12.再会は望んでいません!
さて、現在私はベッドに腰掛け右手の甲に顎をのせ猫背になり、絶賛考える人のポーズをしていた。……というのは冗談で(心情的にはこのポージングだが!)、観察対象にばれないよう窓から目だけを覗かせていた。
するとふいに観察対象――銀髪美少年がこちらを見た。ぎぃやああああ!
急いで隠れたからきっとばれてない。ばれていないと信じたい。ばくばく暴れる心臓を無理やり黙らせ外を見てほっとする。アルトはもうこちらを見ていなかった。さきほど私の方を見たのはなにか視線を感じたからなのだろう。
とりあえず頭が混乱しているので整理する。
・守り石が熱くなって目覚める。
・窓の外を見たらアルト(+騎士とか諸々)がいた。
結論。悪夢でしかない。
「なんでこうなったーーーー!?」
アルトにばれないように小声で叫ぶ。
なんだこれ。どうしてアルトがここにいる?この広い国の中で再会するとか奇跡以外のなにものでもないぞ。
これで相手がブラコンヤンデレ王子のアルトでなければ「私たち運命の赤い糸で結ばれているのね!」の胸キュン展開だったのに!……いや、嘘です。誰と再会してもやっぱり胸キュン展開にはなりません。
「そもそも乙女ゲームのストーリー的に、ここで主要キャラと再会したらまずいでしょぉ。もぉ~っ」
本編は攻略対象がヒロインを見つけることでスタートする。仮に、仮にだ!ここでアルトが私を見つけたとして、友達大好きアルトが私を保護したとする。そうしたら、どうだ?
本編開始の合図となる「攻略対象がヒロインを見つける」がなくなってしまうではないか。つまり本編は開始しない。
「いつ君」!乙女ゲーム的には本編はじまらないとやばいんだから、本編はじまるまでの空白の10年間くらいヒロインの行動に気を配れ!主要キャラと会わないようにいじっておきなさいよ!ゲームなら、孤児院時代終わります。時は過ぎ、10年後本編…ってなるけど、リアルはそうもいかないんだぞ!
「なんで私がこんな心配をしなくちゃいけな…ん?待って。本編開始を防ぐには今ここでアルトに見つかったほうがいいのか?でも私魔法使いになって師匠の跡を継ぎたいからな。やっぱりここでアルトに見つかるのは無しの方向で…」
「おい。一人でなにブツブツ言ってんだよ」
「ぎぃああああ!」
ぶつくさ考えていたら真横から声がしたのだ。驚きながらも頑張って小さな声で叫んだ私を誰かほめてもいいと思う。だというのに真横にいる大魔王…ごほん、エルは不機嫌そうに頬に青筋を浮かべている。
「さっきはよくもおれを眠らせてくれたなぁ」
ああ、そうでしたね。そんなこともありましたね。私は休息をとりたいがために、エルに眠り薬を盛ったのであった。謝るべきだというのはわかる。こんなことになるくらいならあのとき帰っておけばよかったと切実に思うっ。だがしかし、うだうだ言っている時間はないのだ!
「現在のリディアちゃんの最優先事項はアルト!アルトにばれずにどうやってこの場をやり過ごすかなの!緊急任務なのよ、エル君。アンダースタンド!?」
「理解できるわけねーだろ。緊急任務ってなんだ。あと君づけキモイ」
「エル隊員、声がでかい!バカ!大きな声でしゃべったらアルトにばれるかもしれないでしょ!アルトは地獄耳なんだよ。しゃべるなら声を小さくしてっ」
「はあ?つーか隊員もキモイ」
「声が大きい!もう黙って、エルたん!」
「…一発でいい。殴らせろ」
拳をふりあげるエルに警戒しながらも、私は持ち前の楽観思考を生かし考えを改める。
よーく考えたら、意外とあれはアルトのそっくりさんってこともあるぞ、ってね。
銀髪なんて珍しいし、あんなイケメン10歳児そうそういないし、そもそも王子じゃない人が騎士3人プラスαもひきつれてるとかありえなさそうだが、あれはアルトのそっくりさんに違いない!うん。だいぶ苦しいし無理があるが、そうに違いないと思い込むしかないっ。
私が心の中で顔を引きつらせながら笑い、エルの拳が私の頭に向かって振りかざされたとき(ぎゃー。この暴力兄弟子ーっ)。
家の中でドタドタという慌てた足音が聞こえた。と同時に扉を開ける音がして、アルトもどき集団のもとにお兄さんが現れた(おかげでエルの拳は私の頭に直撃する寸前で止まりました。お兄さんナイス!)。
「すみません!寒空の下お待ちいただいてっ」
「いえこちらこそ急な来訪、申し訳ございません。こちらの家に明かりがついていたので伺わせていただいたのですが…」
「あのぉ、その前にこんな辺境の村にいったい何の御用ですか?あなた様は、どこのお偉いさまで…?」
お兄さんが困ったような頭をかくと、アルトのすぐ真後ろに立っていた凛々しい顔つきの短髪の騎士さんが一歩前へ出た。この流れ、なんとなく水戸〇門を思い出す。嫌だな。嫌な予感しかしないぞ。
「口の聞き方に気を付けてください。この方は我が国の王子、アルト・ヴェルトレイア様ですよ」
……。
「お、王子様ぁぁぁぁ!?こ、これは失礼をっ」
「いいんですよ。顔をあげてください。エミル、彼を威圧するな」
「申し訳ございません、殿下」
私もお兄さんと同じようにひれ伏したくなりましたよ、はい。
本人でした。悪役とヒロイン、まさかの再会でした。
ですよね、だよね、だと思ったよ。私がアルトを見間違えるはずもないしさ!?
その場でうなだれる。
私だってお兄さんと同じように素っ頓狂な声を上げて叫びたい。だができないのだ!なぜなら、大きな声を出したらアルトが絶対に私に気づくから!
ちなみにお兄さんはまた土下座してる。アルトはそんなお兄さんの顔をあげようとしているが。アルトよ、あの人は土下座したらしばらく顔をあげないからほっときなさい。
もうごまかしがきかないため、アルトがこの場にいるということは受け入れよう。そうなると小さな疑問が生まれてくる。一国の王子であるアルトがどうしてこんなところに?
お兄さんも私と同じことを思ったらしい。おそるおそると、お兄さんは顔をあげてアルトたちに問う。
「お、王子様。僭越ながら質問をさせてくださいっ。なぜあなたさまのような高貴な方がこのような村に!?今、春の国の、特に辺境の村では疫病が蔓延しているのですよ!?」
その問いかけに応えるのはさきほどのエミル?っていう騎士さんとは別の2人の騎士だ。ポニーテールの騎士さんとパンダみたいな騎士さん。
「殿下は疫病の被害に胸を打たれ、ご自身に何かできることはないかと医師団を連れ各村を回っていたんすよ~」
「だがしかし今までの村はすべて壊滅。一足遅かったかとあきらめかけていたときに、疫病の被害にあっていないこの村を見つけたのです」
騎士さんたちの言葉を引き継いで、アルトがにこりとお兄さんに微笑みかける。
「村に具合の悪い人はいませんか?少し体調が悪いというだけでもかまいません。うちの医師団にぜひ診察させてください」
アルトは自分と騎士さんたちの後ろに立つ医師団の人たちをお兄さんに紹介し始めた。
理解した。アルトがなぜここにいるのか、その理由は実に王子様らしいすばらしいものだった。アルトはこの国の人たちのことを想って自分にできることをしていたのだ。尊敬するよ!ノブレス・オブリージュだ。
だけどもね、リディアちゃんはね、つーっと嫌な汗が頬を伝うのだ。
この流れはやばいぞーってさ。
その予感は的中する。
「な、なんと!ヒメ様たちだけではなく、本物の王子様まで来てくれるなんてっ」
「……?ヒメ様たち?」
お兄さーーーーん!バカーーーーー!
叫びたい衝動を必死にこらえて、私はだんだんと床を叩く。エルに奇怪な目で見られたが気にしない。気にしてられない!
「ヒメ様とは、誰のことでしょうか?教えていただいても?」
アルトは王子様スマイルを浮かべてお兄さんに話しかけるが、お兄さん騙されるな。アルトの目は笑っていない。あいつ絶対、「は?僕がソラと離れてまでここに来てあげたのに、誰そのヒメ様とか言う人間。殺す」って思ってるから!ようするに私のことはばらさないでぇえぇ。
だがそんな私の気持ちなどいず知らず、お兄さんは嬉々とした様子で語り始める。
「ヒメ様は旅をしている薬屋なのです。ヒメ様と黒髪の…ああ、名前を聞いていなかったっ。その2人がおれたちを救ってくれたのですよ!」
「薬屋…」
「お2人が寝る間も惜しんで我々を看病してくれたおかげで、村人全員、死人が出ることなく今も生きていられるのですっ!」
「へぇ。それはすばらしいですね。ぜひともその2人にお会いしたいのですが」
「はい。もちろ…」
この流れはガチでやばい!
私は隣に立つエルにすがりつく。エルの顔が心なしか赤い。熱?だが、気にしてられるかァ!
「おい、近っ。な、なんだよ!」
「エル。お願い!止めて!私アルトに見つかるわけにはいかないの!」
「アルトってあの銀髪のことか…ん?待て。あいつ、昔お前が攫われたときに助けに来た……」
「いいから止めてぇ!」
エルのぶつくさを聞いている暇はない!時は一刻を争う。近い将来の生死がかかっているのだ!なのでエルを窓から落とす。
「いや。どうなったら窓から落とすって発想に至るんだ!?」
「数年後の私の生死がかかってるからよ」
「今、まさに、おれがお前に殺されそうなんだが!?」
しかしながら窓の縁にしがみついてエルは落ちない。しぶといやつめ。
私はにこにこ笑顔で彼の指を一本ずつはがしはじめる。
「エルならきっとなんとかできる!私信じてるから!かわいいリディアちゃんを助けて!……一応もう一つ男受けしそうなセリフもいれておくか……。エル、無理はしないでね♡」
「アホかァ!お前の魂胆はまるぎこえだし、つーかそもそも、言葉と行動が一致してないんだよぉぉおおお!」
はい、エル落下。しかし叫び声(恨み声?)をあげながらも、彼はきれいに地面に着地した。
エルは身体能力が高いからね。言っておくが私はエルが絶対に着地できるってわかってたから突き落としたのだぞ。万が一、着地できなかったとしても魔法使えばケガせずにどうにかできるでしょ?風魔法でふわっと体を浮かせたりとか、ね?リディアちゃん頭いい~。
まあ話は戻し、きれいに着地したエルであった。しかし着地した場所がちょーと悪かった。エルはお兄さんとアルトたちの間に着地したのだ。これはやばいぞ。案の定、突然現れた少年を目にして騎士さんたちは剣を抜きかける。が、アルトがそれを手で制する。お兄さんは目を輝かせている。すごいね。「(略)…だよぉぉおおお!」とか叫びながら人が降ってきたのに、誰も動じてないよ。
「黒髪の君!ちょうどよかった。今この国の王子様が君たちに会いたがっていて…」
「悪いがそれは無理だ」
エルが頬を引きつらせながら(頬を引きつらせているのは、私がエルを無理やり落としたからです。ごめん)ぴしゃりとお兄さんの言葉を切る。するとアルトが王子様スマイル(目は笑っていない)を発動した。
「あなたが薬屋のうちの1人、ですね。…幼いな。おれと同い年もしくは年下ですよね?もう一人の方にもお会いしたいのですが」
「うちのくそバカヒメは恥ずかしがり屋なんだよ。会わせるわけにはいかねー」
「へぇ」
「それとも、なんだ?会わせなかったらおれたちを不敬罪にでもして殺すか?お前ら王族の到着が遅いがために死んでいたかもしれない村人を救った、お・れ・た・ちを」
「そんなまさか。するわけがないじゃないですか~」
うおお。なぜだろう。
2人の間で紫電が見えるぞ。ブリザードも見える。久しぶりだなこういうの。つーか、エル!くそバカヒメってなんだ!私のことか!
それからしばらくの間、2人はにらみ合った(アルトは笑顔なのでわかりにくいが、すくなくとも私にはにらみあっているように見えた)。数分後、先に折れたのはアルトの方だった。
「わかりました。お会いするのはあきらめます」
「あきらめてそのまま帰れ」
「……。」
エル。頼むからなにもしゃべらないで。無理やり壇上にあげた私が悪かったけど、なにもしゃべらないで。ようやく静まったブリザードがまた吹き荒れるとか嫌だから。
アルトはそんなエルに対して微笑(目は笑っていない)を浮かべ、次にお兄さんに笑いかける。
「おれたちはしばらくこの村に滞在するつもりです。なにかあれば声をかけてください」
「はいっ。ありがとうございます!あ、でも待ってください。申し訳ないのですが、この村は王子様が泊まれるような宿はなくって…」
「大丈夫ですよ。村にあった救護室…ほどのものはつくれませんが、うちにも魔法使いはいますので。自分たちの寝泊まりする場所くらいは作れます」
アルトの言葉にぎくりと私とエルの肩が揺れた。
ア、アルトくぅん?え。あんた魔法とか知ってるの?冷や汗だらだらである。アルトは魔法を存在として知っているだけだ。そうに違いない。この2年間のうちに魔法を学んじゃったりはしていなはずだ。
ちなみにお兄さんは「魔法?」ときょとんと首を傾げている。お兄さん、ことあるごとに土下座するという難点を抱えているが、それでも今はあなただけが私の心のオアシスです。
「おれたちは村の入り口付近にいますので。それではおやすみなさい」
アルトたち一行はそうしてこの場を去っていった。
うん。死ぬかと思いました。
さて、アルトたちが去った後。
「おい、リディア。即刻この村から去るぞ」
「私も同感。アルトに見つかるわけにはいかないし…」
と今後のことについて話していた私たちであった。
が、結果。
私たちは現在、救護室で走りまわっている。回復した村人たちと看病やら洗濯をしたり、ごはんをつくったりと、休む暇なくかけずりまわっている。
つまり、帰れていない。
実はアルトたちが去ってエルと今後について話していたとき、お兄さんが慌てて部屋に入ってきたのだ。子供たちやご老人たちが熱をぶり返したから助けてほしいってね。
現在完全回復して動くことが可能なメンバーは、お兄さんを含めた若い男性4名と女性2名。今も床に臥せっている村人たちを看病するにはどうしても人手が足りない。かといって王子様御一行を呼びつけて手伝ってもらうのは畏れ多い。そんなとき白羽の矢が立ったのが私とエル。若干人使いが荒くなってきた気がするが、私たちはきのうと同様汗水垂らすことになったのだ。ぬぅおおおお。




