4.私は別に騙されやすい訳ではない!
チュン、チュン。
小鳥の声がした。ということは、朝である。かわいらしい声を聞きながら私は寝返りを打つ。
かわいいけれど、私はルーの不機嫌そうな『ルールー』って鳴き声の方が好きなのだ。
それに私ルーの声じゃないと目覚めませんって約束してるし(そんな約束してません)。
「チェンジで。私は起きないぞぉ。ルーの声で目が覚めたいー」
ぼやけば「あら!」と、女性の口調…だが低くて心地のいい男性の声が聞こえた。眠気が誘われるなぁ。
「ルーの声がいいですって。あんたルールー鳴いてあげなさいよ」
「クラウス、殺すぞ」
「あんらぁ、こわーい」
さわがしい。
耳元で話さないでもらいたい。
私は耳をふさぎ寝返りを打つ。
「おい、いつまで眠りこけてんだよ。いい加減起きろ。食っては寝てを繰り返してるから、太るんだぞ」
「うぅぅ」
なんだかとても失礼な言葉と共に体を揺すられる。
え。なにこの声。
さっきのオカマ口調さんの声は聴いたことがある気がするけど、この声は知らないぞ?
とりあえず、やかましいわと揺する手を振り払った。
「あっららー。振られちゃって、かわいそー」
「うるさいぞクラウス!おい、起きろ!ブタになるぞ。つーか、これ以上眠りこけるつもりなら豚にするからな!」
「うぐぅぅ」
「おい。豚起きろ!」
「だぁぁあ!うるっさいわ!」
太るだの、豚になるだの、豚にするだぞ、豚起きろだの、うるっさい!
飛び起き私を揺する人物をにらむ。
にらんで…唖然とした。
「え。誰?」
「……っ」
目を開けた瞬間視界に入ったのは、黒銀色の髪にルビーのような真っ赤な瞳の男の子。一瞬、ルーかと思ったが、ちがう。
目の前にいるのは黒いヒヨコではなく、私と同じ年くらいの少年だった。ちなみに少年は少年でも美少年である。さすが乙女ゲームの世界。攻略対象以外も顔面偏差値高い人が多いなぁ。
白いシャツに黒いズボン。腰には黒いおしゃれなエプロンをつけ、それがまたかなーり似合っている美少年。
たれ目に泣きぼくろと覚えやすそうな特徴の顔だが、うん。やっぱり誰かわからない。つまり私はこの人を知らない。
「あなた誰?」
「……チッ」
「え、ちょ!?」
少年は舌打ちをするとその場から去ってしまった。
なんだあの子。
ていうかほんと誰?
そもそもこどこだ?私がいま横になっているのは、ふかふかベッド。見渡せば全体的にオーガニックな雰囲気の部屋。まず言えることは。ここは孤児院ではないということ。
怪訝に顔を歪めていると頭上で声がした。
「まったくこれだからませたガキは嫌なのよ。気づいてくれるとでも思ったのかしら。勝手に不機嫌になって困っちゃうわよねぇ?」
「あ、はい…いぃぃぃ!?」
黄緑色の髪の美青年に同意を求められ、ついつられて相づちを打ってしまうが、思い出した!思い出したぞ!
この顔を見て思い出した!
「あんた私を攫った魔法使いじゃん!」
「ご名答~」
目の前の美青年は、黄緑色の髪を緩く一本に結び、白いローブを羽織っている。間違いない。間違いない、この人だ!
昨日の夜のことぜんぶ思い出した。私は「いつ君」の通りに魔法使いに攫われたのだ!
「やっと目が覚めたようね。待ちくたびれたわ」
美青年はやれやれと肩を下げる。
その言葉を聞きちょっと焦った。
「え。待ちくたびれたわって、もしかして私一週間くらい寝ていた的な展開!?まさか10年間眠り続けていたとか!」
「そんなわけないじゃない。あんたの睡眠時間はきっかり7時間よ」
「普通じゃん!」
なんだこの人。
黄緑色髪の魔法使いは楽し気に笑っている。なんなのこのオカマ。
「あたしの名はクラウス。言っておくけど恋愛対象は女性。口調が女性的なだけよ。でもって、あなたは今日からあたしの弟子。あたしのことは師匠と呼び慕いなさい」
目覚めた瞬間まさかの怒涛の展開!
しかも師匠呼び強要だけでなく、さらっと慕えとか言ってきたんですけど!?
「や、やだ!」
もちろん拒否します。
本編を開始させないためにも、私はここで魔法使いの弟子になるわけにはいかな…あたた。突然後方から頬をつねられた。
「まひゃか、クラウフのまひょう!?」
「ちがう。そんなくだらない魔法ないわよ。あとクラウスじゃなくて、師匠」
たしかにクラウスはなんの動きもない。
よくわからないけど魔法を使うにはきっとなんかこう、呪文とか動作とかが必要なのだろう。
「ひゃあいったひ、たれか!?」
「普通にあんたの後ろにいるガキでしょ」
後ろだと?
振り返れば、そこにはさきほどの黒髪美少年がいた……私の頬をつねって。
「うわ。ほっぺやわ…。こんなぶにぶにだったのかよ。お前、ほんとうに痩せたほうがいいぞ?」
「なんなのこいつ!?」
ものすごく心配そうな顔で見られたんですけど。
なんなの、ほんとうになんなの!?
私の頬をつねる少年の手を叩起き落とし、クラウスに訴えるような目で見れば、彼はにこりと笑う。
「あんたの兄弟子よ」
「あ、兄弟子ぃぃ!?」
「うるっさいな。お前ほんと声でかい。耳元で叫ぶな」
「ちょ、やだ。こんな口の悪いのが兄弟子とかやだ!」
「なんだと!」
黒髪美少年は頬に青筋をうかべるが、待て待て。あんた怒りの沸点低すぎるだろ。
私のほうこそ青筋立てたいんだが?
豚だのほっぺぶにぶにだの言われたの覚えているぞ?ん?
「この腹立つガキの名前はエル。こんなのが兄弟子で嫌な気持ちはとってもわかるわ。でもねぇ、先に弟子になったのはこっちだし、うん。あきらめて」
「あきらめて!?いや、というか私弟子になんかなりたくないし!」
「あら、どうしてもいやなの?」
「いやに決まってんでしょっ!」
にらめばクラウスはしょんぼりと肩を下げた。
「仕方がないわね。じゃあせめてあたしと握手をしてちょうだい?」
そう言うとクラウスは手を私に差し出す。
え。そんな簡単にあきらめてくれるの?ちょっと拍子抜けだ。
握手をするくらい別にいい。それで私を弟子にすることをあきらめてくれるのであれば、別にいいのだ。別にいいのだが、私には一つ気になることがあった。
「なんであなたの手、黄緑色に光ってるの?」
握手を求め差し出されたクラウスの手は黄緑色に光っていた。
怪訝に見れば、クラウスは私に差し出していないほうの手で自身の目頭を押さえる。えぇー、急にどうしたの?
「……実はあたしの手、黄緑色に光る病気にかかっていて…。人には感染しないって言うのに、みんなあたしと握手してくれないのぉ。久しぶりに人と握手したかったな~」
クラウスの口から発せられたのは悲しいお話。
ま、まさかそんな病気があるなんて。
このときの私は寝起きと、怒涛の展開と、豚だのぶにぶにだの言われて、思考回路がいつもよりもだるんだるんだったのだと思う。
「私でよければ握手するよ?」
私はクラウスの手を握ってしまった。数分後後悔することになるとは思いもせずに。
クラウスはそんな私に感動したようだ。先程まで目頭を押さえていた手で口元を押さえ、目を潤ませる。肩は小刻みに震えているではないか。
「ありがとう。……欲を言うなら、あたしの手が治るようお祈りしてほしいのだけれど」
「お祈り?それくらいならいいよ」
クラウスの声はなにかを堪えるように震えていた。かわいそうに。今までかなり辛い思いをしてきたんだろうね。
クラウスの手、治れ~っと私は強く念じる。
すると体が熱くなってきた。
なんだか力がみなぎる感じ。
クラウスの手と同じように私の手がほんのりと白に近い金色に光る。
なんじゃこりゃ。
思ったときだ。クラウスがそういえば…と口を開く。
「あんたの名前、なんだったかしら?」
「え?リディア…」
その瞬間、右の掌に強い痛みが走った。
「いぃぃぃっだ!?」
思わずクラウスの手を離し右手を見れば、
「なんじゃこりゃ!」
右の掌に黄緑色に光る花の印があった。形からしておそらくこの花はガーベラだ。
どういうことだとクラウスをにらめば彼はにっこりと笑う。
「ああその光も印もしばらくしたら消えるから安心しなさい」
「いや私は安心を求めてにらんだわけじゃないから!?これなに!?」
「お前バカすぎるだろ。絶対将来詐欺にあうぞ?」
エルはそんな私を見て呆れ顔。ちょっとなんなのよその顔は。
まあいい。別にエルは私の兄弟子になるわけじゃないから、その失礼極まりない態度は許してあげよう。
「握手したんだから、孤児院に返してもらうよ」
「お前バカにもほどがあるだろ」
「え?」
なぜだ。エルが呆れを通り越して絶句している。
エルは私の掌のガーベラの印を指さした。
「その印がある限り、お前はクラウスから逃げられない」
「は?」
どういうことですか?
顔を引きつらせながらクラウスを見れば、彼はすっばらしい笑顔で口を開いた。
「それは契約の印。まあ、魔法の一種ね」
「な、なんだとぉ!?」
ここでいう契約って嫌な予感しかしないんだけど。
私の不安を肯定するようにクラウスは微笑む。
「名前って自分の半身とも言えるのよ、知ってた?その名前をあんたはあたしに教えた。しかも魔力が繋がった状態でね。自分の半身をあたしにくれたの。契約というものは古来より互いのものを交換することによって成立する。それは髪であったり、血肉であったり。あたしはあんたに自分の魔力を渡した。あんたは私に自分の魔力と名前を渡した。これで契約成立よ」
顔が痙攣し始めるのを感じる。
「そ、その契約内容とはいったいどんな内容で…?」
「もちろんあたしの弟子になるっていう契約よ。あたしとあんたは師弟の関係になったってわけ。恨むなら無知な自分を恨むことね」
「んなーっ!?」
「この契約の印は一種のマーキングみたいなもの。どこへ逃げても師匠であるあたしにはあんたの居場所がわかるわ」
こ、言葉が出ない。
いつ君ヒロイン…あんた、プレイヤーの知らないところでこんな理不尽な目にあっていたというのか。
ちらりと横に立つエルを見れば、彼は…ええ、はい。言わずともわかるでしょう。心底呆れた顔で私を見ていました。
エル。今ばかりはあなたに怒りは湧きません。
ガクリと肩を下げる私を見て、エルは「お前はまだいいだろ。あいつに渡した魔力は少しなんだから」とつぶやく。
どういうこと?
首を傾げれば、呆れ顔。この人どんだけ私に呆れるのよ。
「契約っていうのはな、もらった魔力の分だけそいつへの強制力が増えるんだ。渡した魔力が少ない分、お前はクラウスからの制約が少ない」
その言葉を聞いてハッと気づく。
「……まさか、エルも騙されたくち?」
エルは遠い目をしてぽつりと言った。
「あいつの命令には逆らえない。そのことを立証するために、おれは寒空の下、外套なしの逆立ちで1時間歩かされた」
「う…うぅ、だからエルはそんなにひねくれた、むかつく性格になっちゃったのね…」
「ああ……って、んなわけあるか!お前そこは慰めるところだろ!?」
エルがわめているが今の私は悲しみに暮れてるんだ。
無視しておいおいと涙を流す。
「クラウス!あんた今に見てなさい!すっごい魔法覚えて、頭をぱーんってさせてやるんだからぁ!」
「おい。涙を流すとか言っときながらお前の目から水滴一つも出てねーぞ」
「うっさいわエル!あぁもうっ。師匠はオカマだし、兄弟子は口悪いし、最悪だぁ!」
「おまっ、こっちが黙ってりゃ好き勝手言いやがって。だったらおれだって、寝言で「でへへ。もう食べられなぁい」とか言いながらよだれ垂らす妹弟子なんざごめんだ!」
「ちょ、待っ!?私そんなこと言ってない!」
「はいはい。リディアあんたはもうあたしの弟子なんだから。あきらめなさい。あとあたしはオカマじゃない」
「いやだぁ!」
するとクラウスがやれやれと肩を下げた。
「この手は使いたくなかったんだけど…」と言いながら懐からなにかを取り出し、私に投げつける。
ちょっといきなり投げつけないでよっ!?
慌てながらも私はそれとなんとかキャッチ。だれかほめろ!
ていうかこれなに?私は自身の手の中にあるものを見て、目を見開いた。
「こ、これは!」
クラウスはドヤ顔だ。
「あたしとおそろいの最高級のローブよ」
クラウスに投げてよこされたもの。それは真っ白な子供用のローブだったのだ。しかもさわり心地最高。
「…いや、だからなんだよ。おい。リディア、お前なに目をキラキラさせてんだよ」
「だ、だって、私小さいころから魔女とか魔法に憧れてたから…くぅ。きたないぞ!」
「お前がちょろすぎるだけだろ!?」
えぇい、エルうるさいぞ!
私だってちょろいとは思っている。だけど、前世で憧れていた魔法が私を誘惑するんだもの!
クラウスはそんな私に優艶な笑みを向ける。
「リディア、いいこと教えてあげる。この世の中にはいろんな魔術があって、中には隠蔽の術とかもあるのよ。探し人から絶対に身を隠すことができる術もあるわ」
「リディア。師匠に一生ついていきます!」
「ちょろすぎだろ!?お前にプライドはないのか!?」
エル君。君はわかっていないのだよ。
チッチッチーとエルの目の前で指をふる(指ふったら噛みつかれそうになったので急いでやめました。こっわ)。
そう!隠ぺいの術があれば、仮に攻略対象が私を迎えに来たとしても、身を隠すことができるのだ。
決めました。
私魔法使い見習いになります。
クラウス…いいえ、師匠の弟子になります!
「やる気のある生徒は大歓迎よ!」
「イエッサー!」
「ついてけねー」
こうして私は「いつ君」の通り魔法使いの弟子になったのであった。
まさか師匠がオカマで、兄弟子(態度が悪い)がいるとは思わなかったがな。
すみません。残業と風邪のダブルコンボで更新が遅れました。




