44.心はあなたと共に(アリス視点)
私はただただ、あいた口がふさがらなかった。
リカ様がリディアの頬にキスをした。
子供たちも神父様も私と同じように真っ赤な顔で動けないでいる。
でも誰だって、あれを見たら唖然茫然してしまう。
美少女が子供らしからぬ色気を放ち、美少女の頬にキスをしたのだ。
リカ様の性別をおそらく知っているアオ兄ちゃん様でさえ、目を丸くしている。いえ、彼はリカ様が男だと知っているからこそ、あの反応なのかしら?
リカ様いったいどうしたんですか!?と驚く私と、きゃー!恋愛劇場を生で見れて感激!と叫ぶ私。総括して、尊いと神に祈りを捧げる私がいる。
我ながら騒がしい脳内だ。
リカ様はリディアから離れるとなにかを言い、憂いのある笑みを浮かべ、馬車へと向かって行ってしまった。
残されたのは放心状態のリディア。
当然よね。私ですら驚いたのだから、驚愕のあまりに彼女の魂が抜けてしまうのも無理はない。
リカ様が馬車に乗り込んだところで、ようやくリディアは口を開いた。
「……これ、王族の間で流行ってるわけ?」
「は?どういうこと…ですか?」
全く予想にもしていなかった言葉。
意味が分からず聞き返せばポツリと彼女は言葉を落とす。
「さよならのとき、アルトにも頬にキスされた。…え、なに?王族の中では頬にキスするのが当たり前なの?挨拶なの!?」
そんなわけないでしょう。
あなた王族をなんだと思っているの?
だけれどもそれを言ったところで、真っ赤になって目を回している今の彼女の脳には届かないだろう。
「…アルトと同じく願いまで聞いてきたし」
「え?」
そこで私はふと気が付く。
願いと頬にキス。
……この子は忘れているみたいだけれど、これは孤児院時代で好感度MAXにならないと発生しないスチルじゃないの?
前世、結子のときの「いつ君」をプレイしていたときの記憶を呼び起こす。
そうだ。やはり、そうだ。
ヒロインの願いを聞き、頬にキスを落とす。
これは本編でヒロインを迎えに行く攻略対象が確定したときに見ることができるスチルだ。
あなた、いつのまにリカ様の好感度をMAXにしたの?というか、リカ様もいつのまにリディアにそんな好意をもっていたの!?イベントあんなにグダグダだったのに!?
いや、それよりも。
今問題なのは、悪役であるはずのアルト様だ。
リディアの話では、彼もリディアに願いを聞き頬にキスをした。
あの攫われイベントで、彼がリディアに惚れているのはわかっていたけれど、攻略対象しかできないはずのスチルを発動させるなんて。
本格的に、ゲームの内容に狂いが生じている。
……別に私はこの世界が「いつ君」のように動いているとは思っていない。
私たちはゲームのような行動パターンを決められた生き物ではない。自らの意思で考え、動き、生きている。
だからゲームと内容が多少狂ってもおかしくはない。
そうは思う。
けれど、なぜかしら。
もやもやとした違和感が胸に広がる。
本来あるべき未来を変えられているような、そんな違和感だ。
本編に突入しないようにリディアは動いているのだから、未来が変わることはいいことだと思うけど。肯定的に思えないのはなぜだろう。
私はいまいちど、顔を真っ赤にさせて頭を抱えているリディアを見た。
素直でまっすぐな、彼女は太陽のような女の子だ。
この子にはまだ、冬の攻略対象と悪役の対応が残っている。
…彼女ばかりに負担はかけられない。
真実がわからないうちは、このことは黙っておこう。
リカ様もしくはアルト様が迎えに来るかもしれないことも。この胸騒ぎも。今はなにも言わない。
「リディア」
「む?」
ヒロインの立場から逃げず、みんなのために頑張るあなただけに全てを背負わせないわ。私は私で、あなたの力になれるように頑張るから。
彼女の手を取り、甲にキスを落とす。
「ぬわっ!?」
「どこにいても、私の心はあなたと共に」
離れていても、私はあなたの友達であり味方。
そんな思いを込め、まっすぐ彼女の翡翠色の瞳を見つめれば、リディアの頭からぷしゅ~と湯気が出始める。
え?どうしたのかしら?
そんな疑問を抱いていたら、彼女はいつものごとく叫んでいた。
「た、宝塚男役ぅぅぅ!!!」
「は?」
そのときの私は、リディアが真っ赤な顔でへなへなとその場に座り込んだとき、みんながリカ様キス事件の時と同様に顔を赤くしているなんて知らなかったのだった。
ちなみにリカ様がこの様子を馬車から見ていて、「アリスに負けた」とか無表情に言っているのも知らなかった。
馬車の中で
「アリス。以前から思ってたが、お前は天然だな」
「…リカ様、天然という言葉の意味をご存知ですか?私のどこが天然なのですか?」
「すべてじゃの」
「神父様、意味がよくわかりません」
次から冬の国チームの予定です。
1章終了に近づいてきました。




