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10.それは迫真の演技?


 

 私の叫びは無視して師匠が話し始める。


 「あんたたち覚えてる?ザハラが2年前に言ってたでしょ。春の国で疫病が流行るって」

 

 そういえば言っていたような気がする。

 

 「まさか…」

 「そのまさか、よ。春の国の辺境で疫病が蔓延しているらしいわ。貴族どもが住む領地付近は問題ないようだけど、そこから離れた村はもうほぼ壊滅状態」

 

 きのうザハラさんが店に来たとき、めずらしく師匠と2人で(ザハラさんはいつも私かエルのどちらかを抱きかかえながら会話する)話していた理由が今わかった。


 ザハラさんの情報によれば、春の国の王都を含む首都は無事だが、王都から離れた辺境の村は被害がひどいそうだ。壊滅してしまった村が大半だとか。

 だけれどもとりあえず王都は無事だと…アルトとソラは無事なのだと知ってほっとする。亡くなってしまっている人もいるのに安堵するのは不謹慎だが、それでも大切な人たちが生きていたのだ。安心せずにはいられない。

 

 「てなわけで、リディア、エル。至急、魔法薬をもってまだ壊滅していない村へ向かいなさい」

 「合点承知!エル、行くわよ!」


 私にできることがあるならば、救える命があるならすぐにでも向かう。話を聞いてしまった以上はそ知らぬふりはできない。私は意気込みエルの腕をつかむのだが…師匠に異を唱える人物がいた。言っておくがここには3人の人間しかいない。当然異を唱えるのは、


 「待て。村に向かう必要はない。疫病は自然が引き起こしたものだ。それを人間が介入していいわけがない。今村に行き第三者の手で村人を救えば、運命に背くことになるぞ」

 「ちょっとエル!」


 ツンとした顔で私の手を払いのけるエル。私は地団太を踏む。

 お前もかエル!

 忘れていたがこの国の人たちはみんなこういう思考だった。運命に背くな。運命を受け入れろ。運命のままに生きろ。

 なにが運命だ。そんな不確かなものを信じられるわけがない。エルは行かなくても私一人で行くんだから!そう師匠に言おうとしたときだ。


 「ハッ、なにが運命よ。そんなのクソくらえ。あたしたちは人を救う力を持っている。その力を苦しんでいる人がいると知っておきながら使わないでどうするの?何に使うって言うのよ」


 師匠が不敵な笑みを浮かべ語った。

 正論にはエルも詰まる。


 「たしかにそうだが…」

 「じゃあエルは、たとえばリディアが疫病で苦しんでいたとしても助けないわけ?運命に背くから?」

 「なっ。助けるに決まってるだろ!」


 エルは苛立たしそうに師匠をにらむ。

 この2年で気づいたことだがエルは意外と押しに弱い。

 つまりなにがいいたいか?エルが押されまくっているこのチャンス、逃してなるものか!ってこと☆


 「エル!運命なんて今私たちがなにをしようが行きつく先は一緒なの!私たちが村の人たちに薬をあげたとしても、きっと死ぬ運命の人は死んじゃうし、生きる運命の人は生きる!だから一緒に村に行って薬を届けに行こ?」


 私は師匠に続いてエルに訴える。

 ぶっちゃけ運命の行きつく先は一緒っていうのは別に本心で言っているわけではない。いやだって私、自分や周りが死ぬかもしれない運命を変えようと奔走していましたし。そんな私が運命行きつく先は一緒なんて言ったら、孤児院時代編の努力は無駄です本編入りますって言ってるようなものだ。


 だけど今のこの世界の概念というものが染みついたエルにはこの説得が一番効くと思う。

 私たちが何をしようが運命は変わらない。そう言えば、運命に反するの絶対ダメ星人のこの国の人たち、つまりはエルも納得して一緒に村に行ってくれるだろう。


 話合わせてね、師匠。そう念じながら師匠を見て、瞠目する。

 師匠は見たことがないくらいに狼狽えていたのだ。ひどい顔色で首を横に振り、私の肩をしっかりとつかむ。

 

 待て待て待て。なんだこの展開は!?

 私もエルも全く予想してない展開に動揺しまくりだよ!?


 「ちがう。運命は変えられるっ。死ぬ運命だって、抗えば変えられ……」

 「ちょちょちょ、師匠!?落ち着いて!?うん、抗えば死ぬ運命だって変えられるよね!生きる運命に変わるよね、うん!ね、エル!?」

 「う、あ、ああ。そうだ。変えることができる。う、運命は変わる」


 し、師匠!?いつものオカマ口調どうした!?どこに消えた!?

 師匠に話を合わせてねのつもりだったのに、今や私はエルに「頼むから話合わせろ!」と訴えている。はっ。まさかこれ、師匠の作戦!?だとしたら迫真の演技だな。


 私とエルのとっさの共同戦線が功を制したのか、それとも今のは演技だったのか、師匠の狼狽はやっとこさ治まった。


 「そう…よね、運命は変わる」


 とは言っても師匠の顔はまだ青いので、私とエルで繰り返し「運命は変わる」を言い続ける。


 「変わる変わる!てなわけで、エル、村に行って運命変えに行こうか!」

 「ああ。行こう……てめっ、おれを嵌め…」

 「エ・ル!」

 「……行く。村に行って運命を変えてくる!これでいいんだろ!」

 

 エルが目を吊り上げてこちらを見ているので笑顔でごまかしておく。これでも私は、押しと妹弟子と師匠に弱い兄弟子のことを頼りにしているのだぞ?口が悪くて理不尽に怒るのがたまに傷だけどね。


 「そんなわけで、師匠!いつまでもぼ~っとしてないで、私たちを村につれていってよ!」

 「さっさと元にもどりやがれ」

 「……フッ。ええ、そうね」

 

 左と右。9歳児に両側から背中を殴られ、師匠はやっと元に戻った。眉を下げて彼は笑った。



///////☆


 数分後、私たちは白いローブを羽織り玄関の扉の前に立っていた。

 私の背中には師匠が持たせた魔法薬やら食料やらが詰まったリュック、腰には持参の薬を入れたポシェットがある。なかなかの大荷物だ。…なのにエルはなにも持っていないのだから理不尽である。なんですかー、この差別ぅ。


 「なに口とがらせてんだよ」

 「べっつにぃー」


 ケッと悪態をつき私は口の中の飴玉を転がす。

 この飴玉。師匠が作った疫病予防の魔法薬なのだ。これで病原体が溢れる村に行っても私とエルは感染することがない。


 「それじゃああんたたち、気を付けていってらっしゃい」

 「はーい」

 「ったく、こき使いやがって」


 これから師匠の空間魔法で春の国の村まで行く。

 師匠は一度訪れた(マーキングした)場所なら空間を繋げて移動することができる。まあマーキングは結構魔力を消費するらしく、どこへでも移動できるってわけではないそうなのだが。今回はたまたま師匠がマーキングしていた場所が目的地の近くだったので助かった。


 ちなみにマーキングは大抵の場合どこかの小屋の扉にしてあって、だから家の玄関の扉を使って空間移動するのだ。もちろん師匠が一緒についてきてくれるのであれば扉で移動する必要はないのだが、師匠がいない場合空間魔法の発動者がいないということになるので扉で移動しなければならない。どこでもドアみたいなものだ。


 そう。今回、師匠は一緒に来てはくれないのだ!

 そのことについさっき気付いて、一緒に行こうよ!とはじめてのおつかい並に暴れたのだが、「家を留守にはできないの」と優しく諭されてしまった。


 「むぅ」

 「なにむくれてんだよ。さっさと行くぞ。あ、空間移動するとき声かけろよ」

 「わかってるよー」


 エルは実は空間移動が苦手なのである。視界がぐにゃってなるからね、それが怖いんだと思う。

 「じゃあ行くよー」と、ドアノブを回す寸前、師匠が私の腕を引っ張り耳元でささやいた。


 「さっきの迫真の演技だったでしょ?騙された?」

 

 やはりさきほどの狼狽は演技だったのだ!師匠、あなたアカデミー俳優になれますよ、マジで。どうせにやにや笑ってんだろーな。後ろを振り向こうとしたところで、

 

 「それじゃあ気を付けてね。頑張っていってらっしゃい」

 「うおっと…あ」


 どんっと師匠が私たちの背中を叩いた。その反動で握っていたドアノブが回る。あちゃ。

 それを見てエルの顔がサッと青ざめた。

 

 「おまっ。空間移動するときは一声かけろって言っただろォオオオ!」

 

 エルの怒気のこもった声が聞こえたときにはもう、私たちの視点は反転していた。




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