45.ギルと悪役 (1)
リカとアリスが孤児院を去って、早3週間。
『リディアへ、あなたに無駄な心配をかけたくないから黙っているつもりだったけど、やはり伝えることにしました。どうせ本編はじまるんだから、フラグを立てないための攻略対象対抗策とかバカなこと考えないで、普通にギルを助けてあげなさい。PS.趣味で絵本を創ったので送ります。孤児院のみんなで見てください。文章におこして物語として売り出すことも検討しています』
そんなわけでアリスが手紙と絵本をよこしてきた。
いや、どんなわけだよって感じだけど。
どうせ本編はじまるって、彼女なに言ってるの!?
私の頭はシャットアウト寸前だ。
たしかに孤児院時代のギルは、とある事件のせいでとても苦しんでいて、それを助けられるのはヒロインだけという、乙女ゲームあるある的ストーリーなのだけれどっ。
私もギルのことは、フラグ云々言わないで助けてあげたい、むしろどうにかして助けようと思っているのだけども!
ここは一度現実逃避をしたいと思う。
アリスが手紙と一緒によこしてきた、絵本について話そう。
彼女が作者である『ヒメと不思議な世界』と言う題名の絵本のジャンルはずばり、冒険ファンタジーだ。
既視感が半端ない金髪美少女主人公「ヒメ」が、銀髪と金髪の王子様と怪物を倒したり、赤髪の王子様とお姫様と一緒にお菓子の家を破壊したり、桃色の髪の美少女と一緒に攫われたりする、そんな内容。
最初の2つはともかく、最後の攫われるやつ…。
なんでここだけリアルにしたのよ。
ちなみに金髪美少女は主人公のはずなのに、バカをやらかして大怪我しまくっている描写が多い。
うん。こっちは肖像権の侵害として訴えることも可能なんだからな?
私はこの絵本を読んで怒りをおぼえることしかできなかったわけだが、私以外の子たちの絵本に対する評価はとても高かった。なんでかなー。みんな、もしかして私のこと嫌いなの?
アオ兄ちゃんも絵本を見てニヤニヤしてたし。子供たちはともかく、アオ兄ちゃんは絶対にあの本の主人公が私だってわかってるよね!?なんで笑えるの!?
いやまあ、彼はS疑惑濃厚だから、私がバカやらかして大怪我しまくる描写を見て、ハイな気持ちになっても別に問題はないのか。
……待て。やっぱり問題あるよね!?むしろ、大問題だよね!?
そんなわけで現在あまりにも人気すぎて、絵本は予約制となっていた(なんか腹立つ)。
そんな予約制の絵本をちょうど読んでいるのは、虚ろな瞳の水色髪のかわいい男の子だ。
一つ言っておくが、彼の瞳が虚ろで生気をまるで感じないのは、絵本がつまらないからではない。
きのう孤児院に来た時から、こんな感じだった。
彼があまりにも生きる屍のようだから、元気になってほしくて心優しい子供たちが予約制の絵本を譲ってあげたのだ。
はい、みなさんうすうす感づいていることでしょう。
水色の髪のかわいい男の子って言った時点で、感づいた人いるんじゃない?
虚ろな瞳で絵本を読んでいる彼こそが最後の攻略対象、ギル君です。
ギルのこと考えたくなくて現実逃避したはずなのに、一周回って戻ってきました。ハハハ…はぁ。
こうなったらもうどんなに逃避してもまたギルに戻って来そうなので、諦めて攻略対象ギルについて説明をしたいと思う。
以前の説明の通り、彼の名前はギルバート・レヴィア。
レヴィア王国――通称冬の国の王子である。
1歳年下の5歳で、水色の髪と琥珀色の瞳が美しい、かわいい男の子だ。
ちなみに彼は本編に入っても、かわいい男の子のままである。いや、ちゃんと成長はしていますよ。
ただ年の割には童顔で身長は170センチ前後。
別に低いわけではないが、他の攻略対象たちの身長がかなり高いことや、ヒロインの本編開始時の身長が160センチなので、かっこいい男の子ではなく、かわいい男の子という設定にされてしまったのだ。
ギルだって年頃の男の子だ。
かっこいいよりかわいいと言われることをコンプレックスにしている…かと思いきや、実はギルのやつ本編では自身のかわいらしさを活かした、計算高いあざとかわいい系キャラになっている。
安未果としては、計算高いもあざとかわいいも、あまり理解できなかったのだが、友達とかネットでは『ギルあざとかわいい!好き!』とかで荒れていたから、まあギルが本編に入ったらそういうキャラになるのは間違いないだろう。
さて、そんな攻略対象ギル君だが。現在の彼は10年後にはあざとかわいい系キャラになっているとは思えないほどに、憔悴していた。
やつれたりやせたりしているわけではないのだが、目の前の彼からはまるで生気を感じない。
アリスが手紙で本編どうのこうのより、ギルを助けてやれと言うのにはきちんとした理由があるのだ。
彼は他4人の王子と同じように攻略対象でありながら、他の攻略対象たちよりもはるかに苦しんでいた。
お兄様をとられそうで癇癪を起したり、俺様行動を誰も咎めないことに不満を持ったり、女装させられかわいいと言われることを不愉快に感じたり、エリックはおいてといて、そんな彼らとは比べ物にならないくらいに、ギルは苦しんでいた。
ギルバート・レヴィア。
閉ざされた彼の心の深層で、振り続ける雨。
この孤児院は…この森は、あまりにも平和だから時々忘れてしまうが、
私たちが孤児院で平和に暮らしている森の外では、血で血を洗う苦しみと悲しみしかない戦争が起こっている。
戦争の魔の手は王都にまで及んでおり、そのため王は自身の子――王位継承権を持つ我が子を、安全な孤児院へと避難させたのだ。
そう。王都にまで及んでいたのだ。
王族が住む都市にまで、及んでいた。
つまり、王族が住まう城の中に、他国の軍勢が乗り込んでいたってなんらおかしなことではないのだ。
ギルは最後に孤児院にやってくる。
それには理由がある。
簡単で、だからこそ恐ろしい理由だ。
それは王位継承権を持つ子を外に逃がすことができないくらいに、冬の国への侵攻が進められていたからであった。
王子を孤児院に逃がすための計画を考える時間があるならば、目の前に迫る春の国の軍を食い止める方法を考えろ、防壁を超えられた、どうにかしろ!わが軍は全滅だ、冬の国の倍以上にも及ぶ軍勢が王都へ…、といった具合に。
戦争をしていいことなんて一つもない。
だからといってなにもしなければ、大切なものを奪われてしまう。
剣をとれ、大切なもののために。
抗えば、大切なものを守れる!
冬の国の人間は自分にそう言い聞かせ、他国と戦った。
降伏すれば、もしかしたら大切なものを奪われないかもしれない。
だけれども負けを認めるなんて考えを、民衆はともかく王は持ち合わせていなかった。
大切なもののを奪われないために、抗えば守れる、その言葉を信じ彼らは剣をとった。
が、その言葉は最悪な形となって立証されてしまった。
抗えば、大切なものを守れる。
逆に言えば、抗わなければ、大切なものを守れないということだ。
なにもしないというより、なにもできなかった幼い王子は、戦争のせいで大切なものを奪われた。
彼の唯一にして最も大切な者。
それは冬の国の王妃であり、唯一自分を愛してくれた母親。
彼はその母親を亡くした。
それも目の前で。
彼は大好きな母親が自分を庇い、異国の騎士の持つ赤黒い刀で胸を貫かれた、その光景を脳裏に焼き付けてしまったのだ。
その日から、美しく輝いていた彼の琥珀色の瞳は、悲しいほどに暗く虚ろに濁ってしまった。
ちょっと時間がないのと、きりがよかったので、続きは次話です!




