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48.リディアはマゾではありません!



 「もうおれに関わらないで」

 「え?」

 

 突然のことだった。

 夜寝る前の、ギル君ヒメといっしょに遊びましょうの時間。

 水色の髪のかわいい彼は、唐突に悲痛な顔で私に言った。

 うん。急展開に脳がついていかないぞ。

 疑問符が頭の中で踊り狂っている。


 「ちょっと、意味わかんないよ。どうして?」


 強引に友達になっても無理やり遊んでも、困惑しつつヒメにつきあってくれたギルが、こんな突き放すようなことを言うなんて。

 絶対に理由があるはずだ。

 そう。たとえば、私がギルに嫌な思いをさせていて。一緒にいるのが耐えられなくなったとか……。


 心当たりがありすぎる。


 無理やり友達になったり、無理やり一緒に遊んだり、ギルがかわいすぎて頭を撫でたり抱きしめたりもした。

 うん。自分で思うのもなんだけど、後半から一気に犯罪臭がしてきたぞ。


 あわわ。罪悪感で体が震えてきた。

 いや、落ち着け、私。まだこれが理由だと決まったわけではない。


 「ギ、ギル~。関わらないでの理由を教えて~?ギルに嫌な思いをさせてたなら、謝るし直すから!」


 私は一縷の望みにかけてギルに問う。が、


 「お願い。理由は聞かないで」


 なんてことだ。

 理由も言えないくらいに私は彼に嫌われてしまったらしい。


 そういえばギルは部屋に入ってから今までずっと私に背を向けていた。現在の私はギルの背中に向かって話しかけている。私のことが嫌いすぎて、顔も見たくないってこと!?

 ええぇ、私ガチでギルに嫌われちゃったらしい。

 かなりショックだ。

 

 …だけど。だけれども!

 私はやはり彼に問いたい。なぜいきなり!?と。


 だって昨日までは楽しくギルと2人で遊んでいたのだ。

 嫌な気持ちが積み重なって…ならともかく、急に私のことを嫌いになるなんてことある!?


 「やっぱり理由を教えて!納得できないよ!」

 

 せっかくギルが元気になってきたのに、なにより仲良くなったのに、もう一緒に遊べないなんて悲しすぎる。

 ギルの手を思わず掴む。

 すると一瞬、ギルの体がぴくりと揺れた。が、次の瞬間には掴んだ手を振りほどかれていた。


 「触らないで!お願いだから、おれから離れてっ。もう話しかけないで!」

 「な、なんなのよ、このアホ!」


 さすがにカチンときた。

 そんなゴキブリに対するみたいに、過剰に拒絶しなくてもいいじゃないか!

 私だって傷つくんだからな!

 

 面と向かって一発文句を言ってやる。

 私は振りほどかれた手とは反対の手でギルの腕を掴み、勢いよく自分の方へと引っ張った。

 「ちょっ、うわぁっ」と驚いた声をあげるギルはほっといて、引っ張った勢いのまま彼の体を反転させる。そうしてギルの体を私へと向けさせて……


 「え?」


 ギルの顔を見た瞬間、私は言葉を失った。

 そんな私の異変に気が付かないのか、ギルはさきほどと同じ調子で言葉を続ける。


 「ほ、ほら!こういうところがすっごく迷惑なんだっ。おれの気持ちも考えないで振り回して!おれは一人でいたいのに、ヒメは問答無用で関わってきて。本当に、き、嫌い!」

 「うん。長々とおつかれさま。ところで嘘つきは泥棒の始まりって知ってる?」

 「嘘つき…泥棒!?」


 ギルが一生懸命話しているのはわかるけど、彼の言葉にああそうだったんですか、と頷けるほど私はできた人間ではない。

 いや、この場合は今の私のように頷かないほうが、できた人間だといえるんでしょうね。


 だってさ私ってば、できた人間だから気づいちゃったんだよ。 


 「一人でいたいだなんて嘘でしょ」

 「嘘なんかじゃっ」

 「嘘よ」


 譲らないよ。

 そんな顔をしても無駄。

 私はギルの言葉を否定する。

 だって、あなたは嘘をついているから。

 

 「ギル。今自分がどんな顔してるかわかってる?」

 「……おれの顔?」

 

 やっぱり無意識だったか。

 苦笑しながら私は彼に手鏡を渡した。


 怪訝そうに私と鏡を見ていたギルだけど、少しの間の後で彼は手鏡を見た。


 「……え?」


 鏡に映る自分を見て彼は目を見開く。

 まさか自分がこんな顔をしていたとは思いもしなかったのだろう。

 彼は驚いたように口をぱくぱくと開閉するが、その表情はさっきも今も変わらない。


 鏡に映ったギルは真っ青な今にも泣きだしそうな、だけれども必死に助けを求める顔をしていた。


 『お願い。助けて。おれから離れていかないで。一人は、さみしいよ…』


 ギルの顔を見たとき、私にはギルがそう叫んでいるように感じた。


 なんでいきなりこんな急展開になっているのか、本当にわからなくて今もまだ混乱しているんだけど、たった一つわかることがある。


 それはね…


 「私はギルから離れていかないよ」

 

 ってこと☆

 ギルの目がさらに見開かれた。

 

 「誰が何と言おうと、絶対に離れたりしない。だって私、ギルのことだーいすきだもん」


 だからギル、話して?どうして嘘をついてまで私を自分から離そうとしたの?

 そう微笑みかけたところで、ようやく彼の苦しそうな顔が崩れた。

 

 「だって…」


 くしゃりと顔を歪ませ、ギルは琥珀色の瞳からぽろぽろときれいな雨を落とす。

 

 「おれは呪われてるから。おれが好きになった人は、大切な人はみんな不幸になるから。死んじゃうからっ。だからこれ以上はダメなの!ヒメはおれのそばに居たらダメなのっ。おれのせいで、あなたに苦しんでほしくない!不幸になってほしくない!」

 「ギル…」


 まさかギルがそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。いや、「いつ君」でのギルのキャラ設定を思い出してみれば、そう考えていてもおかしくない。

 ああ、もうっギル…。

 思いもよらなかった彼の言葉に衝撃を受けた私は、思わず…


 「こんのぉ、アホがァ!」

 「痛い!?」


 ギルの頭にげんこつを食らわせていた。

 驚愕のまなざしで彼は私を見るし、私の方でもやっちゃったーとか思うけど、ええい!もうどうでもいいわ!知ったことか!

 

 「ぬぅぁに、バカなことを言ってんのよ!」

 「ヒ、ヒメっ。痛いよっ」

 

 勢いに任せ、私はやわらかなギルの頬をぐいぐいひっぱった。

 涙目で痛いと訴えるギルを見ると罪悪感に駆られるけど、わ、私は別に悪くないからね!

 お馬鹿な発言をしたギルが悪いんだから!

 

 「あのねぇ、他の人がどうだか知らないけど、すくなくとも私は不幸になんてならないわよ。だって私は絵本の世界から来た正義のヒロイン、ヒメだもんっ。怪獣もお菓子の家も破壊できる、最強のヒメよ!そんな私が、不幸になるわけないでしょ!ましてやギルのせいで不幸になるなんてありえない!」


 揺れる琥珀色の瞳をにらみつければ、逆ににらみかえされた。

 涙でうるんでいるからまったく怖くはないけどね。むしろかわいい。


 「でもっ、リディアは。リディアは今日、おれのせいで不幸になった!」

 「へ?」


 まさか私の名前が出るとは思わなかったので、つい素っ頓狂な声が出てしまった。

 ていうか私いつのまに不幸になっていたの!?

 まったくもって身に覚えがないぞ?


 「あの、どうしてギルは、わた…リディアが不幸になったと思ったの?」


 軽く混乱する脳を落ち着かせ、ギルに聞けば彼は悲痛に顔をゆがませて小さく叫んだ。


 「おれを庇って、痛い思いをした…」

 「は?え、今なんて?」


 あまりに小さな声だったので、思わず聞き返してしまう。

 おかしいな。なぜか私が痛い思いをしたと彼が言ったように聞こえたのだが…


 「だから!リディアが、おれを庇って痛い思いをしたの!」

 

 聞き間違えではなかったようだ。

 そしてキレられた。な、なんで?聞き返しただけだよねぇ?


 「ていうか、わた…リディアが痛い思いをしたのっていつ?」

 

 ほんとうに身に覚えがない。

 おい、ギル!哀れみの目を私に向けるな!

 ヒメは日中絵本の中から出られないっていう設定忘れたのか!ヒメは知らなくて当然なんだよ!

 …まあ、リディアちゃんは一日中活動してますけど。

 

 「…今日、ボールがとんできて、リディアがおれを庇ったんだよ」

 「ああ…」


 言われてやっとと思い出した。

 ええ、ええ。そういえばリディアちゃん、今日ボールを顔面キャッチしましたわ。


 そこで気が付いた。

 実は今日、ドッチボールのときからこの夜の間まで、私はギルの姿を全く見なかったのだ。

 腹でも下して部屋で休んでいるのかな~なんて日中の私は思っていたのだが…、私がギルを見かけなかったのは、ギルが私を避けていたから?


 私を嫌いだから避けるんじゃなくて、ヒメと同じようにリディアがこれ以上自分のせいで痛い思いをしないように、私を…守るために避けていたのでは?

 はぁ~、私ってば頭を抱えちゃうよ。

 

 だってありえるんだもん。

 ギルなら、ありえてしまうのだっ。


 ぐっと心が温かくなった。

 もしそうだとしたら、とってもうれしい。

 ただの同室なだけでそれほど親しいわけでもないリディアを、ギルが守ろうとしてくれていたなんて。

 その気持ちはうれしい。

 けど、ギル。それは違う。

 その行動は、うれしくない。


 涙目だけれど少し怒ったように私をにらみつける琥珀色の瞳の彼に私はやさしく笑いかける。

 

 「リディアは不幸になんかなってないよ」

 「…っ。そんなわけない!嘘をつくヒメなんて嫌い!」

 「嘘じゃないよ」


 ギルの小さく震える肩に力をこめて手を置けば、彼は困惑した顔で私を見た。

 涙でゆれる琥珀色の瞳と私の翡翠色の瞳がまっすぐにぶつかる。


 「ギル、リディアはね、痛い思いなんかしてない。むしろ、うれしかったんだよ」

 「……。」

 「いや待って。その顔止めて。痛みに快感を得るタイプじゃないから!私の言葉が悪かったけど、別にリディアはマゾではないからっ!」


 なんでだ!せっかくいい感じの雰囲気だったのに、自分の日本語力の低さが仇となって大失敗したぞ!


 ゴホンと仕切り直しの咳をして、心の中でテイク2だ。

 少しあきれた目でギルが私を見ている気がするが、し、知らないもん。気のせいだもん。


 「あ、あのね、ギル。リディアはギルを守ることができてうれしかったんだよ」

 「ま…もる?」


 ギルの顔が怪訝に歪んだ。

 やっぱりこの言葉だけでは理解できなかったか。

 ギルの頭を撫でながら、かみ砕いて説明をする。


 「大切なギルをボールから守ることができて、リディアは痛いよりもうれしかったの。ギルが怪我をしなくてよかった~って。実際、痛みよりもじんじん痺れただけだし…あ、これはえっとその、ヒメの特殊能力で、リディアの思考がわかるっていうかぁ…」


 どう?理解したかな?とギルを見れば、あれれーおかしいな。

 彼の怪訝な顔はより一層深まっていた。


 「どうして、意味がわからない」


 吐き捨てるように言い放つギルは苦しそうに眉間に皺を寄せる。 


 「ギル?」


 不安に思いギルに手を伸ばせば、私の手をすり抜け、彼は私の腰に抱き付いていた。

 驚いた。

 いきなり抱き付かれたことじゃない。

 ギルの体が震え、私の寝間着の腹周りがしっとりと濡れ始めていたことに驚いたのだ。

 

 「痛くないなんて嘘だよ!守ることができてうれしいなんて、そんなわけがない!父様が言っていた。母様はおれを守ったせいで死んだ。物凄く痛かったって!母様はおれのことを恨んでるって!」


 私の腹に顔を押し付け、震える声で叫ぶギル。


 ものすごく怒りが湧き上がってきた。

 誰にって?もちろん冬の国の王にだよ。

 幼い、しかも我が子を、ここまで追い詰めて。最悪糞親父め!

 でもギルも、ギルだ!


 抱き付いていたギルを引っぺがし、驚いて私を見上げるギルに向かってそのまま頭突きをする。

 

 「痛い!?さっきから、痛いよヒメ!」

 「うっさいバカ!痛みは一瞬、人間を正気に戻すのよ!正気に戻ってるうちに、私の質問に答えなさい!」

 「はあ?」

 

 突然始まったヒメの質問コーナー(ヒメが質問をする側です)に、ギルは困惑し眉間の皺を深めるが、ええい知ったことかァ!

 

 「質問1、なんでギルは母親じゃなくて父親を信じるんですか!」

 「えっ」


 「いつ君」のギルも、今目の前にいるギルも、お父さんの言葉に苦しめられている。

 実のお父さんの言葉だし、刷り込まれていたし、拒絶するのは難しかったと思うよ。仕方がなかったとも思う。

 でもさ、どうして自分を愛し慈しんでくれたお母さんの記憶まで、改竄しちゃうの?

 

 「質問2!ギルのお母さんは、自分が死んだのはあんたせいだって恨むような人間なんですかー!?」

 「ち…が……」


 ギルが口をパクパクしながら、首を振ろうと動かしている。

 振る向きは、横?縦?言わなくてもわかるよね。

 

 ギルだって、心の奥底では気づいてるのよ。

 

 「最後の質問!あんたのお母さんは、自分の意思でギルを守ったのに、そのせいで死んだって息子を恨む矛盾した人間なの!?」

 「…違う」

 

 今度ははっきりと、ギルは私に言った。

 彼の琥珀色の瞳には強い意思と同時に、本来のあたたかい光が戻っていた。

 

 「母様は…いつもおれを守ってくれた。父様がおれにひどいことを言っても、物を投げてきたときも身を挺して守ってくれた。おれが無事でよかったって、愛しているって言ってくれた。母様は…おれを恨むような人じゃないっ。恨むわけがないんだ…」

 

 どうして忘れてたんだろう。彼はくしゃりと笑うと、そのまま声を上げて泣いた。


 一度はギルを引きはがした私だけど、今度は自分からギルを引き寄せて抱きしめた。

 ギルはそのまま私の胸に顔を押し当て泣き続けた。

 でもその涙は悲しみからくる苦しいものではなく、幸せな温かいものだったと思う。




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