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49.再度言うけど、リディアはマゾじゃないぞ!


 「おれからも質問いい?」


 赤い目を手で擦りながらギルが言った。

 あんなに泣いたのに、目もとが少し赤くなる程度で腫れたりしないという、さすが乙女ゲームの攻略対象フェイスを見ながら私は首をかしげる。なぜに質問?


 目でギルに問うが、彼は潤んだ瞳でにこにこと私を見るだけ。


 あの、美少年に潤んだ瞳でじっと見つめられると、ちょっと照れちゃうんですけど。

 じゃなくて!この状況で質問ってなんだろう。小さい子特有のまねっこ?ヒメのまねをして質問をしたくなった?

 その仮面の下はどんな顔?見せて?っていう質問じゃありませんように。


 内心びくびくしていると、ギルが口を開いた。

 

 「じゃあ質問1…。ヒメは言ったよね。リディアはおれのことを守れてうれしかったって。痛くなかったって。母様も痛くなかったかな。おれを守れて、うれしいって思ってくれたのかな…」


 何を聞かれるかと思えば、さっきの続きみたいなものだった。

 うっ。無駄にハラハラしていた自分が恥ずかしい。


 そうだよね。お母さんが自分を愛してくれていた、恨むなんてありえないと気づいたとしても、やはり不安な気持ちは残る。だってお母さんの気持ちはもう聞くことがかなわないから。真実はどこにもないから。


 でもこの不安は私たちが払拭するしかない。今を生きている私たちしか、気持ちを変えれないのだ。

 私はギルの不安を拭い去るように笑顔を向けた。


 「そんなの私が知るわけないでしょ」

 「顔と言葉が一致してないよ!?」


 ギルは驚いた顔をする。

 なに?ギルってば、「大好きなギルを守れたんだから、うれしくないはずがないよ!」って感じの、いかにも「いつ君」のヒロインが言いそうな上っ面な言葉を望んでいたの?

 

 お生憎様、私は「いつ君」のヒロインじゃなくて、絵本の世界のヒロインのヒメでもあるから、そんなことは言わない。 


 「だって私はギルのお母さんじゃないもの。あんたのお母さんの気持ちなんてわからないわ」


 わからないのに適当なことは言えない。

 私の言葉に納得したのか、ギルはたしかに…と頷いている。

 暗い表情なので、もしかしたら母様はうれしくはなかったのかも…とか思ってるのかもしれない。

 まったく。私の話はまだ終わってないのに、勝手に結論を出さないでほしい。 


 「ギル。私の話にはまだ続きがあるのよ?」

 「え?」


 たしかに私はギルのお母さんの気持ちがわからない。

 でもね…

 悲しそうに眉を下げる彼に向けて、今度こそ私はやさしく笑いかけた。


 「もし私がギルのお母さんだとしたら。それでもってあんたのことを身を挺して守ったのだとしたら…痛みよりもなによりも、ギルが無事でよかったって思う」


 ちなみにギルを守れてうれしいと思うどうかの話だけど、正直、私はうれしいとは思わない。


 たしかにギルを守れてよかったとは思うよ。でもさ、よく考えて?死んだらもうギルと会えないんだよ。会えないなんて嫌だよ。助けた意味ないよ。

 いや、助けた意味はあるけど、私がギルを助けるのはまた一緒に笑いあいたいからっていう前提があるからで、どちらか片方が生き残っても意味がないのだ。


 ドッチボールのときは顔面キャッチしただけで死ぬわけじゃなかったから、ギルを守れてうれしいと思ったけど。死んだら意味ないよ。


 というかギル、なんの反応も示さないな。

 不審に思い彼を見てみれば、あらら驚いた。


 私の言葉を聞いたギルは、ぽかんと口を開けていたのだ。

 

 「かわいい顔がアホっぽくなってるよ?」

 「え…あ……ふふ」

 

 そう注意すれば彼は少しの間の後で苦笑した。

 え。なんで苦笑?

 さっきの流れで行けば、今は苦笑じゃなくて破顔するところだったんじゃないの?

 首を傾げる私を見て今度はくすくすと笑うギル。

 もしかして馬鹿にされてる? 


 「そっかそうだよね、母様の気持ちは誰にもわからないよね。でもヒメはおれを助けてよかったって思ってくれるんだ。それでもっておれを助けてもうれしくない…か。片方だけが生き残っても意味がない、ね。ふふふ」

 

 助けてもうれしくない…か。のところで、うれしそうに笑いだすギル君5歳。


 なんでここで笑ったの?

 しかも頬を桃色に染めて。片方だけが生き残っても意味がないって言ってんだよ。言いかえれば死ぬなら片方だけじゃなくて両方死にましょうだよ!?

 もしかしてギル君、M属性ですか?


 「おれはリディアみたいにマゾじゃないよ」

 「ちょっ、リディアだってマゾじゃないから!ていうか、なぜ私の考えていることが分かった!?」

 「ヒメの考えていることなんて大体わかるよ」

 「なにそれ、こっわ」


 ヒメに限らずリディアのときも、大抵の人間に考えを読まれてるんですけど。

 なんだ?私の周りの人間は皆洞察力に優れているのか?はたまた読心術でも使えるのか!?


 そんな私の考えていることがまぁたわかったのか、ギルはあきれ顔だ。

 どうせろくでもないこと考えているんでしょ?と目が語っている。

 おい。虚ろな目でなくなったとたん、ちょっと失礼になってませんか?


 「お忘れかもしれないけど、私は正義のヒロイン、ヒメなのよ?敬うべき存在なのよ?」

 「敬いはしないよ。だってヒメはおれの友達でしょ?友達を敬ったりはしないよね」

 

 ギルはふんわりと笑みを浮かべ、そっと私の腕に巻き付いた。

 え~、前触れもなく唐突にデレてきたんだけど。かわいい。かわいすぎる。

   

 「ねえ、ヒメは絶対に不幸にならないんだよね?」

 「うん」

 「ならさ、おれとずっと一緒にいて」

 「いや、さすがにずっとは無理かなぁ…」


 私架空の人物ですから。

 絵本の中の住人であるヒメは、ギルとずっと一緒にはいられない。

 幼子の夢を壊すようでほんとうに申し訳ないが、変に希望を持たせるのも悪いしここは現実を見てもらおう。


 「……絶対におれと考えていること違う。でも、いいよ」

 

 ギルはそっと私に近づき、頬にキスを落とす。

 えぇぇぇ、この子当たり前のようにキスしてきたんですけどぉ!?

 頬にキスといえば、さよならの日っていう認識だったから、リディアちゃん脳みそが大混乱だよ!? 


 「今日はこれで許してあげる」


 ギルはにこっと、それはそれは素晴らしい色気を放ちながら微笑んだ。

 こっわ。ていうか今日はってなに!?


 「じゃあ明日もあるってこと!?てか、許すってなに!?私なにかした!?」

 「…そんなに慌てるなんて。おれにキスされるの嫌だった?おれのこと…嫌いになっちゃった?」

 

 混乱中の私が騒げば、とたんギルの瞳がうるうると揺れる。

 ほんとうに展開についていけないっ。

 ちょ、とりあえず泣かないで~っ。


 「嫌じゃないから!ただちょっと、キスされるのは照れるっていうか…」 

 「よかった。そっか、照れたのか。…かわいいね」

 

 ギルはそう言ってまた顔を近づけてきたので、ちょ、止めますよ!止めるから!

 この子絶対にまたキスしようとしたでしょ!?


 「ギル、ダメだよ!こういうのは大切な人にするの!そう簡単に、ちゅっちゅしたらダメ!」

 「おれの大切な人はヒメだよ?」

 「だ、だめ!ヒメは絵本から来たの!禁断の恋なの!実らないやつなの!ギルは大人になったら絵本と結婚するの!?」

 「絵本と結婚はやだ」

 「なら私のことはあきらめなさい!」

 「……わかったよ。ヒメのことはあきらめる。ヒメのことは、ね」


 ギルが物わかりのいい子で助かった。

 でもなぜだろう。

 全然安心できない。なんかひっかかる言葉だったし。ギルの浮かべる笑顔はかわいいはずなのに、絡み取られるような蜘蛛の巣を連想してしまう。

 ぞわっと震えた。そんなときだった。


 「リディアおねえちゃん」

 「え!?」

 「って、知ってる?」

 

 ギルの口から突然私の名が出て、驚いた。

 一瞬自分のことを呼ばれたのかと思ったよ。

 ギルは真面目な顔で(ヒメ)のことを見ていた。

 うん。ヒメの正体に気づいたわけではなさそうだね。


 「もちろん、知ってるわよ。だって私はヒメだもの。知らなかったらさっきの会話だって通じないでしょ」

 「そうだよねぇ。ね、ヒメ。おれリディアおねえちゃんと仲良くなりたいんだ」

 「え!そうなの!」


 ギルはふんわりと笑みを浮かべ頷いた。

 うれしい。もちろん私もかわいいギルと友達になりたい!

 ギルの心の闇は、リディアじゃなくてヒメが祓ったから、惚れられる心配もないし、恋愛感情をもリディアには向けないだろう!

 つまり、リディアはギルとお友達になっても問題ないのだ!


 だけどギルは眉を下げ俯く。


 「どうしたのギル?」

 「…おれ、不安なの」

 

 きゅっとギルは私の袖をつかんだ。

 

 「リディアおねえちゃんと…仲良くなれるかな?ヒメがおれにするように、リディアおねえちゃんに抱き付いてもいいかな?甘えてもいい?リディアおねえちゃん、おれのこと嫌がらないかな?」

 「嫌がるだなんて!そんなわけないじゃない!」


 リディア()が、こんなかぁぅわいいギルに甘えられて、抱き付かれて嫌がるなんて、あり得ない!…たまに腹立つけど、それも含めてかわいいから大丈夫だ!

 

 「ヒメの特殊能力でね、リディアの考えてることがわかるんだけど、リディアはギルのことかわい弟だと思ってるの!だから甘えてくれたらすっごくうれしい!」

 「ほんとう?」

 「ほんとほんと!!嘘言ってどうするのよ!リディアだけじゃないわ。神父様とかアオ兄ちゃんとか、ルルちゃんを筆頭とした子供たち、みーんな、ギルと仲良くなりたいって思ってるんだから!」


 私の言葉を聞きキラキラと輝いていたギルの瞳だったが、「みーんなギルと仲良くなりたい…」のところで、ハッとしたように沈んだ。

 え。どうしたの?

 困った私は沈むギルの顔を覗き込む。


 「……みんな、おれといっしょにいて不幸にならないかな?」


 小さく、消えそうな声で、ギルが言った。

 その言葉にズキンと胸が痛くなる。


 ギルの心を蝕む言葉の呪いは、まだ完全には消えていない。

 お母さんが自分を愛していることを思い出しても、父親の言葉はまた別の話で。彼の心に巣くっているのだ。


 そうだよね。そう簡単に、今までの苦しさをなかったことにはできない。

 そして私はギルを救えない。

 完全には助けることはできない。


 でもね。

 救えないけど、なにもできないわけではない。

 私にできることはちゃんとある。


 「ならないよ。だってあんたの隣には正義のヒロイン、ヒメがいるのよ。ギルもギルが大切にしたい人たちも、誰も不幸になんてさせない」

 「ヒメ……」


 私はぎゅっとギルを抱きしめる。

 

 今日みたく不安に押しつぶされそうになったとき、お父さんの言葉をふりほどけないとき、どうしようもなく辛くなったとき。そんなときは…


 「私がそばにいる。ギルを支えるから」


 永遠にそばにいることはできない。けど、孤児院にいる間は私がギルのことを支える。

 あんたのせいで不幸になるなんて、そんなわけないって教えてあげる。

 だから頑張って。負けないで。生きて。

 


 私がギルを抱きしめてほんの少しの間のあとで、私の背に小さな温かい手がふれた。

 その手は私がギルにしているのと同じように、やさしく私をつつみこむ。

 耳元でやわらかい笑みが聞こえた。


 「…ふふ。プロポーズみたいだね」

 「ぬぅあ!?」


 いや、まさかプロポーズみたいだ、なんていう感想が来るとは思いもしなかったから、すっとんきょんな声が出るよね!?

 ていうかどこでプロポーズだと思ったの?

 あ、わかった!そばにいるよと、支えるのところだ!

 いぃぃぃっ、はずかしい!自分の台詞がはずかしすぎて、思い返しただけで赤面してしまうっ。


 だが私の顔の発火現象はこれで終わりではなかった。


 「ありがとう、おれだけのお姫様。あなたがそばにいるだけで、おれは頑張れる。大好き」

 「ふえぇええ」


 耳元で聞こえた、甘いとろけるような声(5歳児がどうしてこんなフェロモンむんむん声を出せるのよ!バ、バカ!)。

 

 ひざから崩れ落ちるよね。

 しかもギルから大好きって言われちゃった。十数分前は嫌いとか言われたのに、大好きだよ!?

 うれしいし。照れるし。かわいすぎるし。 

 ヒメ、死んじゃうっ! 



///////☆


 「じゃあ質問2」

 「え、ギルの質問コーナーってまだ続いてたの!?」 


 ひざの感覚が戻り、顔の発火もだいぶおさまったころ。

 ギルの質問2がはじまった。

 お母さんのことを質問したかっただけじゃないの!?

 

 だけれども私がそう問うより早く、ギルが私に質問をしていた。


 「ねえ?どうしておれにこんなによくしてくれるの?」


 熱のこもった瞳でギルは私を見つめる。

 えぇ急にどうしたのよ。

 そんなかわいい顔をされたら困っちゃうじゃないか。もーキュート、かわいい。リディアの語彙力のなさが顕著に表れるくらいかわいいよ!


 「私にとってギルはかわいい弟みたいなものなんだから、どうしてもなにもないのよ!」


 本当はギルが苦しんでいることを「いつ君」で知っていたから助けたわけだけど、あくまでそれは助けるきっかけで、ギルと一緒に過ごす中でギルのことを助けたいなと思ったら、体が勝手に動いていたというか…うん。

 とにかく、私にとってギルが大切だったから助けたのよ。

 友達であり、かわいい弟みたいな、そんな大切な人だ。


 「そういうわけよ!」と、私は笑顔でギルの手を取る。

 が、あれれー?


 なぜだろう。ギルの顔がしょんぼりしているように見える。

 え、もしかしてかわいい弟とか屈辱だった?絵本の主人公ヒメに、弟って言われたくなかった?

 もしそうだとしたら、アリスのせいだぞ、コノヤロー!弟と言われて喜ぶヒロインを書けー!


 「…いいよ。弟で」

 「へ?」

 

 心の中でアリスに文句を言っていたら、ギルがやわらかい笑顔で私を見つめていた。

 だけどその瞳はどこか挑発的で、幼いのに色気がむんむんで…なんかやばい。顔が赤くなるのを感じる。

 

 「かわいいおれだけの、ヒメ。今はまだ弟でいいよ。でもおれは、いつまでもあなたのかわいい弟でいるつもりはないから」


 わかった?とギルは私の頬を撫でながら問う。

 いや、わかったってなにが?


 年下系美少年(いっとくけど、再度言うけど、まだ5歳だから!)がまたもや色気を出してきたので私はたじたじ脳みそ混乱真っ最中だ。


 この世界の男どもはいったいなんなの!?アルトといい、リカといいギルといい…なぜに年端もいかないガキが、フェロモンむんむんなのよ!

 

 「ヒメ。わかったの?返事は?」

 「……は、はいぃぃ」


 思わず返事しちゃったじゃないかよ!



//////☆


 翌日の朝、

 

 「リディアおねえちゃん、おはよう!」

 「お、おはようギル」

 

 早朝一発目で美少年からハグされた。


 え。すごいパーソナルスペースを無視してきた。

 一応、昨日までのギルとリディアは同室であること以外、全く接点がなかったのに。

 本来のギルはかなりフレンドリーな子どものようだ。


 これなら孤児院の子たちともすぐに仲良くなれるね!


 そんな予想はうれしいことに的中して、ギルはあっというまに子供たちと仲良くなった。

 今も仲良く外で遊んでいる。

 ちなみにギルにつれられて私も外で遊んでいる。

 くっそ寒いのにね!いっとくけど、季節冬だからね!?


 でも楽しく子供らしく笑っているギルを見ていると、心が温かくなるから寒さは感じ……ないわけはなく!それとは別で、ちゃんと寒いです!


 さて、楽しく笑う彼からは、以前のような虚ろな瞳も暗い影も感じないわけだが、もちろんギルの苦しみや父親の呪いが消えたわけではない。

 それは彼の中で巣くい続けて、なくなることはないのかもしれない。


 でもね、それでも今このときギルが楽しく笑えるなら、それでいいと私は思っている。

 楽しい気持ちも辛い気持ちも全部合わせて彼の中にあって、それが今のギルだ。

 今のギルは生き生きとして輝いている。

 それが答えなのではないかと思う。


 だから私はとりあえず、ほっとしていた。

 ギルの心を少しでも軽くできてよかったって思っていた。

 これでめでたしめでだしだって思ったのだ。





 そんなふうに安心しきっていたから、私は忘れていた。


 「……そんなっ、どうしてよ、ギル」


 冬の国の悪役の彼女が、ヒロインと攻略対象が仲良くしているのを見て、何も思わないわけがないってことを。

 (ミルクにはギルと私しか見えていないのだろうが、周りには他の子たちもいるからー!気づいてー!!)




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