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63.おもしろいこと(春の国の王視点)

 アルトが守り石をゲットしたときの話にするつもりが、春の国の王がなんかやばい…という話になってしまいました。


 紅色の絨毯に、銀白色に金の刺繍の壁。

 天井に描かれたこの世界を創設したとされる神々に見下ろされる形で王の座に座るのは、金色の髪の少年である。


 「冬の国の改造人間を仕留め損ねたか…」


 金髪の少年もとい春の国の王は、報告書を見て失笑していた。

 彼の脳裏に浮かぶは自身の下僕である蛇の仮面の男。


 「あれが任務を失敗することがあるとはな」


 冬の国の改造人間の暗殺の失敗の原因として、報告書には自身の能力の高さをおごり、日々の鍛錬を放棄していた自身の怠慢がまねいたミスであると書いてある。

 だが、自身の野望のために俺という悪魔に魂を売った男がミスをするわけがない。


 報告書をもう一度見る。


 「そばで共に過ごすうちに改造人間に情がわいたか?…いや違うな」


 十数枚にもおよぶ紙。

 その文章の中にたった1つ、リディアと書かれた文字が目に留まった。

 報告書によると、このリディアが改造人間と冬の国の嫡男を庇ったために、一瞬動揺し動きが固まり、その際に飛んできた黒い鳥に蛇ごと食われたらしい。


 闇の力で創られた蛇を食らう鳥にも興味はそそられるがこれの正体はもうすでにわかっている。今はどうでもいい。

 それよりもリディアだ。

 蛇の提出する報告書にある彼女の内容は少ない。


 不自然なほどに。まるでその娘をおれの目にとめないようにするためと言っても過言ではないほどに、報告書にはリディアについて書かれていない。

 あったとしても、今回のように数十枚の報告書の中で1文字か2文字ほど。

 

 「情がわいたのはこちらか」


 あれは気づいているのだろうか。

 無意識のうちにおれのような悪魔にリディアを目に留まらせないようにしていること。

 その少女に恋をしていること。

 そしておれが、リディアという少女を探っているということを。


 「ただの人形だったはずの俺のかわいい道具に心を与え、復讐のために悪魔に魂を売った男の心に入り込み、4王国の王子と必ず親しくなる女。この世界の主人公と呼ばれる女…探らないわけがないだろう。我々も、すべてを知っているわけではないからな」


 あの娘の運命は決まっている。

 蛇もそのことを知っているというのに、惚れてしまうとは、人の心というものは非常に厄介であり、哀しく、そして愉快なものだ。


 よもや齢6歳のガキに、冷徹非情のあの蛇が懐柔されるとは、誰が予想できただろうか。

 俺も当の本人でですら予期できなかったに違いない。

 

 やつに下した任務は来るべき時のために、孤児院に在住し4王国の王族とその近衛騎士及びこの世界の主人公と信頼関係を築くことだ。

 10年後学園が創設されたとき、我々が野望のために動くそのとき、自身が敵であると周囲に疑われなぬよう、幼少期のうちに味方であることを刷り込んでおく。とくに、主人公には念入りに。


 幼い心を掌握することなど簡単だ。と、やつはいつものように冷酷に淡々と言っていたのだが。 

 それがまさかこのような結果を生むことになるとはな。

 愉快すぎて笑みがこぼれる。


 さすが、この世界の主人公と言ったところか。




 もう一つの報告書を手に取る。

 あの孤児院に忍び込ませているのが、一匹の蛇だけなわけがない。


 脳裏に浮かぶは猫の仮面をかぶった哀れな娘。

 リディアにほだされず、自身の願いのために俺に従うもう一匹の優秀な下僕。

 この書類は猫が作成したものだ。

 蛇がわざと書かなかった細かい内容が書いてある。


 もちろん猫がリディアを人質にして、いつまでも改造人間を殺さない蛇を煽ったこともこの報告書には記されている。…蛇には猫が潜入することを黙っていた。帰館早々に文句を言いにここへ来るであろうやつの顔が楽しみだ。

 

 「まあ、楽しみはとっておくとして……ふん。やはりあれの失敗の原因は王子と改造人間を庇った娘を見て動揺したことだな。読み通りすぎていささかつまらない」


 だがあの娘はあの石を持っている。そこは全くの予想外で、いい。おもしろい。


 アルトからはあれの力を感じなかった。そしてソラからも。

 ともすればあの石を持っているのはリディアで間違いないだろう。


 「アルトが報酬としてあのネックレスを選んだときは、運命かと思ったが、あの娘に渡しているとはな」


 ちょうど1年前のあの日のことを思い出し、俺は口角をあげた。




//////★



 「騎士団長のエミル様ではないですか!そんなにボロボロでどうしたのですか?」


 体中を打撲で青くしている春の王国騎士団長のエミル・ユイガスト。

 おそらくこれから医務室へ向かうであろう彼に、俺は幼くも才を買われ王の側近となった異例の少年として、話しかけた。


 エミルは俺の姿を見ると、美しい会釈をした。

 彼はこの春の国の城に在住するものにしてはめずらしく城の呪いの影響を受けていない、誰にでも分け隔てなく接する礼儀の正しい騎士だ。

 

 弱気を助け、強きを挫く。

 実に厄介で理解し難い生き物である。

 王子たちに良い影響を与えそうだったため、俺は王子と関わることの少ない騎士団長としてやつを任命したのであった。


 ちなみに、なぜあれが打撲まみれなのかは知っている。


 俺が王位継承権第二位の第一王子に、宝物庫を守る騎士団を突破し宝物庫に着けば、中にある宝を1つくれてやると言ったからだ。


 結果などわかりきった、ひまつぶしの娯楽である。


 結果、エミルの姿を見てわかるように、やつは勝利した。

 あの女の血をあれは色濃く継いでいるのだ。予想通りの結果だった。驚きもしない。



 「…殿下は、ほんとうに7年しか生きていないのでしょうか」


 現在の自分の見かけの年齢の2倍はあるであろう男は、青ざめながらつぶやいた。

 才能だけではなく努力を重ねたことでこの地位についた男だ(俺の個人的な理由によって出世したというのももちろんあるが)。

 だからこそ、そんな自分を叩きのめしたたった7歳の子供に畏怖を感じているのだろう。



 「えーと、俺はそう聞いていますが?殿下の生まれは特異であり、誕生した瞬間を見たものは限られております…が、見る限りでは7つの子供のように見えますよ?」

 「そう、ですよね」

 「納得…できない感じですね?」


 どうして納得できないのだろう?そんな気持ちを顔に張り付け、キョトンと首を傾げておくが、内心では大笑いだ。

 真実、あれは人間ではない。人間の血は半分しか流れていない。

 恐れを感じるエミルの本能は、なんらおかしなことではないのだ。


 「…納得できないというか、とにかく殿下が強くて…。殿下と剣を交えようとした瞬間、あの方の気配が消えたのです。目の前にいるのに、そこにはいないかのような錯覚。次の瞬間には、殿下の仕業でしょう…全身に激痛が走り私は倒れていました」


 柄で殴られていたからよかったものの、これが真剣での戦いだったと思うととても恐ろしいです。

 エミルは言うとその場を去っていった。


 まあ普通の人間にしては、優秀だろう。

 やられたものの、あれの動きを目視することができたのだ。


 ……今後、第一王子の視察という名目で、あれにエミル率いる騎士団を連れさせるのもおもしろいかもしれない。

 影の仕事をやらせるばかりではなく、一つか二つくらいは王子として表に立つ仕事をさせるべきだとは思っていたところだ。


 あれの絶対に嫌がるであろう顔を想像し、自然と口角があがる。




 そういえば、あれはもう宝を選んだころだろうか。

 思い、宝物庫に向かえば、ちょうどアルトが出てきたところだった。

 やつは俺の姿を視界にいれ、一瞬嫌そうに眉を顰めるが、すぐに無表情へと戻る。

 そしてアルトは周囲に俺以外のだれもいないことを確認し、その場ひざまずいた。


 「ちょうど、選び終えたようだな。なにを選んだ」

 「…これです」


 そうしてやつが俺に見せたものを見て、瞠目する。


 手に持っていたのは淡い紫色の石のついたネックレス。

 変わらず美しいその石を見て、俺の心臓は強く跳ねた。


 あれだけの宝がある中で、ましてや誰の目にも留まらないよう隠しておいたこれを見つけ、選ぶとは。


 「フッ」

 「……?」


 乾いた笑いがこぼれていた。


 「これは愉快だな。クハハ。数ある宝の中で、それを選ぶのか?」


 怪訝に眉を顰める血を分けた銀の髪の息子と重なるように、銀色の髪の美しい女の姿が脳裏に浮かぶ。

 一度だって俺に屈することのなかった、菫のような外見をいい意味で裏切る、紫の薔薇のような女。

 その姿になってもまだ、俺に歯向かうというのか。


 「いいだろう。約束通り、褒美としてそれをお前にくれてやる」

 「……はい。ありがとうございます」



//////★



 「さて、あの石を手に入れたかわいい息子にどんな影響があるのか楽しみにしていれば、まさかあれを自分が愛した女に渡していたとは…」


 予想外だ。

 だがおもしろい。


 「リディア、か。哀れなこの世界の主人公。お前やお前の影響を受けた者どもは、十年後、どんな道をたどっているのだろうな」




 残り2話で、孤児院時代編は終わりです。

 といっても残り2話はおまけ小説なので、実質この63話で第一章は終わりと言えるかなと思います。

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