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50.ギルは最初から気づいていました(1)(ギル視点)

初っ端から少しグロイかもしれない表現?があります。お気を付けください。


 突然の出来事だった。

 漆黒の刀身が目の前に迫る。


 「ギル!」


 肉を切り裂く鈍い音。

 目の前にあるのは深緑色のドレス――母様の小さな背中。

 そんな母様の体を貫いてなお、おれの鼻先でその存在を主張する漆黒の刀身。

 そこから滴り落ちる紅蓮の液体が、闇色に染まった剣を赤黒く輝かせていた。


 一瞬の間に起きた膨大な出来事。

 なにが起きたのか、理解できなかった。

 

 ようやく脳が動き出したのは母様がその場に崩れ落ちたとき。

 体に沈んでいた剣が引き抜かれたことで、母様の体は解放されたのだ。


 「か、母様!しっかりっ…母様っ!」

 「……ギ…ル…っ…ぁ……」


 倒れる母様に縋り付けば、母様は何かを伝えようと口を開閉させる。

 だけれどもその口から音が出ることはない。

 母様の顔はみるみると色を失い始め、おれをとらえていたはずの瞳の焦点もあわなくなっていく。

 

 母様が死んでしまうっ。

 目の前がゆらぎ、失う恐怖に体が震える。


 「はやく…救護班をっ。母様を……だれかっ」


 ああ。だけど、今この場には誰もいないことをおれは思い出す。

 だって(とうさま)が王子を守るという名目で、数名の騎士と王子を絶壁の牢獄とも言われる北の塔に収容してしまったのだ。


 おれを守るための護衛騎士たちは職務を全うし、その結果もう誰も息をしていない。


 つまりこの場で動けるのはおれ、ただ一人。

 そんなおれが医学の知識もしくは応急処置の仕方を知っているわけもなく。

 だれも母様を助けることができない。


 本来であれば母様がここにいることが異常なのだ。母様は父様と一緒に王の間にいるはずなのに。どうしてっ。


 いや、いまはそんなこと考えている場合ではない。もしかしたら、奇跡が起きて誰かが近くにいるかもしれない。


 助けを求めおれは辺りを見回した。

 そのときだった。

 それの存在に気付いた。


 『……。』


 おれを殺そうとして、結果母様を刺した蛇の仮面をつけた黒衣の騎士。

 瞬間、おれの体に先ほどまでの恐怖がよみがえる。


 「…っ。まだ…いたのかっ」


 母様を貫いた漆黒の剣を腰に携え、それは静かにおれを見ていた。

 奇妙な仮面のせいでそれの表情は見えない。


 今、お前はどんな顔でおれを見ている?

 母を殺され何もできない王子を憐れんでいる?仕事を完遂し安堵している?人を殺したことに高揚感を感じている?

 それとも、目の前でただ震えることしかできない王子に呆れている?


 「…さない」


 体は硬直し動かないというのに、口だけは動いた。


 「お前を絶対に許さない!10年後だっ。お前を見つけ出し殺してやるっ!」


 蛇の仮面の騎士はおれのその言葉を聞いたからか、はたまたこちらへと向かってくる足音が聞こえたからなのか、黒衣のマントを翻し優に60メートルはある北の塔の窓からその身を落とした。

 驚きはしない。

 この塔に侵入してきた人間だ。この高さから落ちたところで死にはしないのだろう。


 「ギネティア!」

 「…父様」


 入れ違いにやってきたのは近衛騎士をつれた父様だった。

 顔面蒼白の父様はおれの腕の中で静かに目を閉じている血にまみれた母様を見つけると、その顔をさらに青くさせた。


 「どけっ!」

 「うっ」

 「おいっ。ギネティア!しっかりしろっ」


 父様はおれを突き飛ばし母様に必死に呼びかける。

 だけれども母様のアイスブルーの瞳が、父様を…おれを映すことはなかった。

 近衛騎士が母様に応急処置を施すが、時はすでに遅く、母様は息を引き取っていた。


 いま、一番辛いのは父様だ。

 唯一にして最愛の母様を失った。

 大声で泣き叫ぶ父様の前で、おれが母様を失ったことに悲しみ涙を流すことは許されない。


 悲しみも辛さもすべてをしまいこんで、かわりにおれは赤黒く燃える怒りに身を投じる。


 蛇の仮面の黒衣の騎士。

 絶対にあいつを許さない。必ずお前を見つけ出し、おれと同じ目に合わせてやる。

 そう誓った。




 だけどおれはそのあと知るのだ。

 母様を殺したのはあの蛇の仮面の騎士ではなく、自分であるということを。




///////☆


 「やあこんにちは!悪いけど私はリディアじゃないわ!私は絵本の世界からやってきた正義のヒロイン、ヒメ!よろしく!少年、君の名前はなぁに?」


 目の前で嬉々とした様子で語る少女を見て、おれはただただ言葉がでなかった。

 

 勢いに負け握手をしたところで、ようやくおれの脳が導き出した感想は…

 え。おれはリディアにどれだけバカだと思われているのだろう。

 で、ある。


 同室になったばかりでろくに会話もしていないリディアという女の子は、絵本のなかの主人公を装っておれの前に現れた。


 いや、ふつうにあなたの正体がリディアだってわかるよ?


 たしかにリディアは絵本のヒメと同じ髪と瞳の色だ。つけている仮面も羽もヒメと同じ。だけど手作り感がすごいし、思いっきりリディアだから。

 変わった趣味の人と同室になってしまった。どうしよう。


 なんだかわけがわからなくて、めんどうくさくて。

 結局おれは彼女を絵本からやってきたヒメだと信じているフリをすることにした。

 そうしたら、変人のヒメ(リディア)の友達にされていた。




 この人、押しが強すぎる……無理。

 お絵かき遊びを終え、就寝するために入った布団(唯一の安息の場)の中でおれはため息をついた。

 そしてさきほどまでの会話を思い出す。


 「私絵本の世界から来て孤独なの。でもってこの部屋にしか出てこれないの。で、この部屋にいるのはギルでしょ。だから私と友達になって」

 「だ、だめ!」

 「私、お絵かきして遊びたい。ね、遊ぼう?」

 「ま、待って。おれ遊ばないよっ」

 「安心して。夜更かしは美容に悪いから、十一時には寝るつもり」

 「おれの話をきいてっ」


 はぁぁぁぁ。

 思い出したらさらに深いため息がでていた。

 隣からは幸せそうな安らかな寝息が聞こえる。……若干苛立つ。


 こんなにも話が通じない人に会ったのは初めてだ。

 ミルクがそばにいないことが悔やまれた。彼女がいればきっとリディアをどうにかしてくれたに違いない。


 なんでこんなことになった。頭を抱える。

 おれといたら不幸になるから、わざと孤児院の子たちとは関わらないでいたのに。

 それがどうして友達になんかなっているんだ…。


 いやなんかもう、リディアなら不幸になってもいい気がしてきたけど、でもやはりおれのせいで罪のない人が不幸になるのはダメだ。


 と、そこで思考を切り替える。

 そうだ。友達になりたくないのなら無視すればいい。

 リディアの遊びに付き合わなければいいのだ。

 

 翌日の夜から早速おれはそれを実行に移す。

 が、結局失敗に終わった。


 だって、ヒメ(リディア)がなにをやらかすか不安で不安で、目が離せないのだ。



 最初はオセロとかチェスとか、まともな遊びにおれを誘っていたのに(無視しても無理やり遊びにつき合わされた)、いつしか彼女は部屋の中でお菓子をつくりはじめた。

 もう一度言うよ。

 お菓子をつくりはじめた。

 

 お菓子をつくるとは言っても特段手のこったものをつくるわけではない。

 彼女がつくったのは焼きマシュマロという、平民が好んで食べるような手軽なお菓子だ。


 別に焼きマシュマロに問題はない。

 母様がまだ生きていたころにメイドがこっそりくれた、母様と2人で食べたあの味は、胃が叫ぶほど甘くて、でも嫌いではなかったから。


 だけれどもそれを作る場所に問題があった。

 リディアは部屋の中でマシュマロを焼いたのだ。

 火事になるよ!?


 大丈夫大丈夫と言いながら、リディアは絨毯の上に薪を敷いて火をつけ、マシュマロを焼き…当然、絨毯が焦げた。


 おれが急いで消したから絨毯が焦げただけで済んだが、数分でも遅ければ孤児院が火事になっていた。

 怖い。この人、怖い。

 しかも結構危なかったのに、彼女は能天気に笑っていた。怖い。

 

 おれが慌てたのを見て、彼女はおれが楽しんでいると勘違いしたらしい。

 その日以降、リディアは奇想天外な遊びばかりするようになった。

 一番ひどかったのは、神父様にしかけた悪戯を受けて、神父様がどんな反応をするか、第一声になんと言うのか当てるという遊びだ。


 ひどいいたずらだった。

 リディアは神父様の部屋のベッドの中に、大量のカエルを隠したのだ。


 寝ようと思って掛布団をめくったときの神父様の反応が楽しみだと、彼女は満面の笑みで語っていた。

 リディアは神父様になにか恨みでもあるの?


 彼女曰く、神父様が就寝するのは十時半ごろなので、ちょうどおれたちが遊んでいるときに答え合わせができるそうだ。


 というか、もう日中にカエルを仕込んだとか言っている時点で、自分はヒメじゃないと白状しているようなものだ。

 だってヒメは夜にしか絵本の外に出られない。日中この部屋から出ることは不可能なのだ。設定が甘すぎる。


 ちなみに答えは、「リディアーーーーー!」だった。

 神父様は夜中に叱るのはどうかと思ったらしく、その日の夜はリディアを叱らず、翌朝、こってり叱っていた。


 リディアは怒られて涙目だった。そんな顔をするなら、いたずらなんかしなければいいのに。

 あきれるを通り越して、なぜだか笑えてきてしまう。


 ほんとうに彼女のせいで毎日毎日寿命が縮まっている気しかしない。

 でも不思議とヒメと遊ぶことを嫌だとは思わなかった。


 リディアはおれと一緒にいても不幸にならないし、というか自分から危険なことをして不幸な目(この場合は自業自得なのか?)にあっている気がする。


 それにリディアはおもしろい。

 日中はおれと親しくないように装っているのに、たまに忘れて普通におれに話しかけたり笑いかけて、それに気づいて慌てるかわいい面もある。


 おれはいつしか、ヒメと一緒に遊ぶこと…リディアと一緒にいることを心地よく感じるようになっていた。


 だからすっかり忘れていたんだ。

 おれが好きになった人を不幸にする、呪われた人間だということを。



///////☆


 いい天気だから外で遊びなさい。そう神父様に無理やり外に出されたときのことだ。

 事件は起こった。


 冬の国と違って孤児院では雪が積もらない。積もったとしてもすぐに溶ける。


 おれは太陽の日差しを浴びほんのりとあたたかくなっている芝生の上に座り、だけれどもじりじりと肌を焦がす日差しを避けるために木陰で一人…いやミルクも隣にいたから二人。そこで、本を読んでいる()()をしていた。


 そう。読んでいるふりだ。

 おれが見ているのは紙に羅列された文字ではない。

 目の前で楽しそうにドッチボールをする…リディアだった。

 

 最近、気が付けば彼女を目で追っている自分がいる。

 ……おれも一緒にドッチボールがしたくて、日中も彼女と遊びたくて目で追っているだけだ。そう言い訳をするが、わかっている。


 これはよくない徴候だ。

 おれは彼女に友情以上の感情を抱き始めている。


 父様に言われたあの日から、おれを救おうとした周囲の人間が不幸になっていくのを見て、おれはだれも愛さないと決めた。

 それなのに彼女は、するするとおれの心の中に入り込んでくる。

 そうしておれの中で、なくてはならない大きな存在へとなり始めている。

 

 外はあたたかいはずなのに、心臓が震えた。


 でも心のどこかでリディアならば大丈夫なのではと思っている自分もいた。

 彼女であれば、おれの呪いに巻き込まれることはない。不幸にはならない。だって、リディアは正義のヒロイン、ヒメだから。おれの呪いになんて影響されない。

 

 なら、一人くらい…心の底から愛しても、求めてもいいのではないか?


 そう油断したのがいけなかったのだと、今になって思う。

 自分の罪を忘れ、幸せを求めてしまった。



 いつのまにかミルクがいなくなっている。

 そんなことを思いながら、ようやく本に目を通し始めていたときのことだ。


 「リディア、危ない!」


 その声に反応し顔をあげ、おれは驚き言葉を失う。

 顔をあげたとき自身の琥珀色の瞳が映したのは、リディアが奇跡的に魔球をよけている姿だった。

 リディアに当たらなかった魔球は彼女の横を通り過ぎ、まっすぐおれにむかっている。

 

 だけれどもおれが驚いたのは、ボールがおれに向かってくることではなかった。


 見てしまったのだ。

 ボールの軌道をたどった先に一人の子供がいたことを。


 そしてその子供から発せられるものに気づいてしまった。

 おれはその感情をいつも父様に向けられていたから、気づいた。

 その子供から…その子供が投げたボールからは明確な悪意を感じた。


 つまりボールは故意に、リディアにむかって投げられたのだ。

 一瞬のことだったし、おれがその子供を見たとき、そいつはこの場から去ろうとしていたのか背を向けていた。だから顔も身長も…不自然なことにそれが男か女かでさえもわからなかった。

 

 ただ悪意を持ちボールをリディアに向かって投げたという真実は変わらない。

 瞬間、脳裏に浮かんだのは父様の顔だった。


 父様がおれを苦しめるために、リディアを狙った?

 でも考えすぎな気もする。

 今は戦時中だ。わざわざおれを苦しめるために貴重な戦力を減らすことはしないだろう。


 なら考えられるのは、ただ一つ。

 おれの呪いのせいで、リディアに向かって球が投げられた。


 そんなことを考えていればすぐ目の前に魔球が迫っていた。

 おれはその場から動かなかった。

 いや、動けなかったと言う方が正しいのかもしれない。

 

 なぜかわからない。

 けれどおれは思い出してしまったのだ。

 あの日、目の前まで迫った黒い刀身を。


 そしておれを守るためにその身を挺し、刀身とおれの間に割って入ってきた、深緑色の……

 

 「ギル、危ない!」

 「え?」


 幼い声がすぐそばで聞こえ、顔を上げおれは目を見開く。

 太陽に照らされ輝く金色の髪と、紺色のワンピース。

 おれと同じくらいの頼りない小さな背が視界に入った途端に、冷たくなった体に熱が戻ってきていた。


 そうだ。ここはちがう。

 ここは冬の国じゃない。あの冷たくて恐ろしい場所ではない。

 気が付けば目で追うようになっていたその人を見て、深緑色ではない紺色の背を見て、おれはほっと息を吐いた。


 のもつかの間の出来事だった。


 ゴンッという鈍い音と同時に、リディアの体が後方へと崩れ落ちたのだ。


 彼女がおれを庇い、ボールを顔面で受け止めたと気づいたのは、彼女の顔に赤く丸い跡が付いていたのを見たとき。

 瞬間、全身から血の気が引いた。


 「……っ」

 

 崩れ落ちるリディアの体を支えようと、手を伸ばす。

 が、おれの手がリディアに触れることはなかった。

 おれの何倍も大きくたくましい腕が横から彼女の体を攫ったのだ。

 

 「リディアっ」

 

 紺色の長い髪を振り乱し、その人物はリディアに呼びかける。

 なぜだろう。おれには触れさせない。そう、無言の意思を感じた気がした。

 でもそのとおりだと、思った。


 いままでなんて恐れ多いことを考えていたのだろう。

 一人くらい、愛してもいいじゃないか?

 リディアなら大丈夫だと思う?おれに影響されずに不幸にならない気がする?

 バカを言うな。

 おれの望みに彼女を巻き込むな。


 おれはリディアに触れてはいけない。

 近づいてもいけない。

 だっておれはもう、リディアを愛してしまったから。友情でも親愛でもなく、一人の女性として恋をしてしまった。


 おれが愛した人はみんな不幸になる。

 父様の言葉が脳の中で反芻した。


 人を愛してはいけなかったのだ。

 彼女に恋をしてはだめだった。

 でももう遅い。

 この感情を消すことは、おれにはできない。

 ならおれにできることはただ一つ。


 これ以上リディアが不幸にならないよう、彼女のそばを離れる。近づかない。話さない。目も合わせない。


 リディアも他の人と例外なく、おれに関われば不幸になることが…いまのように痛い思いをすることが、わかってしまった。

 彼女を愛している。

 だからおれは去る。


 ヒメとも今日でお別れだ。

 リディアを心配して子供たち全員が彼女のもとに集まるのを横目で見ながら、おれはこの場を去った。




今日中もしくは明日に、45話と46話を投稿する予定です!

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