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16.届かなかった手とあきらめない心


 抱き付くアルトを無理やり引きはがしたところで作戦会議を始める。


 「逃げるにはまず檻から出る必要があるわね」

 「はい、そうですね。アジトの構造は知っています。この檻から出られさえすれば皆さんを逃がすことは可能です」

 「え!ほんとう!」


 アースは檻の外にある薄暗い通路を指さす。なんでもこのアジトはとても入り組んだ造りになっているのだとか。普通の人なら確実に道に迷い、脱出する前に捕まる。

 しかし私達にはアースがいる!彼は以前このアジトで暮らしていて、さらに逃亡に成功した経験もある。そんな彼が出口まで案内してくれるのだ。勝利しか見えない!


 むっふっふー。奴隷商人どもめ、アースを私たちと同じ檻に入れるなんて馬鹿なことしたわね!私は心の中で高笑いをする。が、しかし逆に言えば私たちはアースを奪われれば脱出が不可能となる。うーむ。奴隷商人たちがアースを檻から出しに来るよりも先に、私たちが檻から出ることができるかが成功のカギとなるわけか。


 「やつらは今、俺に自分たちの元から逃げた罰を与えているのだと思います。俺に巻き込まれて捕まった子供達と同じ檻に入れることで罪悪感を抱かせ、もう二度と逃げ出さないように…と考えているのでしょう」

 「フンッ。笑っちゃうわね。二度と逃げ出すもなにもアースは私たちと一緒に脱走するんだから、もう二度と捕まったりしないわ」


 するとアースは驚いたように目を丸くしていた。え。どうして?


 「俺はもう二度と捕まらないのですか?」

 「当たり前でしょ?捕まるつもりで脱走するなら逃げる意味ないじゃない」


 アースはなぜに意味不明な質問をするのだろうか。彼は目を瞬かせながら「そうですね」とうなずく。一見今までと変わらない様子に見えるが、私にはなぜかアースが不安そうに見えた。元気づけてあげたい。だけどうまい言葉が思いつかなくて、とりあえず彼の肩に手をのせようとしたときだ。


 「まあ脱走を成功させるためにも、今はこの檻から出る方法を考えないとな」

 「檻の外に出ないことには脱出も不可能だからね」


 エルとアルトが私とアースの間に割り込んできた。つまりアースの伸ばした手は2人に阻まれて届かない。急にどうした。2人とも無表情ってのがまた怖いよ。


 「犬猿の仲って感じなのに、利害が一致したらいいコンビになるんですね」と、アースが無気力な感じでボソッと言うが意味不明。まあこれのおかげか、アースの不安そうな雰囲気がなくなったのでよしとしよう。…アルトとエルはアースにいいコンビと言われ、お互い無言で火花を散らし合っているが。剣やら魔法でお互い喧嘩をし始めないだけマシだ。気にしないでおく。


 そこでふと思った。

 

 「そういえばどうしてアルトは捕まってるの?」

 「え?」


 アルトを守る騎士たちがそばにいなかったにしても、アルトは単体ですでにバカ強い。武装した男たちに囲まれたとしても、私たちと同じように気づいたら気絶していて捕まっていたなんてことにはならないはずだ。むしろ返り討ちにしているだろう。それなのになぜ彼は今この檻の中にいる?

 私たちの怪訝な視線にアルトは困ったように目をそらす。


 「なんか目が覚めたらここにいたんだよね。僕、森の中で寝ていたみたいで。でもふつう敵が近くに来たら寝ていても目覚めるはずなのに…なんで起きなかったんだろう。そもそもなんで寝て…」


 脳裏に浮かぶのは「アルトなら森に寝かせておいても大丈夫でしょー」と、スヤスヤ寝息を立てるアルトを森に置き去りにしたあのときの光景。今度は私とエルがアルトから目をそらす番であった。

 すみません。完全にそれは私たちのせいです。


 「ちょっとエル!あんたが眠り魔法なんて使うからアルトが捕まっちゃったじゃん!」

 「はあ!?それを言うならお前がアホじゃなけりゃ、魔法なんて使うことにはならなかったんだぞ!」

 「ねえちょっとそこの2人。なにヒソヒソしてるの?僕さっき言ったよね。たとえリディアの幻覚でも僕とソラ以外の人間と話すのは許さないって」

 「3人とも声が大きいです。このままでは見張りが来て……」


 アースが言いかけたときであった。ドスドスとうるさい足音が近づいてきたと思ったら、見張りらしき黒ずくめの男性がやってきた。


 「おい、ガキども!さっきからうるさいぞ!」


 見張りの登場に私は急いで自分の身につけていた白いローブをアルトの顔面に巻き付ける。「もがが(リディア、殺す)」とアルトがうなっているが聞こえないふりをする。


 だってアルトはこの国の王子様だよ!おそらく王子であるアルトを子供たちと同じ檻に入れるあたり、奴隷商人たちは攫った子供の中に王子がいることに気づいていない。だがしかし、万が一王子を捕まえたことに気づいたらアルトがどんな目にあうか。嫌な予感しかしない。だからアルトの顔面を隠します。


 そんな私の奇怪な行動を見てか視界の端で見張りの男性がたじろいでいた。おそらくこの見張りの男性、根はいい人だ。顔面をローブでぐるぐるにされているアルトを心配そうに見ているからね。

 

 「君、なにをやって…いや、いい!とにかく!痛い目にあいたくなければ静かに……え!?あなたたち2人は!?」

 「お前っ…」

 「え!お兄さん!?」


 低めだった声がつい最近聞きなれた声に変ったことで私とエルはハッとする。薄暗い中で檻をはさんで目の前にいる男性の顔をじっと見れば、彼は私たちを家に泊めてくれた土下座をしまくるお兄さんであった。お互いがお互いの顔を見て瞠目する。


 「なぜ、あなたたちがここにっ。まさか巻き込まれてしまったのですか!?俺の家にいれば安全だと思ったのに…」


 お兄さんは「くそっ」と短い髪を掻き乱す。

 だがこちらとしてはお兄さんの言っている意味がさっぱりわからない。なんでお兄さんが見張りとしてこの場にいる?どういうことだろうねと同意を求めるようにエルを見れば彼はため息。


 「ただの村人だと思っていたこいつは、奴隷商人の仲間だったってだけの話だろ」

 「ええ!?お兄さん人攫いなの!?じゃあどうして疫病にかかってたの?」

 「……俺の所属する組織はこの村の子供たちを攫う予定だったんです。攫いやすくするために村になじんでおけと命令され、村に潜入したはいいものの疫病が蔓延して…」


 お兄さんは子供たちを攫うつもりで村に潜入したのに疫病に感染してしまったらしい。

 こんなときだがお兄さんが病気から完治して目を覚ました時に「日頃の行いが悪い」だの「助けてもらう資格すらない悪人なのに」だの言っていたわけがわかった。たしかに奴隷商人は、日頃の行いも悪いし悪人だわ。

 お兄さんは土下座する勢いで私とエルに対してひざまずく。

 

 「安心してください。あなたたちは命の恩人です。お2人だけはなんとしてでも逃がします」

 

 お兄さんのまっすぐな目は嘘をついているようには見えなかった。奴隷商人をしているのはいけないことだが助けてくれるのはありがたい。

 お言葉に甘えて逃がしてください。そう言いそうになるが、待て待て。


 「ちょ、私たち2人だけで逃げても意味ないんだけど」

 「え?なぜですか?」

 「他の子供たちも一緒じゃないとダメ!」


 他の子供たちを置いて私とエルだけで逃げるなんて罪悪感が半端ないわ!当たり前でしょ!声を張り上げると、お兄さんは青ざめながら首を横に振った。


 「そ、それは無理です。2人だけながらごまかせますが、全員を逃がすのはさすがに…」

 「そもそもどうして人攫いなんかやってるの!?お兄さんいい人でしょ?犯罪なんかダメだよ」


 当たり前のことを言っただけなのに、お兄さんは鈍器で殴られたかのごとく衝撃を受けた顔をして狼狽え始めた。お兄さんの顔が悲痛そうに歪んでいく。


 「…っ。わ、悪いことだってわかっています。売られる子供の泣き叫ぶ声はいつまでたっても忘れられません。だけど人攫いをやめたら生きていけない。金を稼げません」


 お兄さんに事情があるのもわかる。本人が罪悪感を感じているのもわかった。だけれども現状として子供たちを攫って売っていることは変わらない。それはダメだ。


 「ねぇお兄さん考え直して。奴隷商人なんてやめよう。お兄さんがきちんと自分の犯してきた罪を反省して償うっていうのなら、きっとどこかで助けてくれる人がいる。お兄さんならやり直させるよ」

 「ヒメさまっ…」

 

 お兄さんが自身の目頭をぐっと抑える。

 その間に顔面をローブでぐるぐる巻きのアルトを指でつつけば、「わかってるよ。うっすらだけど聞こえてた。彼が本心から罪を償おうとするならば僕が力になる。それがお人よしのリディア…の幻覚の望みでしょ」不機嫌そうな声だがたしかにアルトは言ってくれた。

 さてそうなれば私がやるべきことは一つ!

 

 「さあお兄さん!贖罪の第一歩として私たちをこの檻から出して!」

 「はい!ヒメさま!」


 お兄さんが元気よく返事をした。お兄さんの瞳には希望の光がやどっていた。が、しかし、


 「なっ。黒い蝶だと!?」

 「え?」


 エルの視線の先を目で追えば、檻の外――お兄さんのすぐ近くを一匹の黒い蝶が飛んでいた。黒蝶はヒラヒラと優雅に舞いながら、なんてことないようにお兄さんの体の中にスゥっと溶け込んでいった。私とエルの瞳が驚愕で見開かれる。その瞬間、お兄さんが震え始めた。


 「おい、大丈夫か!」

 「……やっぱりダメです。で、できませんっ」

 「お兄さん!?」

 

 希望の光でキラキラと輝いていた瞳は暗く濁り、お兄さんはただただ青ざめながら震えていた。震える手で怯えるように顔を覆い隠す。確実に先ほどお兄さんの体に溶けた黒い蝶――闇の精霊の仕業に違いない。


 「い、今までさんざん悪いことをしてきたのに。ゆ、許されるわけがない。生きるためだったなんて理由じゃ誰も許してくれない。俺は取り返しのつかないことをしたんだ。それにっ。裏切ったら…か、幹部に殺されるっ」

 「幹部?よくわかんないけど、私たちがその幹部からお兄さんを守るか……」

 「無理です!」


 お兄さんの叫びによって言葉はかき消される。


 「彼らの強さは規格外だ。ヒメさまでは勝てません。死にます!蛇と猫と…鳥。蛇も猫も恐ろしいけれど、俺たちの直属の上司である鳥は3人の中で一番強い。逃げることも不可能です。あの方は冷酷無比。組織を裏切れば地の果てまで追いかけてきて殺しに来ます」


 鳥と言われて脳裏に浮かぶのは、私たちの意識を奪った赤い鳥の仮面の人物。まさかあれがお兄さんの言う鳥なの?いやいやまさかな。そんなことを考えお兄さんから気をそらした私がバカだった。


 「やっぱり俺はやり直せないです。償おうとしても真っ当に働いたとしても、逃げたとしても、やつらは必ず俺たちを見つけて殺す。裏切者は許さないんだっ」


 私は目を見開く。

 お兄さんの周りにどこからともなく黒い蝶が集まりはじめたのだ。それだけではない。お兄さんの中から黒い蝶が1匹、2匹と羽ばたき出て行く。神秘的で美しいが、黒い蝶の正体を知っているだけに恐怖しか感じられない。黒蝶はみるみる数を増しお兄さんの周囲を優雅に舞う。その光景を見るだけで血の気が引く。私はいったいどうしたら……

 

 「リディア!しっかりしろ!おれがついてる!」


 エルに手を握り締められたところで我に返った。咄嗟に彼の顔を見れば、エルの紅蓮の瞳には不安そうに青ざめる私の姿が映っていた。それを見て下唇を噛みしめる。


 天才美少女ヒロインがなんて顔をさらしてんのよ!

 今どうしようもないくらいに不安で怯えているのは私ではなくてお兄さんだ。そんな彼を救う力を持っているのはこの場で私だけだ。私がやらなくちゃいけない!しっかりしろリディア!


 「お兄さん落ち着いて!大丈夫だから!私が絶対に守るから!」

 

 光の魔力を掌に込めお兄さんに向かって手を伸ばす。彼に触れることができれば、きっと少しは闇を浄化できる。そう思い手を伸ばしたのだが、触れる寸前で彼は身を引いてしまった。

 私の手は当然届かない。むなしくも空を切る。


 「怖い。死にたくない。2人を逃がしたってばれたら…殺されるっ」


 お兄さんは震えながら後退していく。そのため檻から手を伸ばしても届かない。正義のヒロインビームを使うという手もあるが、あれを人に対して放って平気なのか。どうにも踏ん切りがつかず、手を伸ばすことしかできない。


 「す、すみませんっ。俺はやっぱりあなたたちを助けられない!」


 そうしてお兄さんは私たちに背を向けて走り去ってしまった。

 








 

 「リディア。大丈夫ですか?」

 「アース…」


 お兄さんが完全に去ってしまったところで、アースが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


 「黒い蝶が見張りの人の体に入り込んでから急に様子がおかしくなりました。俺にはなにがどうなっているのかさっぱりわかりません。ですが、リディアが悲しんでいるのはわかります。大丈夫ですか?」

 「は?リディアの幻覚、今悲しいの?」


 アースの言葉に一番に反応したのは顔面をぐるぐる巻きにしていたローブをほどいているアルトである。急いでローブをほどくや否や、彼は私の頬を両手で掴み顔を覗き込んできた。

 

 「ほんとだ。目と鼻が赤くなってうさぎみたいになってる。かわいい……じゃなくて、誰が君をこんな目に合わせたわけ?そいつ連れて来て。殺してあげるから。僕、ローブのせいで視界が塞がってたし音も少ししか聞こえなかったから状況が全くわからないんだけど。なにがあったの?」


 心配そうに私を見るアースと、不機嫌そうに周囲に殺気と冷気をとばしまくるアルト。そして無言で私の頭をなで繰り回すエル。


 「リディア。ここから逃げるぞ。逃げて、あの土下座野郎を見つけて浄化する。だから落ち込むな」


 めったに聞けない兄弟子の励ましの言葉である。

 3人のやさしさが伝わって胸がほっこりした。そうだ。私は一人じゃない。みんながいる。


 「よーし!お兄さんを助けるのも含めて、ここから絶対に脱走するわよ!」

 

 決意を新たに意気込んだ。そのときだ。




 「さっきからうるっせーんだよ!」

 「お前らのせいでまたあいつが来たらどうするんだよ!」

 「やめてよぉ」


 後方から声が聞こえた。声のした方を振り返れば、その声の主たちの正体は同じ檻の中に捕まっている子供たちであった。3、4人の子供たちが私たちを睨みつけ、残る子供たちは不安そうに瞳を潤ませている。いったいどうした?



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