59.神父様の生死がかかっているから、帰りましょう。
そしてとうとうやってきたさよならの日。
ここら一帯には、毎度のごとく泣きじゃくる子供たちの声が聞こえていた。
たぶん4回あった別れの中で、今日が一番泣く声が大きいんじゃないかと思う。
主に私が今抱きしめている子から、その声は発せられていた。
「王子様ぁあああ~。離れたくないぃぃぃ」
「ミルク!やめろ!リディアおねえちゃんの服に鼻水をつけるなっ!」
「うるさぁあいぃ!王子様ぁ」
「いいかげん、離れろ!おれもリディアおねえちゃんに抱きしめてもらうんだから!」
はい。御覧の通りです。
ミルクがいやいやと首を振りながら、ずっと私に抱き付いて泣き叫んでいるのだ。
数分とかならわかるけど、1時間もミルクはこの状態。
脱水症状を起こさないか心配。
でも心配であるのと同時に、ひっじょーに困っている。
もう神父様が「今日、ギルとミルクが孤児院を去…」って言ったときからこの状態だから、私も餞別を渡すタイミングを逃して、うん、困っているのだ。
ミルクにこんなにも懐いてもらって、リディアおねえちゃんはとってもうれしいんだけどね。でも、もうそろそろ離れようか?
一方のギルは、大好きなリディアおねえちゃんをとられて1時間ずっと頬を膨らませている。
彼も30分までは我慢してたんだけどね。
30分を過ぎたあたりから、本気でミルクを私から引きはがしにきた。
だけれどもミルクの怪力(なんで今コントロールできるの!?)で、無理やり引きはがすことは不可能だと気づき、とうとう現在の言いあいがはじまったというわけだ。
どうしたものか。
神父様とアオ兄ちゃんに、ヘルプと目で訴えるが、逆に神父様から「ヘルプ」と目で訴えかけられてしまった。オウム返しやめろ。
「時間的にもう孤児院出発しないとやばいのじゃ」じゃないから!?
アオ兄ちゃんはにこにこしてるだけだしっ。もう!
「ミルクぅ?ちょーっと、離れてくれるかな?」
仕方がないので自力でミルクの説得を試みるが、
「そうだ!王子様も一緒に行こう!」
「ミルクにしてはいい考えじゃん!」
「ちょちょちょ、行かないし、いい考えじゃないから!?」
怖い。怖い。
リディアちゃん、冬の国に拉致されるよ。
「それより2人とも!私、2人にお守り人形をつくったんだよっ」
拉致話を流すために、私は急いで懐から2つの人形を取り出す。
「ギルが犬で、ミルクがクマ!」
ちなみに完成したのは昨日でして、はい。ギリギリでした。完成してよかった~。
2人はうれしそうに顔をほころばせ、私の持つ人形に手を伸ばす。
が、私はそんな2人の手をひょいっとかわした。
「え…」
「王子様…?」
とたん2人はショックを受けた顔をして、良心がとてつもなく痛むが、ごめん!
心を鬼にして、チッチッチーと首をふる。
「これはお別れの餞別だから、2人がちゃんとばいばいしないなら渡せないんだなぁ」
人形ほしかったら、ちゃんとさよならしようね?と暗に言う。
表ではおねえさんぶっている私だが、心の中では大号泣して土下座である。
いじわる言ってごめん。でも、さすがにもう馬車に乗らないと、神父様が死ぬからっ。冬の国にいつまでたっても王子が帰ってこないぞって、打ち首にされるからっ。
するとそんな私の考えに気づいたのか、ギルはやれやれという風に笑った。
「ありがとう。リディアおねえちゃん。お守り人形、とってもうれしい。今は仕方がないから、さよならしてあげる」
甘えん坊で、どこへ行くにも「リディアおねえちゃん!」だったギルが、さよならしてあげると自ら言ってくれた。感動である。
「ギルぅ~。あんたはどこにいようが、私の自慢の弟だよ!」
「…わぁ。うれしいなっ」
ギルが犬の人形を受け取り、ふんわりと私を抱きしめる。
うぅぅ。おねえちゃん、かわいい弟の成長に泣きそう。
そんなギルを見てミルクは慌てる。
「わた、私だって、王子様の自慢の妹なんだから!さみしいけど…うぅ、お別れできるんだから!」
「うんうん。ミルクも、どこにいたって私の自慢の妹だよ」
「うぅぅぅ~っ」
ミルクにクマの人形を手渡せば、彼女はクマの人形も抱きしめながら静かに泣いた。
私に抱き付かないで我慢する辺りに、ミルクの成長を感じてリディアおねえちゃんまた泣きそうっ。
涙をこらえ、唇をかみしめているとアオ兄ちゃんが後ろから顔を出してきた。
その顔はにこにこというより、にまにましていて、ギルの手に持っている犬の人形を見ている。
「うーん。俺はてっきりギルは猫のぬいぐるみだと思っていたんだけど。予想が外れたなぁ」
「猫?どうして?」
素朴な疑問。
アオ兄ちゃんに問えば、彼は口パクで「ギルは、猫をかぶって…」と言いかけるが、ギルがにこにこ笑顔で私たちの間に割り込んできた。
「アオ兄ちゃんはどうしてそう思ったのかなー?大好きな人に一途なおれは、気まぐれな猫じゃなくて忠実な犬だと思うけどぉ。リディアおねえちゃんは本当におれのことがわかってるよね~」
「えへへ~。でしょでしょ?ていうか、アオ兄ちゃん。猫をかぶるってなに?帽子をかぶるとかじゃなくて?」
「うん。今まさに、ギルは猫をかぶってるよ?」
「リディアおねえちゃん。アオ兄ちゃん目が悪いんだね。おれが猫をかぶっているように見えるんだって~」
「おかしなアオ兄ちゃんだね~」
「ね~」とギルと2人で笑いあっていると、
「ギル。ミルク。いい加減出発じゃぞ~」
神父様が涙目(これは別れを悲しんでいる涙目ではない、死を恐れての涙目だ)で馬車から2人を呼んでいた。
ああ、これでほんとうにお別れなのだ。
さみしい気持ちには蓋をして、笑顔でギルとミルクを見送らなければ。
私はにじむ涙を押し込むように目を瞑り頑張って口角を上げた。
するとギルがきゅっと私の手を握る。
「ギル?」
その眼はいつになく真剣で、ちょ、ちょっとそわそわするじゃん。
彼はまっすぐな目で私を見て、口を開いた。
「リディアおねえちゃん。おれ、いつかむか…」
「王子様!私あなたのことむかえに…」
「ミルク!なんでおれの言葉をさえぎるんだ!」
「ギルこそ私しゃべってるのにっ」
「ミルクが先にやってきたんだろ!」
うん、いつもの光景にそわそわは吹っ飛びました。
「あー、はいはいケンカしないでー」
ちなみに「むか…」とか「むかえに…」とか聞こえるけど、私誰かが迎えに来ても拒否する予定ですからね。不穏な言葉は口走らないように。
あぶないあぶない。ギルの真剣な目に一瞬飲み込まれそうになってしまったわ。
その後、業を煮やした神父様が強硬手段で2人を担ぎ上げて馬車へとつれていき、そのままギルとミルクは孤児院から去ることととなった。
かくして、「いつ君」孤児院編は幕を閉じたのであった。
めでたし、めでたし~。
……でも、なーんか、忘れている気がするんだよなぁ。




