58.最近の王子は怖い。byリディア6歳。
後半ギル視点というか、ほぼギル視点です。
さて、ラストイベントが終わったということは、別れが近づくということだ。
ヒメといっしょに遊ぶ時間が終わった後、寝ているギルを起こさないようにこっそりと、まいどのごとく餞別人形を縫っていた時に私は気づいた。
今回別れをするのはリディアだけではない。
すっかり忘れていたが、ギルの場合ヒメともお別れしないといけないのだ!
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最近ぼーとしていることが多いといろんな人に言われる。
神父様やミルク、リディア……不本意だけどアオ兄ちゃんにも注意された。
おれがどこか上の空になってしまったのは、あの日、あの黒い蛇に襲われたときからだ。
あのときのことをふとしたときに、思い出してしまう。
理由は簡単。
あの黒い蛇を見たとき、母様を殺した蛇の仮面の黒衣の騎士の気配を感じたから。
そのときのことが、ずっと気にかかっているのだ。
そしてふとしたときに思い出して、今もこの場に蛇がいるのではないかと無駄に神経をつかってしまう。
蛇のことを思い出すと数珠つなぎにミルクを呼び出し注意したあの日のことも思い出す。
悔しさに唇を噛む。
黒い蛇が襲ってきたとき、おれは動けなかった。
蛇の仮面の黒衣の騎士に感じた恐怖を思い出してしまったからだ。
復讐すると、必ずやつを殺すと決めたのに、動けなかった。
そしてあろうことかリディアにまた守られてしまった。
情けない。
もっと強くなりたい。
だけどおれは思うんだ。
ぼーとして人の話をきいていなかった。これはだめだなって。
だって、
「ってわけで、それじゃあギル。私はもう行くわ!さよなら、元気でね!もう会えないけど、ずっとギルの幸せを祈っているわ」
こういうわけのわからない状況に陥るから。
「えっ、は?さよなら!?もう行くって…ど、どこに!?」
現在は夜。
リディアはヒメの姿でおれと一緒に遊んでいたはずなのに、いつのまにかお別れの話になっていた。
動揺して、おれはリディアの肩につかみかかる。
別れの話をするなんて、まさかおれの前からいなくなる…リディアは、この孤児院から出て行くのか?
不安に胸がかきむしられる。
「リ…ヒメ!さよならってなに!?」
「ヒメはね、もう絵本の世界に帰らないといけないの。別れはさみしいけど、きっと新しい素敵な出会いがあるわ!」
「……え、あ。そうな…んだ」
芝居がかったその言葉を聞いて、とりあえずほっと胸をなでおろす。
リディアがこの孤児院を去るわけではなかった。
ほっとするけど、ほっとできない。
新しい素敵な出会いがあるってところには少しイラつくし、このセリフからするにヒメとしてのリディアにはもう会えないのだ。
どちらにしてもおれとミルクはもう5日後にはこの孤児院を去り国に帰らなければいけないため、リディアには会えなくなるということには変わりはない。
もちろんこれは永遠の別れではない。永遠の別れにするつもりなんて、断じてない。
数年後、戦争が終わり平和になった後、おれはリディアのことを迎えに行くと決めたから。
だけど一時とはいえ、どのみちリディアとの別れは近い。
そう思うと、胸がとてもしめつけられる。
「そんな顔しないでギル。私もさみしいよ」
「え?」
顔をあげれば、仮面の奥のリディアの瞳は困ったようにゆれていた。
自分がいまどんな顔をしているのか、全く見当がつかない。
だがおそらく、かなり情けない顔をしているのだろう。
守りたい…好きな人に、そんな顔をさらしてしまうなんてはずかしい。
けれど、いいよ。仕方がない。
だってさみしいのは真実だから。
「さみしい…」
そう言ってリディアに抱き付けば、彼女は優しくおれを抱きしめ返してくれる。
あたたかいおひさまのにおいがおれをつつむ。
このにおいともしばらくお別れだと思うと、辛い。はやく彼女をおれのものにできたらいいのに。
「もう会えないの?」
「う…ぅうん。絵本の世界の、えーと長老?に外の世界に行っていることがばれてね、うん。叱られちゃって。たぶんもう会えない」
おれがいまなにを考えているか、リディアは気づいていない。気づく兆しすらないだろう。
頭を悩ませながら必死にもう会えない言い訳を考え、しどろもどろに話すリディア。とてもかわいい。
…リディアはおれを信じ切っている。
あなたが思うほどおれはかわいい素直な弟ではないのに。
ほほえましいけど、ちょっと腹立つ。
いままで弟として過ごしていたけど、これでもけっこうアタックはしてきたつもりだ。
それなのに最近では抱き付いても、耳元でささやいても最初の時に比べて彼女は動揺しなくなってしまった。
あのむかつく大人の言っていた意味が少しわかる。
たしかに弟というキャラは厄介かもしれない。
でも今更方針を変えるわけにはいかないし、うん。失敗は次に生かそう。
抱き付いたっきり黙ったままのおれにリディアは困惑しているようだ。
もっと困らせてあげる。
眉を少し下げ、泣きそうな笑みを浮かべながらおれは顔をあげた。
「おれの最初で最後のわがまま、聞いてくれる?」
「も、もちろんよ!なんでも言って!」
案の定、お人よしのリディアはわがままの内容も聞かずに二つ返事で了承した。
おれとしては助かるしかわいいんだけど、すぐに了承してしまう彼女の今後が心配だ。
だけど、まあいいや。
「じゃあさ、お別れのキスして」
「……へ?」
「だめ?でもさっき、なんでも言ってって…言ったよね?」
最後の一押し。
おれはさらに瞳をうるませる。
リディアはこの顔に弱いから。
「うぅぅ…王子ってキスしてくるだけじゃなくて、キスを求めたりするものなの!?それが当たり前なの!?」
なんか意味わかんないこと言っているけど、おれにキスをしてくれるようだ。
彼女は真っ赤になりながらも、おれの頬にそっと手を置いていて、自分の顔をおれに近づけたり離したりしている。
かわいい。ずっと見ていたい。
でもそしたらリディアがいつまでたってもキスをしてくれないだろう。
おれは目を瞑り、そのときを待った。
数秒後、ゴクリと生唾を飲み込む音と同時に、おれの額にそっとやわらかいものが一瞬ふれ、すぐに離れた。
目を開ければ、リディアが真っ赤な顔で震えている。
うん、やっぱりさっきのがキスだったようだ。
まあ想定の範囲内だ。
口ではないことに落胆するが、それでも彼女がおれにキスをしたという真実、それを裏付ける感触を思い出すたびに口角があがる。
好き。
リディアが好き。
愛してる。
彼女がほしい。彼女を守りたい。彼女を幸せにしたい。
真っ赤なリディアの仮面の奥で輝く翡翠色の瞳ははずかしかからか、うるんでいた。
好き。大好き。
おれは真っ赤に震えるリディアに、彼女がさきほどしてくれたことと同じことをする。
「んなっ!?」
「おれからも、お別れの挨拶」
あふれるこの想いを、今はこんな形でしかあなたに伝えられないのが辛い。
でもおれは今はあなたの弟として過ごし、いずれ時が熟すのを待つって決めたから、仕方がない。
湯気を出しゆでだこ状態の彼女の頬をそっとなでる。
「ヒメ、さよならは言わないよ。またいつか、絶対に会おう。絵本の中だろうが、どこだろうが、おれはあなたを迎えにいくから」
ノーとは言わせない。
おれの覇気に負けたのか、リディアはただただ首振り人形のように縦に首をする。
かわいくって、またキスをしたくなったけど、やめといてあげる。
抱き付くのと同じように、何回もキスをして彼女がキスをされても平然とするようになったら困るから。
おれはリディアの真っ赤になって震える顔が大好きなんだ。
このことが他キャラクターに知れたら、アルトを筆頭に多くの人物がギルを暗殺しに行くでしょう。
活動報告におまけSS書きました。
内容は他メンバーにキスをねだられたときのリディアの反応です。SSっていうか、どんな反応をするか書いただけですね。




