55.ヒロイン不在で開始とか有りなの!?
さて、あれから数日。
一向にミルクの誤解を解けない=悪役さよなら計画が進展しない今日この頃。
ギルはトイレに行き、私一人がぐったりと食堂のテーブルに突っ伏しているとき、
「困っているみたいだね」
大人の色気が漂う落ち着く声が頭上で聞こえた。
誰がいるかは、言わなくてもわかりますよね~。神父様の声は全然色気ないし。
「アオ兄ちゃん、なんでわかるの?エスパー?」
「リディアがわかりやすいだけだろう?」
顔をあげればやはりそうだ。
そこにはにこにこ笑顔のアオ兄ちゃんがいた。
…人が困っているのに。それに気づいて声かけたくせに、心配そうな顔ではなくて笑顔だよ。
なんかアオ兄ちゃんっていつも私にだけS度が強い気がするんだけど、気のせいですか?
「俺はただリディアの困っている顔が好きなだけだよ」
「こわっ。アオ兄ちゃんやっぱりエスパーだよね!?私の心読んだよね!?」
アオ兄ちゃんは曖昧に微笑むだけ。
そこは否定してほしかったんだけど!?
「で?悩んでいるのはミルクのことかな?」
「ぎくっ」
突然悩みの核心をつかれて、私の体は素直に縦揺れしてしまう。
うん、わかってるよ。こういうところがわかりやすいんでしょう!
ジト目でアオ兄ちゃんを見れば、ほらやっぱり。
彼は肩を震わせて笑っていた。おい!
「顔だけじゃなく体にも出やすい…あははっ」とか言ってんの聞こえてるからな!?
頬を膨らませ非難の目でにらめば、彼はようやく笑うのを止めた。…まだ肩は震えているけどねっ。バーカ!
「ごめんごめん。俺でよければ相談に乗るから、そんな顔しないで?」
「ふんっだ。アオ兄ちゃんのことだから、私が何に悩んでるかくらいわかってるんでしょー!」
ちょっと意地悪な気持ちで言ってみた。
困ってしまえ。そう思って言ったのに、彼はとても愉快そうに目を細めながら、親指の腹で唇を撫でる。え、えろいな…。
「リディアは自分とギルはミルクが思っているような仲ではないと、誤解を解こうと奔走している。でも全然うまくいかなくて困ってる…で、間違いないかな?」
「……アオ兄ちゃん、心読んでるよね!?」
どうしてわかった!?どうせわかんないだろうと思って聞いたのに!
アオ兄ちゃんの洞察力が半端なさすぎる。
それともなんだ?私がわかりやすすぎるのか?
アオ兄ちゃんは否定も肯定もせず、言葉を続けた。
「べつに無理に誤解を解こうとしなくてもいいんじゃない?」
うん。迷える子供の背中を押すすばらしい名言が出るかと思いきや、なぁにを言い出すんだこの大人は!
それは私を混乱させる迷言だが!?
「それとも君はミルクに、ギルと友人以上の関係だって思われたら、困るの?例えば、他に好きな人がいるから、ギルと親しいなんて噂が出たら困る…とか?」
そしてなぜか話はあらぬ方向へと向かっています。
なに?前々回のミルクとギルの彼氏いるでしょ発言から引き続いて、今度はアオ兄ちゃんですか!?
どんだけ恋バナ好きなんだよ。
恋バナブーム到来か!?
だがしかし、期待を裏切るようで悪いが、残念ながら私は恋愛なんてみじんも興味ないのだ!
恋より遊び!恋より三度の飯!恋より命!
それがリディアの三原則だ。
「あのねぇ、私がミルクの誤解を解きたいのは、ミルクが苦しんでるからよ!ミルクはギルが大好きなのよ!大好きなギルが私みたいな問題児に恋をしているなんて誤解して、悪夢に他ならないでしょ?だから私はミルクの誤解をとくの!」
まさか悪役にさせないためです、とは言えないから即興で嘘と真実を交えた発言をしたが…うん。我ながら素晴らしい。よ!天才リディアちゃん!
自分で自分を問題児となんの躊躇もなく言ってしまえる現実は悲しいけどね!
「それにギルもかわいそうだし。ただ私を姉として慕っているだけなのに、友達であるミルクに変な誤解をされちゃって、不愉快とまではないかないだろうけど気分がいいものではないでしょう。だからちゃんとミルクの誤解を解かないと」
ギルはやさしいから言わないだけで、ほんとうは私との仲を誤解されて嫌なはずだ。年頃の男の子ってそういうのいやがるでしょ?
私はうんうんと頷くが、なぜだろう。
アオ兄ちゃんが同情のまなざしを扉の向こうに向けている。…あの扉の向こうにあるのはたしか、男子トイレだよね?なぜに?
「まあ、リディアが鈍感なのは今に越したことじゃないからひとまず置いておこうか」
「うん。自己完結しているみたいだけど、鈍感ってなに?」
「でもリディア。君は辛くないの?」
私の問いかけは無視してアオ兄ちゃんは話を進めるらしい。この野郎。
「君はミルクのため、ギルのため、いつも人のために行動する。でも君はその行動のせいで、傷つくことが多い。ルーのときは体を、今は心が傷ついている…」
アオ兄ちゃんの瞳が悲し気に揺れた。
……正直に言うと、アオ兄ちゃんの言葉を否定するつもりはない。
現に私、ミルクに「嘘よ!」を連発されて結構心にダメージきてるし。
なんだろうね。アルトの時だったらやられた分をやり返していたからいいんだけど、女の子だと遠慮しちゃうっていうか、そもそもやり返す隙すらないというか、ね。
「でも私はやめないよ。失敗もなしに成功するなんて思ってない。誰もが傷つかないで幸せな未来を手に入れることなんてできない。私はみんなが笑っていられる未来のためなら、今の自分が傷ついてもいいの!」
それに別に無駄に傷つくつもりはない。
ブレイクハートした心の傷はすべて糧にして、私は絶対にミルクの悪役さよなら計画を成功させるからね!
そうやって胸を張れば、アオ兄ちゃんは困ったように眉を下げるではないか。
ここはリディア、かっこいい。惚れるぜ!ってシーンじゃない?
思わず首をかしげてしまう。そしたら笑われた。おい!
「リディアはいつも年頃の子供以上に子供っぽいのに、こういうところは大人だよね。……でも俺は君に傷ついてほしくないんだ」
アオ兄ちゃんは言いながら私に手を伸ばし、親指の腹で労るように私の頬を撫でる。
その瞳は不安げに揺れていて、ほんとうに私を心配してくれているのを感じる。
…と、同時にものっすごい色気。
「ちょ、アオ兄ちゃん、大丈夫だから!」
アオ兄ちゃんの触れている部分がじわじわと熱くなってきたので、私は急いで彼の手をはがす。
アオ兄ちゃんは楽しそうに笑っている。この男は、ほんとうにぃ~っ。
「ねぇ。ミルクにあの日以来、突き飛ばされたり…嫌なことはされていない?俺なら君を守ってあげられるよ?」
「もぅ!大丈夫だってば!」
「いたたっ」
しつこいアオ兄ちゃんの頬を私は思い切りつねる。
だってアオ兄ちゃん、いつものように笑ってるくせに色気むんむんで詰め寄ってくるんだもん。
つ、つねるのは正当防衛だ。
それにアオ兄ちゃんはミルクに嫌なことをされていないかって聞いてきたけど、嫌なことをしているのは、どちらかといえば私の方だし。
……ミルクの前で彼女の大好きなギルとべたべた(ギルが一方的にだけどさ!)したりとか。
「ていうかアオ兄ちゃんは、みんなのお兄ちゃんなんだから私にだけ肩入れしたらダメでしょ!ミルクのことも助けてあげる気持ちでいなさいよ!」
するとアオ兄ちゃんは目を瞬くも、次の瞬間には私にウインク。
よっ。イケメン!じゃないわ!
「俺は、リディアが思うような、やさしいみんなのお兄ちゃんじゃないよ」
「いやいや、どの口が言うのよ」
「俺は自分勝手な人間だから、俺の守りたいものしか守らない。助けない」
「はあ?アオ兄ちゃんは、みんなのこと守ってるじゃん。自分を蔑むのはやめなさいよね」
自分が傷つくのもものともせず、子供たちがバカやらかしても体を張って守っている人間が何を言っているのやら。
やれやれとため息をつく私を見て、アオ兄ちゃんは苦笑した。
「そりゃあ、アオ兄ちゃんはみんなを守るのが仕事だから」
「守る範囲がでかすぎるのよ」
「にしても、蔑むのはやめなさい、ねぇ。そんなつもりは全然なかったんだけど。まあ君と一緒にいたら、誰だって自分のことを蔑むと思うよ?」
「どうして?」
「どうしてだろうね~?」
アオ兄ちゃんは両手で私の頬を撫で始めた。
ちょ、ちょっと!誤魔化そうとしてるでしょ!色気攻撃に私が弱いことを知っているな、こいつ!
急いで手を引き剥がすよね!もうっ。
「とにかく!ミルクは私がどうにかするから。アオ兄ちゃんはなにもしないでね!」
「……うーん」
「私なら大丈夫だから!ね!」
「わかったよ。俺からミルクに対しては何も言わない」
「よろしい!」
なんだかアオ兄ちゃんに相談したらスッキリした。
よぉし、ギルがトイレから戻る前にミルクの誤解を解くぞ!
私はミルクを探すべく食堂を後にした。
だから気づかなかったのだ。
「でも君は大丈夫でも、こっちはダメなんだよねぇ。それに彼女、君に危害を加えたわけだから、ちょっと救えない。
…ま、こっちはこっちでつい最近、成すべきことを成せって人質とられて脅されたから、そもそも彼女を救う選択肢はないんだけど。
当の本人は自分が人質になっているなんて気づきもせずに、元気に走って行っちゃって、ほんとうに困った子だな~」
そんな不穏な言葉が、あろうことがアオ兄ちゃんの口から発せられていたことに。
///////☆
気持ちを新たに意気込んでミルクがいるであろう図書館にむかった私だったが、あら不思議ミルクはそこにいなかった。
リディア、驚き!
珍しいこともあるものだ。
ミルクはほぼ毎日、図書館にいるのに。
困った私はどうしたものかと、窓の外を見ながら歩いていた。
ミルクもいないし、さらにめずらしいことにギルもいない。
私がどこにいようと、いつもギルは私に追い付いてくるのに、今日は来ない。ギルのトイレを待ってなかったから、怒っちゃったのかな?
なんだかさみしい。
最近はどこへ行くにもギル(私にくっついて)もしくはミルク(私が追いかけて)がいたから、1人だとしょんぼりしてしまう。
今日はミルクの誤解を解くことはあきらめて、ルルちゃんたちと遊ぼうかな。
さみしすぎて、そんなことを考えてしまう。
今日も今日とて冬まっさかりで結構寒い。
だが太陽の日差しがあたたかいことから、子供たちは外で遊んでいた。
そんな光景を見ると、やっぱり精神年齢20歳でも体は子供だからさ。うずうずして、私も外で遊びたくなるよね。
今はギルもミルクもいないから、私一人が外に出て遊んでもラストイベントは発生しないだろう。
うん、決めた。遊ぼう!
居てもたってもいられなくなった私は窓から外に出ようと(良い子のみんなは、ちゃんと玄関から出ましょう)、窓に手をかけ身を乗り出した。
そうして目の前に飛び込んできた光景に、口をあんぐり開けた。
「は……!?」
ちょうど私が出ようとしたその先に、ギルとミルクがいて。
めずらしいことに2人きりで。
そしてそんな2人に目がけて、黒い蛇が一直線に向かっていた。
黒い蛇が地面をするすると滑って、舌をぴるぴるさせて、ものすごい勢いで2人に向かっているのだ!
つまり、あと数秒後には2人は蛇に襲われる!
つまりつまり、これはギルのラストイベントだっ!?
「いや、肝心のヒロイン室内なんですけどぉーーーー!?」
なぜにヒロイン不在の、攻略対象と悪役だけでラストイベント始まっちゃってるんですかァ!?




