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56.ラストイベントは終わった後が大変


 なぜだ?いったいどうしてラストイベント始まっちゃってるの!?


 目をこすってみるが私の見間違いという訳ではなさそうだ。

 やはり黒い蛇がギルとミルクの方へと向かっていた。


 一方で数秒後に危機的状況に陥る2人は、まだ蛇の存在に気づいていない。


 ギルは諭すような顔でミルクを見て、ミルクは目に涙を浮かべてギルっと叫んでいますから、はい。修羅場っている気しかしません。


 ていうか、なんなの?これは乙女ゲームの強制力?

 もうヒロイン屋外に出ないから、攻略対象と悪役が外に出たからよしとしてラストイベント始めちゃおう的な強制力ですか!?


 もう私の脳内は大混乱である。

 だがしかし、動揺している場合ではない!


 ギルとミルクはようやく自分たちに迫る蛇の存在に気がついたのだ。

 しかし気づいたときにはもう遅く。

 すでに黒蛇は尾で地面を蹴り飛躍し、青ざめる2人に襲い掛かろうとしていた。


 ギルとミルクはぎゅっと目をつむり、恐怖にその身を硬くする。




 で、攻略対象と悪役が絶体絶命の危機の中、肝心のヒロインはどこにいるかって?


 

 愚問だわ。

 この天才美少女ヒロインが、なにもせずに、今も室内でフリーズしているわけがないだろう!


 「2人ともぉぉぉ!」


 黒い蛇が2人にむかって飛躍したそのときにはもう、すでに私は外にいた。


 「リディアっ!?」

 「なんで、あなたがっ」


 黒い蛇が襲い掛かる寸前に2人と蛇の間に割り込めば、ギルもミルクも閉じていた瞳を大きく見開き私を見る。


 2人からしてみれば、蛇こわっと思っていたら、え?リディアいつの間に?なんでここに?リディア急に来てこわって感じだろう。ごめん、怖がらないでください。

 

 今の私は正面にギルとミルク、背を蛇に向けている。

 つまりここで私がするべきことは一つ!


 「2人は絶対に私が守るんだから!」


 私はぎゅっと2人を抱きしめた。

 頭も体もできる限り私の腕で包み込み、蛇から守る。

 

 「なっ、ダメだ!そんなことしたら、リディアが蛇に襲われてっ」

 「なんで…なんでっ?」

 

 自分たちが庇われていることに気づいた2人は、各々私の腕から逃れようともがく。

 が、離さないぞぉ。


 2人が蛇に傷つけられることを防ぐためであるのはもちろんだが、これはラストイベントを失敗に終わらせるための行動でもあるのだからな!


 

 そう。用意周到なリディアちゃんは、万が一ラストイベントが発生してしまったときに備え、他にも策を考えていたのだ。

 (今まで作戦が成功した試しがないから、考えておいたとかいう悲しい裏事情があったことは否定しません、ええ)


 その方法は、至ってシンプル。

 私が2人を蛇から守ってしまえばいいじゃん!というもの。


 このラストイベントで、回避しなければいけないことはただ一つ。

 攻略対象であるギルが、ヒロインの私を優先して助けることだ。


 ようするに私が2人を守ってしまえばいいのだ。

 そうすればギルはヒロインを助けて恋心を自覚することもないし(はなから私に対する恋心なんてないだろうけど)、ミルクは助けられなかったことにショックを受けて悪役ルート一直線になったりしない。


 つまりラストイベントは失敗に終わる!


 だけど蛇に襲われるのは、やはり怖い。

 絶対に肩とか、腕とか最悪頭とかガブリされる。血が出るよ、もう。


 だからといって私は恐怖に負けて、「やっぱ怖いから蛇から守って!」と抱きしめている2人を盾にして、迫る蛇から逃れるための肉の壁になんかしない。ほんとだよっ!?


 ちなみにギルは「離して、リディア!」と今もなお暴れている。

 が、無視だ無視。なんか呼び捨てになってるけど、とにかく無視!


 私は一層力を込めて2人を抱きしめた。


 そのとき、じんわりとアルトからもらった守り石から熱を感じた気がしたが…気のせいだろう。


 とうとう私は蛇に噛まれ……


 「……。」

 「……。」

 「……。」


 噛まれませんでした。

 はい?


 私たち3人とも頭の上に疑問符状態だ。

 え、蛇襲ってこなくない?と。


 タイミング的にもう蛇は私に襲い掛かり噛みついていてもいい頃合いだろうに、肩どころか全身どこにも痛みを感じないのだ。


 いくらなんでも時間かかりすぎだろ。


 もう一度言うが、

 私は蛇が飛躍したと同時にギルとミルクのもとに到着していた。

 だから私が2人を庇って抱きしめたときに、蛇に襲い掛かられ肩なりどこかを噛まれているはずなのだ。


 なのに、どこも痛くない。

 私の体が急に痛みを感じない体質に変化したわけではないだろうし。

 もしかして蛇さん、私のどこを噛もうか迷ってる?どこを噛もっかな~ルンルン的な?


 怪訝に思い、おそるおそる蛇がいるであろう背後を見て……私は唖然とした。


 『ルー!』

 「え!?ルー!?」


 いや、ほんとうに驚いたよ。

 だって後ろを向いたら、ルーが空を飛んでいたのだ。 


 もちろんただ飛行しているわけではない。

 優雅に空を舞う彼のくちばしの隙間からは、黒い鱗に覆われたなにかの尾が見える。

 ……さっき、思い切り地面を蹴って飛躍していたなにかの尾が、ね。


 『ルー』

 「……。」

 

 そうしてルーはいつものごとくクールに鳴いて、森の方へと去っていった。

 ごくりと、黒い尾を飲み込んで。


 私はなにも言うまい。彼の食事情には口を出さない。

 ……ありがとう、ルー。でもおなか壊さないでね。

 

 こうしてラストイベントはルーのおかげで失敗に終わったのであった。


 「リディアおねえちゃん、いいかげん離して!」

 

 訂正します。ラストイベントは終わったけど、まだ終わっていないものがありました。


 ギルの不機嫌極まりない声で気が付いたのだが、私2人を抱きしめたままでした。

 ヤバイ。強く抱き締めすぎて苦しかったのかも。

 アルトほどではないだろうけど、レフェリー呼ぶ並みの力で抱き締めてた?


 彼の声が不機嫌な理由をそう判断した私は「ごめんごめん~」と笑いながら2人を解放して、ぴえっと固まる。


 「…えーと、ギル君?目が怖いよぉ?」


 ギルの目が怒りで燃えていたのだ。


 いつもみなさん、怒るときは笑顔だったり無表情だったりのオブラート?があるのですが、ギル君てば怒りがドストレートに伝わってくるんすよ。

 つまりめっちゃ怖い。


 いや、アルトとかアオ兄ちゃんとかも怒ったら十分怖いけどさ。ギルも怖いよね。普段がおねえさんに甘えてくる、きゃわいい弟なだけあって、めっちゃ怖いよね。

 いつものにこにこはどこ?


 そして彼の説教がはじまる。


 「なんでおれたちのことを庇ったの!?あの鳥が蛇を食べてくれたからよかったけど、リディアおねえちゃん噛まれてたかもしれないんだよ!」

 「す、すみません」


 年下に叱られる年上。

 おねえちゃんの威厳が崩壊しています。だけど怖いので、謝るしかできません。


 この様子だとあと1時間は説教が続きそう。え?なに?ギルってば小さい神父様?

 思っていたら「今失礼なこと考えてたでしょ。おれ、わかるよ」と彼は怒る。いや、ギル君。それ神父様に失礼だよ?


 ギルが怖くて、私は涙目だ。

 そんな私の胸ぐらを突然何者かが掴む。


 「どうして…私を助けたのよっ」


 ミルクである。

 急すぎる。

 唐突に胸倉掴まれた私は「ぐえっ」としか言いようがない。


 説教からの胸ぐら掴み。しかもまたも年下に。

 おやじ狩りならぬ、子供に子供狩りをされた気分だ。うん、なんだこの日本語。


 これなら蛇に噛まれたほうがよかったんじゃないかとさえ思えてきた。


 だって私が蛇に噛まれていたとしたら、今頃はこんなバイオレンスな説教&胸倉掴みじゃなくて、2人とも「おねえちゃん~、死なないでぇ」とかわいく私のこと心配してくれていたよね?

 あれ?おかしいな全然想像できない。どちらにしても心配されないで、怒られていた気がする?


 「なんでぼーっとしてるの!答えなさいよ!」

 「あばば。ご、ごめんなさい」


 ちょっと思考がお散歩してただけなのに、怒るミルクに体を揺すられてしまった。

 

 「ミルクの怪力で、いろんな意味で苦しい展開☆」

 「ふざけないで~!」

 「うぎゃー。く、苦し……?」


 言いかけて、私は首をかしげる。

 だって怪力ミルクに胸倉を掴まれて、しかも揺すられてるのに、それほど苦しくないのだ。

 むしろ弱々しい力で、さらにその腕は小さく非力に震えていた。


 ギルもそのことに気が付いたのか、黙って様子を見守っている。

 ミルクの怪力の行方は気になるが、とりあえず今は質問に答えよう。

 …ミルクは私に、「どうして私を助けたの?」って聞いたよね。

 

 「え…だって助けるのは当たり前じゃない?もしかして、ミルクは蛇に襲われたかったの?痛いの好きな感じ?ごめん。まさか、ミルクがドMだとは思わず…」

 「んなわけないでしょ!」


 ち、ちがったようだ。

 怒りをむき出しに怒られてしまった。

 ギルはやれやれと肩を下げているし。私、間違ったこと言った?

 とりあえず「すみません」と謝っておく。


 「ちがうわよ。私が言いたかったのは…っ。な、なんで、いっぱいいじわるした私まで助けたのよ!」


 ミルクは震える声でそう問う。


 そこで納得。

 ミルクはどうして自分が庇われたのか、わからなかったのか。


 「私はねぇ、ギルもそうだけどミルクのことも妹だと思っているの」

 「…え?」

 「ミルクはね、私の話を全然聞いてくれない思い込みが激しすぎる困ったちゃんだけど、私にとってはかわいい妹なの。そんな妹を守るのは当然でしょ?」

 「なっ……」


 別にラストイベントを失敗に終わらせるためだけにミルクを助けたわけではないんだからな?

 私これでもミルクのことけっこう気に入っているのだ。素直過ぎるところとかさ。


 それにギルだけ助けて、ミルク助けないとか人としてどうよって感じでしょ?

 咄嗟に片方しか助けられなかった!とかならわかるけど、今後の展開わかってて、しかも2人とも守れる方法があるなら、もちろん両方助けるよね。


 わかってくれたかな?

 そう思ってミルクを見て、私はぎょっとした。


 だってちょうど私が彼女を見たとき、ミルクの瞳から真珠のような涙がポロリと落ちたのだ。


 え、えええ。さっきから展開がよめないっ。

 

 私に妹って思われるのそんなに嫌だったの!?

 それとも蛇が怖かったの?

 

 「ミ、ミルク?泣かないで?」

 

 慌てて私は彼女の瞳から零れ落ちる涙を拭う。

 そんな私を見てミルクは目を丸くした。


 夕日が出てきた。

 ミルクのかわいい顔が夕日に照らされ赤く染まる。


 ちなみにミルクは今もなお、ぽろぽろと瞳から涙を落とし続けている。一向に止まる気配がない。困った。


 こういうときなんて言えば女の子の涙が止まるのか、私にはさっぱりわからない。

 だからとりあえず今思っていることを言おう。

 

 「私はミルクの泣いた顔より、笑っている顔のほうが好きだよ」

 「……王子様」


 ミルクはそう呟くと、ひしっと私に抱き付いた。

 うん?急展開。


 私の脳内シャットアウト寸前なんだけど。

 何この状況。


 いままで避けられ、さっきまで胸ぐらを掴まれていた相手に、なぜか抱きつかれている。なぜ?切実になぜ!?

 まあ、かわいいからいいけど?


 ちなみにギルは桃色ほっぺのミルクとは反対になぜか青ざめている。

 そんなギルが私からミルクを引きはがしに来たけど、うん。まあいいよ。


 耳元で「ミルク離れて!」「やだ!やだやだ!」「ミルクっ!怒るぞ!」「ギルのバーカ」とかうるさいけど、まあいいでしょうっ。


 「とりあえず、2人が無事でよかっ…」

 「ギルこそ、私の王子様から離れてよっ!」

 「はあ?今までさんざんリディアおねえちゃんにいじわるしてたくせに、なんだよそれ!」

 「……。」

 「いじわるは…その、リディアが王子様だって気づかなかったんだもの!仕方がないもん!」

 「仕方がないねぇ。そっか、わかったよ。なら、仕方がないけど、リディアおねえちゃんはおれのお姫様だから。ミルクはあきらめろ」

 「なによそれぇえええ!そんなの仕方なくなんかない!」



 私の言葉を遮り、2人は言い合いを続ける。

 うん、これはまあいいでしょうとは言えないよね!?

 

 「まとめの台詞くらい言わせろぉぉぉ!」





56話終わった直後の、ちょっとしたお話です。





 ぎゃいぎゃいとおチビちゃんたちが騒がしくて、全然ほっとするところではないけれど、なんでだろうねラストイベントが無事失敗に終わって安心したのかな?

 

 私はほっと息を吐いたら、


 「リディアっ!」


 アオ兄ちゃん言いながら全速力でこちらへ走ってきたので、驚いて思わずほっと吐いた息を飲み込んでしまったよ。

 びびった~っ。


 「ちょっとアオ兄ちゃん、なによ」

 「なにって……はぁ」


 息を切らせながら私たちの元へ着いたアオ兄ちゃんは、私を見てため息をつく。なんでだよっ。


 でもそんなアオ兄ちゃんの顔は心なしか青ざめて見えて、少し心配になる。

 名探偵リディアは推理した。


 おそらく彼は、どこかからか私たちが蛇に襲われているところを見たのでしょう。

 だけど駆けつけるには距離がありすぎて、今ようやく、私たちのもとへ到着できた。

 で、少し青ざめて見えるのは全速力で走りすぎて疲れて貧血気味だからだ!


 「リディア、大丈夫?怪我してない?」

 「……。」


 そうしてため息後のアオ兄ちゃんの第一声は、これ。美少女ヒロイン、リディアちゃんの心配である。

 少し、いやかなり複雑な心境だ(大丈夫っていうんなら、アオ兄ちゃんの顔色のほうが大丈夫?って感じだし)。

 

 だって一応私この3人のなかでは最年長だよ。ふつう、一番小さな子を心配するよね?ここでいうなら、ギルとミルクを心配するところだよね!?

 なのにアオ兄ちゃんは私の心配をした。

 私4月生まれの6歳だから、同年代の子でも年上の部類に入るのにっ!


 それともなにか?この3人の中では、私が一番精神年齢低い子供だと思われてんのか?

 私の精神年齢は20歳だ!アオ兄ちゃんよりも年上だぞ、こらぁ!


 ジト目で見る私の頭をアオ兄ちゃんはいつものように苦笑しながら撫でる。


 「はいはい、勘違いしてるのはわかったよ。とりあえず室内に入ろうね~。また蛇が襲ってきたら大変だから」

 「不服!!!」

 「リディアおねえちゃん、この人の言う通りだよ。孤児院の中に入ろう。あとアオ兄ちゃん、さりげなくリディアおねえちゃんの腰に手を回さないで、ロリコン」

 「それはこっちの台詞よ!ギルこそ、私の王子様に触らないで!もちろん、アオ兄ちゃんも!!」

 「……リディア、今度はなにをしたの?君に対するミルクの態度が180度変わってるんだけど」

 「なんでそんな引き攣った顔で私を見るの!?私なにもしてないよ!?」




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