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3.プロローグ(3)


 翼が完全に完治したおれは、それから危なっかしいリディアを何度も助けた。

 リディアが人攫いに攫われたとき。蛇に襲われたとき。

 人攫いから救ってやったっていうのに、友達?を探しに行って迷子になりやがったときも大嫌いなアオを連れてリディアを見つけてやった。


 だがそのたびにおれは自分の無力さを痛感する。

 特に人攫いのとき。

 母と同じ髪色の…銀髪のガキを見て思った。あいつであれば、1人で2人の追手を倒すことができた。

 だが…おれだけでは、2人の追手からリディアを守ることはできなかっただろう。


 リディアと同じ人間の体で彼女を救うやつらに嫉妬する。

 おれだって元の体であればリディアを守ることができたのに。

 危険な目に合う前に救えたのに。

 アオのように、銀髪のあいつのように、桃色の髪のやつや水色の髪のガキと同じように、リディアに触れたい。


 こいつを守りたい。

 元の体に戻りたい。

 その想いは日に日に強くなっていた。

 



 月日は流れ、3月も終わりごろである。

 いつも森を覆っている神の加護が一瞬、震えた気がした。

 そのことに不安を感じ、どうすることもできないがなにか異変が起こっていないか、おれは朝から夜―現在まで、ずっと空を飛びまわっていた。


 胸騒ぎがするのだ。

 日常が崩壊するような、嫌なざわめき。

 濃紺の空が母と最初で最後の出会いをしたあの日を思い出され、余計に不安になる。


 そのときだ。


 「そういえば、ヒロインはすべての攻略対象に会った後、魔法使いに攫われるんだった~っ。小骨はこのことか!」

 「はい。声うるさい。眠ってなさい」

 「ふがっ」


 目を疑った。

 自分の目下で聞こえた、もう寝ているであろう声に驚き下を見れば、白いローブの黄緑色の髪の男にリディアが攫われていたのだ。

 リディアは幸せそうに、むにゃむにゃ言いながら男に抱えられている。

 なにをやっているんだあのバカは!


 『ルー!(リディアー!)』


 おれは急いでリディアと彼女を抱えたまま走り去る白いローブの男の後を追った。

 


///////★


 どれだけ翼を早く動かしても男に追いつけない。

 むしろ撒かれないように、追いかけるだけで精一杯だ。

 くそっ。

 また自分の無力さを痛感し、悪態をつく。


 そのとき男が急に立ち止まり振り返った。


 「もぉ~。どんだけ追ってくるのよ。ストーカー?」

 『ルー!(リディアを離せ!)』


 男の口調に一瞬驚くが、動揺している場合ではない。

 おれは男をにらみつける。

 そんなおれを見て、そいつは面倒くさそうに顔を顰めるが、はっと目を瞬く。


 「うるさい鳥……あら?あんた、禁呪の魔力を纏ってるじゃない」

 『ル、ルー(禁呪だと?)?』


 男が少し思案するように俯いたのは、数秒。


 『ル!?』


 リディアを抱えたまま、男がおれの目の前に立っていた。

 一瞬のことだ。まばたきをして、目を開ければ、男が目の前にいたのだ。

 男は困惑するおれの額に中指で触れた。


 『我は古の魔を知る者なり。彼の者にかけられし呪いを祓いたまえ』


 とたんおれの体は黄緑色の光で包まれた。

 くそっ。なんだ!?

 光に包まれたのは1秒にも満たない。ミシリと体がきしんだのは一瞬。

 男は今もなおおれの額に触れていたので急いで振り払う。


 「くそっ。いつまで触れている!離せ!」


 そこで、は?と気づく。

 今、おれは男の手を、自身の手でふり払った。ふり払ったのだ。……自分の…黒い鳥の小さな翼ではなく、人間の手で男の手を振り払った。


 おそるおそる自分の手を見て、瞠目する。


 鳥の羽ではない。人間の、自分の手があったのだ。手だけではない。体、顔、髪、すべて人間に戻っている。

 2年半前よりも少し成長した、これは6歳のおれの体だ。


 「元の姿に…もどった!?」

 

 あの男。おれにいったい何をした!?

 顔を上げ男を見れば、そいつは驚いたように目を見開きおれを見ていた。

 

 「呪いを解いてみれば、でてきたのは存在を消された王子様……ってわけねぇ。ほんとに、この子はどうしてこう特殊な人間ばかりを惹きつけるのか…」

 「…王子だと?貴様、なぜそれを」


 男の口から放たれた言葉に驚愕する。

 なぜこいつはおれが王子であることを知っている。国でもおれが王家の血を引いていることを知っている者は一握りしかいないというのに。

 だが男はおれの問いには答えないようだ。自分本位に話を続ける。


 「…まあいいわ。元の姿に戻してあげた、このことに感謝したらすぐにあたしたちの前から消えなさい。そしてもう二度と姿を見せないで」


 なんだと?

 身勝手な言葉に耳を疑った。


 「感謝をしろなど…お前が勝手に戻しただけだろ!おれはリディアのそばから離れない!」

 「聞き分けのない…」


 男がつぶやいた瞬間、ゾッとするような殺気のまざった魔力をぶつけられる。

 肌がびりびりと震えた。

 

 「もう一度言う。俺達の前から失せろ。そして今後一生リディアの前に現れるな。忠告じゃない。これは命令だ。死にたくなければ、去れ」


 くねくねとしたオカマ口調に微笑を浮かべていたその顔が嘘のように、そいつの顔は険しくなっていた。

 恨むような今にも呪い殺しそうな、リディアと同じ翡翠色の瞳がおれを突き刺す。


 初対面であるはずの人間になぜこのような目で見られなければならないのか。

 憤りを感じると同時にどうしようもないほどの恐怖も覚える。今すぐ逃げ出したいと思う。この男に逆らってはいけない。死ぬぞ。本能がそう訴える。


 だけれども…


 「いいだろう。お前の目の前から消えてやる!」

 「……最初からそう言えばい…」

 「だがリディアもつれていく!」


 男が言い終える前におれは言葉を続けた。

 男の顔が怪訝にゆがむ。


 「は?」


 冷たい声色に体が震える。逃げたい衝動に駆られる。

 しかし、ここでひくわけにはいかない。


 「お前みたいなっ得体のしれないやつのもとにリディアを置いておけるわけがない!元の姿に戻してくれたことには、感謝してやるっ。わかったら、さっさとリディアを渡せ!」

 「…ここであらがうか。命知らずというか、なんというか。ならば仕方がない。その体に身を持って思い知らせてやる」


 男の内部で魔力が集まったのがわかった。

 周囲に浮かぶ名もない小さな精霊たちが男の元へと集まる。

 

 やられる。おれはここで死ぬ。

 そう悟った。自分の死の姿が鮮明に思い浮かぶ。


 そのときだ。

 視界の端にリディアが映った。



 リディアは幸せそうな顔ですやすやと寝息を立てながら、男の腕の中で眠りこけていた。



 ……こんな状況だが、普通に腹が立った。

 おれがお前を守ろうとして死にそうになってるってのに、能天気に眠りこけやがって。ほんとうにこいつはっ!

 その怒りで恐怖はどこかへ消え失せた。


 そうだ。元の姿に戻れたんだ。この能天気バカをおれはやっと人間の手で殴…触れることができる。

 守ることができるんだ。

 ここで死ぬわけにはいかないっ。

 

 とたん、体中に熱いものがあふれた。

 森の端々から、どこからともなく黒い美しい蝶がおれの元へと集まる。

 

 その蝶からは嫌な感じがした。

 アオや猫から感じたゾッとする気味の悪い雰囲気。

 だが、いい。

 リディアを守るためならどんな力でも利用してやる。


 目の前に男が放った紅蓮の炎があらわれたとき、おれはその炎に向かって黒い蝶をぶつけた。


 「なっ!?」

 「リディアは渡さない!」


 炎と黒い蝶は押しては引いてを繰り返す。

 紅蓮と漆黒の輝きの間に色のない境界線ができる。

 時間にして数秒。しかし体感では何十時間にも及び、ようやくそれは終わりの時を迎えた。


 パリンッ


 なにかの割れるような音が、境界線の狭間から聞こえた瞬間、紅蓮の炎と漆黒の蝶――お互いが光の結晶となって霧散した。


 が、安心はできない。次が来る。

 絶対に次も防いでやる。

 警戒は解かず、おれは臨戦態勢をとる…が、その必要はなかった。


 いままでの光景を見てか、男の目は驚愕で見開かれていたのだ。

 むけられていた今にも逃げ出したい圧力も魔力も薄れている。

 ……いまなら隙がある。


 おれは男の懐に飛び込んだ。

 久しぶりの人間の体。うまく扱えるか不安はあったが、うまくいった。


 「リディア!しっかりしろ!」

 「むぅぅ~」


 おれは男の手からリディアを取り返すことに成功した。

 彼女を抱えたまま急いで男から距離をとる(ちなみにリディアは想像以上に重かった。痩せろ)。

 

 男はおれにリディアを奪われたことに気づいていないのか、眉間にしわを寄せぶつぶつと呟いている。


 「まさかこの段階でもう闇の力が……」

 「闇の力?」


 聞いたことのない言葉。怪訝に顔を歪めれば、男は「……あ。口に出てたか」とぼやく。


 「…っと、あれ?リディアがいない。いつのまに奪った?」

 「奪ったんじゃない。取り返したんだ」

 「あーはいはい、そうですか」


 ……意味が分からない。

 闇の力とはなんなのか。男は闇の力とやらについてこれ以上なにも言わないらしい。にまにまと嫌らしい笑みを浮かべながらおれを見ている。

 それに…さきほどまでおれに向けていた圧力が完全に消え去ったことも気になる。この男、なにを考えている?


 まあそのようなことは気にせず、今は逃げるべきなのだろう。

 男の圧力は消え、体は自由になった。加えておれの手の中にはリディアがいる。逃げるなら、いましかない。


 しかし、そうわかっているのだが、困ったことに体が動かないのだ。

 圧力でも恐怖でもない。

 抗いようのない疲労感と眠気のせいで体が重く、一歩足を踏み出すことすら辛い。

 これもやつの術か?


 男をにらむ。

 そんなおれを見て、男は冷笑を浮かべた。


 「なにか勘違いしているようだが、それは俺がやったことではない。体が動かないのだろう?魔法の使い方も知らない、訓練もしていないガキが、魔法を…しかも精霊の身で使ったんだ。ほんとうは気絶したっておかしくない。が、ふむ。意識を保ちおれをにらみつけるその雄姿には敬意を表してやる」


 この男の言っていることは理解できない。

 だがおれの心は変わらない。


 「こいつは渡さないっ!」


 にらみつければ、足元には黒い蝶が集まってくる。

 男は楽しげに笑う。


 「渡してもらうわ。ただぁ、話が変わった」

 「は?」


 男の雰囲気がさきほどのふざけたものへと変わった。

 なんだ急に。

 警戒すれば男は口角をさらにあげる。


 「リディアはこれから10年間、あたしの弟子として魔法を学ぶ。これだけは変えられないし変えるつもりもないこの子の運命よ」

 「だ、だからなんだっ!そんな運命、おれが変えてやる!」


 おれの言葉を聞き、男は満足そうにうなずく。

 ほんとうになんなんだこの男。

 すべての行動が癪に障る。


 「…ふむ。いいわね。こいういう展開も悪くはない。ねぇ、あんたリディアといっしょにいたいんでしょ?」

 「……ああ。こいつから離れるつもりはない!」


 この男の前で照れても無駄だ。

 リディアはまだ寝ている。

 頬に熱が集まるのを感じながらもおれは叫んだ。


 男はさらに満足そうに微笑むと次の瞬間、予想だにしないことを言い放った。


 「うん。決めたわ。ならあんたもあたしの弟子にしてあげる」

 「は?」


 男の言葉に耳を疑う。なにいってんだ、こいつ。

 めんどうくさい反応ね、男はつぶやき話を続けた。


 「魔法を教えてあげる。その魔法でリディアを守りなさい。この先一生この子を傷つけず、守り、この子の幸せのために生きることを誓うのなら、あんたの愛しのリディアのそばにいることを許してあげる」


 男の言葉に一瞬、思案する。

 が、それはほんとうに一瞬であった。

 おれの心はもう決まっていた。リディアに救われたあの日から、答えは決まっている。


 「……いいだろう。その条件を飲んでやる。もとよりおれはこいつを傷つけるつもりもないし、守るつもりだ!」


 そんなおれを見て、男が失笑した。


 「口で言うのは簡単だけど、この子を傷つけないという運命を覆すのはむずかしいのよ…」

 「……?」


 男がなにかを言った。

 だがなぜかその言葉がおれには聞こえなかった。


 「なにか言ったか?」

 「いいえ。なにも」


 どこか腑に落ちないものを感じながらも、男が「さて、契約成立ね」といいながらおれに手を差し伸べてきたので、いったん疑問は頭の端に置く。


 「さあ、あたしの弟子。俺の手をとり、お前の名を唱えろ」


 男が差し伸べる手に黄緑色の光が集まる。


 この契約がこの先のおれにどのような影響を与えるのか、わからない。

 この日のことを後悔する日が来るかもしれない。

 だけどおれは遙か先の未来ではなく、今、このときを、後悔したくなかった。

 なにがあっても、誰になんと言われても、この先辛い目にあったとしても、リディアと離れたくない。


 おれは迷いなくその手を取った。

 黒い蝶がおれの周囲を舞い、体の中から力が溢れる。

 自分の手の内にも光が集まったところで、おれは口を開く。


 「おれの名は……」

 




2章プロローグはこれで終わりです。

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