3.私は老体に鞭を打たせる女、リディア
道案内も無事終わり、夕ご飯の時間になった。
そんなわけで私は食堂にいた。
……と思いきや、現在のリディアちゃんは神父様のお部屋の前に立っていた。
ぷふふ。まさかこう来るとは思ってなかったでしょ!おっどろいたー?…などと、おちゃらけてはいられない。私は神父様に呼び出されてしまったのだ。
正直に言おう。
超怖い。
怖すぎて私はかれこれ10分、神父様の部屋の前に突っ立っている。尋常じゃないほどの手汗が出ている。怖い怖い。だって私絶対怒られるもん。
神父様に呼び出された理由はわかっている。というか心当たりしかなかった。
それは自己紹介のときにソラを殴ったり、アルトにバカと言ったりしたことだけではなく。実を言うとその後の道案内中にも私は結構やらかしていた。
あ。でも、別に私だけがやらかしたわけではない。ソ、ソラも一緒にやらかしたぞ!
まず台所を案内されたとき夕食のおかずをつまみぐいしちゃったことでしょ。次に掃除箱からほうきを出して、ちゃんばらごっこをしちゃったことでしょ。きわめつけはソラと遊ぶのがなんだかんだで楽しくなっちゃって(だって6歳児だもん)、ドッチボールらしき遊びをしていたら窓ガラスを割ってしまったこと。
うーん。孤児院にまだ馴染んでおらず、さらには異世界転生までしてしまったというのに、攻略対象殴るわ悪行三昧するわと私図太すぎない?おかしいな。安未果時代はもう少しまともな幼少期を過ごしていたはずだが。
いや、いまはそんなことを考えている暇はない。
「絶対怒られ…うぎゃー!」
「ありゃ?リディア、もしかしてずっと外にいたのかの?」
突然開いた扉に驚くと、そこから顔をのぞかせたのは同じく驚いた顔の神父様だった。
オウマイガー
リディア、6歳、ここに死す。
チーン。
とは、ならなかった。
まあ絶対にならないでしょうね。
だてにヒロインに転生したわけじゃありませんから。
「ほぉほぉ。怒られると思って部屋に入ってこなかったとな。面白い子じゃの。リディアは慎ましさを神と精霊に奪われたわけではなく、もともと持ち合わせていなかったのかもしれんなぁ」
「おほほ~。神父様ってばなにを言っているのかしら~ん。慎ましさ奪われまくったに決まってるでしょ~」
さて現在私は神父様のお部屋の中でなごやかに紅茶を飲んでいた。見ての通り全く怒られていない。むしろ彼は私が部屋の前でうなっていた理由を聞き、楽しそうに笑った。
な、なぜ怒らない?
神父様を怪しんでしまうよ。自分の心が腐りすぎているせいか、怒らないのには何か理由があるような気がしてならないのだ。
「……神父様は私を叱るために部屋に呼んだんじゃなかったの?」
「え?どうしてそう思ったんじゃ?」
考えていても仕方がない。素直に質問したら逆に聞かれた。困る。
「うっえ…と。だって私、新入りのくせに、結構生意気なこと言った、よね?」
主にアルトとソラに対して。というかアルトとソラにだけ。
あとこの神父様の様子からして気がついてなさそうだから言わないが、つまみぐいとかいろいろしちゃったし。
すると神父様は愉快そうに目を細めて笑った。
「たしかに殴ったのはいかんな~。だけどそれ以外は別にどうってことないでしょー」
「え。マジで?」
「マジマジ」
神父様は自身の長い真っ白なひげをなでる。
「今回わしは感動したのじゃ」
あ、この語りだしはあれだ。絶対に話が長くなるパターンだ。しくじったね。
「リディア。お主がソラに対して兄を独り占めするのをわがままだと怒ったのは、二人が孤児院になじめていないと気づいたからじゃろ?」
「……。」
いいえ、違います。ソラに嫌われたいがために怒りました。
とは言わず。
せっかくこちらに都合のいい勘違いをしているのだし「えへへ~」と笑ってごまかした。変に答えて勘繰られるよりは長話に付き合ったほうがマシだ。
神父様もほぉほぉと笑う。この人めっちゃ笑うな。
「まあ真実を言わずともよい。結果的にお主の行動はあの二人に今後なんらかの変化をもたらす。もう変わっているかもしれん」
「変化?」
意味深に細められた神父様の金の瞳は見なかったことにして、怪訝に首をかしげれば彼は私の頭をやさしくなでた。
「ソラは確実に変わった。あれは自分の兄以外には心を開かない子であった。しかしソラは今、お主に懐いておる。まともに話したのは今日が初めてだというのに。リディア、やっるぅ~☆」
頭なでるのやめたかと思えば恋バナしている女学生みたいに小突かれて顔が引きつる。
やめて神父様。私はソラに嫌われてますから。そうじゃないと困りますから。
「アルトのほうはまだわからなんがな~。あれは聡明で賢い。それゆえに抱え込みすぎる。だがお主を見て、変わっていくソラを見て、あやつも変わっていくじゃろう」
「そう、かな」
ソラはともかくアルトは悪役だ。
彼の悪役要素がなくなるように教育しようと思っていたから、神父様にアルトが変わると言われるのはうれしいし前向きな気持ちにはなる。けどやっぱり不安は感じるよね。
「まあ難しい話はこれで終わりじゃ。夕食に行くぞい」
「う、うん!」
神父様は自室から出た。私も急いでその後を追う。
そのとき私は思い出した。そういえば神父様はどうして私をこの部屋に呼んだんだろう、と。
そんな私の考えていたことが伝わったのか、神父様が「ああ。忘れておった」とつぶやいた。
「そもそもの要件を伝えていなかったな。まったく年寄りは物忘れがひどくてならん」
神父様はにこりとほほえんだ。
つられて、私もはにかむ。
「ここ二日間リディアは風邪をひいておったじゃろ?」
うなずく。
おかげで前世を思い出せた。
「そのときリディアは、風邪が他の子にうつらないように隔離された看病部屋で寝ていたのじゃよ」
ふむふむなるほど。私はあそこが自室だと思っていたが違ったようだ。病人用の部屋だったのね。言われてみればたしかに子どもが使う部屋にしてはシンプルだった。ベッドとテーブルしかなかったし。
「ここの子どもたちはだいたい2~3人で1組となって部屋を使っておるのじゃ。だからお主にも3人1組の部屋で生活してもらうぞい」
「わかったよ」
私を呼んだ用事とはこのことだったのか。
謎が解けてスッキリって感じだ。
「でもってリディアのルームメイトはソラとアルトじゃからの~」
「は~い……は?」
訂正します。全然スッキリしませんでした。
不覚にも流れで、イエスと言ってしまったが、待て。ソラとアルトと私で、3人1組の部屋だと?
ワ、ワッツ?
「……神父様、私、聞き間違ったみたいデス。ワンモアプリーズ」
「今日からリディアには、ソラとアルトとお主の3人1組のお部屋で生活してもらいまーす☆」
はーーーーー!?
私が大口あけて驚いているのを見て、神父様はふぉふぉと笑う。はい、殺意。ジジイ!その口縫い付けて、もう二度と開けられないようにしたろうか!?
「し、神父様!僭越ながら、私、身目麗しい美少女です!あの二人と同じ部屋にされたら、なにがおこるかわかりませんでございます!」
「あー。今日の夕食のメニューなんだろうなー」
殺意を押し込め私は神父様にすがりつく。が…こ、この野郎。完全に聞こえないふりしてやがる。殺意倍増。
「ちょっと神父様!」
自分でもわかる。今の私の顔は確実に青ざめている!
だってソラはともかくアルトが同室とか……うん。絶対にだめ。やばい。
同室になったらアルトに寝首を掻かれるに決まっている。孤児院で殺人事件だよ。血まみれバッドエンドだよ!?
「いつ君」ではヒロインと攻略対象と悪役が同室になるなんてなかったのに、なぜこんなことに!?
「神父様、一生のお願いだから部屋を替えて!」
「んーリディア。それよりも今日の夕食なんだっけ?マリアさんいつも献立内緒にするからさぁ。わしだけに内緒にするの。なんでだろ?もしかしてわしのこと好きなのかな?」
「はいはい、今日はコロッケ!教えてあげたから部屋替えて!」
ちなみにマリアさんとは、我が孤児院の母的存在の女性だ。
初老の女性だがきりりとした美しい人で炊事洗濯なんでもこなすハイブリットウーマンなのである。
そしてひそかに神父様は彼女に片思いをしている。
ゲームをしながら密かに二人の恋を応援していたからね、覚えているのよ。
じゃなくて!
「神父様ァ!部屋を替え…」
「きゃー。神父様、窓ガラスが割れてる!」
「ほうきがだしっぱなしだよぉ」
「あれぇー。夕飯のおかずが2個足りなーい」
部屋を替えてくださいぃと胸倉つかもうとしたところで、かわいい声がさまざまな箇所で聞こえた。
私の開いていた口は静かに閉じ、私を見ないふりしていた神父様は、しっかりとその眼に私という存在を映していた。
「……。」
「……。」
沈黙に耐えかねた私の全身からドッと汗が噴き出したのを神父様は見逃さなかった。
「……リディア?」
「あー。今日の夕飯は、なんだろうなー」
「リディア。さっき夕食のおかずがコロッケだって言ってたよね。どこでそれを知ったのかのぉ?」
「……。」
ふぅ。ばれてしまった。ばれてしまったようだ。はっはっはー。
神父様はにこにこ笑いながら私を見ているが、その目はアルトと同じようにけっして笑ってはいない。うん。怖い。
私は心の中で、1,2,3…と数えると、
「神父様、ごめんなさーい!」
クラウチングスタート。
「リディアー!」
やばいやばい、これは確実に叱られる。
見ての通り、私は全力ダッシュで神父様から逃げている。しかし現状は芳しくない。
先程ちら~と後ろを見たのだが、神父様は老体に鞭を打って私を追いかけてきていた。しかもかなりのスピードで。中学時代一週間だけ陸上部だったから案外行けるかも~と思ったけど、うん、行けませんね。現実って厳しい~。
こころなしか、神父様の「リディアー!」と怒る声が、近づいてきている気がする。幻聴だな。なーんてのんきなことを言っている暇はない。
まさか私が逃走するとは予想もしていなかった神父様の虚を突いたから、距離はまだギリギリ縮まらないだけで、あと数分もすれば私は確実に神父様に捕まるだろう。
だってこの身体、驚くくらいに体力がないのだもの。
気持ちは大丈夫でも体が限界。ゼェヒィーゼヒィー言っている。よし、逃走はやめて隠れよう。
幸運にも天は私に味方した。
目の前に食堂が見えたのだ。
そうだ。私と神父様は食堂に向かって走っていたのだから、近くに食堂がないわけがない。
「リディアー!」
「おりゃぁぁぁ!」
バダンッ!
私は最後の力を振り絞り、急いで食堂に入り、さらに急いで扉を押さえた。
「こらっ。リディア~!」
「ぜーはー、ぜーはー」
現在の状況を説明しよう。
食堂に入れないこの孤児院の主。
驚いた顔で私を見てくるかわいらしい子どもたち。
肩で息をしながらも、扉が開かないよう必死に抑える私。
はい、カオス。
うん。そりゃそうだろうね。驚く子供たちを横目に頷く。
高熱から生還したリディアちゃんが汗だらだらで食堂に駆け込んできただけでも驚きなのに、神父様を食堂の中にいれないように奮闘しているのだもの。驚いて当たり前だ。
はじめて見る現象に戸惑って今にも泣きそうな子もいる。
ごめん。みんな、ほんとうにごめん。でも、私怒られたくないんだ。
私は心の中で深く謝罪をした。
謝罪をしたからといっていまさら神父様を食堂に招き入れるなんて馬鹿はしないが、心の中はもう申し訳ない気持ちでいっぱい。
そう。申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが……
そんなとき私は自身の視界にソラというバカ者を入れてしまった。
「アハハ。リディアのやつ、追いかけられてやーんの」
あいつは私を見て、腹を抱えて目から涙を出して、爆笑していた。
イラッ
あ、あの野郎~。あいつも同罪のくせに、私だけが怒られるなんて間違っている!
ちなみにソラの後ろではアルトがほほえんでいる。ほほえんでいるが、目は確実に「ざまぁーねーな」と言っている。こ、コノヤロー!!
そんなヴェルトレイア兄弟に気をとられていた私が愚かだった。
「リーディア?」
私はついつい、扉を押さえるのを忘れていて…
「し、神父様ぁ~。アハハ」
音もたてずに私の背後に立っていた神父様には気づけなかった。
「うわわわ」
私はそのまま神父様に首根っこをつかまれた。ようするに捕獲された。
「し、神父様ぁ。なんですか、この赤ちゃん猫みたいな扱い~。失礼ですよ。私が逃げるわけないじゃないデスカー。降ろしてクダサイヨ~」
「リディア。わし、こう見えて、けっこうよぼよぼおじいちゃんなのじゃよ、わかるよね?」
「はい。すみません」
もう逃げられない。神父様は私の首根っこをつかんだまま、先ほど来た道を引き返そうとしている。きっとこれから私は神父様の部屋でめちゃくちゃお説教をされるのだろう。
私はヒロインらしく、いまにも泣きそうだ。ぴえん。
涙を隠すように両手で顔を覆う。
しくしく、しくしくと。ソラも同罪なのに私だけが怒られるなんて間違っている。
……ソラは少しでも、申し訳なさそうな顔をしているのだろうか?
私を嫌っているとはいえ、自分も悪事を働いたのに私一人だけが叱られそうになっているのだ。
しょぼくれてんなら一人で罪をかぶってあげてもいいかな?
私は大人なのでそんなことを思いながら、顔を覆い隠していた手の隙間からソラを見た。
そうして私の美しい翡翠色の瞳は、しっかりと、その眼に、ゲラゲラと爆笑するソラを映しましたとさ。
はい、こいつ処刑。
「神父様。ソラも同罪です」
「え。マジで」
「マジ」
「リディア!?」
とたんソラの顔が青くなった。
まさか私がチクるとは思わなかったらしい。アホか。普通にチクるわ。だって私子供だもーん。
「おまっ!ばらすなよ!」
ソラは慌てて私に怒るがもう遅い。逆にその言葉が自分も有罪ですと言っていた。
「わし、さっき老体だって言ったのに……ソラァー!」
「うわぁぁぁ」
さてこうして私は無事、ソラと一緒に神父様からお叱りを受けることができました~。
ソラは叱れている最中「お前のせいで、兄様に幻滅された」とずっと私を恨みがましい目で見てきた。
安心しろ。お前の兄は、決して弟に幻滅しない。むしろ怒られてしょぼくれるソラを見て、かわいいを心の中で連呼していることだろう。
私は慈愛の笑みを浮かべソラにうなずいた。
そしたらにらまれた。ひどーい。
まあいいさ。せいぜい大好きな兄に嫌われたと思い震えているがいい。アハハ。この調子でもっと私を恨んでもっと私を嫌いになってもらいたいなー。
そしたら私、超ラッキーだよ?笑いかけたらまたにらまれた。ぴえん。
でも、と私は思う。孤児院で早々に怒られたのは、ラッキーじゃなかったなぁって。
知らず知らずのうちにため息がこぼれる。
だってさー。こんなに悪行したんだもの。私、もう孤児院の子たちと仲良くなれないに決まっている。
考えても見てよ。第一印象は、とてもかわらしい病弱な子。でも実は突然人を殴る情緒不安定女、さらにソラと一緒につまみぐいやら窓を割るやらの悪行三昧。
こんな私が孤児院の子どもたちに受け入れられるわけがない。
これから孤児院で過ごす日々は、神父様の部屋の窓から見える夜空と同じように、真っ暗闇だ。
そう思っていた私だったが、悪行三昧情緒不安定暴力女な私は、難なくみんなに受け入れられた。
え。マジで?って思うくらい、すんなり子どもたちの輪の中に入れた。
それは神父様のフォローのおかげだった。
ソラ経由で聞いたアルトの話によると、神父様は私とソラを叱った後、みんなのところに行き、「リディアが突然ソラをぶん殴ったのは緊張をしていたからなんだ」とフォローをしてくれたそうだ。
みんな大好き神父様のお言葉だ。緊張してたとしても人を殴るなよと普通は思うところだが、この孤児院の子どもたちはみーんな素直。彼女たちは神父様の言葉を信じて、説教から解放され夕食を食べに来た私に、やさしく話しかけてくれた。
「緊張してたんだね~」
「大丈夫だよぉ」
「これから、よろしくね」
神か!天使か!
私は神父様への感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
リディア6歳。あなたに一生ついていきます。
そして孤児院のみんなも大好きだ。かわいい。ほんとうに、好き。かわいい。
あ。ちなみに、悪行についてはフォローしてくれなかったそうです(当たり前ですよねー)。
そんなわけで私は神父様のおかげで、いい感じに孤児院に馴染むことができ、早いことで一週間が経とうとしていた。
「おーい、リディア。遊ぼうぜ!」
午前中の字の読み書きの時間も終わり、お昼ご飯も終わり、各々が自由に過ごしているこの時間。
お部屋で一人、読書をしていた私に話しかけてきたのは当然ソラだ。
あの。あなた、今私が読書中ってわかってるよね?
「アルトと遊びなよー」
私はソラの後ろに立つアルトを指さした。
だがソラは首をふる。
「やだ!3人で遊びたい!」
「えぇー。めんどくさー」
「めんどくさくない!いいから、遊ぶぞ!」
「ちょ、無理やりひっぱるなー。お尻が摩擦で、焼ける…」
あれから一週間。
ソラは毎日のように私を遊びに誘ってくる。
うん。なぜ?
おかしい。非常におかしいぞ。私はソラに嫌われているよね?
私の頭はここ一週間ずっとパニック状態だ。
同室ということもあるせいか、アルト(を引っ張ってきて)と一緒に彼はよく私に話しかけてくる。というかソラはアルトと私にしか話しかけてこない。はい、やめてくれ。
子どもたちと遊んでいても、私の都合などお構いなしに連れ出され無理やりソラと遊ばされる。
最初はそんなソラの行動に驚いていた孤児院の子どもたちであったが、慣れとは恐ろしいもので。私と遊んでいる最中でもソラがやってくると「あ。リディアちゃん。ソラ君来たよー」「いってらっしゃーい」と見送るようになった。
うん。見送ってくれるのはかわいいから好きなんだけど、待て待て。その慣れはおかしいぞ。
ていうか一番の問題はソラだ。なんじゃこいつ。
まあゲーム内ではソラはアルトを放って、ヒロインにちょっかいを出していたから、アルトを連れて私を遊びに誘う今の状態はけっして悪いわけではないんだろうけど……。
にかにか笑いながらこちらを見るソラから視線をはずし、私は彼の後ろに立つアルトを見た。
アルトは笑っていた。
ソラと同じように、にこにこと。
だがしかし、彼の目は、全く、笑って、いなかった。
ひぇ~。
ソラが私を遊びに誘うのがストレスなのか最近のアルトの顔色はものすごく悪い。青白い。
そして顔色が悪くなっていくに比例して、どんどんその瞳は笑わなくなっていく。怖いね~。
ソラが私を遊びに誘うようになった初日は、リディア嫌いオーラが肌にチクチク刺さってきたものの、まだアルトは笑っていた。
しかし今の彼は世間一般に笑顔と言われる形を形成するために、表情筋を動かしているだけの状態と言えよう。
……うん。怖い。
なんだかお腹が痛くなってきた。私もストレスかな?
「おい。腹抑えてどうした?ああ、食いすぎか。だから言っただろ。そんなに食ったら腹壊すぞって。つーか朝から米を5杯もおかわりするなんて…太るぞ?」
そして女性のデリケートな問題に、ズカズカと土足で踏み込んでくるやつ。
レディに太るぞなどという攻略対象がいてたまるか!ていうか今おなかが痛いのは、9割方お前が原因だっつーの!
「うるせぇー!」
「わ!跳び蹴りしてくるなよ!卑怯だぞ!」