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5.完璧と完璧主義の違い



 えー。現在、私こと、リディアちゃんは、恐怖のブラコン・ヤンデレ・悪役のアルトと肩を並べて座っています。

 私たち2人の目の前には澄んだ川が流れており、分厚い雲が覆う空からはうっすらとだけ月が見え、その光がまるでスポットライトのように私たちを照らしていた。

 

 はたから見れば美男美女の幼いカップル(幼すぎるけど)が肩を寄せ合い座り、寒さに震える彼女の肩を彼氏が抱き寄せ温めてあげている。

 …という純粋乙女は発狂するような、甘々激甘シチュエーションだ。


 だが、


 いや。怖いから。

 これリアル発狂シチュエーションだから。


 私は女の子たちの夢なんてものはぶち壊させていただく。

 なぜなら現状は全く持って甘くない!むしろ(私の恐怖心からくる涙で)塩辛い!


 私が震えているのは、寒さではなく恐怖ゆえ。

 アルトが私の肩を抱いているのは、温めるためではなく逃がさないため。

 私の肩は現在違う意味で、温かい!(アルトの馬鹿の指が肩に食い込みすぎて、熱を持ち始めたんですよ、痛いんですよ)


 今までさんざんアルト怖いだの。ブラコンだの。愛が重いだの言って震えていたけれど、訂正します。過去の私、それは自分の目でリアルアルトを見てからにしなさいと。


 震えるだの、怖いだのの問題じゃない。

 まず、あ。これ、私関わっちゃいけない人種だ…って、脳みそが思考を放棄します。

 私は自分の脳みそが活動を停止したことにより、気が付いたらアルトと一緒に肩を寄せ合いここに座っていた。人間ってほんとうに怖いね~。


 もしかしてソラルートのときのアルトって、いつもこんなふうにヒロイン木を作って八つ当たりしていたのか?

 悪役の行動なんてストーリー上に必要なもの以外、出てこない。

 だからさぁ…うん。これ、ゲーム内に映像として流れなくてよかったと思う。乙女ゲームから一転、ホラーゲームになるからね。


 そんなことを思っていたら、ホラーゲームキャラ…いえいえ、悪役のアルトくんが、ぐるんと首をひねり私を見てきた。急にやめて。怖い。


 「それに、顔近いんだけど」

 「うん。やっと正気に戻ったみたいだね」


 やっと戻った。どれだけ待たせるの?めんどうくさいやつだ。と言わんばかりの目で見てくるアルトに対して、ふつふつと湧き上がる怒りを、ぐっとこらえる私はさすが精神年齢20歳。

 だが一つ言わせていただきたい。

 てめぇ、だれのせいで正気失ったと思ってんだよ!こらぁ!


 「ま。その様子を見るに、君はおれに対して言いたいことがいっぱいあるようだけど、先におれからの要件を言わせてもらうよ」

 「な、なによ…」

 「君さぁ。今見たこと、ソラにばらしたらどうなるか、わかるよね?」

 「……。」


 それ、要件やのぉて、脅しやん。


 そんな言葉も彼の冷たい笑顔の前では言葉にはならない。

 むしろ言葉を発することができない。

 唯一出せる音といえば、「あ…う、え…」などの母音くらい。すごいな。悪役はヒロインを赤ちゃんにすることができるらしい。

 なんて言っている暇はない。


 どうする?この圧倒的不利な状況をどう乗り切る?

 悪役さよなら計画以前に私にもプライドがあるので彼の脅しには屈したくない。

 ん?悪役要素さよなら計画……!


 そこで打開策を見つけた私は、さすがヒロインっ。天才。神に愛されている!

 なけなしの勇気を振り絞り、私は口を開いた。


 「わ、わかったよ」

 「そう。それなら、い…」

 「でも、ばらさないかわりに、私と取引して!」

 「……ふーん」


 ゾクリ

 アルトの雰囲気が変わった。

 私はそれだけですくみあがってしまう。肉食動物を前にした絶体絶命の草食動物の気持ちだ。

 が、落ち着け…落ち着けぇ。心の中で繰り返し、自分に言い聞かせる。


 こいつは所詮ただのガキ。今も雰囲気が悪魔級から魔王級に変わっただけで、冷ややかな笑顔は変わらない。なにより私はアルトが木を殴っていたという弱みを握っている。私の方が優勢だ。


 ガタガタ震える自分を必死に奮い立たせ、私はニヤリとアルトに笑ってみせた。


 まあ現在もアルトは私の肩を抱き寄せたままなわけだから、私が虚勢を張って笑っていることなんて確実に気づいているだろう。

 案の定、彼は小馬鹿にするように笑みを深めた。当然のことながら目は笑っていない。

 この人齢7歳にしてもうすでに悪役顔なんですけど。悪役要素とりのぞけっかなぁー。


 「おもしろいね。ガタガタ震えているくせに、僕に取引を持ちかけてくるんだ?いいよ。聞いてあげる」

 「っ!」


 実はこのとき。この絶対にトラウマになるという状況で、唯一、少しだけいいことが起きた。


 言っておくが、笑いかけられたことではないぞ。

 あんな物騒な笑顔をいいことで済ませられるほど私は図太くない。

 私の思う、いいこと。

 それは彼の一人称が変わったことだった。


 アルトは普段は「おれ」と言っているが、本来の一人称は「僕」だ。ゲーム内でもよほどのことがないかぎり、ソラの前でも「おれ」と言っている。理由はわからないけど偽っているのだ。


 つまりアルトが本来の一人称である「僕」を使うときは、演技をしていない。

 ようするに今、彼は素の状態で私と会話をしているのだ。

 友人ではないし、どちらかと言えば加害者と被害者の関係だが、アルトとの距離が近づいたのは確かだ。

 うん。今なら行けるし、むしろ今しかチャンスはないっ。


 深呼吸をして、吐き出す息と一緒に言葉も吐く。


 「あのね。取引内容は、簡単っ」


 そしてやっぱり聞いてあーげないとか言われないうちに、一気に言い放つ。


 「あんたはイライラしたら、木に八つ当たりしないで、私に愚痴をこぼしなさい!」

 「……は?」


 私の言葉があまりにも予想外だったのか、アルトは口をポカンと開けた。魔王級の圧がなくなった。

 今気づいたのだが彼は自分の予想していなかった発言や行動をとられると、一瞬思考が停止するらしい。


 あ。これならいけるかも。

 自分のペースを取り戻した私の体はもう震えていない。

 口角があがる。

 が、まだだめだ。まだ話の主導権はアルトが持っている。まずはそれを奪わないと。


 「なによアルト。まさかあんた私の言ったことが理解できないわけ?ソラもバカだけど、兄のアルトもバカなのね」


 高圧的に。見下されていると感じるように言葉を選択する。


 私の判断は間違っていなかった。

 自分のことよりも大切な弟を侮辱されたことに怒ったのか、唖然としていたアルトが我に返り、キッと私をにらみつけたのだ。

 でも怖くない。うん。いける。


 「ふざけないでくれる?君の発言を理解できないわけがないでしょ」

 「ふぅーん。ぼけっと口を開いていたから、てっきり意味がわかってないんだと思ってた」


 そう笑みを浮かべればアルトの顔が怒りで赤に染まる。

 よ、よし!


 「なっ。僕が、わからなかったのは、君の真意だ!僕の愚痴を君が聞く。君には、なんのメリットもないはずだ」

 「あら…あるわよ」


 自信満々に、さらに口角をあげて笑ってみせる。

 するとアルトはまたも目を丸くした。

 私が何も考えずに愚痴を聞かせろなんて言う訳ないだろ!お前の中の私はどんだけ馬鹿なんだ!


 「あのねぇ。私、あんたがイライラするたびに、リディア木に八つ当たりされるのは困るの。私のお腹がそのたびに痛くなるわけ。愚痴を聞くかわりに、木を殴らないでほしいの」

 「そういうことなら、別に…?」


 私の理由が正当なものだとわかったからか、アルトは不振そうな顔をしながらもうなずいた。

 よし、見たからな。私はアルトがうなずいたのを、見たからな!やっぱ愚痴らないって言っても遅いからな!

 

 私は心の中でニヤリと笑う。

 リディア木への八つ当たりを防ぐというのは、実はフェイク。私の真の狙いはアルトの愚痴を聞くポジション(素で話す相手の座)を手に入れることであった!

 愚痴を聞く、それすなわちアルトとまともに言葉を交わすことができるということ!

 つまりゆくゆくは友達になって悪役要素をさよならさせることも可能となった!あの完全否定したアルトの悪役さよなら計画が実行可能となったのだ!!


 リディアちゃんは一つ学びました。キャッチボールは誘うものじゃない。デッドボールでもいいから(ダメ)、無理やり投げつければいいだけの話だったのだ(絶対にダメ)!


 まだアルトたちヴェルトレイア兄弟が孤児院を去るまで時間はある。一か月は確実にあるだろう。余裕だな。ぐふふふ。


 「ちょっとなに笑ってるの?君、気持ち悪いよ」

 

 心の中で笑ってたはずなのだが、普通に笑っていたらしい。

 アルトが不快なものを見る目で私を見ていた。


 「ちょっと。美少女ヒロインに向かって気持ち悪いとはなによ」

 「自分で美少女とか言ってる…」


 かなりドン引きされながらも私がいまだに笑っているので、アルトはなにか勘違いをしたらしい。

 ゴミムシでも見るかのような目で私を見始めた。

 あの、未来の友達に向かって、その目はないと思うんですけど?


 すると今度は何か悩むように考え始める。

 忙しないやつだな。数分の間にコロコロ表情が変わっているよ。

 

 いつもの笑顔を張りつかせてにらんでくるだけのアルトを見ているだけに、なんだか今のアルトを見ていると不思議な感じだ。そーんなことを思っていたら、彼は「わかった」と悩んでいた顔を上げた。

 でもその割に顔は明るくない。

 むしろ私をにらんでいる。なんでやねん。


 「言っとくけど、僕に取り入ろうとしても無駄だからね?」

 「……はあ?」


 悩んだ末に出した結論は意味不明なそれ。

 取り入ろうとしても、無駄?

 彼がなにを思ってこの発言をしたのか。はっきり言って全く理解できなかった私は少し考え…一つの仮説にたどり着く。


 もしかしてこいつ、私が自分(アルト)に気があるから、少しでも関わりを持ちたくて愚痴をきかせて!なんて取引を持ちかけたと思っているのではあるまいな!?

 

 まさか…と思いアルトを見て、うん。頭を抱えた。

 だってこの顔は確実に、僕に惚れないでよ気持ち悪い。僕にはソラがいるんだからって顔だ。

 はぁ~っ、笑止!


 なんか頭が痛くなってきた。

 彼は相当うぬぼれているらしい。まあうぬぼれてもいいほどの容姿ですけどね、私はやつに惚れていない。絶対に、ない!取り入ろうともしてません!


 ただここで否定するとなんかめんどうくさそうなので、私はとりあえず彼に理由を聞く。


 「どうして無駄だって言えるわけ?」

 「僕の脳内の90%はソラでしめられてるから。君が入る隙はないんだよ」

 「……。」


 アルトのブラコンをどうやって聞き出そうかって考えていたら、まさかの自分からカミングアウトされた。

 隠してない。こいつ、むしろ堂々としているっ。

 え。なに、私はこの場合どういう反応をすればいい?ていうか、理由やばいな。

 予想だにしないアッパーに私は気絶寸前である。


 「……ちなみに、残りの10%は?」

 「君への憎悪だよ」


 春なのに氷のように冷たい風が吹いた。


 「ていうか私の入る隙ないって言ってたくせに、もうすでに1割入ってんじゃん!?」

 「かなり不本意だけどね」


 こいつの脳内9割ソラ愛で、1割私への憎悪とか、どうなってんのよ。どんだけ周りに興味がないの!?いや興味がない以前に人としてその脳内はやばいでしょ。


 私はまともな自分の脳を一度落ち着かせるべく、話題を変えることにした。


 「あー…ちなみにどうしてアルトは、ソラに木に八つ当たりしてたってばれたくないの?」


 どうせこっそりストレス発散していたのがばれたら恥ずかしいからとかでしょう。

 と、私は有り大抵のことを考えていたので、次のアルトの言葉に驚いた。


 「そんなの僕が完璧だからに決まってるでしょ?」


 斜め上の回答がでたぞ?

 なに当たり前のことを聞いているんだ、こいつ?というような目で見てくるが、待っていただきたい。それは絶対に当たり前じゃない。そもそもそれ理由になってるの?


 「なに?もしかして聞こえなかったの?ばれたくない理由は、僕が完璧だからに決まってるだろ?って言ったんだけど」


 うん。私の聞き間違えというわけではなかったようだ。

 でも、うーん。なぜだろう。二回も聞いたからなのかな。


 なぜだか。完璧だからというよりも、完璧でなければいけないからと言っているように聞こえた。

 僕は完璧でなければいけないからに、決まっているだろ?

 って。


 「完璧である僕が木に八つ当たりをしていたなんて知ったら、ソラは驚くじゃないか」

 「いやでも、自分完璧って言ってるけど、イライラ抑えられなくて木に八つ当たりして、それを私に目撃されている時点で完璧じゃないよね」

 「なっ…」

 「ふつう、イライラも隠してこそ完璧だよね?」


 私の言葉に言い返せないのか、アルトはカッと怒りに顔を赤く染めながらモゴモゴ唸っている。

 大方、私の言い分はわかるけど、認めたくないし、認められないのだろう。

 やれやれ、私は肩を下げた。どうやらここは大人の私が折れてあげるしかないようだ。


 「わかったよ。あんたが、完璧主義の努力家なのはわかった」

 「ちょっと待って。君、わかってないでしょ?完璧主義と、完璧は違う…」

 「はいはい。とにかく、あんたが私に愚痴を聞かせてくれる限り、私は今日見たことをソラにはばらしません。ね?いいでしょ?」


 なるべく不審がられないように、安心させるように私はアルトにほほえむ。

 そしたらとても怪訝な顔をされた。

 あれ?もしかして逆効果?


 「……なにか、企んでる?」


 逆効果だったらしい。

 うん。もうなんだか眠くなってきたよ。だから頭が回らなくて、アルトに不審がられたんだよ、もー。


 「ちょっと、無視?なにあくびしてんの?なにを企んでるの?」

 「…ねむぅ」

 「ちょっと!僕の話聞いてる!?」


 怒ったのかアルトが肩を揺さぶってくる。うぇ。やめろやめろ、吐きそうになるだろ。


 「揺らすな!しつこい!なにも企んでないわよ!私が企んでるのは、愚痴を聞く中でどうやってあんたと友達になろうかってことくらいで…あ。眠たすぎてばらしちゃった。ねー、もう帰って寝ようよー」

 「ねぇ、君自由過ぎない?しかも企んでるし。ていうか君、僕と友達になりたいの?」


 あー、もううるさい。超うるさい。

 私は眠いのだ。

 これからの見通しができて、アルトの恐怖からも解放されて、夜も遅いしで、一気に睡魔が襲ってきたのだ。寝不足は美容の敵だ。だからもう帰って寝たいんだよ!

 それに…


 「……ねー、アルト」

 「…君、半分寝てるでしょ?」

 「寝てない、寝てない」

 「いや、寝てる」

 「うるっさぁーい」

 「っ!?」


 不機嫌を隠さず、私はアルトの顔をがっしりと両手でつかんだ。

 アルトが少しビクッとする。

 でもそんなの関係ない。困惑してオロオロしているアルトの顔面偏差値がとても高くて、めっちゃかわいくてかなり腹立つけど、今はそういうの関係ない。

 私はじーっとアルトの顔を観察した。

 うん。やっぱり、思った通りだ。


 「な、なに?」

 「目に隈できてる。顔色もやっぱり悪い」


 またアルトがビクッと肩を揺らしたのは、私が年下のくせにカタギではないような顔で、にらみつけたからだろう。


 「あんた、ここ最近ずっと夜遅くまで…もしかして、寝ないで木を殴ってた?」


 私の言葉にアルトはうぐっと言葉を詰まらせる。

 あー。はい。クロですねぇ。はいはい。


 「この、アホが!」

 「はあ?君にアホ呼ばわりされる筋合いないんだけど」

 「いや、ある。私は少なくとも、自分の体調の異変には気づく。あんたは気づいていない。つまり私の方がアルトより上。だから私はアルトをアホ呼ばわりできる人間なの」


 やれやれと首を横に振る。まったくなんて困った坊やなんでしょうかね。

 最近のアルトの顔色が悪いことに気づいていた私だが、それはただたんに私に対するストレスのせいだと思っていた。

 

 それが、なに?原因は睡眠不足ですって?

 まあ元をたどれば私へのストレスが、眠らずに木を殴りまくるという行動を生んでしまったのだけど、それとこれとは別だ。


 「自分は完璧だって言い張ってるけど実際のあんたはねぇ、体調管理もできないような完璧とは程遠い人間なのよ!だからあんたは完璧じゃなくて、完璧主義って言われんの!」

 「はあ?」


 意味が分からないのだろう。アルトは眉間にしわを寄せる。

 うん、ダメ。私の言っている言葉の意味が解っていない時点で、こいつはダメだ。


 「あのね、完璧人間で通すなら、ちゃんとしなさい。あんたここ一週間、自分の顔色が悪いって気づいてた?」

 「え…」


 まさかとは思っていたが気づいていなかったらしい。アルトは目を丸くしていた。毎日洗面所の鏡で顔を見ているはずなのに、自分の顔色にすら気が付かないだなんて。

 彼の目に映るものはほんとうにソラだけらしい。


 も~、重すぎる弟への愛に頭を抱え、そのまま眠りに落ちたくなる。

 だがまだ駄目だなのだ。眠れない。

 いまアルトが私に押されているうちに言わなければいけないことがあるのだ。

 最後の力を振り絞り、私はアルトの胸をずいと指で押した。


 「ねぇ。アルトが完璧でいることを目指しているなら、私はそれを否定しないわよ。でも、怒るから。自分の体調の異変に気づけない、無理して完璧を装っているやつなんか、クズよ。完璧じゃないからね」

 「エラそうなこと言って…」

 

 アルトの顔がぐにゃんとゆがむ。それはもうゆがんだ鏡のように。

 ……って、ん?ゆがむ?

 自分の視界がぼやけ、ゆがみはじめることに私は疑問を持つ。が、まいっかーって感じだ。

 なんだか頭がぽやぽやしてきたのだ。どうでもいい。

 

 「私の前では、完璧でなくていいから。今度、私に愚痴こぼすときはぁ、私の膝を…貸してやるから、寝なさ……ぐぉー」

 「えっ……って、寝なさいっていったやつが、寝てるじゃないか!」


 遠くでアルトの声が聞こえた気がした。

 が、うん。気のせいだろう。



//////☆


 チュンチュン小鳥の囀りと朝日が眩しい翌朝、私はふわふわの布団の中で目覚めた。


 「……あれ?私、もしかして都合のいい夢でも見てた?」


 たしかアルトと森で会って、そのままいい感じに取引できて、それで、そうそう、今私を見降ろしているこの顔と同じ顔で、アルトが私をにらんできて…え?


 「ソラはまだ起きてないから、静かにしてよ」

 「……もしかして、夢じゃない?」

 「夢だったらよかったけどね」

 「……きのう私が見たことをソラに言ったら?」

 「殺す」


 あ。はい。朝一発目から、殺人鬼のにらみをいただきました。

 夢じゃないですね。むしろ現実ですね。

 頬をつねるよりも確実で痛みがない、その代わりに恐怖がある夢か現実かの確認方法に、とりあえず笑っておく。ハハハー、と。超最悪な目覚め~☆


 「あれ?そういえば私あのあと、森の中で眠っちゃったよね……」


 それなのに私は今、布団の中にいた。なぜ?疑問に首をかしげる。

 誰か親切な方が運んでくれない限り、私は森の中で起床していたはずだ。しかしあの場にいたのは私とアルトだけ。

 もしやと思い、アルトの方を見ると…


 「君、重たい。少し痩せて」

 「……。」


 ソラが起きていたら絶対に言わないであろう言葉を私に投げた。


 運んでくれてありがとう。はい。お礼は言いました(心の中で)。

 よし。ソラ、起きろ。タイミングよく、起きてしまえ!大好きなお兄ちゃんの暴言を聞いてしまえ!


 「ちょ、なにその変なポーズ?もしかしてソラに念をおくって目覚めさせようとしてるの!?君、バカなの!?」

 「アルト。人生なんて、なにがおこるかわからないものよ。なにせ私は昨日クマに会いに行ったら、クマよりも恐ろしいアルトという生物に出会ったんだからね」

 「はあ!?きのうクマに会いに行ったって…いや、待って。その前に僕がクマよりも恐ろしい生物ってどういう…」


 アルトが顔に青筋を立てながら私に掴みかかろうと手を伸ばした、そのときであった。


 「うぅ~ん。兄様?リディア?」


 わやわやと言い合いをする私とアルトの声で目覚めたのか、ソラが目をこすりながら起床した。

 ソラが目覚めたのは私が念をおくったからではないぞ!だから殺すなよ!?とアルトに訴えたいところだが、そんなことを言っている暇はない。


 さすがのアルトも今すぐ、完璧の仮面をかぶるのは無理だ。

 現在アルトが眉間にしわを寄せ私の胸ぐらを掴んでいるのは、わずかだが私が原因であるともいえる。

 仕方がない、これは貸しにしないでおいてあげる。

 フォローしようと私は急いでアルトを見た。

 が。


 あ…この人、ほんとうに完璧主義だな。

 見て、杞憂だったと悟った。


 「おはよう。ソラ」


 爽やかに微笑むアルトは、先ほどまで「殺す」などと言っていたアルトとはまるで別人。私の胸ぐらを掴んでいたはずの手でいつのまにやらソラの頭を撫でていた。

 孤児院のみんなが憧れる、やさしいお兄ちゃんのアルトだ。


 「…ん。おはよう、兄様」


 ソラはそんな兄を見て、にへらと笑う。

 いつもと変わらない光景。

 でも私だけが違和感を感じる、日常の風景。


 「それじゃあ、顔を洗いに行こうか。リディア、おれたち先に行っているよ」

 「あ。はーい……」


 まだねぼけているソラをつれて、アルトは洗面所へと向かった。

 しかし彼は部屋を出る間際、私をにらみつけた。

 ……うん、これはいつものアルトじゃない。いや、いつもっていうか…、私をにらみつけたアルトは、完璧を演じていない、一人称が「僕」の、ただのアルトだ。

 

 私はため息をつく。

 先程のにらみからは、「ばらしたら殺す」じゃなくて、「僕は完璧だから、お前の手助けはいらない。余計なことをしようとするな」っていう印象を受けた。


 これが、完璧だから完璧じゃない自分には気づいてほしくない、アルト・ヴェルトレイアという7歳の子どもなのだ。


 「兄弟愛の重いやつだなぁ」


 なんで完璧にこだわるのかはわからないけど、その理由がソラであることは確実だろう。

 彼の行動原理にはすべて、ソラが関係してくる。


 愛。

 それは美しいものだけど、見方を変えれば重たい鎖にもなる。


 「……。」


 むくりと起き上っていた私だったが、ふらふら~ともう一度布団の上にダイブした。

 ときにはこういう日も必要なのだ。


 あーあー。私、アルトの悪役さよなら計画、成功できるかな?


 「はぁぁぁ」


 息をするかのようにため息をついていて、私はどんよりとする。

 全員の幸せな未来のためとはいえ、6歳で、こんなにむずかしいこと考えたくなーい。





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