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17.ヒロインは人助けなんぞ朝飯前



 「あ?うるさいだと?」


 やばいと思ったときには既に時遅し。

 エルが頬に青筋を立てて悪態をついた子供たちをにらみつけていた。タレ目だがエルは目付きが悪い。恐怖絶大である。


 「ちょっとエル。やめなよ。子供たち怯えてんじゃん」

 「そうだよ。君がうるさいのは真実なんだから認めなよ」


 アルトはエルを見てバカにしたように笑うが、


 「いやアルト。あの子たち、お前たちうるさいって言ったんだよ。てことは、アルトもうるさいって言われたんだよ」


 指摘すれば途端に気温が下がる。


 「はあ?なに君たち。僕もうるさいの?この黒髪と同類だって言うの?やめてよ」

 「あ?おれのほうこそお前と同類だなんて願い下げだ」

 「は?調子にのらないでくれる?」

 「あ~もう2人とも、頭撫でて上げるから落ち着いて。ほら、よしよし」

 「おい、なんでこいつも撫でるんだよ」

 「たとえ幻覚でも、僕以外の男の頭を撫でるとか認めないんだけど」

 「リディア。それはダメです。火に油を注ぐ感じです。まあもう言っても遅いんですけど」

 「アースそれ先に言って!?」


 アルトとエルはバチバチと火花を散らしながらお互いが戦闘態勢に入っていた。今までギリギリで喧嘩にならなかったのに、なぜここでバトルが始まろうとしているんだ!?怒りの沸点がわからない。同類って言われた(子供たちは同類だなんて一言も言っていないが)のがそんなに嫌だったのか!?


 「2人とも落ち着いて!アースも止めて!」

 「はい。了解しました」


 そうしてアースと一緒に2人の間に割り込もうとしたときだ。


 「お、お前ら!おれたちのこと忘れるな!」


 後方から聞こえた声。振り返れば、さきほど悪態をついていた男の子1が真っ赤な顔で叫んでいた。非常に申し訳ないが身内の喧嘩を止めるのに必死で彼らの存在を忘れていた。それが顔に出ていたらしい。男の子の顔はいっそう険しくなる。そんな彼の横で不安そうに瞳をうるませていた女の子が慌てたように口を開いた。


 「カ、カイル君落ち着いて。おとなしくここで助けを待ってようよ。きっと王国の騎士様たちが助けに来て…」

 「あいつらが来るわけないだろ」


 自身を止めようと手を伸ばした女の子をぴしゃりと男の子――カイル君がはねのけた。かわいそうに女の子は泣きそうである。だが私にはわかる。おそらくカイル君は、あの女の子が好きなのだろう。その子が騎士様たちが助けに来てくれると言ったから嫉妬した。だから言い方がきつくなったのだ。


 「どうして君は騎士が助けに来ないと思うの?」


 真相を探るべくカイル君に問えば、彼は不機嫌そうに語り始めた。


 「親父が言ってた。春の国の王家は腐っているって。王も、王子も、大臣も騎士も使用人も、王都に住むやつらはみんな腐っている!腐敗した国だって!助けを求めてもあいつらは自分たちに実害が出なければなにもしないって親父が言っていた!そんなやつらが俺たちを助けに来るわけがない!」

 「え。それが理由なの?」

 「ああ!」

 

 ……私の予想は大きく外れた。カイル君の中では騎士が助けに来ないと断言できる理由がきちんとあったようだ。ちなみにこの場には腐っていると言われた春の国の王子がいる。当の本人はエルとにらみあっているので彼の発言には気づいてないようだが、この発言がばれた場合カイル君たちは不敬罪で罰せられないだろうか。おねえさん心配です。

 まあそれはともかくとして、私はカイル君に間接的に友達の悪口を言われたのだ。ちょっとムッとしちゃうよね。アルトもソラも腐ってなどいない。アルトは出会った当初悪役真っ盛りな性格であったが今は多少まともになったのだ。ここはきちんと訂正しなければならない。

 

 「カイル君。この国の王様とか王都の人たちはともかくとして、少なくとも王子様はいい子たちだと思うよ。お父さんが言ってたっていうけど、実際に自分たちが見て感じてそう思ったってわけじゃないんでしょ?知りもしない人たちを悪く言うのはどうかと思うよ」


 まさか反論されるとは思っても見なかったようだ。カイル君の顔がカッと赤く染まる。彼の後ろにいる子供たちを見れば他の子たちも数名怒気を含んだ顔をしていた。


 「ならお前はこの国の王子と知り合いなのかよ!なんで王子はいいやつだってわかるんだよ!」

 「そりゃあもちろん、王子様とは友だ…ちになった夢をこの前見てぇ……」

 「お前も知らないじゃねーかよ!」


 正論に対してなにも言えない。すぐそばに本物の王子(当の本人は兄弟子と未だに火花を散らしていてこちらの様子に気づいていなさそうだが)がいなければ、私の友達を悪く言うなと胸を張って言えるというのに。

 お忘れかもしれないが、現在のアルトの中で私はリディアの幻覚という立ち位置にいるのだ。さすがに幻覚が、アルトとソラは友達だ!とか言い始めたら本当に幻覚なのかと怪しまれる気がする。抱き付かれても幻覚だと思い続けている辺り大丈夫なような気もするが、自滅しかねない冒険はできる限りしたくない。


 「と、とにかく!実物も見ないで勝手に判断するなぁ!」

 「なんだと女っ!」


 カイル君がつかみかかってきたので受けて立つ。過去にアルトと頬をつねり合う日々を過ごし、現在はエルと毎日のように取っ組み合いの喧嘩をしているリディアちゃんは強い。負けじとつかみかかってきた私を見てカイル君は一瞬たじろぐが、男がここでひくわけにはいかない。そのまま喧嘩が始まろうとしたときだ。


 「ケンカはやめてぇえええ!」

 「ミ、ミーナ!?おい。泣くな!」


 さきほどカイル君に騎士が助けに来るわけないと言われた女の子――ミーナちゃんがわんわん泣き出した。

 カイル君は私をつかんでいた手を離し急いでミーナちゃんのもとに駆け寄るとおろおろと焦りだす。そんな彼を見て脳裏に浮かぶのは、赤髪の元俺様少年。

 ジークと同じ匂いがするぞ、カイル君!そして女の子からは初期のエミリアと似た雰囲気を感じる。

 

 「お、おい!泣くな!ミーナうるさいぞ。さっきの見張りよりも怖いやつがきたらどうするんだよ!」

 「だって。だってぇ」

 「そうだぞ!お前のせいで…」

 「待て!なんでお前がミーナに文句を言うんだよ。こいつに文句を言っていいのは俺だけだ!」


 カイル君は自分と同じようにミーナちゃんに文句を言おうとした男の子をにらみつける。変な独占欲を振りかざすあたりもジークにそっくりだ。こんなときだがジークとエミリアを思い出してほっこりしていた。だから私は気づかなかった。アースの瞳が暗く沈んだことを。


 「…すみません。彼女を責めないでください。俺がすべての元凶です。俺がここから逃げたからあなたがたは捕まりました。責めるなら俺を責めてください」

 「ちょ、アース!?」


 その言葉に周囲がざわつく。


 「お前のせいで俺たちは捕まっただと!?」

 「はい。そうです」


 カイル君の発言を皮切りに一気にアースが悪いという雰囲気に変わる。アースが自分のせいだと言ってしまったこともこんな雰囲気になってしまった原因でもあるのだが、そんなの後の祭りだ。子供たちが各々の抱える不満や不安をアースにぶつける。


 「お前さえ逃げなければ俺たちは捕まらなかったんだぞ!」

 「お家に返してよ!」

 「ひどいよ。私たちを巻き込まないでよっ」


 アースはその言葉は淡々と受け入れている……ように見えた。無気力そうな顔で淡々と謝罪の言葉を紡ぎ悪びれた様子もない。だからこそ子供たちは余計に不満をぶつける。もっと自分の行動を反省しろ、罪悪感を感じろ、と。

 だがしかし、私には無気力そうな表情の仮面の下でアースがとても悲しんでいるように見えたのだ。

 ……じゃなくて、モノローグはどうでもいいからこの状況を止めろよ自分!


 「てなわけで、あんたたちいい加減にストップ!やめなさい!私たちが捕まったのはアースのせいじゃないから!」


 急いでアースを背にかばう形で子供たちと対立する。するとどうだろうか。彼らがアースに向けていた鋭い視線が今度は一気に私を貫く。自分はなにも悪くないのにこんな責めるような目で見られるとは、悲しい気持ちになってくる。この視線をアースは静かに受け止めていたのだから、感心を通り越して被虐趣味を疑う。


 「お前なんでこいつの肩を持つんだよ!お前だって被害者なのに!こいつが逃げたせいで俺たちは捕まったのに!」


 気が付けばカイル君に怒鳴られていた。カイル君の言葉に子供たちはうなずく。この様子を見るにやはり彼がこの子供たちの中でのリーダーの位置にいるようだ。つまり彼を納得させることさえできれば、アースは傷つくことがない。


 「被害者はアースも同じよ!怒る相手を間違えるな!今私たちが捕まっているのはアースのせいじゃない。奴隷商人たちのせいでしょ!?悪いのはあいつらなのよ。アースに八つ当たりしないで!」


 私は言葉を紡ぎながらカイル君たち子供たちの顔を一人ずつ見る。みんな険しい顔をしているが、その瞳は不安で揺れていた。子供だから不安な気持ちを誰かにぶつけたいのはわかる。でもあくまで気持ちがわかるだけ。その不安・苛立ちを他人にぶつけることは犯罪と同じくらい達が悪い。相手の心を抉る。やってはいけないことだ。

 子供たちもそれはわかっていたらしい。唇をかみしめながら彼らは瞳に涙を浮かべる。


 「じゃあどうすりゃいいんだよ。おれ、怖いんだよ。怖くて仕方がないんだよ!」

 「お父さんとお母さんに会いたい…」

 「売られたくない」

 「お家に帰りたい」

 

 ようやく本音を言ったカイル君たちを見て私の口角は自然と上がる。

 子供は素直が一番だ。それでこそ助けがいがあるというもの。

 

 「安心しなさいガキども!私は天才美少女ヒロインリディアちゃんよ!あんたたちを助けることなんて朝飯前!だから涙を拭いて顔をあげて!私についてきなさい!」

 

 私だけじゃない。こっちには超ハイスペックブラコンヤンデレ王子と、口の悪い分魔法の才能がありあまる兄弟子と、このアジトからの逃亡に成功した味方がついてるんだから。怖いものなしだ!

 それにちょうど今、この檻から出るいい方法を思いついた。やはり私は天才だ。



 「私が絶対にあんたたちをここから出してあげる!だから私を信じなさい!」


 不安そうに揺れていた子供たちの瞳には光が灯っていた。



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