もし私がアースと同じ立場だったら、これからどうすればいいのか見当もつかない、不安でしかない。
そうと決まればやることは一つだ。
「さっさとそれを言いなさいよね。アース、あんた私たちと一緒に来なさい!」
「え」
「はあ!?お前正気か!?」
「もちろん。アースは魔法の才能があるのよ。師匠も弟子がもう一人増えるくらいどうってことないでしょ!うん、決定!アース、私たちの家に帰ろう」
「こんな気はしていた」とぼやくエルと、困った顔をするアースの手を取り私は歩き始めた。
//////☆
ドアノブを回せばなつかしい我が家と師匠がいた。
「おかえりなさい。あんたたちよく頑張ったわね、おつかれさま」
数日しか会っていなかっただけだというのに、師匠の顔を見るだけで胸がいっぱいになる。やはりただいまが言える場所はいい!
「ただいまっ!」
「…帰ってきたぞ」
「……あの、こんにちは」
アースは見知らぬ場所に来て緊張しているのかソワソワしている。
「もー、アース落ち着きなって。今日からここがあんたの家なんだから」
「いやその前にクラウスに許可をとれよ。お前その顔…なんにも考えてなかっただろ」
「うぐっ」
その通りだ。エルの言葉通りである。私はなにも考えていなかった。たしかにアースがこの家で一緒に暮らすには当然ながら家主である師匠の許可が必要だ。
私はひきつっていた顔をどうにか美少女ウルウルフェイスへと変化させる。
「し、師匠~。あのですねぇ、かわいい弟子からお願いがありまして…」
「その前にアースのこと紹介しろよ」
「ああ!えっと、この子はアースって言って…」
「知ってるわよ」
しどろもどろな私の言葉をさえぎったのは師匠だった。私もエルもキョトンとする。
「へ?」
「ぜーんぶ見てたからね」
師匠は言いながらどこからともなくメロンサイズの水晶玉を出現させた。見るからに占いとか千里眼系のやつで使われそうな水晶である。私たち3人が水晶にくぎ付けになっている中、師匠がにやりと笑った。
「いいわよ。アースもうちに置いてあげる。でもおあたし弟子は2人までしかとらないって決めてるの。だからあんたは雑用係として家に置いてあげるからね」
「え!ほんと!師匠大好き!」
「あたしもリディアのこと大好きよ」
とんとん拍子でアースも一緒に暮らすことが決まった。ジャンプで抱き付く私を師匠は余裕でキャッチしてその勢いのままくるくるとその場で回る。一方でエルは怪訝に師匠をにらんでいた。
「……まさかお前、いつもおれたちのことその水晶で監視してるわけじゃないだろうな」
「おバカ。千里眼はかなり魔力を消費するのよ。毎度毎度監視できるわけないでしょ。今回は特別よ。ていうかぁ、エル。あんたほんっとに情けないわねぇ。救護室をつくったり捕まったときの魔法は及第点だけど、今回の攻撃魔法はなんなの?詠唱長すぎるし、あっけなく気絶させられて魔法は不発に終わるし。あんた日々あたしからいったいなにを学んでるのよ」
その言葉にエルはカチンときたらしい。顔が痙攣している。
「ほーお。いいぜ、今日こそそのオカマ口調をしゃべれないほどにギッタギタにしてやる!」
「返り討ちにしてあげるわ。かかってきなさい」
いつものことだ。どうせバトルが終わるころには家が半壊しているだろう。
「アース。うるさい我が家だけどようこそ!これからよろしくね!じゃなくて、おかえり!」
「った、ただいまです」
リディア9歳3か月。家族が1人増えて、4人の生活がはじまりました。




