14.二度あることは三度ある(1)
休憩という名の疲れ倍増散歩から帰ってきた私を救護室で待っていたのは仁王立ちの魔王…ごほん、エルであった。不思議だね。エルの背後に雷が見えるよ、ハハハ。
「エ、エル?後ろで村人さんたち寝てますから落ち着いて」
「休憩が長い。どこで道草くってた」
「うぐっ。不可抗力だと言って。むしろ私は頑張った」
「はあ?」
怒気の含んだ静かな声色だからこそ怖さ倍増だ。いつものように怒鳴ってくれたほうがまだましである。ひぇーとローブのフードを被る。
そんな私を見てなのか、なっがーいため息が聞こえた。
「巻き込まれ体質のお前のことだ。遅くなったのにも理由があるってわかってる。怒ってねーから顔をあげろ」
「エル~っ」
「か、顔をあげろっつったんだよ!抱きつくなアホ!」
私が満面の笑みでエルに抱き付いて、エルが顔を真っ赤にさせて私をひきはがそうとする。そのときだ。救護室の扉が大きな音をたてて開いた。
開いたということは誰かが扉を開けたということ。お兄さんたち回復グループはやみあがりだから家で寝ている…というか、看病を手伝うとか言ってきたので無理やり眠らせた。だからお兄さんたちがここにやってくることはない。じゃあいったいだれが扉を開けた?
怪訝に顔を歪めたのは一瞬。私もエルも驚きで目が見開かれる。
そこにいたのは…
「アル…もごふっ」
アルトと言おうとしたらエルに口を塞がれた。責めるように彼をにらめば、「ばれたくないとかほざいてたくせに、なに声かけようとしてんだよ。アホ!」との口パク。ごもっともでございます。てへぺろん。
「王子様がここになんの用だ」
「頼みがあります」
アルトが言いながら騎士3人と共に救護室へと入ってくる。いや、この説明の仕方では少し語弊がある。正確にはアルトがポニーテールさんに肩を貸して、隊長さんはパンダさんをかついで救護室へとやってきたのだ。
ポニーテールさんとパンダさんはぐったりしている。遠目からだから確証はないがおそらく2人とも意識がない。よく見ればパンダさんを担ぐ隊長さんも2人と同様に覇気がなく、おまけにふらふらと揺れ足元がおぼつかない。
先ほどまでは真っ赤になったり恋ばなしたりと元気そうだったのにいったいなにがあった?
私が気づいたのだ。当然エルもすぐにこの事態に気が付いた。吊り上がっていた眉は心なしか少し下がる。
「おい。お前ら大丈……」
「彼らを助けてくださいっ。3人とも、疫病に感染してしまった」
エルの言葉と重なるようにアルトが叫んだところで、隣に立っていた隊長さんがパンダさんごとその場に崩れ落ちた。
ちょうど扉から太陽の光が差してきたことで気づいたが、騎士さん3人とも顔が尋常でないほどに真っ赤だ。そこで思い出す。さきほど森で騎士3人の顔は赤くなっていた。もしかしてアルトのフェロモンにぽっとなったわけではなくて(やっぱ4割りくらいはアルトのフェロモン効果だろうけど)、具合が悪かったから真っ赤になってたの!?
アルトは必死に続ける。
「お願いします。助けてください。彼は妻と子が待っていて、彼は美しい人たちに囲まれたいという叶いそうにない願いを持ちながらも一生懸命生きている。そしてエミ…こいつは、守る価値もない国…いえ、我が国を守りたいという願いを持つ、皆死んではいけない人間なんだ」
「絶対助けますよ」
気づいたら言葉が勝手に飛び出していた。
エルの視線が痛い。ばれたくなければしゃべるなって言っただろ、という無言の視線が鋭く刺さる。
だけれども仕方がないじゃないか。あんなに一生懸命でかっこいいアルトを見たら黙ってなんかいられない。ここで知らん顔してたら私はアルトの友達失格だ。
私の言葉を聞いてかアルトはほっとしたように笑った。直後、アルトの体がぐらりと傾く。
「アルトっ!?」
全速力でアルトに向かって駆け、倒れるアルトを地面に触れる寸前で支える。アルトが肩を貸していたポニーテールさんは、うん、アスファルトとこんにちはしているが仕方がない。私のようなか弱い女の子が意識のない大人を支えられるわけないだろ。そんなことより今はアルトだ。
「アルト?しっかりして!」
アルトはぐったりとしたまま目を覚まさない。
まさかアルトも疫病に感染したのか。サァーと血の気がひき頭が真っ白になる。
「エルっ。どうしよ、アルト死なないよね!?」
「大丈夫だ。こいつは疲れてぶったおれただけだ」
「疲れたくらいで恐怖の化身のアルトが倒れるわけないでしょ!?疫病でないにしても絶対悪い病気にかかって…まさか!ソラに会えないストレスで倒れた!?」
「お前心配がからまわってめっちゃ失礼なこと言ってるぞ!?一旦落ち着け」
エルが私から奪うようにアルトを回収する。あーアルトとられたー。
「蔓延している疫病の症状は、全身の倦怠感、顔がリンゴみたいに真っ赤になるほどの体温上昇、玉のような汗。この銀髪を見ろ。どれにもあてはまってないだろ!」
たしかにエルの腕の中で眉間にしわを寄せて気絶しているアルトは、ぐったりもしていないし、顔も赤くないし、汗もかいていない。
ほっと安心する私をギロリとにらむのは当然エルだ。
「なに安心してんだよ!お前にはまだするべきことがあるだろ!」
「え?」
「え?じゃない!このアホ!今お前がするべきことは、この症状すべてに当てはまっている騎士3人の処置!わかったら動け!」
「は、はいぃっ!」
こういう困ったときに頼りになるのが兄弟子っほい。いつもこうだったらいのに。エルと手分けして騎士さんたちの処置をする。
そうして太陽がすっかりのぼったとき、不安定だった騎士さんたちの体調も落ち着いてきた。
「今度こそ一息つけ…アルトのこと忘れてた!アルトはどこに!?」
「お前の足元の布団で寝てんだろ!?」
エルに言われて足元を見れば、ほんとうだ。アルトが寝ていた。
「いつのまに?」
「おれが移動させておいたんだよ。お前あんなにこいつのこと心配してたのに存在忘れるとか、意外と薄情だよな」
「うっ。だって騎士さんたちでていっぱいでぇ」
そんな目で見ないでくださいよぉ、エル君。わかっています。言い訳です。アルトのこと忘れてました。ごめん、アルト。
「ていうかさっきの!こいつが倒れたからって飛び出すなよ。ばれたくないんだろ。今回はこいつが気絶してくれたからばれずにすんだものの。次から気を付けろ」
「うっ。すみません」
「謝罪はいらない。おれは次から気を付けるっていう言葉を聞きたい」
エルは無表情に私を見る。だけれども私はうなずかない。
「私はアルトに…他の大切な友達に会う訳にはいかない。だから自分の正体は隠し通す。でももし私の目の前で今のアルトみたく誰かが倒れたり、危険な目にあっていたとしたら私は間違いなく動く」
「さっき気絶したこいつのために駆け出したみたいにか」
「うん」
自分や皆が生きる未来のためにも。私はみんなと会うつもりはない。今再会すれば本編は開始しないかもしれないとか思っていたけれども、でも結局のところ未来はどうなるかわからないのだ。だから確実に本編が始まらないであろう方法を私はとる。
つまり、今回のように今後他のメンバーと偶然再会してしまったとしても、私は彼らの前に姿を見せない。
でも私の大切な人たちが危険な目にあっていたとしたら話は別だ。私は彼らを救うために迷うことなく動くだろう。だって私は自分の命と皆の命を守るために本編を開始させないのだ。本編が開始する前に皆が危険な目にあって死んだりでもしたら本末転倒ではないか。
「だから私は動くよ」
「…なんでだよ。せっかく元の姿に戻れたのに、どうしてお前は他のやつらを優先するんだよ」
胸を張る私を見てか、エルは辛そうに意味のわからないことを言う。なに言ってんだこの兄弟子は?
「優先?よくわかんないけど、私はエルが倒れたり危ない目にあったら、今みたいに飛び出すよ?だってエルも私の大切な人だもん」
「いつ君」には全く関係のない人だが、エルは私の大切な友達であり兄弟子だ。動かない理由がない。
するとエルの顔がぶわっと真っ赤になった。
「なっ。ほんと、お前はっ。くそっ!」
「?」
なぜだ。エルの口がぷるぷると震えている。うれしいの?
「だぁ!こっち見るな!」
怒鳴るエルは淡い黄緑色に光り出した両手でアルトの体に触れた。
「エル!それ治癒魔法だよね!?アルトを…」
「外傷だけは治してやる!っいいか。おれがこいつを助けるのはお前がそう望むからだ。勘違いするなよ!」
「ありがとうエル!も~安心してよ。私ちゃんとわかってるから」
「エルってば何を嫉妬してるんだか」私はやれやれと首を降る。エルって最初からアルトに突っかかっていた。その理由を私は「嫉妬」であると分析していたのだ。エルが驚いたように顔をあげた。
「し、嫉妬!?…お前、気づいてたのか?」
いつもはバカだのアホだの豚だの言うところだが、今回のエルはちがった。頬をほんのりと染めて上目遣いで私を見る。こやつもイケメンだからな、かわいい。私はどーんと胸を叩く。
「あったり前でしょ。私が気づかないとでも思った?あんたは自分が童顔なのを気にしすぎなのよ。まだ9歳でしょ?今に垂れ目と涙黒子がチャームポイントのイケメンになるからさ。アルトがイケメンだからって嫉妬しないの。ん?どうしたの頭を抱えて?」
「お前のアホさ加減を忘れていた自分に反省していた」
「はあ?」
だいぶ遅いですけどバレンタインssを活動報告に載せました。気が向いたら読んでみてください。




