60.喉に引っかかっていた小骨
さて、早いことでもう3月の終わりごろである。
一気に季節が流れたね。
攻略対象が来ないだけあって平和だ。私が悪戯をして神父様に叱られない限りはとても平和。
最近の私はもっぱらルーと一緒に過ごしている。
今日もルーと一緒に遊んだ。
それにしても、早いよね。
もうすぐ4月だ。孤児院に来て、1年目が経とうとしているのだ。
きっと来年の今頃なんかは、もうすぐ2年目だ早いなぁなんて私は思うのだろう。
しみじみと頷く。
そのときだ。
小さいけれど、しかし確かなものが、私の中でひっかっかった。
喉に小骨が刺さったみたいな、あんな感じ。
なんだろう。なににひっかかっているのか、わからない。
でも何か忘れている気がするんだよね。
そんなことを思いながら、夜空に浮かぶ星たちを部屋の窓から見ていると、むむ?
夜空の中に、2つの赤い光を見つけてしまった。
「もしかして、ルー?」
夜の闇にとけてよく見えないが、頑張ってじーっと見ればその赤い光の周囲は夜空の紺とは違い真っ黒だ。間違いない、ルーである。
こんな夜遅くにどこへ行くのだろうか。
いつもの私であれば、ルーもお盛んな時期なのかしら?ふふふ。くらいで気にならないのに、今日ばかりはものすごく彼の行く先が気になってしまった。
体は無意識に外へと向かう。
部屋を出て玄関に向かって走る。
そのとき。
「リディアちゃん、どこかに行くの?」
「ぎょっ。えーっと」
背後から聞こえた声に恐る恐る振り返れば、うん。そこには、にこにこ笑顔のルルちゃんがいた。
ちなみに私は今、ルルちゃんと同室である。
「あぅ、えっと…」
「外かな?リディアちゃんのお友達の鳥さん、ちょうど飛んでたし」
さすがルルちゃん察しがいい。
そんな察しのいいルルちゃんに、さらに察していただきたいことがありまして~。
私はルルちゃんに拝む。
「おねがいルルちゃん!このことは神父様には内緒にして!」
「いいよ。内緒にしてあげる」
ルルちゃんはふんわりとほほえんだ。
いい子だ!とてもいい子!
さらにルルちゃんは、神父様が私を探しに来てもうまい具合にごまかしてあげるとも言ってくれた。
ほんとうにいい子だっ!
「じゃあ、いってきまーす!」
「……リディアちゃん、頑張ってね」
外に出るのなら薄着は危険だとルルちゃんに言われ、外套を羽織り、今度こそ部屋を後にする。
ルルちゃんが最後に言った「頑張ってね」が気になったが、まあ帰ったら聞けばいいか。
私はルーを探すべく、外へと出た。
///////☆
春も近いけれどまだ寒い。
外套を着てきてよかった。心の中でルルちゃんに感謝を述べながら私は森の中を走る。
こんなに寒い中、ルーはいったいどこへ飛んでいったのやら。
辺りを見回すが、やはりルーはいない。
「ルーってばどこに…」
するとじんわりと守り石があたたかくなった。
なぜに?
怪訝に思ったときだ。
「こんにちは、かわいらしいお嬢さん」
背後で声がした。
振り返ると、そこには白いローブに身を包んだ人が立っていた。
強い風が吹いた。目深くかぶっていたローブが翻り、その顔が露わになる。
その人は長い黄緑色の髪をゆるく一本に束ねた、翡翠色の瞳の美青年だった。
「だ、だれ?」
当然面識はない。
だけれどもなぜだろう。どこか懐かしい気がする。不思議な感じだ。
リディア警戒しろセンサーは彼に対して全く無反応だから、少なくとも危険な人ではないのだろうけど、うーん。嫌な予感がするぞ。
すると美青年はうれしそうに顔をほころばせた。
「やっぱり、あたしのことは覚えてないのねぇ」
「え?オネエ口調!?」
まさかこんなしゃべり方だとは思っていなかった。
顔と口調のギャップがすごい。え、なんかちょっと、いいかも。
そんなことを思っていたら、瞼がきゅーに重くなった。
「ねむ…い?」
「そうよ。子供はおねむの時間なのよぉ」
なんかものすごく嫌な予感がする。
今にもベッドにダイブして眠りにつきたい衝動にかられながらも、私は必死に顔をあげ美青年を見た。
彼はただ、優しい顔で私を見つめていた。
一つ、問題があるとすれば、それは彼が私を見つめる距離。
めっちゃ間近で私を見ている。文字通り、彼は目と鼻の先にいた。いつの間に!?
うん。嫌な予感しかしなくなってきた。
私がひきつった笑みを彼に向ければ、彼はにこりと私に笑い返し、自然な流れで私を横抱きにした。
いや、どこが自然な流れだよ!?
「不服だけど、ここは運命通りに動くとしましょうか」
「は?運…命?」
だいぶ眠くなってきた。
もう目を開けておくことはおろか、意識を保っているのも精一杯だ。
「お前は、あたしの弟子になるのよ。…偉大なる魔法使いの弟子だ、光栄に思え」
美青年がやさしい口調で言う。
そこで私は思い出した。
「そういえば、ヒロインはすべての攻略対象に会った後、魔法使いに攫われるんだった~っ。小骨はこのことか!」
「はい。声うるさい。眠ってなさ~い」
「ふがっ」
先ほどよりも強い眠気にもう抗うことはできなかった。
美青年の手から溢れ出る温かいなにかが私の全身にしみ込み、そこで私の意識はぷつんときれた。
『ル~っ』
でも意識を失う寸前。
空耳かな。どこか遠くで、ルーの声だけは聞こえた気がした。
第一章リディア視点はこれでおしまい。
続きは第二章に続く…といった感じです。
次話は三人称視点になります。




