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47.絵本から来ました正義のヒロイン、ヒメです


 翌日の夜。

 今日のためにとあるものを超特急で作りあげた私は、さっそく出来上がった物を装着し、すやすやとかわいい寝息を立てて眠るギルの肩をゆらしていた。


 え?なんでゆらしているのって?

 そんなの起こすために決まってるでしょ。

 むしろ起こさないのにギルをゆらすってなんなの。いじめか?

 

 ともかく、ギルは眠たげに目をこすりながら起き上がった。


 「あの、リディアさん?なにかありましたか…っ!?」


 他人行儀な言葉を並べながら私を見て、ギルはぎょっと瞠目する。

 え。なんか想像してた反応と違う。

 一瞬不安を感じるが、もう後には引き返せない。私は腹をくくり、キラキラ美少女スマイルを披露した。


 「やあこんにちは!悪いけど私はリディアじゃないわ!私は絵本の世界からやってきた正義のヒロイン、ヒメ!よろしく!少年、君の名前はなぁに?」

 

 そう!今の私は、アリスが送ってくれた絵本の主人公に変装していたのだ。


 目元には蝶の仮面(紙と輪ゴムでつくりました)をつけ、背中には変身時のヒメのトレードマークである天使のような翼(これも紙でつくりました)を装着している。


 私の作戦はいたって簡単。

 リディアではなく、絵本からやってきた正義のヒロイン「ヒメ」としてギルを救えばいいじゃないか!というもの。


 万が一、彼を救ったことで惚れられたとしても、その相手は絵本の世界のヒメだ。

 「いつ君」ヒロインのリディアちゃんではない!

 つまり!リディアが惚れられたわけではないので、本編は開始されないのだ!


 まあギルの幼心を騙すわけなので、少し罪悪感はあるが許して欲しい。これしか方法が思いつかなかったんです。


 え?変装なんてすぐにばれるんじゃないかって?

 心の中でやれやれと肩をすくめる。

 お馬鹿さんね。ばれるわけがないじゃない。


 アリスの作った絵本のヒメは私がモデルだ。 

 つまり金髪に翡翠色の瞳、仮面に天使の羽もつけた私はヒメそのもの!言ってしまえばこれは変装ではなく、実写版「ヒメ」なのだ。気づくわけがない!


 まあ、アオ兄ちゃんとか神父様の大人組は私の変装を見破るかもしれないけど。なまはげを本物の鬼だと思って怖がる年頃の子供は絶対に気づかないね、うん!


 ほんと私ってば天才すぎる。

 ギルは目をぱちくりさせながら私を見ていた。この様子を見るに警戒はされてなさそうだ。

 それじゃあ計画続行で、ヒメとしてギルを救うわよ!

 私は勢いよくギルに手を差し出す。

 

 「よろしくね!ほら、握手して。あと私名乗ったんだから、あなたも名乗りなさい!」

 「あ。ごめん…なさい。よ、よろしくお願いします。おれは、ギルと言います……」

 

 顔を引きつらせながらもギルは握手に応じてくれた。

 うん、つかみはいいぞ!

 心なしかドン引きされているような気がするけど…気のせいだ!


 「ギル。素敵な名前ね!私はあなたが読んだ絵本から出てきたの。本当は絵本の外には出られないんだけど、不思議な力で夜だけはこの部屋に現れることができるの!」

 「はぁ…そうなんですか?」


 今日のためにつくりあげた設定を語れば、彼は困ったように眉を下げて頷いてくれる。

 きっと夜しか出現できないヒメのことを不憫に思っているのだ。優しい子!


 「いつ君」ヒロインは孤独なギルと徐々に仲良くなる。

 そのうちに、ギルが心を開いてくれるのだ。

 つまりいま、私がするべきはギルと仲良くなること!

 

 ヒロインは「私をお母さんだと思っていいのよ!」とか意味のわからないことを言って、ギルと仲良くなっていくが私はそんなことしない。

 1歳しか年の変わらない小娘を母親だと思えなんて言えるわけがないだろ!

 それにギルのお母さんはただ一人だけだ。

 誰もギルの母親の代わりにはなれないし、なってはいけないのだと思う。

 

 ていうか、私はこんな狂ったことを言わなくても、ギルと仲良くなれる方法を知ってるし。

 簡単なことだ。


 「ギル。私と友達になって!」


 友達になればいいのだ。


 「え!?と、友達っ?」

 「拒否権はないから」

 「は!?えっ!?」


 仲良くなるにはまず友達からスタートでしょ?これ常識。仲良くなろうとして母親ぶるって、ヒロインは相当狂ってるよ。「いつ君」恐るべし。

 まあそれでヒロインに惚れていくギルもギルだけどね。攻略対象、ちょろすぎるよ、ほんと。


 だけれどもギルがちょろいのは、ヒロインがお母さんだと思って!と言った場合だけだったようで、私の友達になろう(命令)には、ギルは混乱しながらも首を横に振っていた。

 ……縦に振ってほしかった。


 ギルは私であろうとなかろうと、誰とも友達になる気はないのだろう。

 彼は自分の周りにいる人が不幸になると思っているから。


 だからさぁ、無理やり友達になるしかないよね☆


 「私絵本の世界から来て孤独なの。でもってこの部屋にしか出てこれないの。で、この部屋にいるのはギルでしょ。だから私と友達になって」

 「だ、だめ!」

 「私、お絵かきして遊びたい。ね、遊ぼう?」

 「ま、待って。おれ遊ばないよっ」

 「安心して。夜更かしは美容に悪いから、十一時には寝るつもり」

 「おれの話をきいてっ」




 そんな感じでギルと無理やり遊ぶ日が、何日も数週間も続いて…

 ようやく!

 ギルは少し、私ことヒメに心を開いてくれるようになった。

 

 ちょっと、嘘じゃないからね!


 ギルの心の壁はかなり固くて大変だった。

 遊ぼうと誘っても頑として頷いてくれない。まあ無理やり遊ばせるからいいんだけど。


 なので私はオセロとかチェスとか2人でしか遊べない遊びをした。

 でも次第に2人でできる遊びがなくなってきて、途中から焼きマシュマロを部屋の中でつくったり(ちょっと絨毯が焦げてギルに叱られた)

 神父様にしかけた悪戯(私が日中に仕込んだ)を受けての神父様の反応を予想する遊びをし始めたり(後日、こってり叱られた)


 そうしていく中で、最初は私と遊ぶことを拒否していたギルがだんだんと心を開いてくれるようになったのだ。

 …とはいっても叱られたり慌てられたりすることがほとんどだけど、ギルとの心の距離は縮まったように思う。


 まあともかく!彼は部屋の中でなら、私に笑いかけてくれるようになった!

 (向けられる笑顔の8割は苦笑だけど)


 ギルが一人で孤独に過ごすのは、お父さんの言葉の呪いのせいで、ほんとうは年相応に遊びたい盛りの普通の子供なのだ。楽しかったら、普通に笑う!それが当然なの!

 最初は私と嫌々遊んでいたけれど、最近ではどんな遊びをしたいのかリクエストしてくるようになったんだよ!ほんとうにうれしい!


 ギルは自分の周囲にいる人…大切な人は、不幸になると思い込んでいる。

 だけど私がギルと一緒にいても、私は一向に不幸にならない。

 そのことに気づいたのか、ギルはだんだんとヒメ以外の周囲にも関心を持ち始めているように思える。


 琥珀色の瞳の影がだんだんと薄れて、虚ろな瞳に光が戻りはじめていた。


 うれし涙が出そう。

 でも気を抜くわけにはいかない。私はリディアとヒメの二重生活を送っているわけだから、日中はギルとは親しくない同室のリディアちゃんとして過ごさなければいけないのだ。


 それなのにこの前間違えて「ギル、おっはよ~」て食堂でヒメのつもりで声かけちゃったからね。やらかしました。

 

 ギルはぽかんとした顔で私を見ていたし、ミルクにはものすごくにらまれた。

 その後「あなたヒメですか?」とかギルに聞かれなかったから、正体はばれてないと思うけど、冷や汗だらだら。気を引き締めます。


 余談だがあのとき食堂にはアオ兄ちゃんや他のみんなもいて、みんな「いつものやつね」って顔で私を見ていた。いつものやつとは!?

 アオ兄ちゃんなんてこっそり私に、「どうせなにか企んでいるんだろう。ギルを巻き込んだらダメだからね?」って忠告してきたからね!?

 おい、なんで私が何かしでかすと思ってんだよ。

 もしかして他のみんなも私がギルに何かすると思って、そんな顔したの!?


 そんなわけで日中である現在、私はギルにフレンドリーに話しかけないように気を付けながら、過ごしていた。

 今は、男の子たちと一緒にドッチボールをしている。

 いい天気だったからね、神父様が無理やり子供たちを外に出して遊ばせているのだ。子供たち全員が外にいる。


 だが私は神父様に問いたい。今の季節知ってる?と。

 正解を言いましょうね。冬です。真冬です。晴れてても寒いわ!

 私を筆頭としたインドア派の子供にとってはいい迷惑である。


 ……ドッチボールをしているからって、私をアウトドア派だと思わないでいただきたい。

 外で子供らしく遊ぶのも好きだけど、私は室内でのんびり過ごすのも同じくらい好きなんだから。


 ちなみにインドアな子たちはアオ兄ちゃんと一緒に遊んでいる。

 外なのにアオ兄ちゃんは女の子たちとお人形遊びしてるよ、ぷふーくくく。うわ、やば、アオ兄ちゃんが笑顔でこっち見た。

 笑ってるのばれた?こわっ。


 慌ててアオ兄ちゃんから視線を外し、私はギルを見る。

 現在の彼は木陰で一人本を読んでいた。

 さっきまでミルクがギルの隣にぴったりと張り付いていたはずなのだが、今はいない。トイレかな?

 

 それにしても、不憫だな。

 やるせなくて自分の唇をかむ。


 ギルの瞳は虚ろではなくなったものの、やはり沈んだままだ。

 ギルだってみんなと遊びたいだろうに、あの子はやさしいから、自分が関わったら人が不幸になると思って遊びに加わらないのだ。

 以前より周囲に関心を持ち、遊ぶことが楽しいと思い始めているから、いっそう遊べないのが不敏で仕方がない。


 私がギルを無理やりドッチボールの仲間にいれてもいいのだけど、なにぶん、今の私ヒメじゃない。

 同室であること以外全く接点のない子が、突然自分の手を引っ張って「ドッチボールするよ。これ決定だから~」とか言ったら恐怖だろう。この人急になに!?こわってなる。


 どうしたものかな~。私はギルを観察を続けた。

 そんなときだ。


 「リディア、危ない!」 


 アオ兄ちゃんの焦ったような声が聞こえた。

 そんな声は久しぶりに聞いたから、慌てて振り返れば、


 ビュンッ


 私の真横をものすごい勢いでボールが通り過ぎていった。


 「……。」


 こ、こっわっ。目視できなかったんだけど!?

 ドッチボールで本気出すなよ。これ投げた子めっちゃ肩強いな。

 いつぞやのアルトが靴を投げてきたときのことを思い出す。


 アオ兄ちゃんの声に反応してなかったら、ボールが顔面直撃してたなぁ。


 そんなことを思いながら、ふいに私は真横を通り過ぎたボールの行方が気になった。

 同時に嫌な予感がした。


 急いで振り返れば、ボールはまっすぐギルに向かっていた。


 う、嘘でしょ!?


 ギルはまさか流れ弾が自分に向かってくるとは思ってもみなかったようで、動けずにただ目を丸くしていた。今の彼では、ボールを受け止めることも避けることもできない。

 このままじゃボールが直撃する。

 

 そう思ったら、体は勝手に動いていた。

 ギルをドッチボールに誘おうか迷って、本を読む彼の近くまで来ていたのが幸運だった。


 「ギル、危ない!」

 「え!?」

 

 火事場のバカ力的な瞬発力で魔球ボールを追い越し、ギルを守るように私は彼の前に立つ。


 ……けっこうギリギリだったみたい。

 ギルの目の前に立った瞬間、私の目の前には赤い網目の球体があった。

 ボールが迫ってくるー、じゃなくて、あ。目の前に回転するボールがある、こんにちはって感じ。


 当たったらさすがに痛いかな?

 なんてことを思っていたら、顔面に強い衝撃を感じ、ボール独特のゴムの匂いが鼻腔をくすぐるというか直撃していた。


 なかなかの衝撃だったからね、私の体は背中からマトリックス失敗バージョンのごとく、その場に崩れ落ちてしまった。

 

 「リディアっ」

 「リディアちゃん!?」

 「大丈夫っ」


 顔面がじんじんするだけで意外と平気。

 なのにみんなが、特にアオ兄ちゃん(思い返してみればいつも彼のこんな顔を見ている。ごめんなさい)を筆頭に慌てた様子で私を取り囲むから、困ってしまう。


 「ちょ、みんな大丈夫だから!落ち着いて!」

 「落ち着けるわけがないだろう。まったく君はっ…ほら、早く救護室に行くよ!」

 「ぎゃああ!アオ兄ちゃん、お姫様抱っこ禁止!なんかはずかしい!おんぶか肩車を所望します!」

 「アオ兄ちゃん、最近耳が遠くなったみたいで…」

 「嘘つけー!!!」


 だから私は気づかなかった、というのは言い訳だ。


 私がギルをボールを庇ったとき、彼の顔が尋常じゃないほどに青ざめていたことに。

 皆に囲まれる一方でギル一人だけが、私のそばから一目散に離れていったことに。



 私は気がつかなかった。




後々内容を足したりするかもしれませんが、話の内容的には変わらないと思います!

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