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11.こんな展開、誰が予想できるか!



 「おい。リディア、おい!いいかげん起きろ!」

 「ふがっ!?」


 長距離の空間移動だったから少し意識が飛んでいたようだ。

 頬に痛みを感じ目を開ければ、目の前に広がるのは寂寥を感じる森。痩せこけた黄色の草木が風に吹かれて揺れている。

 …左手が冷たくて右手が温かい。そして右頬が痛い。


 とりあえず右を見れば、案の定そこにはエルがいた。私の右手を握り、空いている手で私の頬をつねる兄弟子がね!


 「いつまで頬をつねってんのよ!」

 「お前が目を覚まさないからだろ。それよりドアノブからさっさと手を離せ。誤って回したらどうする!また空間移動するとか嫌だからな」


 エルが指さすのは私の左手。

 言われて気付いたが私はドアノブを握っていた。

 振り返れば私たちの背後には物置小屋がある。なるほど。帰る時はこのドアノブを回すってことね。で、ドアノブに触れている限り、私がまたうっかり何の掛け声もなしに空間移動をする可能性があるからエルは焦ってるわけだ。空間移動苦手だもんね。仕方がないからドアノブを離してあげるよ、私優しいからさ~。


 さてと。改めて、辺りに広がる空気を吸い込めば胸がざわつく。

 じめっとした淀んだ空気。息苦しい。早く疫病で苦しんでいる人を助けに行かなければ。

 

 「エル。急いで村に行くよ!」

 「おい走るな!ていうか前向いて走れ!転ぶぞ!」

 「大丈夫、大丈……んぎゃあっ!?」

 「言ったそばから転んでんじゃねー!」

 

 はい。エルの言うように私は顔面から固い地面とこんにちはしました。だがしかし、痛くない。私の痛覚が麻痺したわけじゃないぞ。クッションらしきものが私の下にあるのだ。

 私は自分がつまずいたもの兼クッションを見た。

 

 「うぐっ……」

 「へ?」


 私の下にはベージュ色の髪の12歳くらいの美少年ボロボロがいた。彼はうめくだけで、目を覚まさない。サァーと青ざめる。


 「も、もももしかしてこれ私のせい!?」

 「おまっ!?ほんとどこにいてもトラブルメーカーだな!?つーか、いつまでそいつに乗ってんだよ!降りろ!」

 「あわばばば!ご、ごめんなさいぃぃ!ちょっと君!?死なないで、生きてええええ!」

 「う……」

 「ゆするなアホがァ!」







 ベージュ髪の少年を包んでいた淡い黄緑色の光が消えたところで、エルは少年の胸元に置いていた手を離した。ちなみに私はそんな彼の隣でハラハラしながらベージュ君を見ている。


 「とりあえず外傷は治癒しておいた。魔法では体力の回復はできない。こいつが目覚めないのは、単純に疲れてるからだろ」

 「うぅぅ。私体力回復薬持ってくるの忘れたぁ」

 

 師匠に持たされた治癒薬等が入ったリュックをあさるが、うん。やっぱり入っていない。私の手持ちのウエストポーチにも懐にもない。私が持参していたのは、煙玉やら眠り薬やらしびれ薬やらばかり!なんでこんなもん持ってきたんだ自分!


 「で?こいつ、どうする」


 エルがため息まじりに見るのは、眠ったまま目を覚まさないベージュ君。


 「傷の手当はしてやったんだ。ここに置いてってもいいと思うが…いや、置いてくぞ。めんどくさいことになりそうだ」

 「ちょ、なにバカなこと言ってんのよ。こんな森の中に置いていったらこの人、死ぬ可能性大でしょ!」


 野生の動物に食べられるかもしれないし、人攫いやらマフィアやらに攫われるかもしれない!この国、割と治安悪いからね!経験者は語るというやつだ。 

 なんてったって私は、加護の森にいたのにマフィアに攫われかけたことがありますから!


 「どや顔するな。あの時おれがどれだけ心…チッ。じゃあどうするんだよ」

 「もちろんいっしょに連れて行くわよ」

 

 なんかエルが言いかけた気がするけど、追求したら頬抓られそうなので華麗にスルーしまして。

 当然でしょ、と私は胸を張る。対するエルは頭を抱えていますね、ええ。

 なんだよその顔は。だってほっとけないじゃん。もしかしたら、もーしかしたら!私が彼に躓いて転んだせいで目覚めないのかもしれないし。このままこの人を放置した結果、死なないにしても危険な目に遭ったら目覚め悪いし。


 「てなわけで、エル。この人のこと運んで」

 「お~ま~え~なぁ!」

 「だって私リュック背負ってるし。それとも?エルはこの人のこと背負える自信がないの?」

 「なっ。こいつ運ぶくらい余裕だ!」

 「じゃ、よろしくー」

 「ああ……あ!おまっ、この!」


 私の口車にうまく乗せられたとエルが気づいたときは時すでに遅し。

 「うちの兄弟子ちょろいわ~」と、私はゲスな笑みを浮かべて村に向かって走っていた。

 後ろからなにやら怒声が聞こえますが、無視しましょう☆


 そうして森を抜けて村の入り口に到着したと思ったら、私は目ん玉ひんむいた。休む暇などない。


 「ちょ、大丈夫ですか!?」

 「……うぅ…痛い…苦しい」


 畑や家があちこちに点在する村は、同じようにあちこちに人が倒れていたのだ。


 私のイメージとしては布団の中で咳き込んでいる人たちに薬を渡して任務完了だったのだが、この様子を見るに薬を渡しても意味がない。だって彼らは薬を飲む気力すらない。


 とりあえず一番近くにいた20代後半くらいの男性の治療に取りかかる。

 普通は治療前にアセスメントをするべきだが、もう見るからにこの村の人たち疫病に罹っているからね、省略させていただく。…まあ治療とはいっても、私はただ魔法の薬を飲ませるだけなんですけど。


 「お兄さん、口開けて。薬飲んで」

 「うっ…」


 口を開けさせて無理やり薬と水を流し込む。そしてきちんと飲み込ませる。その工程を6人にやり終えたところでエルがやってきた。


 「おい。なんだこれ。人が倒れて…全滅か?」

 「バカ!まだ生きてるわよ。エルも手伝って!」

 「お、おう…」


 ベージュ君はそこらへんに置いといて、エルと私で村人たちに薬を飲ませる。全員に薬を飲ませたら今度は診療所をエルに土魔法で作ってもらい、村人さんたちのお家から拝借した布団を敷き村人たちを寝かせる。寝かせたら今度は汗をふいたり、消化に良いものを食べさせたり、休む暇はない。

 師匠が半端じゃない量の食料持たせたからおかしいとは思っていたのだが。師匠め、こうなることを予想していたな。


 そうしてだいたいの村人の容態が落ち着いてきた(さすが魔法の薬)ころにはもう、水色だった空は紺色に変わっていた。


 ちなみにベージュ君も村人たちと同様に診療所の布団で寝かせている。彼、まだ目覚めないのだ。少し心配になってくるよ。一応師匠が行くときにくれた飴玉を彼の口にも突っ込んでおいたから疫病には感染しないはずだけど、なんで起きないのかなぁ。疲れて寝てるっていっても限度があるよ。

 

 「疲れた」

 「おつかれさまー」


 9歳児にはかなりハードな一日。師匠に日々扱かれていなければ、普通の9歳児はおろか大人でも気絶するくらい疲弊していただろう。

 だけれども一日の終わりは私たちには訪れない。


 奇跡的に老若男女村人総勢35名に死者はでなかったが、それでもいつ容態が急変するかわからない。早く帰りたいとぼやくエルの尻を叩いて、村人のうち数名が回復し目を覚ますまでは彼らの面倒を見ることにした。


 朝日がのぼって12時間後。

 ようやく一人の男性が目を覚ます。私が一番最初に薬を飲ませたお兄さんだ。


 「う…ここは……おれは…」

 「エル!よかった。一人目を覚ましたよ!」

 「よし。帰るぞ」

 「アホかぁ!帰るのはまだ2、3人回復してからだわ!」


 なにが起きているのか状況を理解できていなさそうなお兄さんに、手短に私たちが旅する薬屋(嘘)で偶然この村に立ち寄ったら全員倒れていたので助けましたーと説明する。

 説明しながら子供2人で薬屋とか絶対嘘だってばれるなぁ、と不安を抱き始めたがお兄さんは私たちの話を聞くや否や土下座してきた。めっちゃびびった。


 「助けていただき、ありがとうございますっ。この御恩は一生忘れません」

 「ちょちょ、病人がなにしてるの!?顔あげて!」

 「おれ、日頃の行いが悪いというか、それ以前に助けてもらう資格すらない悪人なのに…命を救われるなんて。あなた様は女神さまですっ」

 「いいから落ちついて顔をあげて!?病人なんだよ!?あと女神様は嫌だ。せめて、ヒメでお願いします(いや、ヒメってなんだよ。とか言ってくるエルは無視)」

 「はい!わかりました、ヒメ様!ですが土下座はやめませんっ。不思議なことに体の痛みも苦しみもきれいさっぱりなくなりました!なので、どうか土下座させてください」

 「もういいから顔をあげろ!?」

 

 顔をあげたら上げたで、お兄さんは顔面は涙と鼻水でぐっちゃぐちゃで、私とエルの手をつかんで「ありがとうございます」を連呼する。エルは困惑したように固まって使えない。口をぷるぷるさせてるから、どうせ感謝されてうれしくて、でも彼の性格上素直に喜べず固まっているのだろう。

 

 お兄さんの声に反応してか、その後すぐに5人くらいの村人たちが目を覚ました。

 体調を聞けばみんなすこぶる元気らしい。すごいな魔法の薬最強だ。まあその分、作るのに時間と労力と魔力がかかるんだけどね。

 ちなみに目覚めた村人全員から土下座された。

 なんなんだろ。この村の人たち、土下座が当たり前なのかな。


 「じゃあみなさん元気そうなので、私たちもう行きますね」

 「あ、待ってください!」


 このままさよならしようとした私とエルを止めたのはお兄さんである。


 「お2人とも一睡もしてませんよね。目の下に隈が、それに身体がふらついています。このまま旅を続けるのは危険です。一晩、うちに泊まってくれませんか?」


 これはちょっとありがたい申し出だったりする。

 今の時間はお昼をちょっとすぎたあたり。私たちがこの村に来て1日と数時間が経過していた。その間私たちは一睡もしていない。つまり、フラッフラ。すぐにでも布団にダイブしたい。


 「感謝してもしつくせません」

 「どうか今日は我が家に泊まってくださいっ」

 

 他の人たちもそう言う。

 ちらっとエルを見れば、案の定彼は「嫌だからな。絶対に帰るぞ」の顔。

 仕方がない。私はキラキラうるうるの上目遣いでエルを見る。ヒロインの魅力を最大限に生かした技である。


 「せっかくだから言葉にあまえよ?」

 「言うと思った。絶対に嫌だ!」


 わかっていたことだがエルには効かない。くそっ!

 仕方がないので私はウエストポーチから小瓶を取り出し、中に入っていた水色の粉をエルにぶっかけた。

 

 「おまっ!それ…は……スー」

 

 すると、あーら不思議。エルは力なく私に倒れこんできたではありませんか。耳元で聞こえるのは「スースー」と規則正しい寝息。リディアちゃん特製、眠り薬の威力をなめるなよ。


 「あらら。黒髪君、お疲れだったんですね」

 「はい。疲れてたみたいでぇ。お言葉に甘えて泊まってもいいですか?あ。このベージュ君も一緒にいい?」

 「もちろんです!我が家にご案内いたします!こちらです!みなさんは2階の客間をお使いください。妻がもう布団を敷いていますので」

 「ありがとうっ!」


 そうして私たちはお兄さんのお家でぐっすりと眠りについたのであった。



//////☆


 「……熱っ!?」


 胸元に感じた焼け石を押しつけられるような痛みに目覚めれば、アルトにもらった守り石が久しぶりに熱くなっていた。お風呂も借りてすっきりな気分で寝ていたのにひどい目覚めだ。

 両隣からはエルとベージュ君の寝息。2人ともぐっすり。エルは私のぶっかけた眠り薬の効果がまだ切れていないとして、ベージュ君が眠りすぎてて心配なんだけど。彼、眠り姫とかじゃないよね?


 そんな感じで、守り石の熱がまだ冷めなかったり、眠り続けるベージュ君に不安を抱いたりで、すっかり意識が覚醒してしまった。

 辺りは暗い。窓から外を見れば空はすっかり紺色である。昼から今の今まで爆睡していたようだ。

 ちょっと外の空気が吸いたいなーと思い、私は窓を開け…かけて急いで閉めた。そして急いで窓から飛びのく。


 「……は?」


 今、一瞬、視界にありえないものが映ったのだ。

 あれ?なに?え、私疲れてるのかな?だから幻覚でも見たのかな。


 「あー…守り石が熱いなぁ。ハハハ」


 つぶやきながら、そーっと窓の外をもう一度見て、私は頭を抱えた。

 嘘でしょ。勘違いじゃなかった。見間違いじゃなかった。幻覚じゃなかったぁぁぁぁ!



 窓の外から見えるこの家の玄関口には人がいた。

 3人の騎士と医術班のような人たち数名を従えた、黒いローブを羽織った少年。しかしローブで身を隠しているにも関わらず、彼からは品格と威厳、キラキラオーラがにじみ出ていて…。




 そう。そこにいたのは、少し成長した春の国のブラコンヤンデレ王子様、アルト君10歳だった。

 なんでやねーーーーーん!!!




誤字報告ありがとうございます!

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