18.擦り傷の行方
さてこの檻から出る作戦を思いつき、なおかつ一緒に脱出する子供たちの心を掌握…ごほん、信頼を勝ち取ったらあとは簡単だ。するべきことは一つ。みんなに作戦を伝えて檻から出る!そしてここから脱出する!
そのためにはまず、いまだに火花を散らし合うバカ2人を現実に引き戻す必要があるわけで。
「アルト!エル!いいかげんにしなさい!」
「ちょっと黙っててくれる、リディアの幻覚」
「男の喧嘩に口出すんじゃねー」
仲裁にはいるが案の定聞く耳持たずだ。そっちがその気ならこちらにだって考えがある。私は「あっそー」と腕を組んだ。
「喧嘩するほど仲がいいっていうもんね。仲良し2人でずーとにらみあっていればいいわ。私はアースたちといっしょに楽しく作戦会議しますからぁー」
するとどうだろう。自分達だけのけものにされると2人は慌てだ…す予定だったのだが、なぜか照れ始めた。アルトは口を尖らせながら、エルは口をぷるぷると震えさせて。おい。なんだその反応は。
「ふ、ふーん。僕がかまってあげないから嫉妬してるんだぁ。本物のリディアもこのくらい素直だったらいいのに」
「はい?」
「仕方がないからおれたちも作戦会議に加わってやる。だからむくれるな」
「いや、むくれてなんかないけど」
アルトもエルも勘違いをしているが、まあいいだろう。喧嘩が止まればよしとする。なぜか上機嫌な2人をつれてみんなの元へと向かう。
「それじゃあ作戦を説明するわ!」
こうして説明をしながら今回の作戦に欠かせないなものを私が懐をから出したのを見て、全員の目が見開かれた。
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一通りの説明を終え、全員がこの作戦に納得したところで私たちは作戦実行を成功させるための準備をしていた。大がかりなものではないが、作戦を実行するには当然準備が必要だ。各々が自身に割り振られた役目を全うするべく動く中、アースが私の肩をつつく。
「リディア、今いいですか?」
「ん?なに?アースはこの作戦の成功を握る役だからね、質問なら今のうちにお願いするよ」
「いえ作戦についての質問ではなくて。それ……」
アースが「それ…」と指さすのは私の腕だ。私の腕がどうかした?
「リディア。擦り傷ができています」
「え。ほんと?」
言われて見れば確かに擦り傷ができていた。天才美少女ヒロインの純白の肌に赤い傷は目立つ。アルトやエルではなくアースが気づいてくれてよかった。彼らは私に危害を加えるくせに、私が自分以外の誰かから傷もしくは怪我を負わされたときは鬼のように怒るのだ。めんどくさい。ちなみに私が自分でバカやって怪我したときも怒ってくる。
「ていうかいつのまにできたんだろ」
「たぶん彼ににつかみかかられたときにできたのだと思います」
「彼?つかみかかる?あー、あのときだ。カイル君だね。たしかにちょっとピリッとした痛みは感じ…」
言いかけた言葉は途中で止まる。なぜって?そんなの周囲の気温が一気に下がったからだ。どういうことかわかるでしょ?
冷気は背後から感じる。後ろを振り返れば、笑っていない笑顔のアルトとガチギレのエルが立っていた。
「わかった。やられた分は倍にして返してくるから。殺そ」
「こいつに怪我させていいのはおれだけなんだよ。我、火をつかさどり……」
「待って、待て待て待ってぇえええ!そこ、懐から短剣を出すな!そこ、呪文を唱え始めるなァ!」
私は捕えられた子供たち全員を外に出すと約束したのだ。子供たちのうち1名が、刺殺もしくは焼死体など冗談ではない。カイル君を見てみなよ。アルトとエルが向ける殺気に気づいたらしく震えているではないか!
「だめだよ。止めないでリディアの幻覚。あいつらは君の肌に傷をつけたんだよ。幻覚だとしてもダメ。許さない。殺す」
「大丈夫。私の方が正論っていう刃で子供たちを傷つけたから」
「だけどお前がやれらたことには変わらないだろ。行くぞ、銀髪」
「行こうか。薬屋の君」
「待ちなさいぃ!このバカども!」
2人の腕をつかみ必死で止めるが、なにぶん私はか弱い庇護欲を掻き立てられるようなヒロインだ。止めようと引っ張っても、カイル君に危害を加えようと前進するバカ2人に逆に引きずられてしまう。
「なんでこういうときだけ結託するの!?こんっの擦り傷さえなければぁああ!って、アースなにしてんの?」
「リディア。静かにしてください」
気づけばアースが私の擦り傷の上に自身の手をのせていた。腕なんか触っている暇があるのなら一緒に2人を止めるのを手伝ってもらいたい。そんな苛立ちを覚えた直後のことだ。私に触れるアースの手が薄黄色に光った。私は当然のことながら、アルトもエルも歩くのを止め瞠目する。
少しの間のあとでアースが私の腕から手を離せば、そこにあるのは私の真っ白な肌。擦り傷はなくなっていた。
「傷は消えました。これでリディアの敵を取りに行く必要はありません」
「たしかに…傷が無くなったら彼を殺す必要なないけど……」
「つーかお前、魔法使いだったのか?」
「わーお。ありがとうアース。……ちょ、待って!どうしてアースの腕に擦り傷が?」
お礼を言おうと口を開いたところで私は気づく。アースの腕には擦り傷ができていたのだ。しかも先ほど私の腕にあった擦り傷と同じ位置に。アースの腕には傷一つなかったはずなのに。
アースは私が困惑している意味が分からないのか、パチパチと目を瞬かせる。
「どうしてもなにも……ああ。そういえば言っていませんでしたね。これが俺の力です。俺は相手のなにかと自分のなにかを入れ替えることができます。なるほど。これを魔法と言うのですね」
エルの推察によればアースの第一魔法はチェンジという魔法なのだそうだ。相手の身につけているものから傷のような外傷、内部に至るまで、自分のものと交換することができる。
「つまりアースは私の傷と自分の健康な皮膚を交換して、自分が傷を負ったってことなの!?なんでそんなことしたの!?」
「正確に言えば、リディアの傷を負った皮膚の細胞と俺の正常な細胞を入れ替えたということになるのですが、はい。リディアが困っていましたし傷も痛々しかったので力を使いました」
その淡々とした言葉に苛立ちを覚える。私が言っているのはそういうことじゃない。
「バカ!私の傷を治したらあんたが代わりに痛い思いをするじゃない!」
「でもそしたらリディアは痛いままですよ?」
「別に痛いままでもいいわよ」
するとアースは困惑したように眉をひそめた。
「…理解できません。俺は今までずっとこのようにしてきました。どうして怒られるのか。魔法もちゃんと成功したのに」
「あんたなに言って……」
そこで思い出した。アースはここから逃げてきたのだ。つまり彼は今までこの奴隷商人たちの組織に属していた。もしかしてアースは誰かが怪我を負うたびに今みたく身代わりになってきたの!?なによ、それ…。
「アース。自分が痛い思いをするのに、相手のケガを直さなくてもいいんだよ」
アースの手を握り彼の目を見て話す。彼の瞳は困ったように揺れた。
「リディアは…俺に痛い思いをしてほしくないのですか?」
「うん。やだ。だってアースは痛いのが好きってわけじゃないでしょ」
「……痛みは、好きでも嫌いでもないです。俺はそういう感覚に疎いです。でもリディアが、望むのであればもう自分の体を犠牲にはしません」
その言葉にほっと胸をなで下ろす。アースは私の伝えたい想いを完全に理解してくれたわけではないだろう。だが今はそれでいい。きっとアースならいつか私の伝えたかったことを理解してくれる、そんな気がするから。「いつまで手を握ってるの?」「いいかげん離せよ」などとうるさい2人は無視し、アースの手をぎゅっと握りしめた。
「あ、そうそう。アース、さっきのもやめてね」
「さっきの?」
「ミーナちゃんが泣いたとき、アース自分のせいで捕まったってカイル君たちに言ったでしょ。ミーナちゃんが責められないようにって庇ったのかもしれないけど、それはダメだよ」
私の言葉に驚いたのかアースは瞠目し、困ったように笑った。
「……リディアは、気づいていたんですね。でもなぜダメなのですか?彼らは憤りをぶつける相手を探していた。俺のせいで彼らは捕まったのは真実です。なら俺が彼らの怒りを受け止める人物にふさわし…」
「ちょ、ストップ!何度も言うけど、私たちが捕まったのはアースのせいじゃないんだからね!?悪いのは奴隷商人なの。アースも被害者なんだよ?」
「理解できません」
きっぱりと言われてしまうと困る。頭を悩ませる私に助け船を出したのはアルトだった。
「ならこう考えなよ。僕たちはこれから逃げるよね。でも、奴隷商人から逃げきったはいいけど、リディアがまた奴隷商人に捕まったとする。そのときリディアのそばにいた子供たちも一緒に捕まってしまった。これってリディアのせい?」
「ちがいます。そもそもがリディアや子供たちを捕まえる奴隷商人のせいです」
食い気味にアルトに言葉を返したアースを顎でしゃくり、アルトは私の肩をぽんと叩いた。バトンタッチということなのだろう。さすがアルトである。私は再びアースに向かい合った。
「アースそういうことだよ。わかったでしょ?アースは悪くないの。だからこれからは謝らないで」
それを聞いてアースはようやく理解できたようだ。だけれども認めたくないのか、しぶしぶといった様子でうなずく。
「……わかりました。それがリディアの望みなら」
「いや望みってわけじゃないけど…うん。これが私の望み。アースに傷ついてほしくないの。だから謝らないでね?」
「はい」
「てなわけで、アース。擦り傷を私に戻して?」
話もひと段落したところでアースにお願いをする。
相手の何かと自分の何かを入れ替えることができるというのであれば、逆に私に擦り傷を戻すことも可能であるはずだ。私は「はい、戻して」とアースに向けて腕を伸ばす。が、彼は眉を下げ首をふる。なぜ?
「ダメです。もどせません」
「どうして?」
「どうして…リディアに痛い思いはしてほしくないからです。それに…」
それにと言い淀むアースの視線の先にいるのは笑っていない笑顔のアルトと仏頂面のエルである。2人がどうかしたのか?
「怪我を戻せば、2人が人殺しになりますよ」
「……。」
脳裏に浮かぶは、私の腕に擦り傷が再びできたのを発見し、嬉々としてカイル君に攻撃を加えるアルトとエルの姿。私は静かにうなずいた。
「わかった。アース、ここから脱出したらおいしいものおごるから、私に擦り傷返さないで」
「はい」




