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19.いちごジャムは最強

最初のほう3人称です。

 


 男は物心ついたときから奴隷商人として生きていた。子供を攫い売ることに罪悪感はない。彼と同時期に組織に入った男は毎日のように目の下に隈をつくっていた。だが男にはそんな彼の気持ちはわからなかったし理解したいとも思わなかった。

 

 男は幼いころから劣悪な環境で育ってきた。毎日誰かが死ぬ。生まれる命よりも消える命の方が断然多い。そんな世界だ。

 生きるか、死ぬか。殺すか、殺されるか。

 

 当然男は前者を選ぶ。男は死を恐れた。幼いころから死というものに恐怖を抱いていた。生への執着が男を奴隷商人の組織と引き合わせた。


 奴隷商人には大体2パターンある。

 1つはフリーランス。もう1つは組織に従属するもの。

 フリーランスの奴隷商人にはコネが必要となる。人を攫ったとしてもそれを買い取ってくれる人物や場所がなければ意味がない。買い取ってくれる場所があったとしても利用前歴のある人物からの紹介がなければ話を取り合ってさえもらえない。

 一方で組織に従属するものはコネがなくても問題ない。組織に属していれば依頼が入る。その依頼通りに人を攫い依頼主に渡せば報酬を貰える。男の所属する奴隷商は後者のものであった。


 今回の依頼はめずらしいことに、普段はめったに顔を出さない上司である鳥が直接持ってきたものであった。

 

 3年前から蛇に代わり自分たちの上司となった鳥は、いつも紅蓮の鳥の仮面で素顔を隠し(幹部3人はいつも仮面で素顔を隠している)黒いローブに身を包んだ小さな生き物であった。

 

 だがしかしその小さな身体から溢れるのは闇を纏った冷たい威圧感と殺気。絶対に敵わない。逆らってはいけない。本能が悟った。

 そんな彼が人づてではなく自ら依頼を持ってきた。さらに、計画を実行したときも魔法使いのガキに手こずっていたところを助けられた。


 めずらしい。鳥が助けてくれるなんてこんなこともあるのだな。仲間は口々に言うが、そのようなのんきで平和な感想を男は持ち合わせていなかった。

 

 嫌な予感がした。空気が震える。今日はいつもとは違う。なにかが違う。変わらないはずの日常が変貌する。生へ執着する男の本能が、逃げろと囁いた。お前の平穏は今日ここで終わる、と。


 そのため男は組織から逃げ出そうとしていた。逃げれば殺される。それはわかっている。だがここにいても死ぬ、そんな気がしたのだ。

 

 ところが男は逃げることができなかった。見張り役であった同僚が職務を放棄したのだ。怠けたのであれば許されない。だがしかし同僚はひどく青い顔をして今にも倒れそうであった。

 訊く話によると彼は潜入していた村で疫病にかかり回復したばかりなのだと言う。そんな彼に同情した周囲の人間のせいで、男は同僚に代わり見張り役の任につくことになってしまった。


 「くそっ。どうして俺が…」


 近くにあった椅子を蹴り飛ばす。

 

 ガキどもはどうせ逃げない。逃げるすべがない。それがわかっているというのにはたして見張りは必要なのか。さきほどから騒がしい甲高い子供の声がいっそう男の心を苛立たせた。


 男が現在いる見張り部屋は子供たちを閉じ込めている檻と薄い壁が一枚隔てられているだけであった。子供がよほど大きな声を出さない限りは会話の内容等は聞こえないが、音は聞こえる。煩わしいことこのうえない。


 「ああうるさい。痛い目に遭えばあのガキどもも黙るだろ…」


 男は頭をかきむしる。組織から逃げ出したバカなガキ――アースを殴ろう。いや、アースが珍しく懐いていた金髪のガキを殴るか?そうすればもう逃げようなどとは考えないだろう。そんなことを思いながら男は見張り部屋を出て檻の方へと向かっていた。そのときだった。



 「リディア!みんなしっかりしてください!」

 「そんなっ。なんでこんなことに。誰か医者をっ!みんなを助けて!」

 「疫病は完治したんじゃなかったのかよ!」



 明瞭な子供の声だった。

 足を速め到着した男が目にしたのは、檻の中で力なく横たわる数名の子供の姿。


 「リディア!リディア、目を開けてくださいっ!」


 いつも無気力そうなアースが、真っ青になって金髪のガキを揺さぶっている。たったそれだけのことだが、男は子供たちが疫病に感染したという現状が自分を騙すための演技ではなく真実であることを理解した。


 倒れている子供たちは皆真っ赤な顔をして球のような汗をかいていた。この場は子供たちの発する熱のせいか、じめじめとして気持ちが悪い。男の心は不安に駆られる。


 依頼のガキどもが疫病に感染した。もしこのガキどもが死んだら、どうなる?依頼を達成できなくなる。今まで依頼を失敗してきたことは一度もなかった。失敗したらどうなるのだろうか。……死ぬのか?

 死。その単語が頭をよぎるだけで、血の気が引く。


 そんな男に追い打ちをかけるように子供たちは泣き叫ぶ。


 「どうしよう。このままじゃリディアが死んでしまうっ」

 「ミーナ!みんなっ。しっかりしろ!」


 死ぬ。

 

 その単語が男の中でぐるぐると回る。頭が真っ白になる。

 そのときだった。檻の中で黒髪の子供が叫んだ。

 

 「くそっ。あの薬さえあればみんなを救えるっていうのにっ!」

 「薬だと!?それはほんとうか!?」


 男にとってその言葉は自分を死の恐怖から救う唯一の希望となった。黒髪の元へと駆け寄れば、檻を隔てて少年は力強くうなずく。


 「ああ。お前らがおれたちから奪ったリュックの中に薬がある。それを飲ませれば治る」

 「じゃあいますぐ取りに行…」

 「待て!薬の量は限られてる。今倒れている人数分の薬はあるだろうが、他のやつらが感染したら薬が足りなくなる。薬をとってくるよりも先に今倒れてるやつらを隔離しないといけない。檻を開けろ」

 「待て。しかし……」

 「急げ!死ぬぞ!」

 「っわ、わかった!」


 男はもはや正常な判断を下すことができなくなっていた。黒髪に命じられるままに檻の鍵を開ける。


 その瞬間、


 首筋に冷気と痛みを感じ、男の意識はプツリと消えた。まばたきをする間もない、一瞬の出来事であった。意識を失った男は当然その場に崩れ落ちる。


 倒れた男のすぐそばに立っていたのは黒いローブを羽織った銀の髪の少年。

 音はなかった。気配もなかった。少年の羽織る黒いローブが彼の存在を檻の中の闇と同化させたにしても、相手に自身の存在を気づかせずに接近するのは容易なことではない。だがしかしそんなことを気にかける人間はこの場にはいなかった。皆、全員でここから脱出することしか考えていない。


 「今よ!みんな檻から出て!」

 

 疫病に感染し倒れていたはずの金髪の少女が立ち上がり檻の外から出た。檻の外に危険がないことを確認したあとで、少女は檻の中にいる子供たちに外へ出るように指示をする。すると少女と同じように疫病に感染していた子供たちも起き上り、全員が脱出に向けて動き出した。







 数分後、男が目覚めると檻の中には誰もいなかった。否、自分を除いては他に誰もいなかった。男はもぬけの殻となった檻の中に一人倒れていたのだ。混乱する男。そんな彼の鼻をつつくのは甘酸っぱい香り。その匂いは床に付着した赤い液体から香っていた。


 「これは…いちごジャムか!?」


 真っ赤になって倒れていたガキども。床に付着したいちごジャム。ご丁寧に外から鍵までされた、自分一人しかいない檻。すべてがパズルのように繋がり、そうして男はようやく自分がしてやられたことに気づくのだ。


 「あんのぉ、ガキどもォォォオオオオオ!」


 男の叫びだけがむなしく檻の中に響いた。




///////☆



 後方から叫び声のようなものが聞こえた。距離があるせいかその叫び小さな音であった。だがその音に恨みや呪いのような暗い感情が含まれているのはすぐにわかった。


 「見張りの人、目を覚ましたみたいだね」

 「上出来だ。今頃目を覚ましたところでもう遅い。追いつくころにはもうおれたちは外に出ている」


 隣を並走するエルがハンと鼻で笑った。

 現在の私たちは先頭をアースとアルト。真ん中を子供たち。しんがりを私とエルが務めて出口に向かって走っていた。アルトとエルでどちらがしんがりを務めるかでだいぶもめたのは、まあ言わずともわかるでしょう。


 「まさかあそこまで作戦がうまくいくとは思ってもみなかったな」

 「いちごジャムさまさまね」

 

 今回の私の立てた作戦は「売る予定の子供たちが疫病に感染しちゃった!治療しなくちゃいけないから檻の外に出して!」作戦である。

 

 カイル君とつかみあいの喧嘩をしたとき、腕を振り回す中で私は自身の平らな胸にゴツリと固い何かがあることに気づいたのだ。見てみればそれは私が懐に潜ませておいたいちごジャムの瓶やら薬やら。

 真っ赤ないちごジャムが、疫病で頬を赤らめていた村の人たちの顔を彷彿とさせこの作戦を思いついたのだ!

 さすが私。天才美少女ヒロインのチートをなめるなよ。


 「それにしてもアースの迫真の演技すごかったなぁ」

 「あいつ演技うまいよな。普段のあいつを知っていたからこそ、敵は騙されたんだろう」

 

 アースが自ら演技をする役に立候補したときにはどうなることかと思ったが、「俺はこの組織にいるときいつも能面のような顔をしていると言われていました。そんな俺が焦り表情を崩せば、それだけで彼らは動揺します。演技ではなく真実であると思うことでしょう。俺にやらせてください」そう言い切ったアースを信じてよかった。


 「私はねエルの魔法のサポートもこの作戦を成功に導いた要員の一つだと思ってるよ」

 「…ほめたってなんもでねーぞ」


 ほめてなんかない。真実を言ったまでだ。エルの魔法は地味に役立った。本物の病気感を出すために病気役の子供たちのために球のような汗風の水滴をつくったり、檻の中の気温を上昇させたり、とそこでふと私は思う。


 「思ったんだけどあんな芝居をしなくてもエルが魔法で檻を壊せばよかったんじゃない?」


 檻をどかんを爆発させるとか。そのほうが早かった気がする。

 責めるようにエルを見れば彼は眉間にしわを寄せた。


 「バカを言うな死にたいのか。いつも見てるからわかると思うけど、おれは攻撃魔法の制御が苦手なんだ。檻を壊すために魔法を使ってたらお前ら反動で死んでたぞ」

 「え。マジで」


 ……そういえばエルが師匠に向かって放つ魔法はいつも威力が規格外だった。それで師匠にコントロールが足りないと叱責を受けていた。あれって魔法を制御できていないってことだったのかよ。


 「うわー。エルの魔法に頼らなくてよかった」

 「おい。なんかその言い方腹立つ」

 「まあ一番の功績は見張りの人を気絶させたアルトかぁ」

 「ちょっと待て。見張りを倒すくらいおれにもできる!」


 そんなことを話していたら前方に明るい光が見えた。外の光である。私たちの前を走る子供たちの姿が一人、また一人と光の中に消えていき、とうとう私たちも光の中へと出た。


 「まぶしいっ」


 外に出た私たちを待ち構えていたのはまぶしい太陽の光だった。檻の中の闇になれていたせいか、チカチカと目が痛む。目が慣れたところで辺りを見回せば、子供たちが泣きながらお互いに抱きしめ合っていた。

 そこでようやく私たちは無事脱出することができたということを自覚する。


 思いのほか簡単に脱出することができた。拍子抜けすると同時に言われようのない不安にも駆られる。順調すぎる。なにか見落としていることがあるのではないか。そんな気がしてならないのだ。そう思っているのは私だけではないようで、エルもアルトもアースもどこか府に落ちない顔をしていた。そのときであった。


 「ガキどもが!外に出たところでなんだ!また捕まえればいい話だ!今度は逃がさねーぞ」

 「逃げれたと思って気を抜いたのが間違いだったな。大人を甘く見るなよガキども」

 

 後方から聞こえた声に振り向けば、出口付近に奴隷商人の男たち十数名が立っていた。そしてその男たちのうちの一人がミーナちゃんの腕をひねりあげていた。おそらく脱出したあと、ミーナちゃんが一番出口のそばにいたために捕まってしまったのだろう。


 奴隷商人から逃れることができた、家に帰れる、そう安心し気を抜いたところで捕まえる。筋肉バカな見た目とは裏腹に理知的で悪質な作戦だ。私たちは奴隷商人たちの手の上で踊らされていたのだ。


 「この小娘は人質だ。こいつを殺されたくなければ全員檻の中に戻ってもらおうか」

 



後々で内容を編集するかもしれませんが話の流れ的には変わりません!

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