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61.精霊と天使

3人称です。

 


 リディアが真っ白なローブを着た青年に抱きかかえられその場を去り、そんな彼女たちの後を黒いヒヨコが追う。


 その様子を夜の闇の中で見ている人物がいた。




 空を覆っていた雲が晴れ、隠されていた月がその姿を現す。


 いつもより明るい月の光は、森を照らし、木陰に隠れていた猫の仮面をつけた少女の姿も照らし出した。

 

 黒いマントを目深くかぶる猫の仮面の少女は、身長的にはリディアと同じ年ごろのように見える。

 が、彼女を取り巻く雰囲気は年相応のものではなく、黒く禍々しかった。



 「楽しい時間はもうおしまい。これから始まるのは、人の欲が渦巻く闇に満ちた物語。……哀れな主人公、私たちの悲願のために10年後必ず学園に来て」



 叫びに近い呟きが、猫の仮面の奥から聞こえたとき。

 強い風が吹いた。


 風に吹かれ猫の黒衣のマントが彼女の視界をふさぐ。


 そして、風がおさまり視界がはれたとき、猫は目の前にいた人物を見て無言で驚いた。


 「ふーむふむ。主人公、ですか」

 「……だれ?」


 おそらく、視界が塞がった一瞬の間に現れたのだろう。

 猫と5歩ほどの距離をあけて、孤児院の服を着た少女が立っていた。

 

 感知能力に優れた自分が、視界がふさがっていたとはいえ、他人の気配に気づけなかった。目の前の少女はいったい何者か。

 猫は仮面の奥で、少女をにらむ。


 一方のにらまれた少女は栗色の髪をくるくると指でいじりながら、なにが楽しいのか、ふわりと笑う。


 「すみませ~ん。驚かせてしまいましたね」

 「……。」


 まったく申し訳なさを感じない謝罪に猫はなんの反応も示さない。

 一方で孤児院の少女は、そんな猫の様子は気にせず話を続けた。


 「職務上、報告書を書かなければいけなくって、あなたにいくつか質問をしてもよろしいですかぁ?」


 意味の分からない、不気味な少女。

 猫の警戒心は強まる。


 そんな猫の返答は待たず、少女は言葉を連ねた。

 少女は猫の「だれ?」という質問には答えるつもりはないようだ。


 「いつだかのドッチボールのとき。リディアちゃんに向かってボールを投げたのは、あなたですよねぇ?」

 「……。」


 この一言で、確実に目の前に立つ少女が、ただ偶然この場に居合わせた身寄りのない子供ではないことがわかった。

 今まで様々な修羅を超えてきた猫であるが、嫌な汗が頬を伝う。


 少女は一歩、猫に近づく。


 「あなたは気配遮断能力に優れているんですね。魔法に関する知識・技術、はたまた感知能力がない人は、あのとき、ただものすごい勢いでどこからともなくボールが飛んできたように見えたでしょう」


 少女は口角をゆるりとあげ、「…でも、わかる人にはバレバレですよ?それとも、わざとわかるようにしていたんですかぁ?」と、かわいらしく笑う。


 「…。」

 「だんまりですか。子猫さんは無口ですねぇ」

 

 にゃ~にゃ~と笑いながら少女はまた一歩、猫へと近づいた。


 「……黒い蛇を使って、ギル君とミルクちゃん…というよりミルクちゃんですかね。彼女を襲わせたのは、あなたではないですよね。でも私はこう考えます。襲うように仕向けたのはあなただと。だ・れ・かにミルクちゃんを襲わせるために、あなたはリディアちゃんに魔球を放った、と」


 「……。」


 猫がなにも答えないのを見て、少女はため息をつく。

 相手の反応を見て対応を変えていくのが少女のスタンス・戦術である。

 だんまりの相手――ちょうど、今目の前にいる猫とはかなり相性が悪い。

 なので少女は早々にあきらめることにした。



 「仕方がありませんね。時間が勿体ないですし、あなたは黙ったままなので、私の見解をお話ししましょう。


 そうですねぇ、なぜリディアちゃんに危害を加えるふりをしたのか。それは危害を加える相手がリディアちゃんである必要があったから。


 彼女が害されれば、動く人間がいると…あなたは知っているから。あなたは自分の手ではなく、第三者の手でミルクちゃんを亡き者にすることが目的だった。


 ようするに、ミルクちゃんを殺すことは、あなたではなく別の人間の仕事だった。


 そうして、3か月ほど前、ミルクちゃんは黒い蛇に襲われた。


 ま、リディアちゃんの飼っている黒い鳥さん?が、蛇を食べちゃって未遂に終わりましたけどねぇ。

ミルクちゃんを襲った理由は、うん。彼女が改造人間だからですかね?単純な力ほど敵に回すと厄介ですから」


 「……。」


 猫は相変わらずなにも答えない。

 だが、少女が一歩また近づくと、今度は一歩下がった。


 そんな猫の様子を見た後で、「あ、そうそう!思い出しましたぁ」と少女がわざとらしく頷く。


 「私もう一つ気になっていたことがあるんです~」


 と、そこでいままでにこにこと笑っていた少女の目が、スッと細くなる。


 「あの黒い蛇からは魔術の匂いがしました。ただの魔術ならよかったんですけど、くろーい負の感情が混じった魔力を感じたんですよぉ。しかもかなり濃い負の魔力」


 少女の放つ雰囲気が、やわらかいものから威圧的なものへと変わった。

 そこにはわずかに殺気も混ざっているように感じられた。


 それだというのに少女の顔はいまだに笑顔なのだから気味が悪い。

 猫は2、3歩、後退した。


 「これはいただけませんね。だってまだこの段階で襲ってくる蛇に闇の力は付与できないはずですから。付与できたとしても、ほんのわずか。どうして、こんな早い段階から強い闇の力が動き出しているのか、ねぇ。ちょっとそのところ、はっきりさせたいんですよ」


 思い出したなどというのは嘘だろう。

 少女の様子を見るに、これが猫から聞き出したかった本題。


 「…あなた、どこまで知っているの?」


 ここで、ずっと黙っていた猫がようやく口を開いた。

 少女はそれに満足したのか、ふんわりと微笑む。突き刺さるような威圧感はそのままに。


 「何も知りませんよぉ。ルルはただ仕事に真面目・忠実・忠誠を誓っているだけですからぁ。クソ上司、全知全能なんだからルルが下界に降りて観察する必要ないでしょ、報告書見なくてもなにが起こっているかくらいわかってるでしょ…とかは、思っていませんからぁ~」

 「……。」


 少女の口から出たのは愚痴に近いものだった。

 こればかりは猫は本当になにも言えない。

 と、ここで少女は「ただ…」と言葉を続けた。


 「まあ何も知らないとは言っても、少なくともあなた方が知っていることくらいは……私も知っていますよ?」

 「……。」

 「それと、あなたリディアちゃんのことを主人公と言いましたね。……子猫さん。あなたのほうこそ、どこまで知っているんですかぁー?ふつうの人なら彼女のことを主人公だなんて…言いませんよね」


 強い風がふいた。

 猫の黒いマントが、少女の紺色の服が、風でゆらめく。


 「その口ぶりだと、あなたも彼女が主人公であることを、主人公が何を示すのか知っているようね。……なるほど理解した。天からの遣い…あなたは、天使ね。厄介だわ」


 猫は今にも舌打ちしそうな声色で呟いた。

 そんな態度をとられているというのに、一方の少女は今までの中で一番楽しそうに笑っている。


 「ふふふ。ばれちゃいましたかぁ。あ、誤解しないでくださいね。私たちはなにも闇の力自体には怒っていないんですよ。ただ、まだそのときではないのに、闇の力がこの孤児院で感知された。それが問題なだけです。神の作った運命に差異が生じるような未来は困りますから、ちょっとピリピリしちゃうんですよ~」


 「なんだったら、これから運命通りに動いてくれるのであれば、私たちはあなたたちの邪魔をしませんよ?」と少女は猫に提案をする。

 

 が、猫はその提案を鼻で笑った。


 「神の事情など知らない。私たちは、私たちの願いのために動く」

 「ふーん…そうですかぁ」


 少女は猫がこう答えることは見越していたようだ。

 やれやれと言った様子で彼女は失笑する。


 「交渉決裂ですね。それではそれでは、仕事に真面目なルルは上司に叱られるとかウザいので、あなたの正体を暴いちゃったり……まあ、そう簡単にはいきませんよね」


 いざ捕えようと思い猫の方へ一歩足を踏み込めば、もうすでに猫はいなかった。


 いったいどういう原理なのか。

 なんらかの能力によって、猫は姿をくらませたのだろう。

 が、魔法の心得はあったとしても種族の違う少女には、猫を追うすべは考え付かなかった。


 「おそらく気配遮断…しかもドッチボールのときの比じゃないくらいに高度で緻密なもの。これじゃあ追いつくことはおろか、追いかけることすらできませんねぇ」


 どっちの方角へ逃げたのかすらわかりません~。少女はため息をついた。


 取り逃がしたことは絶対に上司に怒られる。

 さらにため息をつき、そうして少女は、古の魔法使いに攫われた友人の姿を脳裏に思い浮かべた。


 「ルルちゃん、いい子過ぎる~」そう感動したように目を輝かせる、楽しい、いつも世界の中心にいるようなお友達。まあ世界の中心にいるような…ではなく、事実、彼女を中心に世界は回っているのだが。


 そんな彼女のことを思い浮かべれば、自然と口角はあがるものだ。


 「リディアちゃん、頑張ってねぇ」


 呟けば、強い風がふく。

 木々が揺れ、せっかく咲いた春の花が散り吹き荒れ少女の姿を隠す。





 そうして風がおさまったとき、そこに少女の姿はなかった。

 


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