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2.プロローグ(2)

 

 リディアと共に過ごすうちに、大嫌いな人間のはずなのに、こいつだけは一緒にいるのがそれほど苦に感じなくなっていた。

 なぜって?そんなのこいつがおもしろいからだ。


 腕をつつけば痛いと叫び、動物に好かれたいと喚き、少しそっけなくするだけで「ルーがなついてくれない~」と暴れる。なんだこの生き物。


 なによりリディアはおれに対して、決して危害を加えなかった。

 …もちろん、怒られることはある。主にリディアを突きすぎてとか。それでもいくら怒りの感情を向けられたとしても、おれに対する悪意は全く感じなかった。


 こんな人間、はじめてだった。

 純粋におれを好いて笑顔を向けてくれる。

 そんなやついままでおれの近くには…精霊界にだって、いなかった。



 そのうちガキが2人増え、にぎやかになった。

 このガキ2人も他の人間とは違い危険思考は持ち合わせてはいなかった。なによりリディアよりもまともそうに見えた。赤髪の女からはたまに危険なにおいがしたが、とりあえずおれはほっとした。


 リディアのそばは心地よいし安心できるが、心が休まるという訳ではない。リディアは孤児院でもそうらしいのだが、森の中でもかなりやらかすので、心配で仕方がないのだ。お目付け役が増えるのはいいことである。おれの身の安全も保障される。


 ……しかし、ほっとする一方で、なぜかおれはリディアとおれの2人の関係が終わったことを少し残念に思っていた。

 新しくやってきたガキ2人のそばにいても、あたたかい気持ちにはならなかった。なぜだ?



 それからまもなくして嵐がきた。

 リディアは悲しそうに眉を下げ毎日のようには会えないとおれに言ってきた。

 そんなリディアに対しおれはいつものように腕を突く。


 言っておくが意地悪な気持ちで突いたわけじゃないぞ。なぜかその言葉を聞いたとき、動揺してしまったのだ。

 リディアと会えないと聞いたとき、心臓を引っ掻かれたようなざわめきを感じたのだ。

 

 なんだこの感情は。

 困惑する。

 こんなのはじめてだ。

 おれはどうかしてしまったらしい。




 その次の日のこと、おれは新たな真実を知ることになった。


 なんとリディアたちがおれに会う…というより、おれの傷の手当てをすることを禁止されていたようなのだ。3人は周囲にばれないよう、こっそりとおれの手当てをしていた。


 そのことが紺色の髪の男にばれたとき、リディアがめずらしくしょげていた。

 彼女がいつもよりも力なくおれを抱きしめるものだからさらに不安になり、リディアを見つめてしまう。

 そうしたらそのことに気づかれ、驚いたような顔で見られたので、ついつい…


 『ルー(見るなバカ!)!』


 言ってしまったが、どうせ言葉の意味はリディアには伝わっていないのだろう。よかったとほっとするべきなのだが、なぜだかおれの心は苦しかった。



 結局嵐が止むまでの間、おれは洞窟で過ごすことになった。


 そこは先の見えない暗闇に包まれていて、じめじめと気持ち悪い空気が満ちていた。

 ……なんとなく嫌な予感がして、この場所にいてはいけない気がして、おれは洞窟から出ようとする。

 だがリディアに危険だから洞窟の中にいるよう懇願され、しぶしぶ洞窟にいることにしたのであった。


 このときのおれは知らなかったのだ。

 その後、リディアの懇願を振り切ってでも洞窟を出ればよかったと後悔することになるとは。



//////★


 翌日は朝から天気が悪かった。

 夜中の現在、外は朝の何倍もの風や豪雨により荒れていた。リディアの言う通り洞窟に避難しておいてよかった。……リディアは、あいつらは無事だろうか。

 そう思ったときだった。


 『蛇の報告書…ビンゴね。黒い鳥という単語を文中に見つけたときはまさかと思ったけど、見つけました』

 『ル(猫)!?』


 猫の仮面のあのガキが洞窟の中に現れたのだ。


 いつの間に!?

 闇に溶けるような黒衣のマントに身をつつんだ猫は、その猫の仮面だけがこの場に浮いているようでひどく不気味だ。


 『主の命令と私の願いのために。あなたを、捕えます』

 『ルっ(くそっ)』


 今まで以上の殺気が肌に突き刺さる。その猫からは、おれを確実に今この場で捕えようとする意志を感じた。猫の中で魔力が練り上げられていく。おれの翼を傷つけたあの魔法を発動させようとしているのだ。


 翼はもうほぼ完治していた。

 外が悪天候であるということだけに不安を抱くが…っ背に腹は代えられない。

 

 『ルーッ!(捕まってたまるかっ!)』

 『なっ。この嵐の中、外に!?まだあなたに死なれるわけにはいかないのにっ』


 おれは猫の脇を通り洞窟の外へと飛び出した。

 そんなおれを追い猫も外へ出る。



 『待ちなさい!』

 『ルー(誰が待つかよ)』


 外は洞窟の中から見ていた以上にひどい天候だった。

 嵐がひどすぎて猫は思うようにおれを追いかけることができない。

 だが嵐の影響を受けているのはおれも同じ。

 強すぎる風のせいでうまく飛行することができない。

 追い風だからまだしも、これが向かい風になればおれはすぐに猫に捕まるだろう。

 

 さきに音を上げたのは猫だった。

 

 『くそっ。私はあなたを捕まえなければいけない!そうでないとあの方がっ!あなたの代わりに…っ。さっさと捕まりなさい!』


 猫が叫び、おれに魔法を放ったのだ。

 今まで放たれた魔法とは比べ物にならないくらい、強大で気味の悪い闇を纏ったかぎ爪のような魔法だ。


 この悪天候の中でこんなばかでかい魔法を放つやつがあるか!?


 通常であれば術者の定めた方向に魔法は向かうだろう。しかし今は悪天候。強い風が吹き荒れ、放った魔法はどこへ向かうかわからない。もちろん優秀な術者であれば天候に左右されることなく魔法を扱える…が、取り乱す猫の様子を見るに、それはないだろう。魔法をコントロールできていない可能性すら考えられる。


 おれに命中するかもしれないし、自身の――猫の方へと向かうかもしれない。はたまた別の、全く関係のない方角―孤児院に魔法が向かう可能性もあるっ。

 リディアの顔が脳裏に浮かび、不安に胸が押しつぶされそうになる。


 だが、どうやら天はおれに味方したらしい。


 案の定強風に影響された魔法は術者が狙いを定めた先(おれの元)には向かわず、大きく逸れ、おれと猫の後方――さきほどまで滞在していた洞窟に激突した。

 洞窟は崩壊し、土砂崩れが起こる。

 ひとまず安堵する。

 しかし、それもつかの間。

 

 洞窟へ激突しただけならよかったのだが、それだけではすまなかった。

 

 少しの…ほんの少しの間をおいて。

 地面が揺れた。

 空気がビリビリと震える。


 『ル!?』


 その揺れは、震えは、魔法の余波だった。

 あれだけ強大な魔法を放ったのだ。洞窟が崩壊し土砂崩れを起こすだけに留まるはずがない。

 さきほどよりも強く。

 地面が振動し、木々が揺れ、空気が震えた、そのときだ。


 眼には見えない波動が洞窟を中点として放たれた。

 息ができないほど――肺が潰れたんじゃないかと錯覚するほどの衝撃波がおれを襲った。


 『ルーーーーーーッ』


 くそっ。

 おれの体は為す術もなく後方へと吹き飛ばされた。

 嫌な予感がする。


 『…っ』


 猫も衝撃波を受け吹き飛ばされた。幸運なことにおれとは正反対の方角。そのことに安堵するが、それもつかの間。おれが飛ばされた先には川があった。

 早くも嫌な予感は的中した。


 ドボンッ


 おれは川の中へと落ちてしまった。


 冷たい。体が動かない。今度こそおれは死ぬかもしれない。

 川の波にのまれ浮き沈みを繰り返す。川の中も外も闇色だし、どちらにしたって苦しいのだから、浮くなら浮く沈むなら沈むで統一してほしい。

 体はぴくりとも動かせないのに、頭だけはよくまわる。こんなときだが笑ってしまう。

 もちろん楽しいわけがない。冷たく荒れ狂う川に徐々に体力を奪われ、体は悲鳴を上げ続けている。

 だけれども一方で心は、熊に襲われたときと同じように安らかであった。

 おれは自分の死を悟り、受け入れていた。

 苦しいだけの人生だった。こういう終わりもいいかもしれない。

 やっと終われることに安堵すら覚える。


 走馬灯か。脳裏に母とリディアの顔が浮かんだ。

 そういえば昔読んだ物語にこのような一節があった。

 「死ぬ前になにか言い残したいことはあるか」

 言い残したいことはない。が、悔いならある。

 

 脳裏に浮かぶのは太陽のような笑みを浮かべる少女の顔。

 まだ出会って数日だというのに、おれの心に住み着いてしまった腹の立つ女。


 ……死ぬ前に、リディアに会いたかった。


 思ったときだ。

 川にのまれ見え隠れする視界の端に、リディアが一瞬映った。

 は!?


 『ルー!(リディアなのか!)』

 「ルー!?」


 見間違いではなかった。

 荒れ狂うこの嵐の中にリディアがいた。

 まさかおれが願ったからこいつはこんなところにきてしまったのか!?そんなことを一瞬思うがすぐに首をふる。それは現実的にあり得ない。


 でもじゃあなぜリディアはここにいる?

 ……おれが心配で、ここまできたというのか?


 考えを巡らせる中、リディアは青ざめた顔でおれに向かって走ってきていた。


 「ルー!手を、頑張って伸ばして!」

 『ルーっ!(アホか、さっさと孤児院に戻れ!)』


 だがリディアはあきらめない。おれに向かって手を伸ばし走り続ける。

 雨で美しい顔に髪が張り付き、いつもは桃色の唇が真っ青になっていた。

 やめろ。おれのことはほっといてくれ。このままだとお前が死ぬっ!そう叫ぶのに、あいつは一向に帰ろうとはしないのだ。


 くそ。どうして言うことを聞いてくれないんだ。いやルーとしか鳴くことができないおれの言葉を理解できる方がおかしい。せめておれが人の言葉を話すことができればっ。


 「うぅ、もう決めた!」


 あげくリディアは自ら荒れる川に飛び込んでしまった。

 このアホが!川に飛び込むのも最悪だが、服を着たままで飛び込むバカがあるか!


 リディアは沈みながらもおれを捕まえた。

 あたたかい、落ち着くその手に抱きしめられ胸にあたたかいものが広がる。が、安堵している暇はない。

 

 「よ、よかったぁぁぁ」

 『ルーっ(このバカ、抱きしめるな!)』


 もちろん照れている暇もない!

 リディアには言いたいことがたくさんあるが、今はとにかくこの川から脱出することが先決だ。

 リディアはいつものようにおれを安心させようと笑うが、その顔はさきほどよりもひどく青ざめ、今にも気を失いそうだった。


 ここは川の流れに逆らうなよ、流れに身を任せろ…そう伝わるかもわからない指示出そうとしたところで、


 「ぬぅおおお!限界を超えろ私!」


 このバカは波に逆らい岸に向かい泳ぎ始めた。

 このアホが!


 そのときだった。

 強い風が吹いてその勢いで大きな波ができた。波は無情にもおれとリディアを飲み込もうとしている。


 「っルー!大丈夫。私が守ってあげるからっ」

 『ルーッ!!!(くそっ!!!)』


 力強くおれに笑いかけるその顔は隠しているつもりなのだろうが恐怖に染まっていた。

 鳥であるこの体をこのときほど憎んだことはない。

 大切な…守りたい女が目の前にいるのに、守れないどころか守られている現状。

 おれはなんて無力なんだっ。


 波がおれとリディアを飲み込む。

 これまでか。

 覚悟したときだ。


 「リディア!」


 闇色に染まる川よりも先に目の前に広がっていたのは、夜空のような紺色の髪だった。


 おれはその色に見覚えがあった。この色はつい昨日、見た。

 リディアを悲しませたやつだ。

 名はたしか、アオ。


 川がおれたちを呑み込むよりも先にアオがリディアを抱きすくめた。

 波に呑まれ、息ができなかったのは一瞬。


 『散れ』


 昨日リディアに笑顔を向けていたアオという男から発せられたとは思えないほど、冷たく低い声色。

 それに驚き顔をあげれば、その男――アオは何の感情も読み取れない冷酷な顔をして川をにらみつけていた。


 そこで気付いた。

 どういうことだ!?

 空は荒れ今も強風と強い雨が降り注いでいるというのに、今おれたちがいるこの川だけは不自然に静まっていたのだ。


 身動きが取れないほどの濁流も、おれたちを呑もうとする波もない。

 止まない雨が円状の波紋を川に描くだけ。

 そしてなぜかリディアを抱きかかえるアオの足元――川の中では、いつのまにやら黒い蛇が泳いでいた。


 この川に蛇なんていただろうか?怪訝に思いそれを見れば、蛇と目があった。

 瞬間、ゾッとした。

 嵐の寒さではない。不気味な、悪寒が走る。


 ……猫と同じ雰囲気が、一瞬だがこの蛇からはした。


 「リディア!」

 『ル!』


 アオの声で現実に引き戻される。

 そうだ。リディアはまだ目を覚まさない。真っ青な顔で震えたままである。

 さきほどまでの冷酷な顔はどこへ消えたのか。

 アオはとたん青ざめ、急いで川から上がりリディアを岸へと寝かせた。


 「リディア!リディア、しっかり!頼むから目を開けてくれ!」

 『ル、ルー!ルー!!!(リ、リディア!リディア!)』


 自立呼吸をしていることを確認したアオはリディアが目覚めるよう頬を叩く。

 彼女をゆする手も、呼びかける言葉も発せられないおれは、リディアのそばでただ鳴くことしかできない。


 体感的には何時間にも感じられた。

 が、リディアが目覚めたのはアオが頬を叩き始めてすぐのことだった。


 「ア…オ兄ちゃん?」

 「リディア!よかったっ」


 …彼女がはじめにその口から発したのは、おれの名ではなかった。そのことに鈍器で殴られたような衝撃を受ける。息が詰まる。だが、仕方がない。今はリディアが無事に目覚めてくれたことだけで十分だ。想いを押し込め、おれはリディアの腕をやさしく突いた。


 その後リディアはアオと言い合いをはじめ、どうすればいいものかとハラハラしていれば、結局抱きしめられ安心したのか気絶してしまった。


 アオははじめこそは焦ったものの、リディアの命に別状はないと判断したらしい。ほっと息を吐いた後でリディアを再度強く抱きしめると荒れる空の下歩き始め、小屋を見つけそこで嵐の経過を見守ることになった。

 

 

 小屋の中でアオは震えるリディアを抱きしめ温める。

 正直、逞しい腕を、屈強な体を持つこの男に嫉妬した。

 おれも元の姿であれば、リディアを救えたのに。抱きしめることができたのに。温めることができたのに。くやしい。

 おれだってリディアを守りたいのに。


 それはともかくとして。おれはアオをにらみつける。

 このアオという男、正直信用ならない。


 この男がリディアのことを大切に思っているのはわかる。が、こいつからは嫌な感じがした。こいつは危険だ。

 さきほどの冷酷な顔。黒い蛇。猫と同じ雰囲気。こいつは油断できない。リディアのそばにはおいておけない。

 せめて今おれができる最善をしよう。

 おれはリディアを守るべく、アオの手を突いた。


 『ルールーっ!(リディアを傷つければお前を殺すぞ!)』

 「…っ」


 アオは痛みに一瞬顔をゆがめ、おれの姿を見ると目を見開いた。


 「ああ。君がいたのを忘れていた」

 『ルっ!?(はあ!?)』


 ずっとリディアのそばにいただろ。

 驚愕するおれをアオは疎ましそうに手で払う。


 『ルーッ(くそっ!)!』


 おれは為す術なく、その手に払われリディアから遠ざかってしまう。

 にらめばアオは冷笑を浮かべこちらを見ていた。


 「自分の無力さを嫌悪するのは勝手だが、だからといって俺に八つ当たりするな。見苦しい」

 『ル!?』


 見当違いな言葉と予想だにしない返しに驚愕する。それと同時に頬には青筋が立つ。

 こいつほんとうにリディアに微笑みかけていたあのアオと同一人物か?

 こいつ嫌いだ。

 アオは冷ややかにおれを見た。


 「お前とリディアは住む世界が違う。種族も違う。叶う見込みのない恋情は抱くな。その想いは忘れろ。…あとで苦しむのは自分だ」

 『ル、ルールー(れ、恋情!?おれは別にリディアのことなんかっ)』


 おい。なんで急に恋バナがはじまってんだよ!とりあえずおれは必死に弁明するが、アオは「まあ忘れられるほどの軽い想いであれば…苦しくないんだろうけど」とひとり呟くと黙ってしまった。

 なんだこいつ!?勝手に自己完結するな!


 しかも黙るくせに自身の腕に抱くリディアを熱のこもった眼で見つめるのだ。

 気にくわない。気に食わないっ。すべてにおいて気に食わないっ!


 不快に思ったときだ。


 「……む、苦しい」

 「リディア!?目、覚めたのかい!?」

 『ルー!(リディア!)』


 アオの腕の中でリディアが動いた。

 リディアがちゃんと目覚めたそのことに安堵する。生きていることも無事であることもわかっていた。だけど、目の前で、血色のいい顔で動いているのを見て初めて、ほんとうの意味で安心した。


 リディアはその後自分が下着姿であること、アオに抱きしめられていること、アオが上半身裸であることに慌てふためき(なんかムカツク)、やっと落ち着いたのか今はアオの筋肉を触っている(なんで落ち着いたら筋肉を触るんだよ……おれも鍛えよう)。


 「なにこの手!?」

 「え?」


 なんだと思いリディアを見れば、げっ。リディアがさきほどおれがアオの腕を突いたときにできた傷に気づきやがった。

 アオは苦笑する。


 「それねぇ。小さな騎士がお姫様を守ろうと必死でさ。俺は敵じゃないって、彼に教えてくれないかな?」

 「え?」


 なにが小さな騎士だ。どの口が言う。

 まるで自分は被害者だと言わんばかりの口ぶりに憤りを感じてならない。

 お前の冷酷な顔をおれは覚えているからな!こっちがしゃべれないと思って好き勝手言いやがって!

 おれはアオをにらみつける。


 まあいい。

 しゃべれないならしゃべれないなりにこの体でお前にはできないことをしてやる。


 おれは意味が分からないという風に怪訝に顔をゆがめているリディアに頬ずりをした。

 別にしたくてしてるわけじゃない。リディアは震えていたから…こ、これで少しは暖かくなるだろ?だから頬ずりをしてやった。

 それにアオはこんなことできないだろうし。ハッ。


 ドヤ顔でアオを見れば、やつはふんわりとほほえんだ。気持ち悪い。


 「たぶん。リディアが震えていたから、温めようとしているんだよ」

 「そんなっ。ルー。あんた、かわいすぎっ」

 『ル~っ!(だぁ!抱き付くな!)』


 いったいどういう風の吹き回しだろうか。

 アオはおれの行動をリディアに解説した。ていうかどうしてこいつおれの考えていることがわかるんだよ、気持ち悪い。

 こいつ絶対になにか企んでる。

 そんなおれの予感は当たった。


 「ちなみに俺の腕を傷だらけにしたの彼だよ」

 「えっ。ちょ、ルー!ダメでしょ!」

 『ルー(ばらしやがって)』


 リディアから目をそらせば彼女は目を吊り上げて怒る。

 くそっ。どうしておれがこんな目に。


 視界の端でアオを見れば、あいつはフッと冷たく笑っていた。

 おそらく動物の特権を利用してリディアに擦り付くおれに嫉妬したのだろう。このロリコンが。


 「ルーが突いてもいいのは、私とジークだけって言ってるでしょ!」

 『ルー!(リディア、アオに騙されるな!)』


 リディア後ろを向け。今ならお前の大好きなにこにこ笑顔のアオ兄ちゃんの本当の顔が見えるぞ!ていうか、見ろ!気づけ、このバカ!

 おれはそう訴える。が、リディアに全く伝わらない。


 「まあまあ、怒らないで。彼は君を守ろうとして俺を攻撃したんだから、許してあげて」

 「え、そうなの?」


 おれの言うことは聞かないくせに(聞けるわけがない)、アオの言うことは聞くのだ。むかつく。

 リディアは「もぅ、ほんとうにこの子は~」とおれに頬ずりしてきた。…くそ。

 まあリディアに感謝されるのはいい。だけど、それがアオのおかげだということが気食わなかった。


 照れたふりをしてそっぽをむきながら、おれはアオをにらむ。

 こいつ嫌いだ。大嫌いだ。



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