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51.ギルは最初から気づいていました(2)(ギル視点)



 「もうおれに関わらないで」

 「え?」


 彼女には背を向けているけれど、リディアがおれの言葉に困惑しているのは見なくてもわかった。

 理由を聞きたがる彼女におれは首を振ることしかできない。


 言えない。

 理由なんて言えるわけがない。


 彼女のそばを離れることは辛い。でもなにより、おれが呪われているとリディアに知られることの方が恐ろしかった。

 呪いだなんて、気味が悪い。

 きっと彼女はおれのことを恐れる。


 誰に嫌われたっていい。嫌われることは慣れているから。

 でもリディアにだけは、嫌われたくなかった。


 「やっぱり理由を教えて?納得できないよっ」

 

 そう言って手を掴まれたとき、彼女の手からじんわりとやさしい熱を感じ、不覚にも涙がでそうになった。


 ほんとうはリディアの手を取りたい。

 このあたたかい手を握り返したい。

 でもダメなんだっ。


 「触らないで!お願いだから、おれから離れて。もう話しかけないで!」


 気が付けば彼女の手を振り払っていた。

 フッと乾いた笑みがこぼれる。


 嫌われたくなくて呪いのことを黙った。でもこんな態度をとっていれば、どっちにしたって嫌われるな。


 「な、なんなのよ、このアホ!」

 

 ほら。現に彼女は怒っている。

 悲しむ資格なんてないのにズキズキと痛む胸に自嘲する。が、ここで彼女は予想外の行動をとった。


 突然、先ほどとは逆の腕を掴まれたのだ。

 予期せぬ出来事に混乱するおれは、されるがまま体を反転させられ、気が付けば目の前にリディアがいた。

 

 おれとしたことがリディアという少女がどんな人物なのか、すっかり忘れていた。

 彼女は普通の人とは少しずれているのだ。

 怒ったら悲しむのではなく、やられた分だけやり返す。

 それがリディアだ。


 でもこちらだって後には引けない。

 リディアのためにも、もう彼女とは関わらないと決めたのだ。

 なぜかおれの顔を見て目を丸くしているリディアに向かい、おれは声を荒げる。


 「ほ、ほら!こういうところがすっごく迷惑なんだっ。おれの気持ちを考えないでふりまわして!おれは一人でいたいのに、ヒメは問答無用で関わってきて。本当に、き、嫌い!」


 ほんとうは迷惑だなんて思っていない。

 あの日、ヒメとしてはじめておれにリディアが話しかけてくれた時、心の奥底ではうれしかった。

 

 おれは幸せになったらいけない…今後一生、楽しさも喜びも感じてはいけないと思っていた。

 だって母様の命を奪ってしまったおれが、その罪を忘れて幸せになるなんて許されないことだから。


 でもおれの意思とは関係なく、無理やりリディアには振り回されて、幸せな日々を押し付けられた。


 そんな日々がとても楽しかった。

 こんなに楽しいって思ったのは久しぶりだった。幸せだった。

 おれはリディアに救われた。

 

 だから恩人であり最愛の人であるリディアを不幸にするわけにはいかない。

 おれの呪いのせいで苦しい…辛い目にあってほしくない。



 おれは心を鬼にして、思っていることと正反対のことをリディアに言い放った。

 だけれども彼女から返ってきたのは、


 「うん。長々とお疲れさま。ところで嘘つきは泥棒の始まりって知ってる?」

 

 どこか呆れた様子でおれを諭す、そんな言葉だった。


 

 全く予想もしていなかった彼女の言葉に、驚き何も言葉がでない。

 なんでおれが嘘をついていると…、思っていることと正反対のことを言っているとリディアはわかった?

 

 だが彼女の言葉に、はいその通りですと頷くことはできない。

 おれは必死に嘘をついていないと訴えた。


 だけれどもリディアはどこか困った顔で、でも譲らないという意思を持った瞳でおれの言葉を否定する。


 そうして彼女はおれに手鏡を差し出した。

 自分の顔を見ろ、と。


 意味が解らなかった。

 だが鏡に映る自分の顔を見れば、その答えはすぐにわかった。


 「……え?」


 そこに映っていたのは、真っ青な顔で今にも泣きだしそうな、だけれども、虚ろな琥珀色の瞳の奥で必死に助けを求める…そんな自分だった。


 鏡に映るおれはそんな自分を見て瞠目し、そんな自分におれは見つめ返されていた。

 

 なんで…おれはこんな顔をしている?

 瞬間自分に向けて感じたのは怒り。


 どこまでも自分勝手な人間。

 一人になるのが怖くて、リディアから離れたくなくて、その気持ちが顔に出て…。


 固く握りしめた拳に爪が食い込み血がにじむ。

 だけれども痛みは感じなかった。

 感じるのは自身への怒り、ただそれだけ。


 リディアのために、彼女を不幸にしないために苦しめないために、離れるって決めたのにっ。

 そんなときだった。


 「私はギルから離れていかないよ」


 顔をあげればリディアがまっすぐにおれを見ていた。

 彼女の翡翠色の瞳はおれをとらえ、離さない。

 心がミシミシと音を立てて軋む。


 「誰がなんと言おうと、絶対に離れたりなんかしない。だって私……」


 リディアがさらにおれの心に踏み込んでくる。

 胸が温かいもので満たされていく。



 やめてよ。

 リディアのために離れようと決めたのに、どうしておれの手を離してくれない?

 次の言葉を聞いたら、おれは確実に……


 「ギルのことだーいすきだもん」


 リディアから離れられなくなる。


 

 やさしい太陽の笑顔を向けられた瞬間、おれの中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

 熱いものが瞳からとめどなくあふれ出す。

 もう全部リディアのせいだ。

 

 おれはリディアに自分が呪われていること。リディアを苦しめたくないこと。不幸になってほしくないことを伝えた。



 さきほどまでは、自分が呪われていることを知ったらリディアはおれを怖がるのではないかと恐れていた。

 

 でも今ならわかる。


 リディアは呪いなんか気にしないで、おれのそばにいてくれる。

 それがリディアだから。


 おれはそのことをわかった上で、自分が呪われていることを彼女に話した。

 つまり自分勝手なことに、おれはリディアを逃がす気などさらさらないのだ。

 

 やさしいリディアのことだ。

 きっとおれの話を聞いて、「呪いなんて気にしないっ。私はギルから離れないっ」と抱きしめてくれるのだろう。


 そんなことを思っていたおれの期待は、いともたやすく裏切られることとなった。


 「こんのぉ、アホがァ!」

 「痛い!?」


 思い切り頭を殴られた。

 痛い。ものすごく痛い。


 驚き彼女を見れば、リディアはやっちまったという顔を一瞬はしたものの、すぐに眉間にしわを寄せおれの頬をつねりはじめた。


 そうして彼女の口から出た言葉は思いもよらないもので。


 「他の人がどうだか知らないけど、少なくとも私は不幸になんてならないわよ。だって私は正義のヒロイン、ヒメだものっ。ギルのせいで不幸になるなんてありえない!」


 リディアはおれをにらんでくる。

 が、おれは言いたい。

 どの口が言う?とっ。


 「でもっ、リディアは。リディアは今日、おれのせいで不幸になった!」

 「へ?」


 なぜ自分が今日、おれのせいで痛い思いをしたことを忘れているのか。

 あなたの額に貼られている湿布は飾りか!?


 だけれども彼女は意味が分からないようで、ぽかんと口を開けている。

 

 「……今日、ボールがとんできて、リディアがおれを庇ったんだよ」

 「ああ…」


 ようやくリディアは思い出してくれたようだ。


 「あのね、ギル。リディアはギルを守ることができてうれしかったんだよ」

 「ま…もる?」


 リディアはおれの頭に優しく手を置いた。

 

 「大切なギルをボールから守ることができて、リディアは痛いよりもうれしかったの。ギルが怪我をしなくてよかった~って」


 瞬間、脳裏に浮かんだのは死の間際、だんだんと冷たくなっていく母様の姿だった。

 ズキンっと心臓が苦しくなる。

 おれはリディアに抱き付いていた。

 

 「痛くないなんて嘘だよ!守ることができてうれしいなんて、そんなわけがない!父様が言っていた。母様はおれを守ったせいで死んだ。ものすごく痛かったって!母様はおれのことを恨んでいるって!」


 母様はあのときおれの腕の中で、おれの名を呼んでいた。

 ギル。そう言った後、母様はなんて続けようとしたのだろう。


 『ギル、あなたのせいよっ』

 『ギル、痛いわ。助けて』

 『ギル、あなただけが生きるなんて許さない』


 ドロドロとした真っ黒な言葉がおれの脳内を駆け巡る。

 男とも女とも言えない声が聞こえ始めたのはいつからだったか。父様がおれを恨みのこもった瞳で見始めたときからだっけ?


 これはおれの罪だ。おれの呪いだ。だからあまんじて受け止める。

 でもやっぱり…苦しい。

 

 リディアの腰に回す腕に力をこめようとした、そのときだった。


 リディアがおれを引き剥がし、そのまま頭突きをしてきたのだ。

 目の前で星が散った。


 その衝撃のせいか、脳内を巡る声は消えていた。

 そして彼女は言った。


 「正気に戻っているうちに、私の質問に答えなさい!」

 「はあ?」


 有無を言わせず、彼女は「質問1」と声高々に叫ぶ。


 「なんでギルは母親じゃなくて父親を信じるんですか!」

 「えっ」


 別にそんなつもりはなかった。

 今も昔も、ずっとおれには母様だけ。

 どちらを信じているのか問われれば、もちろん母様だと答える。


 彼女はなぜ突然意味の分からない質問を?

 怪訝に思っていると、「質問2!」と彼女が叫んでいた。

 

 「ギルのお母さんは、自分が死んだのはあんたのせいだって恨むような人間なんですかー!?」

 「ち…が……」


 そこでようやくリディアの意図がわかった。

 彼女は父様がおれに向けた言葉を否定しようとしているのだ。


 「最後の質問よ!あんたのお母さんは、自分の意思でギルを守ったのに、そのせいで死んだって息子を恨む矛盾した人間なの!?」

 「…違う」


 今度ははっきりと否定することができた。

 脳内に母様と過ごしたやさしい記憶が巡る。



 

 母様は花が好きで、春になると毎日のように近くの花畑で一緒に遊んだ。


 そばにはもう今はいない父様に解雇された執事や侍女、護衛騎士がいて、いつの日かそこにミルクが加わっていて。

 たまに仕事の合間をぬって、父様も来て…父様の目には母様しか映っていなかったけれど、でもほんとうに幸せだった。


 辛いこともあった。

 父様がおれにひどいことを言って、物を投げたり。

 でも母様がそのたびに身を挺して庇ってくれた。

 あなたが無事でよかったと、言ってくれた。


 そうして夜、寝る前に必ず母様は「愛している」と言いおれの頬にキスをしてくれた。




 …そうだ。母様はおれのことを愛していた。

 それはきっと、命が消える最後のときまでずっと。


 目の前が揺らいで、鼻の奥がツンと痛くなる。

 

 「なんで忘れていたんだろう」


 もう体から出せる水分はないはずなのに、おれの目からはたくさんの水があふれ出ていた。

 ぬぐっても、ぬぐってもそれは止まらない。


 …母様っ。


 おれはその日、はじめて母様を思って涙を流した。

 ほんとうはいままでだって泣きたかった。

 でもおれのせいで母様が死んだのに、その母様が死ぬ原因をつくったおれが、母様を想って涙を流すなんてことはできなくて。


 だけど、今は、もういいよね。

 母様はきっとおれが涙を流すことを許してくれる。


 そう思ったら、余計に涙はとめどなくあふれていた。

 リディアはそんなおれをそっと引き寄せ、抱きしめた。

 おれは彼女の胸の中で、温かい涙を流し続けた。








 『ギル、あなたが無事でよかった』


 もうこの世には、ここにはいないはずなのに。

 母様の声が聞こえた気がした。




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