15.そして8話に至る
土曜日には更新すると書いておきながら日曜日になってしまいました。更新遅くなってすみません。
「村の連中の容態も安定してきたんだ。そろそろ帰るぞ」
「うん。そうだね。お兄さんの家に置いていった荷物を取りに行ったら師匠のところに帰ろっか」
アルトは私のことを幻覚だと思っているがそれがいつまで続くかはわからない。目が覚めたと同時に私が幻覚じゃないって気づいて、かわいいソラへのお土産にリディアをもってかえろー!なんてことになったらたまったもんじゃないからね。
ばれる前に帰るにこしたことはない。そういうわけで私たちは師匠の待つ家に帰るために、お兄さんの家へと向かっていた。
その途中で回復した村の子供たちとすれ違う。子どもたちは楽しそうに走り回っている。おにごっこだろうか?ほほえましいかぎりだ。
まあ病み上がりなんだから安静にしていてほしいってのが、精神年齢20歳+αなリディアちゃんの本音ではあるけど。
そのとき視界の端に栗色が映った。
「え!?ルルちゃん?」
走り回る子供たちの中にあった栗色。
栗色の髪と言えば、孤児院時代ソララブだったルルちゃんである。
しかし辺りを見回してもそこにルルちゃんはいない。走る子供たちはすっかり豆粒だが、その中に栗色は見えない。しいていうなら栗毛のリスが木の上からこちらを見ているが…見間違いだったのかな?
「おい?なにぼさっとしてんだ?」
首を傾げていればエルが「早く来い」と私をにらんでいた。たれ目の癖に目付きが悪い。けっ。
「へいへい、すみませんねー」
「口を動かさないで足を動かせ」
「むきーっ!」
//////☆
さて部屋に戻ってきた私は唖然としていた。
だって私たちの寝泊まりしていた部屋にベージュ色の髪の美少年がいたのだ。私たちの寝ていたベッドに腰掛け、ぼーっと窓の外を見ている。だれだ?怪訝に思ったが、エルに頭を殴られて思い出す。
「……あーっ!あなた、私が転んだときにクッションになってくれた人だ!」
「お前はほんと鳥頭だよな。はー」
「うっさいエル!よかった、目が覚めたんだ。ていうかあなたずっと眠ってたんだよ?体大丈夫?あ、私リディアって言うの。こっちの仏頂面のやつはエル」
「おい。仏頂面ってなんだよ」
1日半くらい寝ていたと思う。目が覚めてよかったよ。
少年はぽやーんとした雰囲気をまとったまま、パチパチと目を瞬かせる。
「ここは…どこですか?あなたたち…リディアとエルが、俺を助けてくれたのですか?」
「そうだよ。あなた森で倒れてたんだよ。なんで倒れてたの?」
「倒れていた?俺はどうして……っ!」
ぼーっとしていた少年が青ざめた。焦った様子で私につかみかかる。急にどうした!?
「いけません!早くここから逃げてください」
「は?」
「俺を追ってあいつらが来ます。このままではあなたたちを巻き込んで…」
そのときだった。
「見つけたぞ!あそこにいる!」
少年の声は突如外から聞こえてきた野太い声によってかき消された。怪訝に思う間もなく、窓が割れた。石を投げられて割れたとかじゃなくて、武装した男たちが自身の体で窓を割って突入してきたのだ。この数日間、急展開がすぎるぞ!?
「なんだ急に!?」
「ちょ、お兄さんの家の窓になにしてくれんのよ!」
「お前はなんの心配してんだよ、このアホ豚!危機感を持て!」
「わ、わかってるわよ!」
エルに言われなくったって今が危険な状況だということくらいわかっている。私はベージュ君を守るように抱きしめ、そんな私たちを守るようにしてエルが立つ。
現在部屋の中にいるのは、私とエルとベージュ君、武装した男×5人だ。武装した男たちの纏う嫌な雰囲気と、男たちがやってきたときにこわばったベージュ君の顔からして、味方か敵かの二択であれば、迷うことなく後者である。
つまり全く情報が足りない現状だが、とりあえず私たちが今やるべきことはこのやばそうな人たちから逃げるということ!
「そのガキを渡してもらおうか」
「まあ渡してもらったところで、お前らを逃がしてやるわけじゃないけどな」
「ギャハハハ」
はい、敵決定である。こんな見るからに敵みたいなやつらほんとうにいるんだな。
さて私の感想はひとまずおいておき、エルにこれからどうするか目配せすれば彼も私と同様に考えていたらしい。さすが兄弟子。わかってらっしゃる。
今後の方針が決まればあとはそれを実行するだけだ。
子供3人に対し大人5人では、人数から体格に至るまですべてにおいて不利である。だがしかし、それは3人の子供が、そこらへんにいるただの無力な子供であった場合の話。この部屋にいる子供3人のうち2人は魔法使いの卵だ。つまり、何が言いたいかわかるよね。
「リディア!おれが魔法でこいつらを一掃する。そのすきに…」
「ベージュ君をつれて逃げる!でもエルも一緒に逃げるんだから、1秒でこいつら倒して!」
「おう……いや、無茶言うなよ。努力はするけど」
「待ってください。彼らの目的は俺です。だから俺をおいて2人で逃げ…もごご」
言いかけるベージュ君の口を手で押さえてエルに合図する。やっちゃいなさい、とね。
エルはどや顔でうなずいた。
『…我は炎を統べるもの。風に祈りをささげるもの。運べ我が願い我が祈りをのせ……』
相変わらずに中二病臭い呪文を詠唱するエルの周囲に、だんだんと炎を纏った風が巻き起こりはじめる。その熱はエルの呪文と共に上昇していき、火の粉が男たちの周囲を揶揄うように踊る。
最初は呪文を唱え始めたエルをばかにしたように見ていた男たちだったけど、目の前で起こる超常現象に彼らは動揺し始めた。ふふふ。爽快だわー。
「あのガキ魔法が使えるのか!?」
「ど、どうせたいしたことない!ガキどもを捕まえろ!」
「そうだ!魔法が使えるガキを捕まえれば高く売れる!」
「やられる前にやれ!」
「行くぞお前ら!」
男たちは私たちに向かって手を伸ばす。が、残念ながら決断が遅かった。だって男たちが動いたときにはもうエルの詠唱は終わっていたのだ。
エルのことだからもしかしたら彼らが動くまでわざと詠唱を長引かせていたのかもしれない。性格悪~い。
『彼の者たちを焼き尽くせ!』
仕上げの言葉をエルが告げたと同時に、紅蓮の竜巻が男たちを襲う。
炎を纏った龍のような竜巻に男たちは声にならない叫びをあげ身を縮こませる。そんな彼らに竜巻が直撃する、そう思われたときだ。
部屋中が身体の芯から凍るような冷気に包まれた。
「なっ!?」
「……おもっ!?」
どす黒い殺気の重圧に体が沈む。
『バカどもが。魔法使いは物理に弱い。魔法が発動しても術者をつぶせば魔法は消滅する』
男かも女かも認識できない声が聞こえたと同時に首筋の鈍い痛みが走った。なっ!?
疑問に思う暇すらないほどに一瞬の出来事。気づけば、私は地面に伏していた。目の前にあるのはカーペットと武装した男たちの足。全身が痛い。重たい瞼をこじ開け周囲を見れば私と同じように倒れているエルとベージュ君が視界に映る。そしてもう1人。
朦朧とする意識の中で顔をあげれば、紅蓮の鳥の仮面をつけた人物が私たちを見下ろしていた。
黒いローブに身を包んだ子供。周りの武装した男たちも黒い服だから、一面が黒の場に赤い鳥の仮面だけが浮かび上がり目立つ。
冷気と殺気と重圧は彼から放たれていた。男たちがエルやベージュ君を回収する中で、鳥だけはじっと静かに私を見る。
いったいこの鳥は何者なのか。私はなにに巻き込まれたのか。
じっと動かなかった鳥が私に手を伸ばしたその姿を最後に、私の意識は途切れた。
「…ディア……」
体が揺れる。なにかに全身をゆさぶられてるらしい。
「リ…ィア……」
だけど私は眠いのだ。揺さぶるその手を鬱陶しいわと振り払う。
「うるさーい…スー」
「…ディア!お……ィア!おき……」
だけれどもその手は振り払ってもふり払っても、執拗に私を揺さぶり続ける。いいかげん苛立つよ。ストーカーか!ストーカーと言えばリカだ。お前リカか!
微妙に意識が浮上してくると、自分が今寝ている場所がふかふかのベッドではなく、ゴツゴツとした石の上だと気づき始めるよね。硬いのやだ。余計に苛立つ。
「もー、いい加減に……」
「それはこっちの台詞だ!てめぇいい加減に起きろ!」
「ぬぅあ!?痛っ」
「うっ…」
耳元で聞こえたバカでかい声に反射的に起き上がれば、なぜか目の前にはベージュ君の顔!反射的に起き上がってしまったこの勢いを今さら止めるなんてできるはずもなく、私は彼と頭をゴッツン。いったーい!!
しかし額を襲った強い衝撃と痛みのおかげで、眠気は消え失せ記憶もよみがえった。いいのやら悪いのやら。
「そうだ!私、鳥にやられて…って、ここどこ…ふご」
「声がでかい」
目覚めれば私はじめじめとした檻の中にいた。全体的に薄暗いが周囲の様子がわかる程度には明るく、そのためわりと広い檻の中に私の他にも子供たちが十数名いるのが目視できる。
檻の中にいる子供たちの中には回復したばかりの村の子もいた。総じて確実に捕まっていると言える現状に驚かないほうが無理だ。なのにエルは混乱している私の口を手でふさぐのだ!理不尽すぎる!
「もごごごごーごごっ!(自分だってさっき大声だして私のこと起こしたくせにぃ!)」
「あ?なに言ってんだよ」
口をふさがれてるんだからしゃべれるわけないだろ!そんな私の怒りが伝わったのかエルが手を離したところでようやく私は解放される。
そうしてにらみ合う私たちのもとにベージュ君が来た。そういえば私は寝起き早々に彼に頭突きを食らわせてしまったのであった。
「すみません」
「いや、私の方こそごめんね。おでこ大丈夫?」
問えばベージュ君が戸惑ったように私から視線を逸らす。うん?
「あの…すみません。俺が謝罪したのはそのことではなくて。どれだけ謝罪しても許されることではないのですが、あなたたちは俺に巻き込まれて捕まってしまったんです」
ベージュ君は「すみません」と土下座する。なんだかここ最近土下座ばかり見ている気がする。
ぽやーんと考えている中で、エルは顎に手を当て真剣な顔をしていた。
「部屋にいるときもそんなことを言っていたな。おい、それはどういう意味だ?」
「その前にあなた名前なんて言うの?」
「あ…すみません。俺の名はアースです」
アースの話によると私たちを捕えたのは子供を売るいわば奴隷商人であった。
アースは不思議な力を持っているためにその組織の人間たちにいいように使われていたらしい。そんな生活が嫌で逃げ出したはいいものの行く当てもなく、結果行き倒れていたところを私たちが拾った。そうして目覚めたら見知らぬ部屋にいて、ご飯が用意されて食べ終わって混濁する意識をつなぎ合わせていたら私たちが来て、追っ手が来て捕まってしまった、とのこと。
「だからすみません」
「いやいやあんたのせいじゃないでしょ。全部アースをこきつかって子供たちを捕まえる奴隷商人が悪い。ね、エル?」
「ああ」
「お前のせいじゃ、ボケぇ!なに巻き込んでくれてんだよ!」とか言うわけないじゃん。私もエルも、アースが被害者だと理解している。
土下座するアースの顔を無理やりあげれば彼は驚いたように目を瞬かせていた。美少年の驚いた顔ってかわいいよね。
「よーしそうと決まれば、さっさとここから逃げるわよ!もちろん捕まっている子たち全員でね」
「チッ」
「舌打ちしないの!」
改めて牢屋の中にいる子供たちを見回す。全員で逃げるために人数を把握しておきたい。茶色頭が8人、灰色頭が5人、黒頭が1人…と見せかけてあの黒色はフードだから(黒の隙間から銀髪が見えているのだ)銀色頭が1人で私たちを含めて合計17人である。
そこでふと私は思う。銀髪、だと?
いやーな汗が頬を伝う。二度あることは四度あるって言葉はないよね!?なかったはずだよね!?
まさかまさかと銀髪の彼をじっと観察して、疑念は確信へと変わった。サァーと血の気が引く。
「…嘘でしょ」
「ちょ、おい!?大丈夫か?」
「リディア?大丈夫ですか?」
前触れもなくもたれかかってきた私を支え、エルとアースが慌てる。もちろん大丈夫なわけがない。
「…トがいる」
「は?」
「アルトがいる!?」
「はあ!?」
急いでエルの背後に隠れ、黒いローブに身を包んでいる銀髪を指さした。
黒いフードを目深くかぶり、加えてやさしい王子様の仮面をはがし素の顔でいるアルトを、初見の人間は春の国の王子だと気づくことはできないだろう。しかし私は気づく。
だって王子様フェイスのアルトよりも素のアルトとの方が付き合いが長いからね!なにより私は彼の友達だ!気づかないわけがない!まあもっといえば孤児院時代、素のアルトの被害に私はさんざんあいましたからね!被害者は忘れないってやつだ。え?そういうお前だって加害者だろう?なにそれ、オイシイノー?
ともかくとして、断言する。間違いない。彼はアルトだ。
「おいぃ。あいつ一国の王子だろ!?なんで捕まってんだよ」
「私が知るわけないでしょ!?」
「あのお2人とも、ひそひそと何をしゃべって?」
「アース!あんたも小声で話して!」
「バカ!お前の方が声でかい!」
エルが急いで私の口を塞ぐが、
「……え。リディアの声?」
時すでに遅し。
アルトの声が背後で聞こえた。
そんな馬鹿なアルトは私たちからだいぶ離れたところにいたはずだぞ!?私はあそこにアルトがいる!と指を指していた方向を急いで見る。が、おっかしいなー?アルトがいないぞ?
嫌な汗が頬を伝う。
いつまでもばかみたくなにもない場所を指差してはいられない。私は心を決めた。
ギギギと、油注したほうがいいですよー並の音を出しながら振り返れば、なんということでしょう。瞠目したアルトと目があいました。ハハハー。
やはり本物のアルトだった。そしていつの間に移動した!?瞬間移動かよ!
「今度こそばれたな」
「…エル、言わないで」
私とエルは諦め、俯く。が、
「……またリディアの幻覚がいる。僕もけっこう焼きが回ってるみたいだな」
アルトは私たちが思っていた以上に、アホだった。
と、このような経緯を経て時間は8話に巻き戻る。
つまり現在の私はエルに口を抑えられ、アルトに背後からレフェリーストップ並の力で抱きしめられ、アースに両腕を拘束されているのだ。結論。死にそうです。逃げる以前に味方に殺される。
そんなことを考えていたらエルがアルトをにらんでいた。
「つーか、お前いつまでこいつのこと抱きしめてんだよ。離れろ」
「え。なに君。君も幻覚のリディアが見えるの?なんかムカツク……待って。君、薬屋の子だよね?君も捕まってたの?」
不機嫌そうにぼやいていたアルトだが、エルの正体に気づいて瞠目する。
「おい。こいつ頭沸いてんのか?」
エルは「こいつおれのことに今更気づいたのかよ。お前以外興味なさ過ぎだろ」の意味も込めて、頭沸いてんのかと私に問いかけた。私はうなずくしかない。
「エル。アルトは沸いているどころか沸きすぎて蒸発しているのが平常運転だから気にしないで…って、痛い!?アルト急に頬をつねらないでくれる!?」
「ねぇ、たとえリディアの幻覚だとしても、僕とソラ以外の男と仲良くしているなんて認めないんだけど」
「エル、ほらね、頭蒸発してるでしょ。でもってアルトはこの状況でなにを言ってんだ!ブラコンと友情をこじらせすぎだわアホ!」
そして寒い!今エルが私に触れているから見えるが、アルトの周りを薄紫やら水色やらの精霊がとんでいるのだ。そしてそれが冷たい空気に変換されるのも見える。
つまり!アルトが苛立つといつも寒くなるのは、魔法を使っていたからなのだ。しかもたぶん無自覚!だって孤児院のときから魔法使えるなら、私ソラにつきまとう害虫として即行氷漬けにされていただろうからねー。こわー。
「あ?現実と幻覚の区別もつかないやつがリディアに触れてんじゃねーよ。その手を離せ」
「はあ?君に命令される筋合いないんだけど」
解説をしていたらいつのまにかエルVSアルトが悪化していた。
エルもアルトに対抗して熱風を出すから最悪だ。前が熱くて、後ろが寒い。地獄でしかない。
「ちょっとアースどうにかして。助けて!」
外見年齢12歳。問えば実際年齢も12歳とのこと!
この中で頼れるのは最早アースしかいない……と思って救いを求めた私がバカでした。
「え……わかりました。ここは間をとって俺だけがリディアに触れるのはどうでしょうか?そうすれば公平ですよね」
「天然かお前―!」
「はい。殺す」
「表出ろ」
「?」
「きょとんと首を傾げるじゃないから!逃げて、アース!」
檻の中がいっそう寒くなり、それに対抗して熱風の熱量も増したことは言うまでもないだろう。




